089 無敵艦隊の狙い





「あっ」

 フェニックス陣地に座っている亜衣が、口を開いたまま動かなくなった。

「あれ……!」

 言われて振り向いた麗も、ぞっとする。そこまで速くはないが、こちらに攻撃ロボットが接近してきているのだ。しかもあれは、いつか一斉に攻撃を受けた時の、あのハンマーロボットだ。

 気づいた陽子が【ドレーク】を滑り込ませてきた。

「崩させるもんか!」

 あのハンマーにフェニックスは塔の固定を打ち砕かれ、間接的にではあるが亜衣は怪我を負わされたのだ。【ドレーク】のクローラーがぎゅるんと唸り、敵ロボットを威嚇する。

 と、操縦者オペレーターが声を張り上げた。

「ま、待ってくれ! 僕は攻撃するつもりでここに来た訳じゃない!」

 無論、誰も信じない。すると彼はロボットを反転させ、塔の後ろに回り込むように動かし始めた。追撃しようとした【ドレーク】と陽子に、再び声を投げ掛ける。

「こいつが壊れたら終わりなんだ! 君たちの塔とロボットに危害は加えないから、ここにいさせてほしいんだよ! 頼む!」

「……本当ですか?」

 こんな初対面にも近い相手を信頼せよという方が無理な話なのだ。尚も訝しげな目を向ける陽子の隣に、悠香が駈けてくる。「どうかしたの、ヨーコ」

「あの人が、助けてくれって」

 陽子がそう言うと、四万十はすっかり焦ったようにまた喋りだした。

「君たちは僕の所と同じ、時間のかかる平積みだろ? 閏井を協力して倒して、ゆっくり積み上げる時間を確保する事だってできるんだ! その方がきっと、お互いのためになる……!」

 五人は顔を見合わせた。真剣なのは、間違いなさそうだ。

「……まぁ、いいか」

 いざとなれば【ドレーク】がある。悠香は曖昧ながら、こくんと頷いて了解の意を伝えた。


 その時だった。

 フェニックスの背後から、【BREAK】二台が同時に迫ってきたのだ。

「まずい! 隙を突かれた!」

 陽子が慌てて【ドレーク】を前線に戻し、迫り来る【BREAK】に立ち塞がる。と、【BREAK】は素早い動作でそれを回避したかと思うと、大きく回り込むように塔をも避けてみせた。当ての外れた陽子は、暫し茫然とその行方を見守る。

「悪ぃな、今はそっちが狙いじゃないんだ!」

 そう叫んだ【BREAK】の操縦者オペレーター──有田は、戦場から離脱しようとしていた悠香と【エイム】すらもあっさりと無視し、物部と頷き合って左右に展開した。

 狙いは無論、

「僕か……!」

 四万十も黙ってはいない。【サスケハナ】のハンマーが高速回転を始め、空気を掻き回して甲高い音を上げる。

 ガキンッ!

 投げ込まれた『積み木』とハンマーが衝突した。火花を上げそうな勢いで『積み木』は撥ね飛ばされ、ハンマーはやや不安定になる。そこへ、再び『積み木』がハンマーの根本に綺麗に命中。

 バキッ!

 度重なる攻撃でハンマーも脆くなっていたのだろう。ハンマーの柄は、ぽっきりと折れてしまったのだ。

「…………!」

 四万十は目を剥いた。ほぼ無防備になった【サスケハナ】に十数秒後、またも『積み木』が投げつけられ、車軸が砕かれて車体は潰れた。その一部始終が、見開かれたその目を通して網膜にはっきりと焼き付いていた。


──どうして?

 胸の奥で、疑問が渦巻いた。

──どうして、フェニックスはスルーされて、僕だけが狙われた?

 スローモーションになった視界の先に、自分と同じような顔をした少女たちが並んでいる。その横を、閏井の二人とロボットが何事もなかったように通過していく。

──なぜ?

 再び四万十は自問した。頭上高くのスピーカーから流れ出した実況の声が、その疑問に答えを与えた。

《おおっと──! 横須賀実業高校チーム『YKSK-Perry』、閏井の刃にたおれた模様です! 残り四分以内にロボットが再稼働しなければ、リタイアが確定します!》

《閏井はあからさまに『YKSK-Perry』だけを狙っていきましたねぇ。『山手女子フェニックス』は眼中になかったのでしょうか》

《ええ、それどころか意図的に避けているような感じさえ伺える動きでしたね! あまり戦いたくはない相手、ということでしょうか!》

《あの閏井が、敬遠とは……!》


「……そうか」


 落胆とショックと、その他諸々の感情が混ざりあった四万十の顔には、壊れた人形のような笑みが浮かんでいた。




 同じく実況を聞いていた悠香も、スプレーを噴射しながら閏井を睨んでいた。

──私たちの事、意識してるのかな……。

 だとしたらそれは、喜んでもいいことなのだろうか。相応の相手として認識されているということか?

