090 因縁の対決





 関東地区、残り僅か二チーム。

 片や前回王者の『Armada閏井』、残り段数は十。対するは毎年二位のチームの系譜を引き継ぐ『山手女子フェニックス』、残り段数は七。

 競技開始から二時間十分。ついに閏井が塔の積み上げ作業を再開し、二チームの最後の攻防が始まった。




「閏井の積み上げロボットが動き出した……!」

 もはや客席から身を乗り出すような姿勢で、渚が声を上げた。

「やっとやる気になったわね」

 長良も血走った目で、同じ場所を見つめている。緊張ばかりの二時間に、ようやく終わりが見えてきた。

 その長良に、友弥が質問する。「どう思う。フェニックスと閏井、どちらが先に積み上がるか」

「どうだろうね……」

 長良はすぐには答えられずに、二チームの様子を見ていた。判断材料は、ある。両方とも積み上げられるロボットは一台きりだし、都合よく閏井の輸送ロボット一台も故障しているから、積み上げる速度に大きな違いは生じないはず。いやしかし、既存の塔が高いフェニックスの方が、積み上げるのには時間を要するか……?

「……分からないわ」

 そう答えた。実際、全く読めないのだ。

 どれだけ閏井が有利だとしても、フェニックスが奇蹟を起こしてくれるような気がしてしまうから。


 すると、二人の間に挟まって座っていた北上が、ふと口を曲げた。笑いを堪えているのか。

「今はまだ、フェニックスが有利よ」

 えっ、と長良は尋ね返す。

「どうしてですか」

「まぁ、見てなさい」

 北上は余裕の表情を崩さない。

操縦者オペレーターの顔を見ていれば、何が起こるか大体分かるってもんよ」




 前方を走る【BREAK】を操作しながら、物部はフィールドを蹴って進んでいた。

──次、あれだな。

 前に見える『積み木』をターゲットに決め、【BREAK】の動きを変える。ともかく有田が復活するまでの間に、一つでも多く『積み木』を持ち帰らなければならない。

「よっ、と!」

 掛け声に合わせて【BREAK】は急カーブし、『積み木』を大きなアームで挟んで掴む。それを頭上に掲げ、後はただ陣地へ向かうだけだ。

 攻撃用の投擲ボタンに指が延びているのに気が付いて、すぐに物部はその手を引っ込めた。危ない、クセになっているみたいだ。


 積み上げを開始する前に、物部には川内から厳命が下っていた。

──「いいか、フェニックスに攻撃はするなよ」

 川内は物部に何度も釘を刺した。「あの攻撃ロボットに怨みがあるのは分かってるけど、お前の働きがなかったら塔は積み上がらないんだ。マジで頼む」

 向こうで走り回るフェニックスのメンバーを眺めるたびに、その声が頭の中で響いていた。

──分かってるよ、そのくらい。

 物部はぐっと拳を握った。分かっていないからこんな感情が浮かぶんだと、分かっていた。


 一方の【ドレーク】にも、重要な任務が与えられていた。

「この辺り一帯の『積み木』を、片っ端から陣地に向かって弾いたらどうかな」

 閏井が積み上げ始めたのを確認した麗が、そう陽子に提案したのである。すぐに陽子は事情を飲み込んだ。

「そっか。少しでも近い方が、拾い集めやすいもんな」

「うん」

 悠香は【エイム】と共にフィールドを走り回っている。やるか、と陽子は腰を上げた。

 以来一分が経過し、【ドレーク】は続々と『積み木』に≪ショットガン≫を喰らわせ、陣地に寄せていっている。

 今のところは順調だ。今のところは。


《ここで、現在の他会場の状況をお知らせします!》

実況の声はすっかり、汗ばんでいる。

《関西会場、西日本会場のトップチームは現在四メートル前後です! 共にかなり激しい戦闘が繰り広げられており、残存チームはかなりの数に上ります!》

《北日本会場はまさかの全滅という結果に終わっています。残っていた二チームのロボットが共に全損し、修復不能となりました》

《積み上げ合戦に移行しているのは、ここ関東のみのようです! 『Armada閏井』、もしくは『山手女子フェニックス』、どちらが雌雄を決し戦いに終止符を打つのでしょうか!》


「雌雄、か……」

 山手女子は女子校で、閏井は男子校だ。文字通り雌雄だな、と陽子は苦笑した。

 勝利は見えている。後は全力を尽くすだけだ。そう、決めた時だった。前方に、【BREAK】が回り込んできた。

 同じ『積み木』を狙っていたのである。『積み木』を挟んで両者は向かい合い、僅かな時間で相手を睨んだ。


 あっ、と声を上げたのは、【BREAK】の操縦者オペレーターも同じだった。

物部である。

──あの人だ! 

