056 夢見た瞬間
「頑張れよ」
その一言を残し、二人は去っていった。
残された五人は少しの間、そこにぼんやり突っ立っていた。
「……三台、揃ったね」
悠香がまず、放心したように空を見つめながら言った。
「うん」
「揃ったね」
「これで条件未クリアで出られないなんて事態は回避できたな」
「そんなの嫌だもんね」
「
「……普通は、もうちょっと大人しい使い方をする道具。摩擦ブレーキとかバルブとか不良品の排出システムとか」
「排出システムだけ、えらく汎用性が低いな……」
「……これなら、どこの
「うん」
しんとした時間が空く。
一拍置いて、悠香は叫んだ。
「やったあ────!」
「よっしゃあ────っ!」
陽子も叫んだ。亜衣も菜摘もガッツポーズを決めた。麗の顔にも、珍しく笑みが浮かんでいた。
ああ、揃った。ついに揃ったのだ。これまで一ヶ月半近くにも渡って悩み、苦心し、仲違いも起こしながら、この瞬間を待ち侘びて悠香たちは頑張り続けてきたのだ。
目の前には新品の色を光らせるロボットが三台、自分の与えられた任務をもう既に覚っているような顔をして並んでいる。悠香にはそれが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。これまでの苦労も疲れも何もかもが、滝のように滑り落ちて消えていくようだった。
「ねえ、名前決めようよ名前!」
いいね、と亜衣が続く。「いちいち『リフトアップロボット!』じゃ、味気もないしね」
「『
麗の提案だ。何それ、と問い返す悠香に、やや恥ずかしそうに俯きながら答える。「そういう名前の飛行機があるの。旅客機の部品を運ぶ飛行機」
「いいじゃん、夢がある感じがする!」
意外にも陽子が真っ先に賛成し、ドリームリフターは一発で可決した。
次いで輸送ロボットは『
「だって『積み木』を狙うんじゃん。狙うって言ったら英単語のaimでしょ!」
「一番のライバルがスペインの『
とは、それぞれ菜摘と亜衣の発想である。
「ドリームリフター、エイム、それにドレークかぁ……」
名前負けしてないくらい外見にも惚れ惚れしちゃうなぁ、なんて微妙な自画自賛に浸りながら、悠香は『エイム』となったロボットの表面を撫でた。冴えた名前を与えられたそのロボットは、やっぱり誇らしげだ。
◆
悠香たち五人のロボット運用計画は、こんな感じである。
『積み木』はあらかじめ悠香たちが目標を決め、輸送ロボット『エイム』がその位置を把握、手に入れて自陣に戻る。輸送ロボット『ドリームリフター』はエイムごと『積み木』を持ち上げ、塔を構築する。残る攻撃ロボット『ドレーク』はその周りを自由に走り回りながら、塔ないしロボットの防衛と他チームへの攻撃を加える。
エイムは全長一メートル程度の中型ロボットで、基準走行速度──初期設定での走行速度は、毎秒一メートル。
二本のアームをガイドレール付き大型ネジで支え、ネジの高速回転によってアームの幅を変え『積み木』を掴む。車輪は凹凸付ゴムタイヤを採用して摩擦係数を上げ、指示を出す
『積み木』を積む寸前に接着剤を間に挟むべく、車体下部には水鉄砲を改良した液状接着剤発射機構が取り付けられている。『積み木』の確認は電池ボックス上部のムービーカメラが行う仕組みだ。『積み木』に長方形状に吹き付けられた塗料を認識し、ターゲットを決定する。基本的には自律制御だが、緊急時にはリモコンでの操縦も可能である。
ドリームリフターは最大車高五メートル十センチ。エレベーターとフォークリフトの融合体で、人の手が一切入らないという意味では唯一の完全自律制御ロボットである。
