後日談 2 後編

【前編より続き】




「……では、そうとなれば。とりあえず家事を全て済ませてしまいますか」



 アイリスは目をキョロキョロさせながら立ち上がった。ふんわりと石鹸のいい匂いが香ってくる。



「何か手伝うことはある?」

「いえ、ありません。あったとしても全て私にやらせてください」

「ああ」



 彼女は自分にとって家事こそが最大のアイデンティティだと思っている。俺の料理の腕に対してやけに悔しがったり、わざわざこの屋敷から王様から言いつけられて来たメイドさんを帰らせてしまったほどだ。……メイドさんに関しては、俺らと同年代の女性だったから、嫉妬も入っているだろう。


 夫としては妻が家事が大好きというのは助かる話だと思うが、俺は彼女とは共に並んで歩んでいきたいため、家のことを全部負担させてしまうというのは個人的に微妙なところ。亭主関白を気取るつもりは一切ない。

 とはいえ彼女にとっての楽しみを奪うのも悪いので、この心持ちだけは一生忘れないよう、せめて毎回手伝うかどうかは聞こうと考えている。



「何ですか、その温かい目は。どんな優しい目をしたって家事は譲りませんよ」

「え、そんな目してた?」

「してました。割と判別つくものですよ……ふふふ」



 アイリスは嬉しそうに微笑むと、リビングを去っていった。

 その後まもなく。俺は戦闘中でもないのにそこそこの量の魔力の放出を感知した。おそらくアイリスが家事に魔流創気だとかいう魔力でできた腕を生やしたりできる特技を駆使しているのだろう。


 リビングにアイリスのゴーレムとしての体の一部が掃除用具を持って入ってくるなり、全体を組まなくかつ性格に完璧にスピーディに掃除し始める。他の部屋に対しても同じようなことをしているのだろう。すごく器用だ。



【すいません、ガーベラくん。寝室に来ていただけませんか?】



 アイリスが家事を始めてから一時間半たった当たりだろうか、アーティファクトの手入れをしていた俺に念話が届いた。

 やはり家事を手伝って欲しくなったとか、彼女では無理なほどの力仕事があるかのか……。どちらも考えられないが、とりあえず俺とアイリスの寝室まで行ってみる。

 部屋に入ると、そこにはメイド服に身を包んだアイリスが居た。



「その格好は……!」

「さ、サプライズというやつです」



 いつも頭に浮かべてる天使の輪っかを消し、城のメイドさんのと同じメイド服に身を包み、なんと伊達メガネまでかけている。

 その姿はもはや、髪や肌のカラーリングが違うだけのあの頃の愛理と言っても過言ではなかった。



「昼時までにすべき家事はもう終わってしまいました」

「流石、早いな」

「魔法も使用していますし。ですからこれからは再び、貴方とうつつを抜かす時間にしたいと思います」

「あ、ああ……それで、その格好」

「はい。いかがでしょう」



 いかがもなにも、好きだった人が好きな格好をしているのだから最高としか言いようがない。照れ臭そうにしているのもいい。



「お願いして王様からメイド服を譲っていただいたんです」

「そうなんだ。じゃあメガネは?」

「これはこの時のために、特注で作ってもらいました」



 魔力で若作りできるように、魔法で視力も回復できてしまうためこの世界に地球のようなメガネはない。だから本当に、アイリスはわざわざこのために伊達眼鏡を用意したということになる。

 


