Ⅰ章 ──少女よ、大志を抱け

005 ロボコンのルール







 待ちに待った放課後がやって来た。

 この学校ではケータイやスマホに関する規制もゼロだ。だからかけようと思えば昼休みにでもかけられたのだが、話が長くなったらいけないと思ったのである。


「──お、繋がった」

 陽子は呟くと、皆に話が聞こえるようにスピーカーに切り替えて、スマホを机の上に置く。ちょっと高めの男の人の声が、木製の机に反響してモゴモゴとくぐもった。

──「お電話ありがとうございます。理化学研究所広報部でございます」

「あのー、そちらで開催されるというロボットコンテストの広告を見たんですが……」

──「ロボットコンテストですね。少々お待ちください、外部の担当者にお繋ぎします」

 暫しの沈黙が流れ込む。

 陽子は少し俯き気味に悠香を盗み見たが、悠香はむしろわくわくしていそうだ。さすが悠香……なのだろうか。

 やがて、ぷつっと小さな音がした。切り替わったみたいだ。先程とは違って、よく響く声が喋りだした。

──「お待たせしました、只今お電話を代わりました。宇宙航空研究開発機構、企画部事務課ロボットコンテスト係の吉野よしのでございます。ご用件をお伺いします」

 聞くからに、いかにもそれっぽい部署である。ビラを片手に陽子は尋ねた。

「えっと、出場を検討しているんですが……」

──「ご検討いただきありがとうございます」

 本人は抑揚を抑えているつもりだろうが、吉野の声は少し跳ね上がった。

──「詳細ルールについてはご存知ですか?」

 それが聞きたくて電話したのだ。いいえと陽子が答えると、吉野はすぐに提案した。

──「昨日より配布を開始しました広告に委細が書いてありますので、そちらにお送りいたしますね」

「それじゃ遅くない?」

 苦言を呈したのは亜衣である。

「決めるなら早めがいいよ。今ここでもっと色々聞けないの?」

 だったら自分で言えよと本音では思った陽子だが、渋々受話器に向かって話しかける。

「あの、電話口でも構わないので、ある程度の概要を教えてくださいませんか?」

──「分かりました」

 意外にもあっさりと許可が下りた。

「あ、ありがとうございます……」

──「現在までで確定している情報のみになってしまいますが、電話口でよろしければ読み上げますね」


 ごくり。

 五人は無意識のうちに、すっかり苦くなった息を飲み込んでいた。

 聞き逃さないようにしなければ。


──「本大会、全日本スーパーロボットコンテスト THE-BATTLE2015──略称『JRC2015』は、本年五月七日に開催されます」


 ……初っぱなから悠香たちは耳を疑った。何日、だって?

「それ三ヶ月後じゃん──!」

 叫びかけた亜衣の口を咄嗟に菜摘が封じる。危ない、電話口に漏れるところだった。

 それもそのはず、今日は二月の十日である!


──「出場チームは全国合わせて二四〇まで受け付け、関東、関西、北日本、西日本に設置される各地区の競技場で同時に競技を行い、トップを決定します。現時点では関東地区の開催場所は、東京都江東区の東京国際展示場となる予定です。本大会には一次並びに二次予選、及び地区予選はありませんが、製作したロボットを確認するレギュレーション検査等、必要な手続きを大会直前の日曜日に開催地と同様の場所で行います。これを『事前審査』と呼称します」


「事前審査……」

 悠香は思わず呟いた。

「ロボットに麻薬積んでないかとか検査されるのかな」

 亜衣も呟いた。

「中高生でそんなもの持ってる奴はこんなロボコンに出ないでしょ……」


──「本大会は前年度第三回まで理化学研究所による単独開催でしたが、第四回目の開催となります本大会より、私ども宇宙航空研究開発機構との共催となったほか、文部科学省ほか三機関の監修が入っており、またそのため前年度より大幅なルール改正がなされています」


「やっぱりか……」

 陽子はチラシを睨みながらぼそっと言った。だから『スーパー』などという名称が入っていたのだろう。

 しかし、具体的には何が変わったのだろうか。このメンバーに直接の関係はないとは言え、少し気にならないでもない。


──「ルールは極めて簡単なものです。会場内には、縦横五十センチ、高さ十センチの『積み木』が、各会場に二百個ずつ配置されています。これを収集し、もっとも早く五メートルの高さに積み上げたチームが優勝となります。積み上げ方については問われません。また、積み上げた塔を崩したりロボットを破壊するなどして、他のチームの作業を妨害することも許されますが、他チームのメンバー──我々は『挑戦者エントラント』と呼んでいますが──即ち人間を相手に直接攻撃に及ぶのは、厳禁です。使用できるロボットは三台までで、その使い方は自由ですが、うち一台は必ず完全自律制御ロボットとし、先ほど申し上げた事前審査において提出して頂きます。リタイアの条件は、チームのロボットが全て停止している状態が五分間継続した場合のみです。それ以外の場合は、如何なる状況に於いてもプレーの続行が可能となります」