エイムを収容するリフトを、金属製滑車と軽量チェーンを組み合わせたエレベーターで持ち上げ、微調整を下部の油圧ジャッキで行う。単純なエレベーターと違い不安定な構造なので、リフトがぐらつかないようリニアレールを用いて支えている。基本的には移動は必要ではなく、基準走行速度は毎秒〇・一メートルだが、自慢の大型複合昇圧電池『RIGHT-S』を含む総重量は十キロ以上に達するため、そのモーターはかなり強靭だ。
ドレークはエイムより少し縦に長い程度の大きさだが、ゴツさはエイムを遥かに上回る力自慢である。
手動制御で使用し、車輪は戦車らしくクローラー機構──通称、キャタピラーを使うことで滑り止めにしている。前部には直動ソレノイドを四つ繋げて作られた兵器『ショットガン』がガイドレールに支えられながら据え付けられ、その後方には複合昇圧電池とショットガン制御装置類がコンパクトに纏められている。昇圧回路と連動式スイッチは、そのまま後方下部の謎の最終兵器『ロボット破壊装置』にも接続されている。
車体重量が七キロに及ぶにも関わらず、八つの車輪に四つのモーターと盤石な駆動システムを有するドレークは、基準走行速度がなんと毎秒三メートルに至る。攻撃にはなくてはならない高スピードは、複合昇圧電池の持つ大きな起電力と電圧の賜物だった。
多少の協力は仰いだとは言え、概して自分たちの手だけで作り上げたロボットたち。
そのままいつまでも眺めていたかったが、そうもいかない。このロボットたちは鑑賞魚ではないのだ。
「よし、そろそろ練習しよう!」
悠香は声をかけた。「この子たちも走り回りたいだろうし!」
「そうだね、やりますか!」
うーんと伸びをし切った亜衣が、その勢いで大きく首を縦に振る。その向こうで陽子が手帳を取り出した。
「どこでやろっか。物理部の面々は体育館を使ってるって聞いたけど」
「やっぱ、ここじゃない?」
「ここしかないよね。物理実験室は使えないし」
となれば、話は早い。五人は顔を突き合わせた。
「……前みたいにまた、怒られたくはないもんね」
悠香の言葉に、誰もがその意味とこれからの行動を覚っていた。
「失礼しまーす、浅野先生はいらっしゃいませんかー?」
どことなく間延びした声が社会課研究室に響き渡り、浅野は顔を上げた。
──今の、玉川さんたちかしら。
「私はここよ」
名乗りながら研究室の入り口に出てくると、あの五人が顔を揃えていた。あら、と浅野は思わず声を上げる。
「どうしたの」
「ロボットが完成したので、教室で本番の練習をしてもいいですか?」
いつものように亜衣──ではなく、悠香が先頭に立って口を開いた。
「今まで教室でロボット作っていたので、今更と言えば今更なんですけど」
「教室かぁ……」
「あっ! もう爆発事故は起こしません! 火元には十分配慮します」
さすが、二度も火事騒ぎを起こした張本人たちだけのことはある。そこは分かっているようだ。
「…………」
すぐには返事を返さず、浅野は口元に手を当てて悩むふりをした。中途半端に開けられた悠香たちの口が、困ったような慌てたような、妙な表情を作っている。
──ダメだ。この子たちの処分の事を考えるだけで、気持ちが塞いでくる。
目の前の少女たちに気づかれぬようにして、浅野は虚しい呼吸を繰り返した。悠香たちは、定例教師会議で自分たちが議論の的に曝され、一部教師の間で酷い言われようをしていることを知らない。
いや、知らなくていい。知る必要がない。
「……いいわよ」
ついに浅野は答えた。
「やった……!」
悠香たちは手を取り合って喜んでいる。そんな五人に──或いは自らに釘を打ち込むように、浅野は付け加えた。
「いい。お願いだから、もうトラブルは起こさないでね。私が庇えなくなるから」
「庇えなく……?」
よく訳が分かっていないらしい。浅野は誤魔化すように手を広げ、
「……何でもないわ。ほら、行きなさい」
五人を社会課の外へと追い出したのだった。
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