「全部俺のために……?」

「ええ、その通りです。あの頃と違って普段着にするつもりはありませんし、ほとんど貴方に見せるためだけのものですね」



 俺のためだと彼女はたしかにそう言った。朝食後に言っていた色々準備しているとは、こういうことだったのだろう。

 おかっぱの髪型に眼鏡と給仕服。これこそ俺の思い出の中の愛理だ。本当に懐かしい。



「しかしまあ、単なる制服姿に感激するとはわからないものです。元来、そういうものじゃないんですけどね、この服は。可愛さや性的趣向を求めるものではありません」

「それはわかってるけど」

「ずっとそう想ってたんです、本職の人間として。ガーベラくん一人に言っても仕方ないですが。……そうだ、ガーベラくんはどうしてこの服を好きになったんですか?」

「好きな人が身につけてたからだよ」

「っ……!!」



 今日何度目だろう、アイリスの顔がまた真っ赤になった。様子を見るに今の言葉は相当効いたようだ。意図していなかったが。

 メイド服を着ていたから彼女を好きになったのではなく、彼女を好きだったからメイド服が好きになったんだ俺は。



「そっ……そうですか」

「うん」

「いやその、えっと……あの…….照れますね」



 かわいい。



「あの、もし仰っていただければまた着ますから……喜んでいただけてるようですし……いつでもとはいきませんが」

「ありがとう」

「じ、実は用意しているのはこれだけではないのです。着替えるので一旦部屋を出て貰えますか? ……あ、いや、待ってください」



 内心楽しみにしながら部屋を出ようとすると、アイリスが引き止めてきた。少し心配そうな、こちらの様子を伺っているような表情を浮かべている。



「あの……私なんかにこう言った需要あるんですかね? ガーベラさんにとって。今更ですが、心配になりました」

「結婚前では考えられなかったテンションに少し驚いてるけど、その心配は必要ないよ」



 結婚の話が出始めた時から、メイド姿だの水着姿だのをしてくれる等の話はそこそこ頻繁にしていた。これが彼女にとっての夫に対しての献身的な行動の一環なんだろう。アイリスは尽くすことが自分の務めだと思ってる節があるから。


 本当は彼女が側に居てくれるだけで十全なんだけど、俺が喜ぶと思ってやってくれてるんだ、コスプレそのものよりそれが方が嬉しくてたまらない。なにより可愛い。



「ならよかった。そうだ、いっそのこと私の着替えてるところまで含めて拝見なさいますか?」

「い、いくら夫婦でもそれはどうなんだろう」

「ふふふ、冗談です」



 うん、といえばおそらくそのまま見せてくれたような気もする。だが、俺の性に合わない。

 部屋を出て数分待つと、中に入るように言われた。そこにはパーティドレスを着たアイリスが居た。メイド服からはずいぶんと趣向が違う。



「これはおそらく見せたことがありますね?」

「ああ、お城とかのパーティでね。しかしなぜその格好を? たしかに綺麗だし似合ってるけど」

「ありがとうございます。……気づきませんか?」



 彼女は自分の鎖骨あたりに手を当てる。なるほど、そういうことか。



「俺が昔、ギルドで言ってた……」

「そう、その通りです。うなじや鎖骨といった首回りや肩のあたりでしたね。ちょうどそこらを露出している服装です」



 まじまじと眺めていいものなのだろうか。露骨にみるのは……いや、違う。今日はそんなことを考える必要はないんだ、なにせアイリスが自ら、俺に見られるためにこの格好をしているのだから。

 これは現実か? 新婚とはいえ、今まででは信じられなかったことが次々と起こる。



「……私、実は男性って胸か下着、あとは顔ぐらいしか興味がないと偏見を抱いてました。実際、ガーベラくんと手合わせしてる時、あちらこちらでパンツがどーのこーのという声がありましたし。ガーベラくんの話を耳にして少し驚いたんですよ」

「まあ、その認識でも半分は合ってると思う。でも極論を言ったら人次第だよ。世の中には指先や目玉が好きって人なんかも居るらしいし」

「人によって食材の好き嫌いが違うのと一緒ですか」

「そうそう」



 しかしあの日のアイリスのパンツの件については、それを眺めていた男性陣に対し、あのカニ野郎には遠く及ばない程度ではあるがふつふつと苛立ちを感じる。これが独占欲というやつだろうか。本人達は無理やり覗いた訳じゃないから怒るに怒れない。



「ところで私の好きなところ他にありますか? やはりオーソドックスに胸や臀部でしょうか?」

「あー……そこらへんも男として興味ゼロじゃないけど。強いて言うなら脚かな。脚全体」

「それは私の脚が綺麗ということですか?」

「うん、その通り」

「で、では……」



 アイリスは少し下に俯くと、スカートを捲り始めた。今日のアイリスはやはり、すぐ突っ走る傾向にあるようだ。



「いや、そこまでしなくてもいいよ」

「そうですか……そうですね。しかし嬉しいです。脚は私も自信があるので」

「そうだったんだ」


 

