第289話 大事件と疑いの心でございます!
「よしよし、連れてきたぞ」
おじいさんがたくさん人を連れてきた。特に魔物使いね。ベスさん含めて犬型の魔物がほとんど。やっぱり臭いっていうのは重要な手がかりよね。
特に魔物使いとして秀でているおじいさんとお母さんとロモンちゃん、そしてケル君を中心とした犬型魔物が魔王軍幹部たちを冷凍保存していた部屋にはいる。
「では各々、部屋中の残り香を探るんじゃ!」
「うー、わん……」
「くぅん……」
あ、やっぱり犬の魔物達もみんな今日はやる気が出ないみたいね。ただ事態がどれだけ大ごとか大半の子は把握はしてるみたいで、頑張ろうとしてるけど体が思うように動かないし、感覚も鈍ってるって感じ。それに対してベスさんとケル君はいつもと変わらない動きを見せている。両方実質Sランクだから、ある程度は大丈夫なのかしら。
【……ゾ、だいたいわかったゾ】
「ほ、本当かケル! はやいのぉ」
【うん、まず魔王軍幹部達は忽然と消えた、というわけではないみたいだゾ。ちゃんと何者かによって運ばれたみたい】
「そうかそうか!」
ケル君を直接初めて見たお城に仕えてる魔物使いさんもいたのかしら、ケル君が語彙力も豊富な状態で人間と変わらず念話をしてることに驚いてる人が何人かいる。噂だけ聞いてたって感じかな。
それと同時にケル君を育て上げたロモンちゃんも注目されててるみたい。こんな状況だけど、身内が注目されてるのは嬉しい。
【きちんと、あの四匹と管理人以外の何者かの臭いもあるゾ】
「それで、その何者かの臭いは?」
【もうちょっとよく嗅いでみるゾ。……えっと、あれ、これオイラどっかで嗅いだことあるゾ……?】
「なんと……!」
流石にざわつく。つまりケル君と関わったことがある誰かの中に犯人がいるということになるものね。私たちにとって身近な人物ということになる。
【これは……川の臭い。ちょっと生臭くて……亀、そう、亀なんだゾ! 亀料理の食材の亀の臭いがするゾ!】
「……そうじゃ、たしか魔王軍幹部の中には亀の魔物もおる。つまり其奴か」
「あれ、ケルってば前にオーニキスさんから亀の臭いがするって言ってなかったっけ? それも一回だけじゃなくて」
「そういえばその亀の臭いを頼りにオーニキスさん探そうともしたよね」
魔王軍幹部の対策を任されてきた宰相であり、この部屋の責任者でもあった現在行方不明のオーニキスさん。そしてオーニキスさんは亀料理をよく食べるようで、ケル君からよく亀の臭いがすると言われていた。で、今事件の現場から亀の臭いがしている。これってつまり……?
◆◆◆
「オーニキスが……本当に犯人なのかのぉ」
「……わからないわ」
ケル君を中心とした捜査からもう一時間。あれからケル君以外の犬型の魔物達も次々と同じような臭いを感じたと訴えた。昔は自分の後輩か何かだったオーニキスさんが魔王軍幹部となんらかの関わりがあるかもしれないと知り、おじいさんはすごく悲しそうにしてる。ベスさんを連れてきたお母さんも呆然とした様子。
私もあの人が亀の魔物かもしれないなんて考えられないけど……。いえ、そうよ。考えられるはずがない。だって半魔半人はどこかに必ず魔物の頃の名残があるはずだもの。
「おじいさん、オーニキスさんは違うかもしれません」
「違う? 何がじゃ」
「とりあえず魔物であるということは考えにくいかと。ほら、私だって髪の毛と目の色とか、この謎の輪っかとか、魔物の頃の名残はあるでしょう? オーニキスさんは無かったじゃないですか」
「おおたしかに!」
あの人は宰相って地位なのにおごることがあまりなかったお陰かいろんな人に好かれてるみたい。まだ本人が発見されたわけではないのに、大半の人がホッとしてる様子を見せる。ただオーニキスさんのことを知らないガーベラさんはそうでもないみたいだった。
「ねぇアイリス」
「どうしましたか、ガーベラさん」
「それなら亀の臭いってのは何が原因なんだろう。それが犯人であることには変わりないんだよね」
「ええ、そうですね」
「正直、ケル君の鼻の良さを体感してる部外者として冷静に遠目で見たらオーニキスって方とその亀の魔物を結び付けない方が不自然なんだ。ほら、アイリスだってその頭の輪っかはやろうと思えば引っ込ませることができるし、あんまり彼奴のことは言いたくないけどあの蟹の魔物だってアイリスが気がつけないほどに人間社会に溶け込んでたんだろ?」
「……あっ」
しまった、私としたことが。私もオーニキスさんのことをある程度気に入ってたから庇うこと前提で話してしまった。そしてみんなにぬか喜びを……。ガーベラさんの話はしっかり皆に聞こえていたのか、再び空気が重くなる。こんな痛恨のミスしてしまうだなんて、本当に私ってば……!