「何て言うか……すごいね、このルール」

 吐息でも吐くように菜摘が言う。

「他のロボットを攻撃していいとか、聞いたことないよ」

「それな……。しかもセットがやたらに大掛かりみたいだし」

 何だか分からないが、どう聞いてもお金がかかっていそうなロボコンだ。悠香たちは互いの顔を不安げに見合わせた。これは、かなり参加費が嵩むのかもしれない。

 が、予想はあっさり裏切られた。


──「本大会は次世代ロボットの技術を引き出すのを目的とする日本初のロボットコンテストであるため、その性質上、全面的に当方及び理化学研究所の支援で開催されます。出場費用は必要ありません」


 ホッと胸を撫で下ろす一同。最大の課題は、あっさりと解決したのだ。


──「出場権を有するのは、申込締切の四月一日時点で高校生までの方となります。申し込みはこの後この電話で直接行うか、インターネットでのWEB申込み、郵送、もしくは調布並びに和光にあります主催機関の施設に直接お出向き頂く形となります。何か、ご質問はありますか?」


 陽子は残りの四人を見回した。

 どうだろう、突っ込みどころは多かったが……。

「……ある?」

「別にない、かな」

「出る?」

「いいんじゃない?」

 そう言ったのは亜衣だ。「割と有名で頭も使うコンテストって条件で探してたわけでしょ? ピッタリじゃん」

 菜摘も横入りする。「費用タダはでかいよね、やっぱ」

 麗は何も言わないが、その表情は満足げに見えなくもない。

 悠香はもう露骨に大満足のようである。

 なら、決まりでいいだろう。

「あの、この場で申し込みを済ませてもいいですか?」

 陽子はそう応答した。すると少しして、また質問が返ってきた。

──「お決まりですか? でしたら、代表の方をどなたか決めて頂けますか?」


 代表。言われてみれば確かに、何も考えていなかった。

 どうしよう。陽子はまた辺りを見回した。

「誰がやる?」

 三秒間、沈黙が続く。

「……何するのか判らないけど、こういうときはやっぱり言い出した人がなるのが筋だと思う」

 ちょっと早口気味にそう言い出したのは亜衣だった。やりたくない、という思いがにじみ出まくりである。陽子たちが頷いたその横で、悠香が首を傾げながら、大真面目に言う。

「……誰だっけ?」

「お前だ!」

 陽子以外の三人は同時に叫んで悠香を指差した。今のは本気か? それとも本気でボケたのか?

 ともかく即決である。何か言いたげな悠香を無視して、陽子は電話口に向き直った。「すみません、決まりました」

──「……あ、はい。でしたら、代表者様のお名前とご連絡先、所属団体名をお願い致します」

「だってよハルカ。名前と連絡先と所属団体言えって。……ってことは多分、電話番号と通ってる学校の名前だと思うけど」

「はあい……」

 こうなったら仕方ない。悠香は陽子からスマホを受け取ると、口を開いた。

「えっと、代表者玉川悠香です。連絡先は$$$-$$$$-$$$$です」

「$$$-$$$$-$$$$ですね」

 苦笑混じりの声で吉野は復唱する。

──「分かりました。所属団体名もお願いします」

 学校名でいいんだよね、と目で確認を取ると、陽子は頷いた。

「私立山手女子中学校です」


──「山手女子……?」

 その単語を耳にした途端、ふいに吉野の口調が変わったのに、五人全員が気づいていた。

 案の定、吉野は聞き返してきた。

──「あの、もしかするとなんですが、そちらは中高一貫の学校ですか?」

「そうですけど」

 質問の意図が読み取れないが、これは何かあるに違いなさそうだ。はてなマークを瞳に浮かべる五人の耳に、こちらも不思議そうな吉野の声が届く。

──「えっとですね……。ただいま、登録内容の照会を行ったところ、既にそちら──山手女子高校さんの方からエントリーされてるチームがありましてですね」


「……えっ?」

 思わず悠香は聞き返してしまった。

 後ろで陽子が叫んでいる。「敬語! 敬語!」

「……つまり、もう既に山手女子なんとかっていう団体名でエントリーしてるチームがあるっていうことですか?」

 眉根を寄せ尋ね返すと、キーボードを叩いているような音が聞こえた。

「はい、そうなります。ええと……『山手女子PHYSICSフィジックス』というチーム名で、二週間ほど前に。代表者様の名前は『長良さん』となっていますね」

 フィジックス。何だろう、それは。

physics物理

 滑らかな発音で呟いたのは、元ネイティブの麗だ。「……多分、うちの物理部のことじゃないかな」

「物理部⁉」

 悠香が大声で尋ね返した。本物ではないか!

