055 やっぱり協力者は変態。
翌日の夜、相模家──麗とその母は、とある場所で落ち合っていた。
《キンコンカンコーン》
頭上で鳴ったベルに、麗は耳を澄ませる。次いで、合成音声に聞こえなくもない女性のアナウンスが届いた。
《全日本航空四一八便、ただいま十七ゲートに到着致しました》
「よかった、間に合ったわ。行きましょう」
母はそう言うと、頭上の『到着ゲート』を一瞥する。うん、と麗も頷いた。京浜急行の駅から走ったからか、まだ少し息が上がっていた。
二人の今いるここは、大田区の東京国際空港だ。羽田空港の通称を持つ巨大な空港の一角、数年前に新設された国際線ターミナルの建物に、京急空港線を降りた麗はつい今しがたエスカレーターを登って改札を通過したところだった。自家用車を停めて待っていてくれた母と落ち合った途端、あの放送がかかったのだ。
二階へと上るエスカレーターの先に、丁字の形をした到着ロビーがある。ガラス戸の向こうは入国手続きの施設だ。その手前で暫く待っていると、父が大きなカバンを手にやって来た。
淡い黄色の照明に照らされた父の微笑みは、うっとりするくらい優しくて、きらきらと輝いている。ということは、機嫌の良い証拠である。
「やあ、待たせたね」
手を挙げて挨拶した父は、母と麗を順々に抱き締めて回る。
「長旅、疲れたでしょう?」
「そんな事はないさ。さすが日本の航空会社だよ、乗客を飽きさせないようなサービスが天こ盛りだ」
「それならよかったのだけど」
お互いの肩を抱きながら話す二人は、どこからどう見てもラブラブなカップルである。そこそこの歳には達しているのだが。
ふぅ、と大きく息を吐き出した麗は、父と共に飛行機から降りてきた人々を眺めていた。全日航四一八便は、米国東海岸のワシントン・ダレス国際空港から羽田空港までの直行便だ。NASAの本部から近いので、父の乗る飛行機といえばもっぱらこの路線である。
──これに乗ってきた人たちは、どこへ何をしに行くんだろう。
行き交う色とりどりの人々を見ながら思案している麗に、
「レイ」
父が声をかけた。
「?」
「お土産だよ」
見れば父は、一抱えもありそうな箱を右手に引っ提げている。まさか、と麗は父を見つめた。
「これだろう? 複合昇圧電池『
「……ありがとう」
麗は早くも腕に力を入れながら、それを受け取った。
新しく攻撃ロボットを作るにあたって、必要な電池は三つになる。そこで色々と計算や実験を繰り返した結果、リフトアップロボットにはもう少し大型の複合昇圧電池が欲しいと判明した。そこで数日前、再び頭を下げて頼んでみたのだ。間に合ったなぁ、と麗は安堵のため息を漏らした。いや、思っていたより重かったからだろうか。
「前に送った『RIGHT-A』は、ちゃんと役に立っているかね?」
「うん、すっごく」
「それは喜ばしいな。お金と手間をかけた甲斐があるというものだ」
うんと麗は頷いた。お金と手間、などとプレッシャーのかかる言い方をされても別に焦りもしないのは、父がいつもこうだからだ。自分の趣味でも家族サービスでも、どこから湧いてきたのかと不思議になるくらい湯水のようにお金を使う、それが父ハドソンのやり方だった。
だからこそ、麗は嬉しくもあったのだ。
「さ、帰りましょう」
母が麗と父の背中を押す。お、と押し出されるように父は声を上げた。
「今日はちょっと面白い土産話がある。二人ならきっと面白いと思ってくれるはずだぞ」
「へえ、どんなのかしら?」
「それは言えないな。もっとも、来月辺りには公式アナウンスするけどね」
「あら。また仕事、忙しいのね」
「ああ。明日はJAXAと国立天文台、明後日は文部科学省と会合がある。二人とゆっくりできるようになるのは、もう少し先のことになるだろうなぁ」
「……残念」
「ふふ、そう言ってもらえて父親としては嬉しいよ」
三人は仲好さげに空港ロビーを歩き、駐車場へと向かったのだった。
◆ ◆ ◆
「遅いなぁ……」
さっきから何度もそう口に出しつつ、悠香はうろうろと教室の中を歩き回っていた。
「そんな歩数ばっかり稼いだって、来ないものは来ないよ」
「分かってるよー」
投げやりな答えを菜摘に返す。当然、止まったりはしない。
もう幾度見返したかも分からないスマホを取り出した悠香は、最新のメールを見た。今日の昼くらいに友弥から届いたメールだ。
〔例のロボットの依頼、出来たから持っていくってさ。準備よろしくな〕
そう書いてある。別に十万回見返したからって、スマホは壊れても文面が変わるはずはないだろう。
せっかく急ピッチで組み立てを終え、試験走行も済ませ、完成した二台のロボットともども迎える準備をしたというのに。
「もうけっこう経ったんだけどなぁ」
時計を見上げ、悠香は呟いた。時刻は午後四時半、そろそろ来てもいい頃合いだろうに。
「待っててもしょうがないし、調整でもしてるしかないんじゃない?」
自分はパソコンをカチカチ弄りながら、菜摘がそう溢す。と、その後ろに回り込んだ亜衣が叫んだ。
