第287話 淀んだ空気でございます。

「今日は天気悪いね」

「なんか嫌な空気って感じ」



 双子は窓から外を見てそう言った。たしかに今日はやけにじめっとした嫌な空気。雨季というわけでもないんだけど。しかも天気自体はどっちかっていうと晴れている。なんとも言い難い変な感覚ね。



「んー、今日も剣の練習するつもりだったけどやる気出ないよ」

「四日前にアイリスちゃんと戦ってから自分はもっと強くなれるんだって目をキラキラさせてたのに……。でもわかるよ、私も今日は何かするって気にならないもん、変な感じがするんだよね」

「でしょ? アイリスちゃん、今日一日サボるね、ごめんね」

「この変な空気に加えて、ここ数日張り切りすぎたツケが回ってきたのかもしれませんね。たまにはいいでしょう」



 ここまでやる気のないリンネちゃんを見るのも初めてかもしれない。ロモンちゃんもこの様子だと魔物使い魔法の訓練を今日はお休みするでしょう。でも仕事の都合で練習できない日も少なくないから、一日や二日程度練習をサボったくらいで鈍るような鍛え方はしてないしきっと今日くらい大丈夫ね。

 ケルくんも、本も練習も散歩もする気がないみたいで寝床にくるまって眠ってる。この調子だとご飯とお風呂の時間以外ずっと眠っていそう。窓から外を見る限りでは私たち以外の人達も同じ感じのようでどこか生気がなくやる気もない雰囲気が漂っている。

 かくいう私も今日は何かをやるという気になれない。掃除も料理も今日は手を抜いちゃいそう。いっそのことラフな格好でソファに寝そべりながら惰眠を貪ってみようかしら。ガーベラさんに見られたら幻滅されてしまいそうなレベルのだらけを今なら披露できそう。



「私もケル君みたいに楽な格好で一眠りしましょうかね」

「んー、いいんじゃない?」

「アイリスちゃんも寝るなら私も寝るよ」

「じゃあぼくも寝るよ」



 つい二時間くらい前に起きたばかりなのに再び寝巻きに着替えて私たち三人はは布団の中に潜った。といっても普段昼寝なんて仕事での馬車の移動中くらいでしかしないので中々寝付けない。怠くて、やる気起きなくて、でも眠れない。思ったより過酷な状況じゃないかしら。みんな揃って風邪ひいたってわけでもないでしょうし、体調自体は万全なのが尚更歯がゆい。

 ……なんて考えてても仕方ないわね。眠れないなら今両隣にいる双子を愛でればいいだけ。私には問題ない。

 身体を小さくして頭を撫でるか抱きつかせてとおねだりしようと思ったその時、ロモンちゃんがガバッと起き上がった。



「誰か来る気がする」

「え、なんで?」

「こういう時ってお母さんやお父さんが訪ねてくる場合が多いから……なんとなくだけどね」

「まあロモンは勘が当たるからなぁ。どうしよっかアイリスちゃん」

「一応着替え直しましょうか。別にダラけるだけなら眠らなくてもいいですしね」



 眠れなかったしちょうどいい。甘えにくくはなったけど。リンネちゃんの言う通りロモンちゃんの勘はいいから本当に誰か来るのかもね。例えばこの人のやる気を失くす淀んだ空気が、魔王軍幹部の魔物の仕業で、どうにかしてほしいってお爺さんあたりが協力要請しに来たりとか……あり得なくはない。ええ、私が仕事したくなくなるほどの空気だもの、普通じゃないわ。

 元着ていた服に着替え直してから五分後、なんとこちらまで廊下を歩いてくるような床が軽く軋む音が聞こえた。その少し慌てたような足音は私達の部屋の前で止まる。少し強めに戸が三回叩かれた。

 


「アイリス……いる!?」

「あ、ガーベラさんだ」

「すごいね、ロモンの勘また当たったね! でもなんなすごく慌ててる感じ……」

「とりあえず出てみましょうか。はい、今出ますね!」

「……!」



 戸を開けると十分な装備を身につけたガーベラさんが大粒の汗を額から流しながら立っていた。尋常じゃないことは一目でわかる。というか少し半泣きになっているような……な、何があったのかしら。昨日ギルドで会った時は普通だったんだけど。