 彼女が自分の能力以外、特に身体つきについて自信があると言ったのは初めてじゃないだろうか。アイリスはほんのり微笑みながら話を続ける。



「実は私、脚だけじゃなくて、スタイルそのものに自信があるんです。手脚も長めで、出るところはでてて、なにより鍛えてるので全体的に引き締まってて。……私がそう思ってること、他の人には秘密ですよ? 恥ずかしいので」



 恥ずかしがっているのが可愛い。

 となると今夜、約束の時が来たらそこを意識したほうがいいのだろうか。


 正直な話、心の底から愛理のことが好きなだけであって身体つきとか、胸の膨らみとか……そういう如何わしい目であまり見たことないから、こういう話をされるとドキッとする。

 なんなら鎖骨とか肩とかの話だって、当たり障りのないように答えた結果とも言える。


 そういえば、俺はまだ彼女の好きなところが一つあるんだった。なんななら内面を除けばそこが一番好きかもしれない。



「わかった。でも俺は顔ももっと自信持っていいと思うんだ。クールで可愛いからね、好きなんだよ」

「……! あ、ありがとうございます。貴方以外にもロモンちゃん達やお嬢様はそう、よく仰られますが……私自身は並程度だと思っているんです。特別美人ではありません。特別不細工とも思ってませんが」

「まあ、たしかにあの三人は『美人』という言葉の後ろに『絶世の』がついてもおかしくないよ。アイリスが容姿に自信なさげなのって偶々、周りが凄すぎるからだと思うんだ。アイリスは十二分にかわいい」



 そもそも地球にいた頃でも、学年で上から数えた方が圧倒的に早いほどの容姿ではあった。これは俺が彼女を愛するが故の偏見ではなく、他の男子の評価もそうだったと思う。


 アイリスの実際の容姿と彼女自身の評価が釣り合っていない要因は、今言ったようにお嬢様やロモンちゃん達が優れすぎているのもあるけど、アイリス自身がそう言った人たちばっかりと関わりがあったり、そもそも趣向的にそういう美人以外にあまり興味を向けなかったり、自身の容姿に興味を持つべき環境じゃなかったりしたからだ。


 もし彼女が普通の環境で育ち、周りも普通だったらきっとまた違ったんじゃないだろうか。



「やはり、好きな人に容姿を褒められると嬉しくなりますね」

「よかった。ちなみにアイリスから俺に対してだと……?」

「前にも言いましたが、顔です。あと筋肉です。女子と違って男性陣は道着の下に中シャツを着ることが少ないでしょう? あの道着からチラチラと見える胸板や腹筋、袖を捲ったときの上腕二頭筋が良かったですね。私が筋肉が見た目に反映されにくい体質なのもあって憧れてました」



 思えばアイリスの筋肉への憧れは中々のもので、地球にいた時点で腹筋が割れないことを俺に相談してくるほどだった。

 あと面食い気質があることに関しても、少し深めの交友関係があった人物はみんな優れた容姿をしてた気がする。前々から好みは隠してなかったようだ。顔はともかく、体は鍛えてて本当によかった。


 それに彼女が道着姿に思い入れがあるなら、メイド服を用意して着て見せてくれたように、俺もどうにか再現する必要があるんじゃないだろうか。お返しとして。

 ただ問題があるとすれば、メイド服と違ってこの世界には道着のように日本およびアジア圏内の文化に似たものは全然存在してないから調達の難易度が高すぎることか。オーダーメイドする必要がありそうだ。



「では、そろそろ次に準備したものに着替えようと思いますので、再び退出をお願いしますね」

「わかった」



 声色から彼女が楽しんでいるのがわかる。アイリスが女の子らしく着せ替え遊びをしていると考えると、何だか嬉しい。俺は彼女のそういう一面を見せられた瞬間に弱い節がある。



「……ど、どうぞ」

「……うん? わかった」



 しばらくしてまだ中に入るように言われた。ただ、先程までと違ってなんだか少し躊躇しているような感じがしたが……その勘は当たっていたようだ。



「……」

「……」

「……」

「な、なんですか。なんか言って下さいよ! じ、事前に申し上げたはずです。結婚したらメイド姿だろうが水着姿だろうが下着姿だろうが裸だろうが見せてあげると……!」

「いや、まさか本当に水の無いところで水着姿になるとは思わなくて」

「それは貴方が見たいと言うから……! あ、いや、違いますね。そういえばメイド服以外で貴方自身は何も要求してませんでしたね。となると私が勝手に宣言して私が勝手に着てるだけ……あ、あああ……ど、どうしよう、すごく恥ずかしいです……っ!」



