帰り道
みなりん
本文
1
今年の冬は、雪がたくさん積もって、とても寒かったのでした。赤城ももは、温かいコートと帽子と手袋を身につけて、学校の帰り道、市立図書館の前の道を歩いていました。
すると、市立図書館の駐車場から、男の子が歩いて来ました。同じクラスの高田くんでした。ももは、声をかけました。
「高田くん、図書館に寄ってたの?」
「うん、学校には無い本を借りに」
「そっか」
「もうすぐ、紙しばいが始まるんだって。よかったら見ていったら」
「ありがと」
ももは、高田くんとさようならをして、図書館の入り口に向かいました。入り口は、雪の量が多くて、歩くのが大変でした。
すると今度は、低学年の時に、一緒のクラスだった松田さんに出会いました。
そんなに親しい子ではなかったのですが、ももは、ちょこっとあいさつをしたのでした。松田さんは、ブラウスとスカートで、コートを羽織っておらず、寒そうに見えました。
「松田さん、久しぶりだね」
ももが、声をかけると、松田さんは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で何か言いました。
「・・・・・・・・・virhg.」
「えっ!?なあに?今、なんて言ったの?」
松田さんは、何か話したそうだったのですが、小声でつぶやくばかりでしたので、ももは、困ってしまいました。
「あの、ごめんね、松田さん。あたし、もう行くね」
それなのに、松田さんは、追いかけてくるのでした。ももは、なんだか嫌な気分になり、松田さんから逃げるようにして、図書館の入り口へ向かいました。
2
図書館へ入り、児童図書のコーナーへ行きました。図書カウンターの前を通り過ぎ、左手奥を見ると、ふかふかして暖かそうな毛皮のじゅうたんが敷いてありました。そこに、子供たちがいました。これから、紙しばいが始まるようなのでした。
ももは、まだ、時間があるようでしたので、右奥へ足を運び、ミステリーのコーナーへ行きました。
背の高い書棚が壁に沿うように並んでおり、赤いカーテンが引いてありました。
「こんなところに、カーテンなんてあったっけ?」
ももは、前にここに来たときの記憶を確かめるように、指先でそっと、カーテンをめくりました。
すると、なんとカーテンの奥には、通路がありました。
ももは、こんな不思議な場所を見ると、入ってみずにはいられないのでした。足を踏み入れると、通路の壁には、明かりはなく、5メートル程奥のほうに、スポットライトがあたっていました。まるで、どこかの劇場の裏舞台のようでした。進んでいくと、小部屋に出ました。小部屋のなかの正面の壁には、角が2本生えた牛の顔が飾ってあり、床には、妙な影ができていました。
たくさんある本棚には、どれも、奇妙な題名が付いていました。
「魔術読本」
「魔女の奥義」
「ちいさな花の髑髏たち」
数ある本の中から、いくつかぱらぱらと手にとってみましたが、あまりおもしろそうではありませんでした。ももは、通路を戻り、カーテンの外へ出ました。
いつの間にか、図書の貸し出しカウンターのところに、見たことのないお婆さんが座っていましたので、ももは、心臓がどきっとしました。
「わっ、すいません、びっくりした」
「ほほほ」
「あの、今日は、本を借りないで帰ります」
「事が済むまで、ここに、いてくだされ」
「はい?」
「あなたには、これから、してもらわなければならないことが、ありますでのぅ」
お婆さんの口元が、引き締まりました。
「あたしが、ですか?何か、お手伝いでも?」
「ほっほっほ。先般、赤いカーテンの後ろで、おっソロしいものを見たじゃろう?」
「おっソロしいももですか?」
「もの、じゃよ、お気づきでなかったかい?ほっほっほぅ?」
「?」
「デビルマスクがあったじゃろうに」
「デビルマスク・・・?」
「それならば教えてあげようのぅ。あなたは、さっき悪魔の部屋へ入り、平然として出てきたんじゃ。そのような芸当は、並みの者には、到底できないことじゃ。あなたは、呪いをはじく魔力をお持ちなんじゃのぅ。強い破邪の力じゃ!」
「破邪の力?はははっ、やだなぁ、お婆さん、私、魔力どころか、霊感も、全然ないんですよ」
お婆さんは、話をやめて、じゅうたんの上に座っている小さな子供達を指差しました。
「あの子達の頭を、ちとなでてみなされ」
「はい?」
ももは、子供達に近寄って、そっと頭のてっぺんに触れました。
「こぶができています」
