第288話 気怠さと大事発生でございます。

「では行きましょうか」

「いってらっしゃーい」

「楽しんできてねー」



 準備ができたガーベラさんは私達の部屋まで迎えに来てくれた。そして眠そうな目を擦っているロモンちゃんとリンネちゃんに見送られながら私達のデートは始まる。

 私の方から手を絡ませてみると、ガーベラさんは特に何か言う事もなくそれに答えてくれた。私の気怠さはこうして吹き飛んだわけだけど、外は相変わらずドヨンとした重たい空気が流れている。今しがた出てきた宿屋のご家族もいつも元気に商売してるのに今日はお休みの看板をカウンターに掲げていたし。



「今日は本当に空気が淀んでるな」

「ええ、もし何者かがわざとこういった空気を作ってのでなければ、雨季の境目だからかもしれません。まあ何者かによるものだとしたら魔力でわかりますしね」

「魔法に長けてるアイリスが自然のものだって言うなら俺もそうだと思うよ」



 だからと言って異常な空気なことには変わりないけど。

 私達は軽く手を繋いだまま街中を歩く。どこもかしこもお店はやっていない。だいたい『体調不良の為本日はお休みします』と張り紙がされており、やる気もないみたい。そのせいかお店の前で立ち止まっては一つ大きなため息をついてトボトボと去っていく人がとても多い。もちろん目に生気は篭ってない。



「……どこかカフェに入ったり、お店を見学したりってことはできなさそうだね」

「ええ。お弁当作ってこれば良かったです」

「せっかくのデートなのに……」

「私はこうして散歩してるだけでも十分ですよ」

「そうか」



 そういえばこの人は気だるくなったりしてないのかしら。朝からウチまで全身重装備を固めて走ってくるくらいだし、周りと比べて元気があるのよね。私やリンネちゃんですらダメだったのに。



「そういえばガーベラさん、どうしてそんなに元気なんですか?」

「え? 元気じゃないよ、皆んなと同じで普通に怠い」

「では一時間前のアレは……」

「まあ、アレはその」



 ガーベラさんは私の顔をちらりと見ると、すぐに目をそらした。そしてすぐにまた私の方を振り向く。どうやら照れてるみたい。私のことを思って、と言いたいけどって感じかしら。



「……ありがとうございます」

「な、何も言ってないよ」

「いいんです、私のためだというのはわかってますから」



 それから私達は無言でそのまま歩き続けた。目的がないわけでなく、昼食が取れるようなお店を探すために。ただ全く見つからない。どこもかしこも急なお休みか、営業している数が少ないため非常に混んでいるか。仕方がないのでガーベラさんの家に行って食材を頂戴し、私がお昼ご飯を作ろうかと提案しようとしたその時、後方から何者か複数人が駆けてくる気配がした。

 振り返って駆けてくる人達を確認すると、なんとそれは高速で猛ダッシュしてくるリンネちゃんと、ケル君に乗ったロモンちゃんだった。



「みんな……!?」

「ん? あれほんとだ、なんでケル君達がこっちにきてるんだ?」

「わかりません、私、忘れ物でもしたのでしょうか?」



 そんなはずはない。今日忘れるものがあるとしたらお財布くらいだし、それはきちんと所持してるのはわかってる。しかもただデートに出かけるための忘れ物程度だったら、あんな必死な顔で追ってきたりはしないだろうし。



「「アイリスちゃん!」」

「皆さん、どうされました?」

「実はお城の兵士さんにアイリスちゃんが呼ばれたの。ついさっき宿に来て」

【なんか酷く慌ててる様子だったゾ。早く行くべきだゾ。だからアイリス、オイラの背中に乗って! それが一番早いゾ】



 私がお城に呼ばれる? おじいさん達が私達四人をセットで呼ぶんじゃなくて、私だけ? ……となると魔王軍幹部の封印に関することかしら。うかうかしている場合じゃないわね。

 


