021 悪夢一過
試験の終わった翌日。五人は新宿のコーヒーショップに集まっていた。
本当は学校がよかったが、今日は日曜日で学校には入れない。もっとも、そうでなくても採点作業中の学校には入れてくれないだろう。
「で、みんな」
悠香はルーズリーフを何枚か引っ張り出した。
「どんな奴にするか考えてきた?」
「試験中だったし、何も」
四人は口を揃える。驚きのあまり悠香は目を剥いた。
「えー? 私は色々考えてたんだよ? 両立を一番唱えてたのヨーコじゃん!」
口を尖らせると、少しムッとしたらしく陽子も反論する。「そ、そりゃあたしだって何も考えてなかったわけじゃないけどさ」
さっきと言っていることが違うのには、触れるつもりはないらしい。
「今回の試験は学年末だけに範囲広かったし、考えられなくても仕方ないんじゃないの」
亜衣の発言はあくまでも大人だった。あぅ、と悠香は痛いところを突かれて黙り込んだ。
その悠香に、隣の菜摘が指摘する。
「そんなに言うなら、ハルカはちゃんと勉強してたの?」
ギクッ。
悠香の表情は凍りついた。やっているわけがないではないか。
「……あんまり」
「おい、試験落第で留年とかになったらロボコンどころじゃないぞ」
陽子の心配はしかし、確実に的を射ている。どんどん顔面蒼白になる悠香。
「……そ、それはきっと大丈夫。……多分」
重苦しい沈黙が、悠香を中心に半径五メートルくらいの球体空間内に展開した。
と、今までずっと沈黙を保っていた麗が、ぽつりと溢した。
「……私は、今は終わったことより、未来を見据えるべきだと思う」
麗としては、こうして過去を振り返ることに費やす時間の方が無駄に思えたのである。が、悠香にとっては単なるタイミングばっちりの増援だ。見る見るうちに目と頬に生気が戻り、その表情のまま力説する。
「そうだよ、今はロボコンの話を進めようよ。今更どうこう言ったって何も変わらないし、もう猶予はあんまりないんだから」
亜衣と陽子は顔を見合わせた。
「……ま、いいか」
最悪、自分たちさえ突破できていれば、あとはどうにでもなるだろう。
「私は、こないだハルカが言ってた奴でいいと思った」
菜摘が言っているのは、例の攻撃重視の作戦の事だ。
「他のところは──特に常連のところであれば、やっぱり行動の全てに余裕持ってると思うよ。とすると、攻撃に一台使ってくる可能性が高いと思う。で、あとは自衛隊とか核兵器の理論だよ。『お互いに武力を持ってるから手出しが出来ない』って状況を作るなら、やっぱりこっちも一台攻撃用にロボットを持っておかないと」
「あたしは別の意味で賛成かな」
陽子も賛同を寄せた。「五メートルのリフトアップを輸送用ロボットに任せるのは荷が重すぎると思う。そこんとこ、一台でリフトアップを賄うのは、今になって思えばなかなか良いかも。リフトアップと輸送と攻撃にそれぞれ一台ずつ振り分ければ、確かにちょうどバランスいいんだよね。攻撃ロボットだって、色々機能を持たせて他の役割もできるようにすればいいだけだしさ」
「探査なら、何とかなりそう。いいモノを見つけた」
隣の菜摘をチラチラ見ながら麗が補足する。
「多分、プログラミングはそんなに大変じゃないはず」
「やった!」
早くも小躍りしている菜摘。現金なヤツだ、と心の中でため息をつく亜衣と陽子。
──残る課題があるとすれば、何だろう。
悠香は考えを巡らす。
駆動部分については何の心配も要らない……はずだ。極端に言えば、ラジコン辺りを分解して仕組みを調べれば分かる話である。
持ち上げる機構なんかもっと簡単だ。フォークリフトの仕組みを応用すればいい。下から薄板を差し込んで持ち上げ、リフトアップロボットの所まで持ってゆく。それならやりやすいし、マシンのサイズに制約が無いのだから、そんなに大変ではないだろう。きっと。
後は攻撃ロボットだが……、それを考えるのはもっと後でも構わないはずだ。
「ねぇ」
亜衣が口を開いた。
「そう言えば『積み木』、どうやって積み重ねるの?」
「どうって、そりゃ普通に上からドンドンって積み上げてくんじゃなくて?」
「それだと崩れやすくならない? あんまり適当な積み上げ方だとちょっとしたズレとか揺れでも倒れやすくなるし、他のチームの攻撃ロボットの餌食になったらどうするわけ?」