「どうされました?」

「良かった……アイリス……ちゃんといるね……はぁ……あははは」

「い、いますよ! 何故か今日は何もする気になれなかったのでこの部屋で自堕落な時間を過ごしていました」

「そっか、そっか……本当に良かった。また……いなくなるんじゃないかと……思った」



 また? 私が彼の前からいなくなったことなんてあったかしら。あ、グラブアの時のことかな? まだその時は付き合ってなかったとはいえ、一番の危機状況から助けてくれたガーベラさんには相談せずにグラブアを守りは私一人でおびき出したし。



「なんのかはわかりませんが、心配してきてくれたんですね」

「ご、ごめん。押しかけるような真似をして。でも本当に、見過ごせないほど嫌な予感がして」

「そういえばガーベラさんも勘がいいの?」

「う、うん。かなりね。実はその日受ける仕事も誰かから誘われたもの以外は全部勘で行ってるんだ」

「へー、なんか私よりすごそう……」



 たしかにガーベラさんは誰かが次の日に来てくる服や、その日のギルドの特別メニューをメニュー表見ずに当てたりしていた。というか前々から勘がいいって話を聞いたり現場を見たりしてたわね、私。そんなガーベラさんが私の身に何か起こると感じたわけだ。なんか……背中が寒くなってきた。



「ど、どんな風に私が危なくなると?」

「そこはわからない。だからとりあえずこの部屋にアイリスが居るかどうかを確かめにきたんだ。無事でよかったけど……よく考えたら一人で騒いでおかしいよね、俺。この変な空気のせいかな」

「いや、とても気が違ってしまったようには見えませんし、本気なのはわかりますよ。よくわかりませんが、とりあえず心配してくださりありがとうございます」

「……うん」



 ……どうしようかしらこの空気。ガーベラさんは本気だし、でも私はこうして何もないわけだから、御礼をとりあえず言う以上のどんな反応をしたらいいかわからない。ロモンちゃんとリンネちゃんがゆっくりと目立たないように一歩下がり、私のスカートを引っ張って耳を貸すように催促してきた。私はそれに従った。



「なんかよくわからないけど、やってきたのガーベラさんなんだからこのままデートに出かけちゃえば?」

「ガーベラさんの話ではここが危ない目に合うんじゃなくてアイリスちゃん自身に何かあるんでしょ? それならせっかくだし、丸一日ガーベラさんにしっかり守ってもらうっていうのも手だよ」

「ふむふむ……」



 確かにそうかもしれない。ちょっと気力ないけど、本人が変な理由とはいえ目の前にいるのは事実。このまま少しおめかしする時間をもらってからのデートをするという選択肢は悪くはない。それに私になにかがあるとしたら、この二人とケルくんも巻き添えになるかもしれないと言うこと。そう考えたら二人の提案通りにした方がいいかもしれない。



「ガーベラさん、まあこうして私は無事なわけですが、どうですか、せっかくここまで来たんですから、あの……その……で」

「デート!」

「デート!」

「…….いいの?」

「ええ」

「じゃあ、そうしようか」



 今日デートする予定じゃなかったんだけど、結果オーライってやつかしら。

 もし本当にデートをするなら、まともな服に着替え、この汗だくの身体もどうにかしたいとガーベラさんは言ったので、私もおめかししたいこともあってお互い一時間ほど準備することにした。

 もしかしたらガーベラさん、うまいデートの誘い方が思いつかなくてこんなおしかける方法取ったとか……いいや、そんな遠回りなことする人じゃないしそもそも真剣そのものだったわ。なんにせよ、なんか危ないっぽいし私一人でいる時は今後、ずっとゴーレムでいようかな……。またあの時みたいなことあったら嫌だしね。返り討ちにできそうではあるけど。



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一日お休みもらったので復活しました!

次の投稿は5/20です!


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