第8話時々友と戯れる。【前編】

 あの途方もない偶然で繊細なそれでいてよく分からないとても印象的な出来事から早数か月が過ぎようとしていた。太郎&敦子夫婦からあるいは自分らから「今度会って食事しましょうね」ってLINEやら電話で何度も話すもなかなか実現せず、時間だけが確実に刻んでいた。同じ県に住むとはいっても自動車で行くちょっとだけ離れた距離。なかなかな感じです。会いたいと思って会えた会いに行くフットワークの軽い学生時代や20代とは違うわけです。毎日LINEのショートメールしていると会っていないのに会っている錯覚を覚える。不思議なメディアですね。情報の拡散が凄まじいともいえます。それが現代のテンションツールなんでしょうか。まぁ嫁は嫁で安定期とはいえ、妊婦の身ですしほいほい動けませんって感じ。丁度9か月目に入ったところです。見た目もあぁ妊婦さんって感じでして。まだ見ぬ子供も順調に洋子のあの身体の中ですくすくと育っております。ここので来るのにまぁ~あぁーでもないこーでもないといろいろムカつく事もありましたよ。ご機嫌ななめの妊婦さんを程よく手で転がすのは至難の業。洋子からすると、そんなの至極当然ジャン。なにて語っているの?って思っているだろうね。いつか自分自身で客観的に見ることが出来たときその辺りの話を纏めてご報告したいと思っています。まぁいまの自分は十分幸せなので、面白く話せる内容になるかは…なぞ笑。そんなことよりあの出来事が真冬の出来事なら、今はその真冬に近づく一歩二歩手前の9月中ごろです。まだまだ暑い日が多く「この暑さはもういいよ」ってげんなりしているそんな時期にちょっとしたハプニングがありまして、そのことを先にご報告しようかと思った次第です。その出来事は、ほんの1週間前の土曜日の出来事です~。

「ヨイショ、ヨイショ」

 洋子と私は、せっせと暑い中夕飯の食材を運んでいる。自動車ではなく、手持ちでせっせと。運動のためとはいえ、このちょっとの動きが大変なんだと妻は毎日のように語る。週末になると、運動に付き合って頂きましょう的な発想で、食材の買い出しに付き合わされるのです。近いですけど歩くと遠いのがスーパーなわけで。

「車で行くべきだったのでは…?」

 この暑さによる体力の消耗によりげんなりしているわけです。しかも10㌔のお米つきです。お米は好きですけど、この作業は本当にキツイし辛い。

「せんせが、毎日毎日歩きましょう!出来る限り歩きましょう!って言うんですもん。このくらいって思ったけど、確かにキツイわね。ヨイショヨイショ…」

 洋子は、バス停付近で止まりながら言った。

「ちょっと休憩、休憩です。ふぅーーー暑い」

「そうでしょうそうでしょう、やっぱり車で行くべきだったよね」

 私もしばし休憩。

「そこに座れば?」

 バス停付近にあるちょっとした休憩所。

「いやーーー汚いしそれに座ったら壊れちゃいそう」

 うん、確かに。

「やっぱり車にすべきだったーーーもっと晴彦がきつく言えば良かったのよーー変に優しいからこうなるのーーー」

 これも俺のせいか。優しい男。それでも文句言われる。

「はいはい」

「はいはいってなによーーー」

「だって、車で行くっていうといつも待ち時間が長いとか言うじゃん」

「うるさいなぁーーもう」

「一長一短あるんだよ」

「はいはい」

 このところいつだってこんな感じのやり取りが続くのです。身体がきついのは分かっているから多少の反論は目を瞑るのです。余計な反論をすると、返って妊婦の洋子が混乱するのでこれでいいのです。夫は我慢ですね。

「しかし暑いな」

「えぇ、もういいわ、いい加減この暑さうんざり。早く秋が来てほしいわ」

「もうすぐそこだろ。ツクツクボウシの鳴き始めているし。すぐそこの柿木の実も確実に大きくなってきているし。僕は、あそこの柿木を見てだいたいの四季を感じるんだよ。まぁ~寒くなりゃ寒い寒いとぼやくのが人間さ」

 蝉の種類で季節が分かるようです。ツクツクボウシが鳴き始めるともうすぐ秋だなと思うのです。僕の主観ですが。

「なに詩人ぶって。さ、行きましょう」

 洋子の妊娠中のテンションの低さももう慣れた。

「あと5分くらいだ、頑張れ」

「頑張ってますって」

 彼女は本当に毎日頑張ってくれている。それは間違いない。感謝してもしきれない。つい最近まであの風船のように膨れているお腹をゆさゆさ揺らしながら、普通に働いて給料を貰っていた。先週からさすがにもう産休を取ろうよって私が説得して、やっとの思いで取ったと思ったら毎日この通りぶつぶつ言っております。まぁこの程度なら問題ないでしょう。結構恵まれた夫かもです。余所の旦那さんは、酷いところだとウツのような症状が出てしまうそうです。なんだかんだ夫婦円満っぽく樺っています。頑張る理由がも一つ。そこの角を曲がって見えるのがうちのマンションなわけで、35年ローンを組んで買った我が家なわけです。買ってもう5年目に入りますけど、全くローンの額が減らないんですよ、これが。本当に参っちゃう、嫁さんのボヤキを交わす方法よりローンの額が減る方法を教えてください。えっ?何?働けって?頑張ってますって夫婦共稼ぎで。

「マンションについたら、郵便確認お願いね」

「あっはいはい。オーケーです」

 郵便について一言。最近めっきりお手紙が少なくなった。手紙なんてほとんど来なくなった。先ほど話したLINEとやらで、日々の情報が共有されLINEで始まりLINEで終わる。正月の挨拶、年賀状もこのメディアでほぼ頂く。いいのか悪いのか知らないがそれが現代のやり取りなんだ。時たま手紙が届くと思っている以上に嬉しい。年間何通かしか来ないが…有難いです。

 程なくして、マンションの裏口につく。しかし思ったより正面玄関を使わないと最近になって思うのです。使うときは、もっぱら車を出すときくらいか。あるいは、急な宅急便の手配をするためにフロントへ荷物を預けに行くときか…そんな微妙に限られた場所になっている。こういった食材の買い出し時は、めったに使わない。妻とは、一階のエレベーター前で別れた。当然、お米を持っていくというスタンスにはなっていない。自分の荷物は自分で。これが川越家の習慣。

「お手紙来てないかなぁーーー」 

 などと鼻歌を歌う余裕もあってさ、なんてさ。

「何かいいことあったんですか?川越さん」

 丁度フロントにいる熟女、あっいえ普通のおばさんに声をかけられた。熟女とは程遠い笑

「いいえ。手紙が来てないかなぁ~と思いまして」

「さっき郵便屋さんが届けに来ましたわよ。お手紙来ているといいですね?来る予定でも?」

「いえいえ。そんな予定はないですよ。最近、めっきり手紙が届くことがなくなったので、来ていたらいいなぁと思っただけです」

「そうですねー最近、そういうこともなくなりましたねー」

 などと世間話をしながら、自分のポストへ。

「7444」

 と、ダイアルを回す。「おぉー」おなじみのチラシの山です。このチラシの山には本当にうんざりです。ほとんど見た記憶がない。どっさりというの表現がぴったり。そのチラシ共を掻い潜って、必要な情報源が手に届く。まぁ、電気代の類ですが。

