057 練習開始!
練習と言っても、その日はごく簡単な操作の練習をするしかなかった。
持ち上げるべき『積み木』がなかったからだ。明日、悠香と陽子が二つずつくらい持ってくる事になって、練習を終えた五人は解散した。
翌日は、日曜日。教室は開いていない。
だが顧問たる浅野先生の許可を手にしている悠香たちは、もう総合教室棟経由で侵入する必要はなくなった。入り口の守衛所で事情を伝え、教室棟の施錠を解除してもらうだけだ。
「よっしゃー! 入れたーっ!」
教室にカバンを放り込み、気持ち良さそうに腕を伸ばす悠香。その足元には、昨夜即席で作った段ボール製『積み木』モドキが置かれている。
「正規ルートで入る方が時間がかかる、とかいう突っ込みは野暮だね」
苦笑した陽子の隣で、菜摘はもうパソコンを起動し終えている。いつでも準備、大丈夫だ。
「明日が日曜日だからって、昨日は解体しないでおいたんだよね。毎回こんな風に出来たら楽なのになぁ」
「たしかにね。いちいち組み立て、正直ダルいし」
「あはは」
喋りながらも手は動かす。机を教室の前の側に押しやってスペースを確保し、『積み木』擬きを適当に配置、ロボットたちの電源も入れる。菜摘がコマンドを入力すると、ドリームリフターはのろのろと配置についた。
「よし」
菜摘は声を上げた。エイムの緊急操作用リモコンと塗装用スプレーを手にした悠香が、ドレークの操縦コントローラーを握った陽子が、それぞれこくんと頷いて準備完了を知らせる。菜摘は再び声を張る。
「スタート!」
悠香はまず、一番近くの『積み木』へと駆け寄った。エイムから見て一番正面に向いている平面を探し、四角い型紙をそこに当てる。
プシュッ!
吹き付けられた塗料が綺麗な長方形になる。一連の動作がエイムの視界の邪魔にならないように意識したが、どうだろうか……?
『ピピッ』
エイムが認識音を放った。
「計算できたよ! 誤差、
菜摘が画面を前にしながら報告する。エイムの思考状況は常に、無線を介して菜摘のパソコンに報告されているのだ。
型のサイズは予め、エイム内部の
毎秒一メートルの速度でエイムは走り出した。
『ウイイイイイイイイン!』
甲高いモーター音が響く。
ネジ部分が高速回転し、アームの間が開く。エイムは『積み木』のギリギリ前まで着くと、広げたアームを閉じた。『積み木』はしっかりと、その手の中に収まった。
「よし、問題なし!」
パソコンから目を上げた菜摘が、親指を立てて成功を示している。
再び後方に向かって走り出したエイムを追いかけながら、悠香も返事した。「こっちも! ちゃんと掴めてるよ!」
エイムのアームはやや不安定そうに揺れているが、『積み木』に落下の気配はない。きちんと力がかかっている証拠だ。
ドリームリフターの位置情報は、GPS──汎地球測位システムの数値データとしてエイムに届けられている。エイムは自らの位置情報とそれらを鑑みてドリームリフターの位置や向きを把握し、『積み木』を掴むや否や走り出すのだ。先刻と同じように、三回の基本動作を重ね合わせながら。
ドリームリフターはすぐ後方に控えている。バックでその前へと走り込んできたエイムは、勢いそのままにドリームリフターの台へと進入した。一番奥に付けられたマイクロスイッチが衝撃を感知し、タワーが上昇を始める。同時に少し前進し、塔の構築地点の真上になるように移動する。
ガタン!
上昇が終了した途端、エイムがアームを開き『積み木』を落とした。目標地点の概ね近く。成功と見て、問題ないだろう。
「うん、これなら大丈夫かな。一段積めたね」
ほっとしたように頬を弛めた悠香と菜摘だったが、まだ気は抜けない。問題はここから先の二段目、三段目以降なのだから。
一方、陽子もドレークの操縦を練習していた。
自律制御のエイムと違って、このロボットは実質的にはラジコンみたいなものだ。コントローラーの適切な使い方さえ分かっていれば、そんなに難しくはない。
「次、こっち!」
小声で自分に
「ここっ!」
鋭く叫ぶや、ショットガンが椅子の山に強烈な打撃を喰らわせた。
ガラガラガラッ!
乾いた音を立てて椅子は崩壊した。
「ナツミー、今の動作、操作から反応にかかった誤差時間はどのくらい?」
尋ねられた菜摘、キーを幾つか打つ。「コンマ四秒くらいかなぁ。もう少し反応いい方がいい?」
「ん、いいや。このくらいでも問題はないし」
そう答えると、陽子はふうっと溜めた息を抜いた。まだまだ、このロボットがまるで指先みたいに感じられるくらいまで、練習しなきゃ。
パソコンを代わり番こに覗きながら、三人は『積み木』を積んだり崩したりを繰り返す。
その様子を、外から眺めていた男がいた。信濃である。
同じフロアにある中学三年
時折、猛烈なクラッシュ音がドアの下から飛び出して、十字型の校舎の階段を落ちてゆく。もう何をしに来たのかも忘れて、信濃はそこに突っ立っていた。
──なんて危ない!
彼は憤慨した。
──確かあれが、この前から頻りに定例教師会議の話題になっているグループだよな? 事故を起こしてもなお懲りずに、しかも教室なんていう危険極まりない場所であんな事を繰り返しているのか?
有り得ない、と思った。いや、普通はその感覚が適当であろう。あんな事は校庭にでも出てやればいいのにと、事情を知らない信濃ならば考えても当然だ。
──明日の教師会議で弾劾する、いいネタだ。
笑った、その時だった。
「……先生、何してるんですか?」
びくうっ!
昨日の悠香の比ではないくらい信濃は飛び上がった。
教え子の声だ。振り返ればちょうど階段を上がった場所に、二人の少女──亜衣と麗が、大きな箱や袋を抱えて立っていた。光を宿したその大きな瞳が二組、信濃を不審者扱いするような目付きで睨んでいる。
「何だ、鶴見と相模じゃないか。お前たちこそ、日曜日に教室に何の用だ?」
「私たちの部活、ここが活動場所なんで」
亜衣はますます目を細めた。「あの、そこ通ってもいいですか?」
しまった、道を塞いでいた。
「……すまない」
頭を掻きながら信濃はそこを退く。退いてから、しまったどうして退いちまったんだと後悔したが、その時には二人は前を一礼して通過してしまっていた。
ガラガラとドアを引き開け、二人は教室に消えた。再びそこには、天井の火災報知器以外には誰も見ていない沈黙が訪れる。
「──気に入らない!」
念押しのように言うと、信濃は駆け足で下の階へと降りて行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます