00-7. はなさか爺
【語り部:「自称・探偵」の助手・加藤
喫茶店。
遺体の発見現場を観察していたご老体を捕まえ、話を聞く。取り調べではない。話を聞くだけだ。探偵だからな。
「たばこもらえるかい?」
ずうずうしいな……。
時は少し前。
そして、喫茶店に入り、席について一言目がこれだ。
「お、いいのもってるね。うまいんだ、これ。戦後を思い出すね……」
歳は70ってところか。
「おい、助手、灰皿もってこい」
……しかたない。私は助手だからな。
カウンターで灰皿を受け取り、席に戻ると、ご老体は煙草の煙を眺めている。いや、見つめている。観察するように。
70歳?そのしっかりとした鋭い目つきはとても70歳のものとは思えない。何者だ?賀陽がこの老人をつれてきたのはおそらく正解だろう。
「おい、ジジイ、何者だ?」
唐突な賀陽の質問。
「賀陽、失礼だろ」
「助手、こいつは現場での俺らの会話を聞いていた。今更ジジイ呼ばわりを撤回しても意味はない」
「おわかいの。加藤さんとかいったかね?この活きのいい兄ちゃんの言うとおりじゃよ。ジジイで結構。事実じゃしな」
……どこから聞いていたんだ?
「で、ジジイ。何者だ?」
老人は煙草の煙を大きくはきだし、灰を灰皿に落としてから話しはじめる。
「この煙草の灰、肥料になるのを知ってるかね?」
「しらねえな」
「もちろん、肥料として売っているものには到底かなわない。じゃけどな、こんなに有害とされるものでも、燃やして灰にすれば植物の成長を促すことができる。うまくやれば、じゃがな」
「答えになってないな。名前と職業を……」
思わずでてしまったいつもの業務的な質問。賀陽に片手で制される。すかさずご老体。
「加藤さんや。あんた今警察は休んでるんだろ?探偵さんのやりかた、見てみるのもたまにはいい勉強になるぞ?」
「悪かったな、爺さん。続けてくれ」
「すまないね。歳とると説教が好きになってしまうようでね。ついつい、口が動いてしまう。で、だ。そうそう、君たちは『花咲爺』を知ってるかな?」
「知ってるっちゃ知ってるが、内容はあまり覚えてねぇなぁ」
「さもあらん。じゃあ、まぁ、あらすじをちょっと話させてもらおうか」
ご老体の話をかいつまもう。
ある日、人のいい爺さんが子犬を拾った。拾った犬は主人に土に埋まった宝のありかを教える。
それを知った性格の悪い隣人が犬をかせと強要し、虐待を加え、強制的に探させる。
しかし、出てきたのはゴミやガラクタ。隣の老人は犬を殺してしまう。人のいい爺さんは犬を庭に埋め、墓をまもるために傍らに木を植える。
すると夢に犬が現れ、その木を切って臼を作れという。その臼で餅をつくと、財宝があふれ出す。
隣人がそれをみて、臼を奪うが、出てくるのは汚物ばかり。隣人はまた激怒し、臼を燃やす。人のいい爺さんは、供養しようと燃やした後の灰を返してもらう。
すると、また犬が夢に現れ、灰を枯木にまけという。すると花がさき、通りかかった大名に褒められ、褒美をもらう。
隣人が真似をし、大名が通りかかった時に灰を振りかけると、灰が大名の目にはいり、罰をうける。
悪いことはやめましょうという、教訓や道徳を含んだ話である。
「ざっと、こんなストーリィじゃ」
賀陽は真剣な眼差しでご老体の話に聞き入る。
「話の中では灰をまいて花を咲かせているがな、花を咲かせているのは灰そのものの力ではない」
「ほう。すると?」
「咲かせているのは『犬』の魂じゃな。『灰』は魂の力を引き出す媒体の役割を果たしとるにすぎん。」
まじめに話してもらいたい、と口からでそうになったが、賀陽はまだ、まじめな態度で話を聞いている。見守るか。助手だからな…
「でな、あれは『犬』ということになっとるが、わしが調べた限り、犬ではなく実は人の子でな。いわゆる『霊力』が強い子、『鬼の子』といわれ忌み嫌われ、親に見放されてしまった捨て子なのじゃ。性格の悪い隣人に作用した力がいわゆる『怨念』。そして、拾ってくれた人のいい爺さんに作用した力を『好念』とでも呼ぼうか。ようするに、魂というのは良くも悪くも作用する」
……こんなほら話とご老体の正体となんの関係があるのか。
「さっき煙草の話をしたな?魂もタバコと同じじゃ。例え有害とされる魂でも、場合によっては良い方向に作用する可能性も残されておる。逆もしかり、じゃ。そして、魂は桜の木を拠り所にする。今でも桜にまつわる怪談は多々あるが、花咲爺はその最も古い例のひとつじゃな」
……なにが言いたいんだ、この老体は。
「そして儂は、桜にあつまる魂を極力良い方向へと導こうと日々務めておる」
それがこの爺さんの正体、とでもいうことだろうか。
「おわかりかな?」
私の視線は自然と賀陽へ。相変わらず真剣な表情。
「……わからん」
おもわずこける。コントみたいに。ご老体もともに。こんなリアクションとったのは生まれて初めてだぞ、賀陽。
「お、おうおう……さ、さようか。頷いてくれておったから、わしゃてっきり納得しながら聞いていたものと……」
ご老体が初めて見せる動揺……。決して
「わからんが、ようするにジジイは狂ったように桜が好きなんだろ?で、桜を毎日見ている。で、そのジジイだからこそ引っかかる何かをみつけた。違うか?」
「……まあ、そうじゃな。間違ってはおるまい」
そうなのか……。どう拾ったのかよくわからんが、賀陽は要点だけはきちんとくみ取っていたようだ。
「で、俺たちになにか伝えたいことがあって、あの場にいた。違うか?」
こいつの人の心を読む力には敬服する。この力があるから探偵としてやっていけているのだろう。
「……流石じゃの、探偵事務所パールの賀陽さん」
「爺さん、俺たちのこと予め知っていたな?」
「いかにも」
「なるほど……。爺さん、あんたの正体はもういいや。とりあえず要件を聞こうか」
「兄さん、いい性格してるね。大物だ」
「いいから早く話せ。時間がないんだろ?まわりくどいものいいんだが、その実、あんたの行動は最短ルートだ。あの死体を見なけりゃさっきの話も黙っては聞いていない。俺がじいさんに声かけたタイミングも、じいさんの計算通り、なんだろ?」
「こわいな。これほどとは。よかろう。新宿の花園神社、知っているな?あそこに小さな桜がある。2日前からあの木に異質な力が注ぎ込むのを感じとる」
「花園神社だな。わかった」
賀陽は名刺を取り出し、テーブルに投げ置くと、席を立つ。
「おい、賀陽……」
「じいさん、電話くらいできるだろ?なにかあったら携帯に電話しろ。加藤、いくぞ」
「賀陽、信じるのか?」
「加藤、勘ってのは意外と頼りになるんだぜ?経験あるだろ?俺の勘が、この爺さんの勘を信じろと言っている」
私は勘を決して信じない。だが、賀陽は信じている。
賀陽はさっさとドアを出ていく。爺さんはテーブルに額を押し付け、頭を下げている。
……おい、賀陽、会計がまだだぞ。
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