「ん…?」

 その掻い潜った場所に見られない滅多に来ないお手紙が…。

「うん…」

「おッ」

「おぉーーーー」

 あの筆不精と思われる太郎さんからお手紙を頂きました。これは、これは。奇跡なのでしょうか。有難いやらなんやら。すぐに洋子へご報告せねばと、エレベーターへ向かった。

「おぉーー太郎さんからですか」

 これはこれは。

「へぇー」

「どうしたんですか?川越さん」

「佐藤君」

「随分機嫌がいいですね」

「いやいや、友人から手紙を貰ってさ。なんか嬉しくてね」

「そうだったんですか」

「これからちょっとお返事でも…と思っておったところです」

 声をかけてきたのは、5階に住む飲食メーカーに勤めるの佐藤君だった。コンビニの帰りかな?彼はいくつか年下ではあるが、子育てでは大先輩。もう10歳と3歳の子供を授かっており日々格闘しています。彼とは偶然エレベーターで出会う機会が多かったので、妻が一週間ほど会社から暇を頂いて自分の実家へ帰郷しているときに一度呼んで酒でも囲んでみようかな?と思い、呼んでみたわけです。太郎さん同様ってほどの驚きはないのですが、初対面で意気投合しまして、それ以来たまにうちの部屋にきて一緒に酒を飲む仲になったという珍しいカタチの友人です。本当に良縁っていいもんですね。感謝です。

「はい」

「珍しいですねぇ…手紙って。最近とんと来なくなりました」

「ですよね」

「手紙って本当に来ないですよね、最近。自分も書かないし手紙が来るわけないんですが…」

 そうなんですよね、来るわけがないのです。私自身が書かないのだから来るわけがない。書かないのに来るわけがない。当たり前ですな。そうこうするうちにエレベーターが1階で降りてきた。

”チィーン”

「僕が最後に書いたのいつだったかなぁ?」

「手紙ですか?」

「はい。随分書いてませんねぇーーー。最近じゃ、下の娘のお手紙をチェックしているくらいですかね。幼稚園のせんせにせっせと毎日書いているんですよ。もうそれが嬉しくて。もう時期じゃないですか、晴彦さんのところも。楽しいですよーー子供の世話って」

 佐藤君は嬉しそうに喋っているのが印象的だった。エレベーターが5階で止まる。この何気ない世間話が結構大事なんだと最近気付く。

「じゃ、また機会があれば一杯」

「そうですね、また一杯やりましょう!」

 彼は、手で合図しながらフェイドアウトしていった。彼とは今後も付き合いが続くだろうと私は思っています。友が増えるのは、新春の桜のような感覚ですごく高揚とした気分になれる。本当に有難い話です。人はひとりじゃ生きていけませんもんね。私は、エレベーターからすっと出て、スタスタと自分の部屋に向かう。自然と足が速くなるさ。表玄関のドアノブを回しながら部屋へ入っていき、太郎さんからの手紙が来たことを真っ先に伝えたくて。

「洋子、洋子大変だよ、大変…」

 お米を玄関前に置き、スタスタとリビングへ向かう。

「どうしたのよ、そんな大声出して。何が大変なの?私の方がもっと大変よ。見てこれ。洗濯物の山。これから洗濯機ぐるぐる回さなきゃならない。あなたも手伝ってよね」

 あぁー現実ってやつね。それはそれとして。

「いやいや、何って。あの太郎さん夫婦からお手紙を頂いたんだよ。あの筆不精っぽい太郎さんから来るなんて奇跡だろう…」

「太郎さんがお手紙を?」

「そうなんだよ、あの太郎さんがだよ」

 洋子のテンションの低さに少々びっくりしているというかなんというか。

「太郎さんからお手紙が?見せて見せてご丁寧に、きゃはっ…嬉しい」

「驚かないの?」

 少子抜けだ。

「だって、うちのマンションに来るとかなんとか言ってたもん、敦子さんがこの間LINEでさ。確か…13日の土曜日って言ってたかしら…まだまだ先だなぁと思って、ほっといたんだけど…そうなのね、その前にお手紙をってやつね、そういうことですか。案外義理堅いですね、太郎さんも」