「もしかして、今朝のはこれか……? 三人とも、俺も連れていってくれないか?」

「そっか、心配だよね」

「アイリスちゃんのことを予感をした後に、お城からアイリスちゃんへの用事だもんね。わかった、一緒にケルに乗って!」

【……? 話が読めないけど、この場にいる全員乗せるくらい余裕だからついてくるなら早く乗るんだゾ】



 私とガーベラさんはケル君の背中に乗り込んだ。スピードを出すためにオルトロスの状態になってるし、筋力的にも本当に全員乗っても大丈夫そう。ただリンネちゃんはこのまま走って行くみたいだけど。

 ケル君とリンネちゃんが駆けることによってすぐにお城まで辿りついた。門番として立っている人の様子からして相当慌ててるのがわかる。なんか空気が気だるいとか気にしてないみたい。



「やや! アイリス殿をお連れしていただけたのですね!」

「このまま入城しますね!」

「どうぞ、すでにジーゼフ様がご説明のために城内入ってすぐ中央でお待ちになられております」


 

 このまま入っていいと言われた通り、ケル君とリンネちゃんはスピードを落とすことなくお城の敷地内に入る。入口の前で急停止した。お庭とか荒れてないかしら、大丈夫かな。

 さっさとそのまま場内へ入ると、たしかに真ん中あたりに神妙な面持ちをしたおじいさんがうろちょろしていた。私を発見するなり急いで駆け寄ってくる。



「おお、きたか!」

「はい。急用だそうで。私がメインの呼び出しといつことは、まさか……」

「そのまさかじゃ。む、デート中じゃったのか、ガバイナもおるようじゃが……。まあいいじゃろう。とりあえず付いてきてほしい」



 おじいさんの後ろを私達はゾロゾロとついていく。そのままお城の地下へ向かい、魔王軍幹部を血液と身体を別にし、冷凍保存しておいた部屋へ。ここまできたら、ロモンちゃんやガーベラさんみたいに勘が鋭いわけじゃない私でも察することができる。

 部屋の中に入ると、氷った血が入ったタルと保存用棺桶が丸ごとなくなっておりもぬけの殻になっていた。



「こういうわけじゃ」

「……見事に全員……ですね……」

「おかげで今や大騒ぎじゃ」



 ちょっと現実が受け入れられない。あんな厄介な存在がみんな忽然と消えてしまった。それも、お城に保管してあったのにもかかわらず。お城はこの国の中で一番と言っていいほど厳重に警備されており、持ち出すことなんて不可能なはず。スペーカウの袋が存在してるから棺桶とタルの持ち運びはできるとはいえ、一体どうやって……。



「そこでアイリスにとりあえず聞いておきたいのは、闇氷魔法が解除された感覚があるかどうかじゃ。解除されたらわかるものなんじゃろ?」

「え、ええ。ある程度は。今のところ魔力にそのような反応はありませんが……」

「そうか、それがわかっただけでもまだマシじゃな」

 

 

 魔法は解除されてないとはいえ、同じ魔法特化の魔王軍幹部なら簡単にできてしまいそう。とんでもない特性を持ってる存在も多かったし。



【そうだゾ、お母さんがこの部屋や中で臭いを嗅いだりしてないかゾ? 目で見てわからなくても、鼻ならなんとかなるかも】

「おお、そうじゃの! さすがはケルじゃ。しかし現状が判明したのは十数分前。まだそこまで偉い者達も頭が回っておらんようじゃの。ただでさえ今日は体が重くなるような空気じゃというのに」

【じゃあいまからオイラがやるゾ】

「わかった、ならば人員を連れてこよう」



 おじいさんは人を呼びに急いで地下室から出て行った。すぐ戻ってくるでしょう。この気怠い空気とこの事件が無関係とは私は思えない。やはり、また別の魔王軍幹部の力なのかしら。でも今までの魔王軍幹部なら、気がつかれないうちに即死するか、良くてもいいしばらく動けないような毒を空気に混ぜるくらいのことはやってきそうなものだかれど……。

 まだオーニキスさんも見つかっていないというのに、本当に大変なことになったわ。



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