「ツノが生えているのじゃ。この子達は、悪魔にとりつかれてしまったチビッ子サタンなのじゃ」
「チビッ子サタン!?」
「・・・・・・・・・virhg」
「・・・・・・・・・virhg」
子供達は、小さな声で、なにかをつぶやいてるのでした。その声を聞いていると、甲高くて耳障りな感じがします。
ももは、さっきもこんな気分になったことを、思い出しました。
「さっき、松田さんも、同じことを言っていたなぁ」
お婆さんが、立ち上がりました。
「さあ。赤いカーテンの向こう側へ行って、本をとってきてくだされ。あなたのような、破邪の人にとっては、簡単なことですじゃ。頼みますのぅ」
「怖いなぁ・・・!いろんな話を聞いてから入るのと、何も知らずに入るのとでは、全然違いますよ。どんな本がいるんですか?」
「悪魔祓い辞典と、悪魔召還全集じゃ」
「なんか、難しい・・・!えーと、悪魔をはらう本と、悪魔を召還する本がいるということは、悪魔をまず呼び出して、それから退治するってことですか。超怖いじゃないですか!それで、もしも、本が見つけられないとどうなるんですか?」
「その時は、子供達が、地獄の大悪魔に連れて行かれてしまいますのぅ」
「地獄の大悪魔!?」
ももは、しばらく考える時間が欲しいと思うと同時に、これはいくら考えても、行くしかないだろうと考えました。
こういう場合は、とにかく出たとこ勝負で、やってみるしかないのです。
根拠のない自信をふりかざして。
「わかりました。お婆さん、私、探してきます」
「ほっほっほ、よろしく、お願いしますのじゃ」
ももは、一呼吸をして勢いをつけ、赤いカーテンの裏側へ入って行きました。通路を通り、小部屋へ出ると、牛のお面が、いえ、デビルマスクが、じっとこちらを睨んでいるように感じられました。
「さっきは、なんとも思わなかったのになぁ・・・怖い!」
震えあがりながら、本棚を数えると、全部で12棚ありました。
ももは、一番窓際の隅の棚から、目当ての本を探し始めました。ところが、ありそうでないというのはこのことかと、思い知らされました。
どの棚にも、魔法や魔術の本ばかりあるのですが、「悪魔祓い辞典」と、「悪魔召喚全集」は、なかなか見当たりません。
30分程、経ったでしょうか。もものお腹が、ぐ~っと鳴りました。
「お腹が減った、ああもう、疲れちゃった」
思わず弱音を吐いたところで、突然、壁にかかっていたデビルマスクが、大音量で、しゃべり出しました。
「lmiydcxkjhrilsl.vklshgvmklshlkhghl.simhgvsgh!」
「やめて!」
その声を聞いていると、頭が痛くて割れそうになります。
「stbdromyjnosklhcskrhklthblnthsrhshbksbth.rntjk!」
次には、涙が枯れるほど、悲しい気持ちになりました。辛くて辛くて、死にそうです。
そして、ついには、ももの口からも、悪魔の言葉があふれて出てきたのです。そして、ももの心に、デビルマスクの声が、直接、入ってきました。
「・・・・afh・・・;sdgh・・????」
「おいでおいでぇ!死んで、地獄で暮らすのだ!きゃははは!」
ももは、襲ってくる悪魔の感情に耐えようと、もがきながら声を出しました。
「あ、あなたが、・・・悪魔ね」
すると、目の前に、1冊の本が飛んできました。
両手で受け止めると、本は勝手にめくれ、ある行が眼に入りました。
「れつうりの、てきてで、よまくあ」
ももは、ひらがなで書いてあったその文字を思わず読みあげました。すると、どうしたことでしょう。
急に、心がずっしりと重くなり、意識が朦朧としてきたのです。
「う、何?今の言葉、・・・呪文だったの?」
その本の表紙を見ると、悪魔召還全集と書いてありました。
悪魔言葉は、逆さ言葉。
ももは、知らずに、悪魔召還の呪文をとなえてしまっていたのです。
悪魔の罠に、はまってしまったのです。
「貴様のようなクズだが、魔力はたっぷりあるようだ!それいけっ」
デビルマスクから、黒い影が出てきて、ももの方へまっすぐに飛んできました。
ももは、とっさに、本を投げつけましたが、無駄でした。
身体の中に、黒い影が入り込んだ瞬間に、ももは、自分の意思で動くことができなくなってしまったのです。
(どうしよう、悪魔が、私にとりついてしまった・・・苦しくて息ができない。やっぱりあたしに、破邪の力なんかないんだ・・・どうすればいい、どうすれば?)