「み、みなさん申し訳ありません。前言……撤回します……」
「気にするでないアイリス。間違いは誰にだってある。むしろアイリスはそういった早とちりは珍しい方なんじゃ。今日は皆がなぜか気分が優れない日、多少は仕方ないじゃろ」
「そうよアイリス。今私たちだって、考えることすらしようとしなかったんだから。……でも彼氏君の言う通り、やっぱりオーニキスさんが魔王軍幹部の一人……なのかしらね?」
「となると魔王軍幹部が何十年もこの城に潜伏していたことになるの」
何がどうあってもどこかで辻褄が合わなくなる。オーニキスって人をみんながあまりにも信用してるから。仮に、ここまでがその亀の魔物の計算なのだとしたらきっと厄介な相手になるでしょう。
ふとガーベラさんの方を見ると、彼はまだ必死になにか手がかりがないか、みんなが呆然としてる中でたった一匹で手がかりを探し続けているケル君に話しかけていた。
「ねぇケル君、オーニキスって方はどんな人?」
【んー、優しそうで紳士的で仕事ができるおじさんなんだゾ。人間達がここまで信用するのもわかるし、アイリスが弁明したくなるものわかるゾ。オイラも装備品もらったし。まあ、オイラにとっては見知らぬ人以上、ガーベラ以下って感じだゾ】
「そ、そうなんだね」
ケル君の中の順位はガーベラさんの方が上なのね。まあ人と魔物じゃ感じ方が違う部分もあるか。いや、私も魔物だけど。
【まあ結論を言うと良いようにはしてもらったけど地位のある人物としてはオイラ的にはオーニキスって人は微妙なんだゾ】
「……どうして? オーニキスという方はこんなに皆んなから信用されてるのに」
【どうしても何も、魔王軍が復活した情報を得るためにアイリスは今までアイツらを氷漬けにしてきたゾ。そのうち尋問するためだったかゾ? 聞いた話じゃそれはアイリスの提案らしいゾ。でも、それなら一匹、ある程度頭は良さそうだった蟹野郎で充分だし、そもそも続々と現れ始めた頃からさっさと尋問を始めればよかった話だゾ】
たしかにそうね。早く気がつくべきだったわ。……うー、恥ずかしい。今ミスしただけじゃなくて、過去のミスも明るみになってるなんて。
【で、頭を使って実力でのし上がってきた人がそれに気がつけないのはどうなのかなって思ったんだゾ。それにいくら魔王軍幹部の事件に関与してて功績を挙げたとはいえ、普通ロモン達に大幅に仕事を任せるかゾ?】
「ああ、そう言われれば」
【親や祖父がお城に仕えてるから使いやすいってだけで、当時Aランクにも満たない上、年齢もまだ子供と言える人間の雌のみの三人に、下手したら国一つ滅ぼせる存在を何匹も何匹も相手させようだなんて正気じゃないゾ。半分はアイリス達の方から巻き込まれたのもあるかもだけど】
「確かにそうだ。俺ならよっぽどの事情がない限り城の人間だけで行かせるな。むしろアイリス達がやろうとしたら止めるよ」
【ゾ、魔王軍幹部の怖さを本を読んで知ってるはずなのに、その対策は甘々だったゾ。失踪事件があってから振り返ってみて、そう思うようになったゾ。あんまり優秀じゃなかったのかなって。でも人間達からは信用されてるから不思議だゾ。なんであの人が命令すると、誰も疑わずに動いたゾ?】
ああ……そう言われれば……。
全くもってケル君のいう通りじゃない。なんで、疑いもしなかったのかしら。今だってそうだった。……疑えない理由があったとでもいうの? なんなんだろう、この不思議な感じは。
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