「だろうね……。あそこには頭いい人、いっぱいいるだろうしなぁ」

「つまり本番、そことぶつかる可能性があるってわけか」

「……どうする?」

 悠香の問いにはもう既に若干の怯え成分が含まれている。だが、麗の表情は変わらない。

「別に、向こうは向こう、こっちはこっちなんだから構わないと思う。むしろ同じ学校が二つも出てれば、おのずと注目度も上がるはず」

「それもそうだなー。向こうがそれを望んでるかどうかは知らないけど」

 そう言っているところを見ると、菜摘も一応賛成のようだ。

 実際、二人の言うことは正しかった。この大会へのエントリーは、あくまで知名度を上げるためであることを忘れてはならないのである。

「……けど、やりにくいのは事実だよね。同じ学校から二チーム出るなら、なまじ本職な分、技術面では向こうが間違いなく上だろうし。私たちがうんと妙な手を打っていかないと、実力で負けちゃうのは不可避でしょ?」

 亜衣の言い分ももっともだった。再び五人は、考え込んでしまう。

 と、吉野の声がした。

──「フィジックスの皆さんは、本大会に過去三回とも参加されていますから、そういう意味では結構経験を積まれていると思いますよ」

 ……聞こえていたのか? 

 悠香が口に出すより早く、弁解の声が流れる。

──「……あ、申し訳ありません。聞く意図は無かったんですが」

 さっきまでの会話は、先方にだだ漏れだったようだ。一層寡黙になる一同。


 沈黙に埋まりながら、悠香は思う。


──物理部とのバッティングかぁ……。吉と出るか、凶と出るか、だよね。

  正直、勝つのを目的にするならやめといた方がいい気がするよ。本職と競合して勝算なんてあるはずもない。勝たなければ注目されないし、そしたら私たちの出る意味は無くなっちゃうんだって考えれば……。


 窓の外へと目を泳がせながら、後ろ向きな考えが悠香の脳裏を徐々に浸食し始めていた。いや、まだ浸食はしていない。参加したいという思いと、胸の中で激しく鬩ぎあっている。

 どうしよう。分からない。自分の目指したいものは何なんだろう。


 迷いかけたその時、陽子の澄んだ声が耳の奥まで響いてきた。


「……やっぱ、やってみようよ。さっきも言ったけど、いい意味で目立ちたくてあたしたち何かやることにしたんだよ。だったら丁度いいじゃん」


 ……その言葉に、悠香の求めていた答えの全てが詰まっていた。無言のうちに、全員の意思を固める力になっていた。

 みんな悩んでいたのだ。どうして出場するのか、という根本的な疑問にぶち当たって。

 誰も、何も言わない。けれど悠香はその時にはもう、心を決めていた。

「……じゃあ、参加でいいね?」

 確認すると、四人は然りと頷いた。決定だ。

 もう後戻りは出来ない。悠香はまた電話口に向き直り、


「……あのー、同じ学校でも重複エントリーって出来るんですよね?」

 尋ねた。

──今さらそれ聞くのかよ!

 喉まで出掛かったツッコミと笑いを、四人は慌てて抑える。何だかもう、とても悠香らしい。

──「え、ええ、ゴホン、はい。出来ます」

 吉野も笑いを堪えている。この人はもっと隠すべきである。

「じゃあ、エントリーさせてください」

──「はい。確認いたします。代表者様のお名前は玉川悠香さん、ご連絡先は$$$$-$$-$$$$、所属団体名は山手女子中学校で間違いありませんね?」

「ないです!」

 断言してから悠香はまた振り返った。「あ、そう言えばチーム名って決めてなくない?」

 そういえばそうだ。五人は再び顔を付き合わせる。

「どうしようね。あたし、そっちは何も考えてなかったよ」

「インパクトある名前の方がいいんじゃない?」

「いや、ここはあえてガチな感じの名前の方が」

「ガチな名前ってどんなのよ……」

 またも話が長引きそうである。そこに、相変わらず地獄耳な吉野が口を挟んだ。

──「いえ皆さん、まだチーム名は大丈夫ですよ。事前審査の際に確認いたしますので」

「あ、なんだ」

 露骨に拍子抜けした声を出す悠香。後ろからまた「ハルカ! 敬語!」と声を殺して叫ぶ陽子。いつになったらもっとちゃんとしてくれるのか。

 今日何回目かも分からない苦笑を漏らすと、吉野はこう言って電話を締め括った。

「それでは、後でこちらのご連絡先に具体的な要項を記した文書をFAXでお送りいたします。『フィジックス』さんとの競合になると思いますが、くれぐれもがんばってくださいね」





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