ももは、苦しさのあまり、立っていられなくなり、本棚にもたれて、床に座り込んでしまいました。
悪魔の気持ちが、ももの心と一体化してしまったのです。
悪魔の心・・・それは、深いぬめぬめとした悲しみ、灼熱地獄の炎の憎しみ、絶対に抜け出せないネバネバのくもの巣が絡まったようなねたみそねみ、そのような苦しい感情が混ぜこぜになったものだったのでした。
悪魔の不運な叫びは、ももの心をがんじがらめに縛りました。
「おまえの体は、私の奴隷になった。おまえの心は、ここで静かに殺してやろう!わかるだろう?私のこの思い。どうして、人間は、私をこんなところへ閉じ込めて、平気なのだっ?私が悪魔ならば、何をしてもよいのかっ。許せん!この世のものはみな、私より弱いくせにっ!!あつかましいっ!!人間は、全員、奈落の底へ落ちるがいい!手始めに、おまえを、二度と上がってこられない、地獄界の底の底へ落としてやる!」
ももの心は、今ぴったりと、悪魔と重なっていて、悪魔のすべてがまるで、自分が経験してきたことのようにわかるのでした。
悪魔はその昔、ルルと呼ばれていました。
ルルは、天使でした。
ところが、嘘をつき、過ちを犯し、天上界を追放されて、地獄界へ落ちてしまったのでした。
堕天使となったルルは、地獄界を逃れて、人間の世界へ来たのでした。
人間の世界では、天界の心も地獄界の心も、すべての感情が入り乱れていました。まるで、万華鏡に咲く、変わる花の姿ように。
そのなかで、ルルは、人間の弱さや堕落した姿に、よりどころを求めました。そして、ついには、人間にとりついて、地獄界の悪事をおこなうようになっていったのです。
ですが、人間界にも、天界と同じように、悪事や堕落を嫌う人々が大勢いました。
ルルは、そのような人々に、悪魔と呼ばれ、ついには、2度と悪いことができないように、封印されたというわけなのです。
この図書の赤いカーテンの小部屋は、たくさんの魔術の本によって、悪魔が出てこられないように、結界が張ってありました。
ところが、ある時、本好きな少女がやってきて、偶然、結界の一部を解いて行ったのでした。その時、ルルは少女にとりついて外に出ようとしたのですが、少女が魔力を持っていなかったため、出ることができませんでした。その結果、少女は悪魔となって命を落とし、ルルは中途半端に覚醒したまま、小部屋に残されたというわけなのでした。
ももは、すべてをわかった上で、ルルに、精一杯の心をぶつけました。
「ルル、あなたの気持ちは、あたしが、全部受け取ったわ。安心して…あなたは、悪魔なんかじゃないんだから」
ルルは、ももの声を聞いていました。
「今のままでは、苦しいだけ。心にプラスを描いて」
ももが心に描いたプラスは、十字架となり、ルルの心に刺さりました。
「うっ!」
ルルと一体化していたももは、ルルの胸にささった鋭い痛みに、その場で意識を失って倒れました。
その時、悪魔と化していたルルの心は、痛みがやわらぐとともに、次第に軽くなり、浄化されて、天界へあがっていきました。
しばらくして、ももは、静かに目を覚ましました。
「あたし、さっきは、ルルになっていたのね」
胸の痛みは、すでに消え、心の中にあった悪魔の気配も、なくなっていました。
壁にかかっていたデビルマスクは、ピエロのお面に変わっているのでした。
ピエロのお面は、泣いているようにも、笑っているようにも見えるのでした。
ももは、立ち上がり、床に落ちていた「悪魔召還全集」と、もう一冊の本を探しました。
