第2話
キャラバンが進むにつれ、周りの砂漠の質が変化してきた。一面の砂だった地面は硬さを帯び、周りにも砂岩が増えてくる。それはどんどんと高くなっていきしばらくすると見上げんばかりの岩壁が両脇に迫り狭い通路の様になっていった。
そんな道を進んでいくと岩壁に囲まれた空間が現れる。
砂漠の町『ガルア』周囲を岩で囲まれて居るためにサンドワームなどの砂中を泳ぐような大型モンスターを寄せ付けず、町に入る経路も限られて居るために外敵から身を守りやすい立地をしている。
「……すごい」
自然の作り出した天然の要塞を眺めながら唖然とした様子で周りをきょろきょろと見渡すリルカを見て少し笑いながらユーリが話しかける。
「リルカはガルアには始めて来たのか?」
「ガルアと言うより、生まれた村から外に出たことが有りませんでしたから。ユーリさんは来たことが?」
「砂漠越えをする時に何度かな、って言っても最近は砂漠を越える様な場所に行く用事もなかったから来たのは久々だ」
「へえ…… あ、そう言えば聞いてませんでしたけどユーリさんはどこから来たんですか?」
「グラメル、首都からだ」
「え? でもそれじゃあ方向的に私たちと会う事は無いんじゃあ」
「首都方面の砂漠地帯でアースドランの大量発生警報が出発する直前で出たからその警戒地帯を大回りする形でこっちに来たんだ。あの分だとしばらく直線でこっちまで来れそうになかったからな、大分時間がかかっちまった」
「え!?」
アースドラン、岩の様に堅い皮膚を持つ超大型のトカゲである。その体長は5mを超えるといわれており、気性が荒く近寄る馬車を襲うこともよくある。
そんな生物の大量発生が首都の方面で起こっているのであれば首都へ向うことが難しくなってしまう。
「どうした?」
「私…… 首都に行くつもりでこっちに来たんです」
「チッ、妙に人が多いと思ったらそう言う事か。タイミング悪い…… たぶんここから首都に行く商人連中は警戒解除されるまでは動かないぞ」
町の中央の街道をビッツが人に当たらないようにゆっくりと進んでいる。そのことに多少イラついている様子で言う。
「砂漠越えは基本キャラバンを組んでの移動だ。大人数で迂回するルートを通るのは厳しいだろうな」
「そんな……」
「急ぎの旅なのか?」
「……できるだけ早く離れたいんです」
苦々しい顔をしながら絞り出すようにそう口にした。
「つっても、なぁ?」
「そうですね。首都から討伐隊が出るまでにも1週間は掛かるでしょう。そこから討伐やら安全確保と考えると…… 速くて2週間前後、遅いと1ヶ月程かかってしまうかもしれませんね」
「……そう、ですか」
「仕方ないと諦めるしかないな」
「……」
先ほど初めて見る風景にはしゃいで上がっていたテンションが目に見えて下がっていくのを見て一行は何とも言えない空気になってしまった。
「っと、俺達はここまでだ」
そこからしばらく進むとビッツがそう言って馬車を止めた。
「ランバを預けたり品を下ろしたりしなきゃいけないからね。しばらくは滞在すると思うからまた顔を合わせる機会もあるかもしれない」
「おう、ホント助かった。乗せてくれてありがとな」
「ありがとうございました」
去っていくビッツとフラスタの背を見送りながら、ユーリはまだ少々落ち込み気味のリルカに遠慮がちに話しかけた。
「あー、リルカ?」
「はい」
「さっき話した通り、たぶんしばらくは首都に向かうキャラバン隊は出ないがどうするんだ?」
「もともとすぐに乗り継げるとは思って無かったので数日宿泊するつもりでした。なので少し期間を延ばそうかとは思いますが……」
「じゃあまずは宿屋だな。案内する」
「え、いいんですか?」
「初めて来たんだろ? ここは狭いわりに妙に入り組んでるから今から土地勘がない人間が探し始めても日が暮れちまうからな。恩返しにもならんがそれぐらいはさせてくれ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「おう」
そう言ってユーリたちは宿屋へと歩を向けた。
ユーリの言った通り、決して広いとは言えないガルアの町であったがその狭い中に立ち並ぶ家々は道を複雑にさせ、果ては町を囲む岩壁の中にまで広がっているらしいことが解った。よくよく町を囲む岩壁を見れば窓の様な穴がポツポツと開いているのが解る。蟻塚の様だなとリルカは思いながらユーリの後を付いていく。
「もうすぐ着くからな」
