00-8. 刺客

【語り部:探偵事務所パール・所長 賀陽かや 陽一郎よういちろう



 花園神社。


 たしかに、2日前、桜の木の下に一人の女性が倒れていたらしい。あのジジイ、くそ怪しいぜ。


 そんで、その女性はここの宮司に看病されて本殿に横たえられている。


 なぜ、救急車を呼ばなかったのかか。宮司に尋ねたら、ここの爺さんも奇妙な事を言いやがる。「ここ(境内)から出さないほうがいい気がした」だと。でもって、「安心しい。わしは医師の免許をもっとるでな」だとよ。


 今年75歳だそうだ。今日はまったく変な爺さんにばかり会う日だぜ。


 まあ、ひとつ、いい報告ができる。この女性は俺の客だ。命はある。だが、悪い報告もしなければならない。二日間意識を失ったままだ。


 ひとまず、警察への連絡は加藤に判断を任せたが、豊島にだけ連絡をし、上には報告しないことになった。報告しちまったら加藤がこの場をはがされるのは目にみえているし、また、大切な手がかりももってかれちまう。

まあ、緊急時対応でここから近所の新宿区役所にも警官が詰めているし、ここらにはでかい病院もわんさかある。いざとなっても大丈夫だろう。


 それと、少し心配なんだが……、医大卒の我が事務所の事務員、絵美子も召集した。宮司もまた医大卒らしいのだが、ボケてるかもしれない爺さん一人に任せるのは心もとない。

 まあ、俺のパール探偵事務所はこの裏、ゴールデン街のはずれにある。事務所にいても絵美子の危険度は対して変わらない気もするしな。


 ん?俺の事務所の名前?なんでパールっていうのかって?ふふ、よくぞ聞いてくれた。


 心を守ると書いて「心守」。転じて「真珠」。そんでもって「パール」だ!宿にあるから、ってのもあるな。なかなかイカしたネーミングだろ?加藤は無反応だったがな。絵美子は笑いながら「いいんじゃないですか」だとよ。嫌な感じだぜ、まったく。豊島とかいう加藤の後輩はひとこと「ダサいですね」なんてほざきやがった。センスがねぇぜ。


 まあいいや。で、だ。ひとまず神社は加藤に任せて、クライアントに現状報告。だけどその前に、ちょいと我が事務所に寄ろうとしたわけだが……。


 事務所の横に覆面を被った、招いていないお客が一名様……。


 待ち伏せもいーけどよ、その覆面は目立ちすぎだろ、アホ。

 ……しゃーねーな。


「なんか御用っすかね?お客さん」

「ん、むおー!」


 案の定、襲い掛かってきやがった。獲物は白昼堂々ナイフ。路上だぜ?


 めいっぱい伸ばした手にナイフを突き出して走り寄る。素人だな。本気で刺す気なら、ナイフは腰元に構えて、体ごとタックルするのがセオリーだ。


 体を捻り、覆面のナイフを右横に捌き、腕をからめとる。

そのまま腕を相手の背中へ捻りあげると、覆面はナイフを落とし、うめき声をあげる。


 楽勝だぜ。


賀陽かやさん!!」


 豊島の声?


「!?」


 しまった。背後からかけられた突然の叫び声に思わず手を緩める。その隙に覆面は腕を振りほどき、ナイフを拾い、腕を伸ばしてくる。左手で覆面の腕を払いながらつかみ、右手で胸ぐらをとらえ、覆面が向かってきた勢いを利用して巴投げを決める。さすがの至近距離。少し焦ったぜ。


「くそっ」


 ん?今のは豊島か?こいつ、俺の事嫌いなのは知っていたが……


「おい、後輩!今、くそッて言わなかったか?」


 何も俺の不幸を願う事もねぇだろ、こんにゃろ。

 豊島は気を失った覆面に手錠をかける。


「や、賀陽さんが襲われてたので、一足遅かった自分の不甲斐なさに……」


 ほう、さようか……。


「で、なんでここにいる?」


「加藤先輩にあらましを聞いた後、新宿署の仲いいやつに連絡したら、ゴールデン街付近の、それも賀陽さんの事務所の近くに不審者がいるという通報が入ったとききまして。慌てて駆けつけました」


 さすがにこの覆面だ。そりゃ通報もされるだろう。


「豊島くん、よい心がけだ」

「怪我はありませんか?」

「巴投げで服がよごれた」

「よかった、大丈夫そうですね」

「聞こえなかったか?服がよごれた」


「見事な腕前ですね。加藤先輩から話だけは聞いていましたが、半信半疑でした。これから、賀陽さんの野蛮な腕前だけは信用いたします」

「てめえ」


 やはりさっきのつぶやきは俺に対してか。


「さて、この覆面つけたほうの野蛮人、どうします?とりあえず、事務所お借りしてもいいですか?」


 さすがに野次馬が集まってきたな。


「よかろう。私は鍵を開けなければならない。君、一人でその野蛮人を担いでくれたまえ」


 些細な嫌がらせ。ちいせぇな、俺も。

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