「悪魔祓い辞典」は、まもなく見つかりました。
赤いカーテンの向こう側へ戻ると、お婆さんが待っていました。
「ほっほぅ、さすがですじゃ!」
「お婆さん、本を持って来ました。でもね、悪魔は、もうあの部屋にはいないんです」
「たった一人で、悪魔を退治してくれたのですのぅ。ありがたや。この本は、お役に立ちましたかのぅ?」
「ううん。それどころか、これのお陰で、あたし、悪魔にとりつかれちゃいました。でもね、あのひとは、本当はルルという名前の天使で、きっと、本物の悪魔じゃなかったの。だって、心の中で話しているうちに、気がついたときには、いなくなっていたんだもの」
「はぁ、それは驚きましたのぅ。あなたの破邪の力は、格別ということですじゃ」
「ほんとにそんなんじゃないんです。あら?お婆さん、あの小さな子達は?」
「無事に、帰っていきましたよ。さて、私も、そろそろ、戻りますのじゃ。本当にありがとう、娘さん。そうじゃ、あなたのお名前は?」
「ももです」
お婆さんは、にっこりとして、受付カウンターから出てきました。ももは、その姿にぎょっとしました。お婆さんの足が透けていたのです。
「お婆さん、幽霊だったの?」
「ほっほっほ。やっぱり、ももさんは、ちっとも怖がらないのぅ」
「だって、普通の人と全く同じに見えたから。びっくりした!」
「さようならじゃ」
お婆さんは、ももを図書館の出口まで送ってくれました。
「お婆さん、さようなら」
振り返った時は、もう、お婆さんの姿はありませんでした。
図書館を出ると、夜になっていました。雪がしんしんと音もなく降ってきていました。
きっと今夜は、降り続くのでしょう。
ももは、コートのフードをかぶって、降り積もる雪の中、通りの人の足跡をたどりながら、歩きはじめました。
悪魔との対決、それは、弱い心との戦いでした。
ルルは、本当は天使だったのに、弱い心から、邪まな思いが出てきたのでした。
「赤城さん!」
図書館の前の通りで、また、声をかけられました。振り向くと、それは、松田さんでした。松田さんは、さっきとは違い、明るく話しかけてきたのでした。
「松田さん、もう夜なのに、まだ、ここにいたの…風邪ひいちゃうよ?」
「ありがとう、心配してくれて。赤城さん、さっきは、驚いたでしょう。追いかけたりして、ごめんね。私、帰り道がわからなくなっちゃったの。だから、赤城さんが私に話しかけてくれて、本当に嬉しかったの」
ももは、はっとしました。
さっきは、雪で、わからなかったけれど、松田さんの足も、お婆さんと同じように透けていたのです。
「松田さん、もしかしたら、さっきから身体が、軽くなっているんじゃない?」
「そういえば、そうね。さっきからずっと、ふわふわしているわ。不思議」
「松田さんのおうちは、空にあるんだよ。だから、そのまま、ふわっと舞い上がって行けば、おうちへ帰れるよ」
「本当に?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、赤城さんの言うとおりにしてみる。ありがとう、またね」
「うん、またね」
松田さんの身体は、天上から降り注いだ雪の粒に包まれて、見えなくなっていきました。
ももは、やっと私も家に帰れると思い、雪道を急ぎました。
帰り道 みなりん @minarin
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