「…ん?」

「どうかしました?」

「13日の土曜日って言いました?」

 テーブルの上に置いてあったスマフォをタップしながら答えた。

「はい」

「今日が何日か知っていますか?」

「えぇーーと?」

「今日じゃないですか?」

「そうなの?あらま」

「あらま、じゃないでしょう。この洗濯の山とか部屋のお掃除とか出迎える準備とか…どうするんですか?」

 私は、意外と冷静な自分がいまして。洗濯物がこのように山のようになっているのは、あれのおかげです。昨夜、海外ドラマの新作を二人で見てしまったのが原因ですね。その前にボタンをポチッと押せるだろうという話ですが、当の洋子は、全くやる気がなくてこの有り様です。文句は言えないです。他は、まぁまぁきちんとやっていますから。

「どうしましょう」

 洋子は、ガムを噛みながら悩んでいる素振りも見せない。

「しかも、もう昼ですよ」

「そろそろ電話でも来る頃じゃないですか?」

 冷静というか事態の悪さに気付いていないのか。

「ン…そういうことじゃなくて」

「そういうことじゃなくて?」

「もうランチ時ですよ、洋子さん」

「…分かってますよ、そんな事。大きな声を出さないでください。妊婦の身体に悪いでしょうが。少しは気を使って頂けますか?」

 この頃の洋子は、出会った時の洋子に少し戻ってきており、天然っていうんですか、この状況でも全く動じないといいますか。私は、もう理解不能。ついていけません。

「どうしますかね」

「とりあえず、洗濯は後回しっと。洗濯機のボタンをポチッと押せば勝手にグルグル回ってくれますからね」

「掃除は…と。これは、いつもまぁまぁ豆にしていたおかげでほぼ完ぺきっと。テーブルを軽く拭くだけでオーケーな感じじゃないですか?素晴らしいじゃないですか。よき妻を持って幸せですね。ほとんどやることありませんよ、晴彦さん」

「そうですか」

「はい」

 洋子は笑いながら答えた。

「僕ならですね、僕なら今日のアポを断りますけどね。これからやらなきゃいけないことたくさんあるじゃないですか」

 太郎さんから手紙が来たことを喜んでいた自分がなんとも情けないというかなんというか…この状況はどうなんだろうか。

「そうね」

「そうですよ」

「そういう手もありますね」

「そういう手しかありませんね」

 洋子も現実を直視して頂ければと思います。

「じゃ、電話してみますかね」

「そうしてください」

 これで一件落着です。太郎さんの反応次第ですが。

”…☆〇●◆■……”

 スマフォの効果音が聞こえる。ぷるるぅーーー。

「…」

「…」

「出ませんよ」

「もう向かっているのかな?」

「そうかもしれません」

「…」

 洋子は、スマフォを耳から離した。

「…」

「じゃ…お寿司でも取りますか」

「そうしましょう」 

 お寿司なら例え彼らが来なくても夕飯で食べればいいと安易な考えです。なにか?

「もう一回鳴らしてみますね」

「はい」

 私は、ソファーに座りながら答えた。

”ピンぽーーーーん、ピンポン、ピンポーーーーーん…”

 フロントからのチャイムが鳴った。

「誰ですか…誰ですか…こんな時に」

 スマフォを片手にそう言った。いまうちの部屋に来ると言ったら、あの二人しかいないじゃないですか。もう…いらっしゃったんですか?太郎さん。ノットタイミング。バットタイミングですよ。

「太郎さんですよーーーきゃはっ笑」

 洋子は、彼らを待ち望んでいたかのようにルンルン気分で喋った。買い物帰りのあのテンションの低さはどこへ行ったのやら。

「そうですか」

「もっとスマイルにしないとですよ、お客様が来たわけですし」

「お客ねぇ…」

「そうよ」

「はいはい」

”もしもし、太郎ですが”

「はいはい。洋子です」

”ご無沙汰しております”

「いま、開けますねーーー」

”よろしくお願いします”

「はいはぁーーーい」

 この重い空気をそのままに玄関まで迎えに行くわけです。スムーズに来れたら、5分とかからない。たまにグルグル回って来る宅急便のお兄ちゃんとかいますけど、だいたい5分で着きますね。