「……言われてみれば」
確かに、積み上げ方なんて何も考慮に入れていなかった。
「倒れにくくする、か。でもあんまり大掛かりなことは出来ないよ?」
悠香の心配混じりの反対に、亜衣はヒラヒラと手を振る。「大丈夫大丈夫、ウチの父さんの職業知ってるでしょ?」
ああ、確か建築設計の仕事をしているのだったはずだ。以前に秋葉原でそう言っていた。
「例えば、『積み木』一個一個を積み上げる度に、上から釘か何かを打ち込んで頑強にするとか。父さんは元は鳶職もちょっとかじってた人だから、釘を自動で打つ機械とかも扱った事があると思う。だから、仕組みはそっから学べばいい」
「へぇ、そりゃ都合がいいな」
目を丸くする陽子の横で、麗が反論を投げかけた。「釘は現実的じゃない。安全性は落ちるけど、セロハンテープとかの方がいい」
「何か違うの?」
菜摘と悠香は全く同じタイミングで質問した。思わず目が合い、何だか可笑しい気分になる。
当の麗は大真面目だ。
「マシンのシステム的な問題は無くても、釘を打つのにはけっこう力が要る。それより、適量の接着剤か接着シールを間に挟んで積んでいく方がかなり楽。あと、」
またもチラッと菜摘を振り返るが、今度は何も言わなかった。少しがっかりした顔をする菜摘。
「いや、私は別に何でもいいんだけど」
亜衣は食い下がる。
「ただ、参考になるかと思って。そういう手もあるよ、みたいな……」
「じゃあとりあえずセロハンテープの方向で考えてくればいいな」
陽子が場を取りまとめた。本来悠香がやるべきなのだが、本人は何か考えことをしているらしく陽子の声も聞こえていない。というか、これでいつも通りだ。
「この中で、作図ソフト的なモノが使える人っていたりする?」
菜摘が手を挙げた。「私ならその手のソフトは大体。ついでに3D画像製作ソフトもちょっとなら使えるかも。フリーの範囲だけど」
「じゃあ、図面と外見予想図頼める?」
「全然OKだよ」
◆
ぺらっ、ぺらっ。
シュッ、シュッ。
紙をめくりペンを走らせる音が、さっきから空しくなるくらいこの空間に満ちている。
社会課研究室の片隅で、ふあぁ、とあくびをした浅野は腕を伸ばし、天井を見上げた。蛍光灯がダブって見えるくらいには、目が疲れている。
「半分くらいは終わったわね……」
束を見遣り、呟く。α組とβ組の山は既に大半の採点が終わっているが、
時計の針がカチコチと五月蝿い。近くの本棚に無理矢理に突っ込んで音を鎮めた浅野は、独り言を垂れた。
「……休もう」
休むと言っても、することがないわけではない。採点を休むだけだ。
机の端に置いてあった一枚の紙を、浅野は手を伸ばして掴んだ。そのまま片手でそれを前に翳す。ぺらり、と角が向こうを向いた。
浅野は素早くそれに目を通す。一番下の署名欄に書いてあるのは、陽子の名前だった。
──あの子たちが、なぁ。
五人の顔を思い浮かべ、浅野は何となく感慨に浸った。
──やっぱり本気なのね、私にこんな紙を出してくるなんて。しかも、あらかた根回しは済んでいるようだし。
印鑑に手が伸びる。いや待って、と自制心が働く。自分でいいのか。物理課の連中の方がいいのではないか。でも私を指名してきたんだし、と印鑑を握る。そしてそのまま、紙に捺印してしまった。
独り言がまた口をついた。
「だって私、頼られてるんだもんね」
少し、嬉しかった。あの五人の存在がまた一歩、浅野に近くなった気がする。
そして同時に心配も近くなったことを、浅野は無言のうちに分かっていた。
α組の束の中から、一人の答案を引っ張り出す。『玉川悠香』の名前がある。紙面に並んだ赤い記号の数と点数を見比べた浅野の顔は、何とも言えず苦々しかった。
「五人とももう少し、点数を上げてくれないとなぁ……」
五人に限らない。本当はもっと全体的に、平均点が高くなることを予想していたのだが。いや、少なくとも自分はそれを目論んで問題を作ったはずだ。
浅野のそんな秘めた悩みは、結局、本人たちの前で言葉になることはなかったのだった。
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