 すぐに陽子は気づいた。物部が悠香を追い回す姿を、陽子は目撃していたのだ。

 ごくり、と喉を鳴らし、二人は互いを見つめあった。先に口を開いたのは、物部だった。


「……それ、やるよ」


 言うが早いか【BREAK】は発進し、その『積み木』とは別の方向へ向かっていく。

 信じてもいいのだろうか。曖昧に頷いた陽子は、【ドレーク】を走らせて『積み木』の前に来た。

 何か、嫌な予感がする。そしてそれはすぐに現実になった。

「ヨーコ横見て──っ!」

 悠香の絶叫に、陽子は振り向いた。『積み木』を担いだ【BREAK】が、急接近してきている!

「やばっ……!」

 先手必勝、【ドレーク】は目の前の『積み木』を撃ち出した。【BREAK】の投げた『積み木』が空中で衝突、そのあまりの衝撃でヒビが入り粉砕される。ばらばらと散らばった『積み木』の破片を乗り越えて、【BREAK】は尚も突進してくる! 

「逃がすか────っ!」

 物部の剣幕は凄まじい。慌てて避けた【ドレーク】の横を【BREAK】は通過し、新たな『積み木』をすぐに掴む。【ドレーク】も隣の『積み木』の前に滑り込み、両者は再び対峙した。

「ヨーコ────」

「大丈夫!」

 心配そうな悠香の声を、陽子は力強く遮った。負けない、負けるわけにはいかないのだ! 


 二人は、いや二台はじりじりと距離を狭め、近づいてゆく。

 手に汗を握る物部の後ろから、有田が声をかけてきた。

「俺、復帰したぜ。だけどなるべく早く終えてくれよ」

 分かってる、と物部は言葉には出さずに呟いた。戻ったら川内に何を言われるだろう。そんなの気にしてられるかよ、と思った。

 やっぱり我慢できなかった。普段のクールな自分とはまるでかけ離れた、般若のような自らの心の動きにやや驚きながら、今やるしかないとも思った。あの屈辱的な二度の撃破を克服できるのは、今しかないのだ。だからこそ……!

「行け!」

 物部が投擲ボタンを押し、【BREAK】は全力で『積み木』を投げ飛ばした。それは、【ドレーク】が『積み木』を≪ショットガン≫で弾き出し、旋回して逃げようとしたのとほぼ同時だった。


 ガシャアンッ! 

 音が幾つも重なった。

 投げたばかりで完全無防備だった【BREAK】は、真正面から『積み木』の一打を受けた。跳ね上がった『積み木』は回転しながら天井部を直撃し、カバーに突っ込んで基盤が割れてしまった。

 旋回しかけで真横向きに近かった【ドレーク】の側面部には、【BREAK】の『積み木』がめり込むようにぶつかった。【ドレーク】はバランスを崩し、横転した。

 二台が二台とも、相手を行動不能に追い込んでしまったのだ。




「あっ……」

「…………」


 陽子はすぐに横転した【ドレーク】を元に戻したが、物部は少しの間、その場所から動かなかった。ああ、やっぱり壊れてる、……そう陽子が呟くのが聞こえた。

──俺、勝ったのかな。

 物部はリモコンを見つめた。次いで、自分の右手を見つめた。

 同士討ちには、なったが。

「おい、物部!」

 『積み木』を一つ運び終えたらしい有田が、そばに駆けてきた。「何ぼうっとしてんだよ、そいつ壊れたの?」

「……ああ、多分」

「なら早く、奥入瀬の所に持って行かなきゃだよ」

「そうだな。ごめん」

「あと六段だぜ」

 そう言い残した有田の背中が、再び遠くなる。言い様のない虚しさを抱えたまま、物部はまた周囲を見渡した。【ドレーク】を手に持ち、自陣へと戻ろうとしている陽子の姿が、目に入った。




「……さすがだよ」


 そう声をかけると、陽子はこちらを振り返った。

「そのロボットの動き、キレがいいよ。あんなに上手いこと『積み木』の初弾を避けられるなんて、思ってもみなかった。俺の読みが甘かった」

 物部は笑ってみせた。作り笑いでもいいから、笑いたかった。

けだ、俺の。唐突に勝負仕掛けて、悪かった」


 物部はさっきの戦いを、自分の敗北だと思うことにしたのだった。

 陽子は三回ほど瞬きをすると、いいえ、と苦笑いした。「あたしだって当てられちゃいましたし、操縦ヘタでした。あたしも、敗けです」

「…………」

「両方敗け、っていう事にしませんか?」

「……そうだな」

 ですね、と陽子が笑い、物部も頷いた。思えばこれは勝負ではなく、単なる物部の憂さ晴らしみたいなものだったのかもしれない……。


──早く、積み上げに戻らなきゃだな。

 物部は力を失った【BREAK】をまた担ぎ上げ、呆れて声も出ないでいる奥入瀬のもとへと急いで走って向かったのだった。




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