 何でもいいか、と思い直した。どのみち悠香と【エイム】に、対処の術はない。ただ悠香に求められているのは、走って、積んで、また走って積む作業の繰り返しなのだから。

──あと、八段。

 目測で残り個数を数えた悠香は、疲れて棒のようになってきた足を叱咤し、また陣地に向かって走り出そうとした。

 その背後から、亜衣の怒鳴り声が飛んでくるまでは。


「来てるよっ──!」

 警告がぞわりと背中を撫で、悠香はすぐに前方を見た。新たな攻撃ロボットが接近してきている。『土浦ロボティクス』のロボットだ! 

 【ドレーク】が発進したが、悠香と【エイム】はかなり遠くまで『積み木』を取りに来ていた。ぎりぎり間に合うか、間に合わないかの瀬戸際だ。

「せめて、逃げなきゃ──!」

 悠香は手動操縦用リモコンを取るや、【エイム】を横向きに走らせ逃避を始めた。しかし、効果は期待できない。重い『積み木』を持っているこちらと向こうとでは、速度に違いがありすぎる!


 悠香はその時もう、破壊される覚悟を決めていた。

 だから。まばたきをした直後、何が起こったのかを理解するのには、少しの時間が必要だった。どこからともなく現れた二台の【BREAK】が、攻撃ロボットに『積み木』を投じ瞬時に無力化したのである。

 ガリガリガリガリ!

 横転した攻撃ロボットは、スピンしながらフィールド上を滑っていく。そこへ駆け付けた【ドレーク】が、止めの一撃を喰らわせた。悠香と【エイム】は、助かったのだ。


「あの人たち……!」


 驚きを禁じ得なかったのは悠香のみではない。それまで仮説に過ぎなかった、閏井がフェニックスを守っている説が、ほぼ間違いないと分かったのだ。観客がざわめきだし、実況は続けざまに喚いた。

《なんと! 閏井のロボットが『山手女子フェニックス』のロボットを守る行動に出ました! 信じられない光景です!》

《これで『土浦ロボティクス』は惜しくも全ロボットを失い、リタイアが半ば決定的になりました。閏井はそれを狙ったのか、それとも……?》

《何とも分かりかねますが、さすがは昨年の王者! プレーにも余裕があります!》




 土浦ロボティクスのメンバーが悔しそうにフィールドを後にしていくのを横目に見ながら、有田と物部は閏井の陣地へと戻って来た。

「やっちまったぜ、ちょっとアームが歪んじまった」

 ごめんなー、と軽い調子で有田は【BREAK】を奥入瀬の横に置く。奥入瀬は眉を上げて了解した。さっき『積み木』を投げた拍子に、歪んでしまったらしい。

「お疲れ」

 川内が労いの言葉をかけた。「ごめんな。ちょっと無茶振りだったよな、さっきのは」

「本当だよ、ったく」

 そう言うと、有田は笑いながら水を喉に流し込んだ。もちろん、本気で怒ってなどいないのだ。

 その耳元のインカムで、尚も走りながら物部がぶつぶつと文句を垂れる。

「けど、俺は納得いかないよ。どうしてあそこで庇う必要があったんだ? せっかくあのフェニックスが弱るチャンスだったのに」

「バカ言うなって。あのフェニックスの攻撃ロボットなら、放っておいたってちゃんと迎撃できてたさ」

 川内は、なぁ、と十勝を振り向いた。十勝は頷く。さっき出撃を提案したのも、十勝だったのである。

「簡単に言えば、恩を売ったんだよ。ああしておけばフェニックスは、まさか僕たちに攻撃なんてして来ないだろ?」

「……そりゃ、そうだな」

「今の僕たちにとって一番怖いのは、フェニックスに攻撃された時だから」

 川内は声を低くする。フェニックスに聞かれたくないという気持ちでも働いたのか、他のメンバーも自然とそうしていた。

「フェニックスには攻撃せず、されないようにする。その方がいいよ。まだ何を隠し持っているか、分からないからさ……」


 そう。

 ここにこそ、閏井の行動原理があったのだ。

 『ロボット破壊装置』による全ロボット停止の被害を受けて、閏井は見えないところで震え上がった。かつて、そんな凶悪な攻撃をしてきたチームはない。特にあの攻撃ロボット【ドレーク】には、【BREAK】の攻撃を何度も振り切ったばかりか撃破までされているのだ。

 触らぬ神に祟りなし。フェニックスの唯一の欠点は積み上げ速度の遅さだから、勝負できるのはそこだけだ……。川内はもうかなり前から、そう心に決めていたのだった。


 と。

 黙っていた奥入瀬がようやく久しぶりに、口を開いた。

「やっと何とかできたよ……。これだから、自律ロボットの整備は大変なんだ」

 その言葉に、誰もが反応した。今までかかってようやく、積み上げロボット【BABEL】の修理が終わったのだ!

「基盤が駄目になりかけてたから、新しく作り直した。手間かけさせやがって……」

 ピンセットをカチカチ言わせながらぼやく奥入瀬の肩を、笑いながら川内は叩いた。

「ありがとな、助かった。次、有田の【BREAK】も頼む」

 そして、真顔を作った。言いたい事が分からないほど、他のメンバーも愚かではない。全員が立ち上がる。


「やるよ」

 川内は宣告した。

最終局面ラストステージだ」




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