「はい……」
時間にすれば40分程歩いた。既に先ほどいた町の中心を貫くようにある大通りへの戻り方が解らなくなるほどの道のりであったためリルカは少々辟易としていた。
ようやく着くのかと安堵の息を漏らすとユーリが突然立ち止まる。
視線の先を見ると明らかに2、3人のガラの悪い男たちが宿屋と思われる場所の扉の前で誰も入らないようにらみを利かせていた。
「なんだ?」
周りの住人は遠巻きにその様子を見て居るだけで動こうとはしない。
建物の中からは怒鳴り声が聞こえてくる。
「なんでしょうか。もめ事ですかね?」
隣にいるユーリに話しかけたつもりで横を向くリルカ。
しかし既にそこにユーリの姿は無く、遠慮もなにもせずに誰も近寄らない宿屋へと歩いていっていた。
「ちょっ、ユーリさん!? 駄目ですって、危ないです」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないですってば!」
引き留めようとするが体格差には勝てず引きずられる形でその一団の前に立った。
「なんだてめぇ」
「宿を利用したいんだ。どいてくれるか」
「今は取り込み中だ。後にしな」
厳つい体格の良い男が鋭い視線で脅してくる。
その様子にリルカは息を飲み慌ててユーリの影に隠れた。
「まあまあ、そう言わず」
そう言ってその男の肩を押しのける。男は予想外の力の強さによろけてしまい扉から体を退けてしまう。
そしてユーリは無理矢理扉を開けた。
「あ!」
その時、リルカが開いた扉から見た光景は女性に手を上げようとする男の姿だった。
「おい、おっさん」
しかしその拳が下ろされることはなかった。
「その上げた拳、どうする気だ?」
いつの間にかユーリの袖口から細い紐の様なものが伸び、男の手を縛りあげていたのだ。
「誰だ!?」
小太りの背が低いスーツを着た男はキーキーと甲高い声を上げながら振り返る。
「宿を使いたい通りすがりだよ。で? その上げた拳どうすんだよ。今なら何もなく下ろせるぜ?」
丸い顔を真っ赤にしてユーリを睨む男は視界に移ったマークにその真っ赤になった顔を歪め苦々しい顔をする。
「ちっ、お前ら! いったん帰るぞ」
「いいんですか頭」
「いいのだ! 黙ってついて来い! お前もこの縄を外さんか!」
「はいはい」
そういってユーリが縄を外すと、ガラの悪い一向はユーリたちを押しのけどたどたと走り去っていった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、それはなによりだ」
倒れていたその女性に手を差し出して起き上らせる。
茶色い短い髪の、美人と言うよりは可愛らしいという呼称が似合う女性だ。
「すみません、せっかく久しぶりに来ていただいたのにお見苦しい所を……」
「気にすんな。さっき言った通り通りすがりの宿屋を利用したい客なんだ。どうせなら気持ちよく泊まりたいからな」
「なんか会うたびに助けられてる気もしますね」
「さあ? 俺はそんなつもりないからな」
「ふふふ、お礼、受け取ってくれますか?」
「そんなもんのために助けた訳じゃない、といつもなら言うんだが……」
ユーリがリルカの方へと視線を向ける。完全に2人だけの世界に入って蚊帳の外であったリルカがぽかんとしている中で急に水を向けられたので慌てて姿勢を正す。
「彼女のために1部屋都合してほしい」
「あなたは……」
「あ、り、リルカと申します。って、ユーリさん!? 悪いですそんな」
「金、あまりないんだろう? さっきの様子見てればなんとなくわかる」
「でも、一応宿泊する費用くらいは出せます」
「ガルアは、と言うか砂漠の町は総じて物価が普通より高めだぞ?」
「え、そ、そうなんですか?」
「立地上仕方ないとしか言えないがな。作物も満足に育たないし水だって貴重だ。ガルアは水源があるだけまだましだけどな。だから定期的にビッツ達みたいなキャラバンが来て食料なんかを置いてくんだ」
「……」
「まあ貰えるもんは貰っとけってことだ! あぁ、俺の分は自分で出すから」
「それだとまたユーリさんにお礼できてない気もしますが…… リルカさん」
「あ、はい!」
「マリーです。よろしくお願いしますね?」
ニコニコと手を差し出してくる様子に、観念してその手を取る。
「すみません。よろしくお願いします……」
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