 俺も何と言っていいかわからない。

 本当に水着を着て見せてくるとは想定外だったし、水着は水着でもスク水タイプでなくビキニで来るとは思わなかったし、この世界に水着があることも初めて知った。

 

 ここまでアイリスの露出が激しい格好を見たことは今まで皆無だ。彼女の臍周りや胸の谷間や鼠蹊部なんて、十四年来の幼馴染ながら初めて見たと言っても実質過言じゃ無いだろう。

 例のあのカニ野郎の事件の時もアイリスを助けることだけ考えて、破られたボロボロになった服装には注目してなかったし。


 しかしまあ……自信があると言っていただけあって、本当にスタイルがものすごくいい。言葉通り、手脚も長めで、出るところはでてて、鍛えてるため全体的に引き締まってて、スラっとしたくびれがあって。


 普段は長いスカートと長袖、ローブを羽織っていて体型がわからないようにしているが、それが勿体無く感じるくらい……いや、他の男に見られるくらいならその方がいいか。今後もあの服装を続けてもらおう。


 そして、こうしてみると割とその体に魔物の時の名残はきちんとあるようだ。今まで過度なほどに色白な肌と、天使の輪っか、それと目と爪が緑色なことくらいしかドミニオンゴーレム時の特徴が無いと思っていたが、胸元にハートの、背中にデフォルメした羽の、彫り物のような跡がある。


 アイリスは絶対にタトゥーなんて入れたりするような人物じゃないので、胸元と背中にあるそれらにすごくギャップを感じる。



「あ、あんまりじっくり見ないで……いや、見てもらうためにこの姿になったのでした。えっと……その……好きにしてください」

「……綺麗だよ。言っていた通りだ」

「あ、あわわわ。今頭が恥ずかしさで飽和状態なんです。そんなカッコいいこと言わないでくだしゃい……!」



 恥ずかしさのあまり言動もおかしくなってきてるな。慣れないことはするもんじゃないということか。

 そして俺も俺で、既に夫であるにもかかわらずアイリスの半裸をちゃんと直視できていない。……こんなんで今夜は大丈夫なのだろうか。



「それに、ここでめげてはダメにゃんです。まだ、バニーガールとか裸体にエプロンだけつけるとか、靴下だけつけるとか……そーいうのもありますからぁ……」

「そこまで行くとマニアックに片足突っ込み始めてるから、もっと抵抗がなくなってからでいいんじゃ無いかな。今やらなくても、今後も二人の時間はたっぷりあるし。だろ? ここらで今日は一旦やめにしてそろそろランチの準備をしよう」



 ここでやめさせておかないと、アイリス一人でヒートアップしそうだ。今ですら少し暴走気味なのだから。

 そして俺自身もまた、水着以上のものを見せられて真っ昼間なのに理性がなくなってしまうのは避けたい。



「……たしかに、そうですね」

「ほら、息を整えて」

「……すぅ……はぁ。はい。では着替えますね。仰る通り、続きはまた後日にしましょう」

「それがいい」



 俺は部屋から出て、アイリスはまた着替え始める。おそらくメイド服になる前の普段着に戻っていることだろう。

 その途中で彼女は部屋の中から、不意に、こちらに向けてぽつりと呟いた。



「……気持ちが高揚しているうちに一つだけ。夜は手を出して下さいね? 今みたく見てるだけじゃ……だ、ダメですからね!」

「大丈夫だよ、約束だし。流石に」



 ……たぶん。






#####


次の投稿は4/27か5/4です。

本作をすんなり終わらせずに後日談をわざわざ設けた理由って、9割くらいこのアイリスのデレを書くためなんですよね。

ここまでデレデレの彼女を何年も前から書きたくて仕方なかったんです。我慢できなくて本編中に何度もデレさせてますが。

それでも、男性の前でここまで露出をさせたのは(危機的状況以外では)初めてですので、まあ、ノルマは達成したかなと思っています。女の子同士ならよく書いてたんですけどね。

……次回はそんな女の子同士なシーンを書きます。お嬢様目線で。


追記:

申し訳ありません、作者スランプのためしばらく休載致します。

二週間以上、二ヶ月未満を目処に。

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