「うわ、ナツミったらゲームしてる!」
「なにっ⁉」
悠香と陽子が飛びかかり、菜摘はゲームの画面を消し損ねてしまった。「くそー、バレた……」
「白状しろ! なんでゲームなんかやってた!」
「だ、だって言われた通り数値調整はやったし、私だって暇になったから……」
「だったらどうしてあたしたちを誘わなかったのよ!」
「そっち⁉」
何々、とばかりに麗までもが顔を覗かせてくる。その横でパソコンを奪い合う、悠香に陽子に亜衣に菜摘。
すべき事がないからか、騒ぐ様子はなかなかに楽しそうである。が。
「……何やってんだ?」
声がかかった瞬間、五人の身体は優に三十センチは宙に浮いた。
いつの間に来ていたのか、友弥と冬樹が教室の入り口に立っていたのだ。大変なところを見られてしまった、悠香たちは赤面しながら大慌てで整列する。
「お約束の品を持ってきたよ。動作確認も済んでるから、プログラムさえ組めればいつでも使えるようになってる」
冬樹は腕に抱えた大きな段ボール箱をそっと床に置くと、蓋を開けた。「下半身の準備はできてる?」
「……できてます」
答えた亜衣の顔がなぜか赤くなっているが、何だろうか。
五人は段ボール箱の周りに歩み寄った。悠香が中を覗くと、そこには不思議な形をした部品が四つも連なった縦長の器具と、金属質感溢れる銀色の箱が一つ入っている。
「ほぇえ……」
何と形容すべきか、格好いい。呟いた悠香の耳元で、冬樹が唐突に叫んだ。「あ! もしかして君がハルカちゃんか⁉」
「???」
電気ショックを浴びた猫の如く、びくっと跳ねた悠香に、冬樹は不気味なほど喜色満面な顔を向けた。なまじ前回会えなかった分、冬樹のわくわく感は異常に高まっていたのである──が、悠香はその辺の事情は何も知らない。
「あの……えと、私まだ何も」
「いやあ写真見た時からずっと話してみたいと思ってたんだよ! 他のみんなも一緒にあとで新宿西口のカフェでお茶はぶっ⁉」
次の瞬間、半切れの友弥が冬樹の側頭部を殴り飛ばしていた。
横向きに吹っ飛び頭を抱えて踞る冬樹を足で踏みつけ、友弥はため息をつく。「……ごめん、脅かして。こいつちょっと度を越した変人でさ」
変態の間違いじゃ……。さすがに悠香までもが、そう思った。
「──ぅし、これで取り付けは大丈夫かな。ぐらついてない?」
「あ、ちょっとだけ」
「しっかり固定しておいて。そこが不安定だと、本番にも支障をきたす可能性があるからな」
冬樹の指示通りに、亜衣はドライバーを回してネジを深くまで固定する。もうこれ以上ないくらいに力を込めて回すと、取り付けた装置もさすがにガタガタと動きはしなくなった。
「これでよし」
満足そうに笑った冬樹は、手を叩いた。「説明するから、全員来てくれる?」
プログラムのセットアップに苦心していた菜摘と友弥が、パソコンごとこちらへやって来る。悠香と陽子と麗は、もとより見物人だ。
「使い方を伝授するよ」
ようやく駆動部分と攻撃兵器とが合体した機体をコンコンと叩くと、冬樹は頭を擦りながら言った。友弥に負わされたダメージがかなり残っているようだ。
「こいつはパンチングを行う兵器『ショットガン』だ。四つのソレノイドが縦にくっついていて、それぞれ通電すると長さが伸びる。並列に繋いだ昇圧回路に接続することで瞬間的な電圧を一気に高めた結果、こうなる」
バゴンッ!
スイッチを押した瞬間、『ショットガン』は凄まじい勢いでパンチを繰り出した。
「計算してないから分からないけど、かなりの破壊能力があるはずだ。例えばこいつを腹に食らったら、人間だってただではすまないだろうと思う。だから扱いには注意してね、くれぐれも」
「は、はい……」
「通電を感知すると作動するから、プログラムには通電のタイミングだけをコントロールするように書き込めばいい」
「分かりました」
菜摘は答えながら、早くもパソコンに文字をカタカタと打ち込んでいる。小刻みに響くその音をBGMに、冬樹の説明はまだ続く。
「こいつに使われてるのは、プッシュプル型直動ソレノイド。電磁石の吸引力を応用して
「臨機応変に……」
「アタッチメントみたいに複数用意しておくとかね」
そんなところかな、と冬樹は立ち上がる。
「待ってください、こっちの四角い方は?」
陽子が尋ねると、冬樹はああ、と笑った。
「ショットガンの説明を置いておいたけど、そこにそいつの使い方も書いてあるよ。『ロボット破壊装置』って奴さ」
何だ、この上なく物騒なその名前は。訝しげにその『紙』とやらを手に取る悠香たち五人。そうそう、と冬樹が付け加える。
「練習では絶対に使うなよ。取り返しのつかない事故を起こしかねないから」
「…………」
──私たち、そんなにヤバいモノを手にしてるのかな。
ぶるっ、と悠香は肩を震わせた。ともかく肝心なのはショットガンなわけであるから、そう言うならば是が非でも触るのは止めておこう。
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