「で、なんであなたは玄関で待っているの?」

「ん?」

「あの甲高い声は、要注意なんで見張っているだけですよ」

「そうですか、心配性ですね」

「迷惑かけられたくないだけです」

 すると、早くも外からいやぁーーな聞き覚えのある声がする。その声は、一人じゃない二人でもない。ん?嫌な予感が的中したわけです。玄関のドアノブを回して、外に出て迎えに行こうと思った。

”…ですかね、これはこうするもんなんですよ、分かります?奥さん”

 太郎さんの声で間違いなかった。だって。目の前に太郎さんが隣に住む奥田さんと楽しく会話しているじゃありませんか。

「で…」

「何しているんです?」

「奥田っちと話しているんです」

「奥田っち?」

「はい。さっきお友達になりました」

「そうですか、早いですね」

「自分の特技なもんで」

 太郎さんは、それでねって持ってきたお土産?をまだ説明しようとしている。

「僕もその特技に引っかかりまして」

「ひっかけてあげました」

「で、また一人ひっかけてしまってん。もう…モテモテ太郎くん」

「はい、私もひっかかりました笑」

「僕が石田っち。こちらが奥田っち。二人合わせてイシオっちです。どもーーーー」

 今さらむりくり作った漫才風紹介なんていらんわ。奥さんも…ノッてどうする?いつの間にこんな話を…恐るべし石田太郎。

「…アホか」

「どもーーーーはくしゅーーーー」

 二人で手を叩いても何も変わりませんが。

「で、何しているんです?」

「随分…今日もノリ悪いな」

「川越さん、のり悪すぎますよ」

 あなたらのせいや。

「今日”も”って…うるさいな。”も”はいらんわ」

「ですか。いると思いますけどね」

「そんなことどうでもいいわ。はよ、こっちに来なはれ。迷惑でしょうが」

 私は、手で”こっちへ来い”というポーズをした。

「俺がか?」

「あなた以外にいないでしょ」

「さよか」

 久しぶりに会う友人にこのテンションでいいのかと思ったがいいんです。ちょっとムッとしているんで、このくらいが丁度いいんです。

「いやな、お前さんの部屋分からんくて、たまたまおったこの女性にちらっと聞いたら、隣やいうもんやから連れてきてもろたんよ」

「そうじゃなくて、それもあるけど…何を説明しているんですか?」

「これは、妊婦さんの運動器具ですね、はい。見て分かりませんか?あなた夫婦のためのお土産です」

 能天気もここまでくるといい感じなのでしょうか。

「分かりませんが、ありがとうございます」

「相変わらず鈍感やな」

「あなたほどじゃないですけど、大きなお世話です」

 太郎さんと喋るとついこんな感じになってしまう。

「もう大丈夫なんで、ご自宅に戻られてもいいですよ、奥田さん。本当に申し訳ありません」

「そっそうかな?じゃーまたね。私は楽しかったけど笑」

「せやろーーーあなたもいける口やね、またね笑」

 奥田さんも微妙な空気感でフェイドアウトしていくわけです。この方は、そういう空気感を作り始めるのがとてもうまいのです。一種の天才です。

「何しているの---?」

 背中の後ろの方から声がした。洋子です。遅いから迎えに来たのだろう。太郎さんがすんなり来るわけもなく。

「さぁさぁ、入っておくんなまし」

「はいはい、お邪魔します」

「どうしまして、お邪魔なんですけど」

 小声で言ってみた。

「なんか言ったか?」

「いいえ、特には」

「さよか」

「はい」

「いつ帰りますの?」

「そやな、朝食食べてからかな?」

「もう帰っていいですよ、十分堪能しました」

「まだまだこれからやがな」

「もういっぱいいっぱいです」

「そっかぁ」

 隣の玄関先から自宅の玄関のドアノブを回すまでにこの程度の会話を弾められるのは、おそらく彼とくらいだろう。彼と会話していると時間を忘れてしまう感覚に陥る。一言で言えば、まぁー彼はよく喋る男です。喋らないときは寝ているときだけだろうと思う。布団から出たらその場からずっと寝るまで喋り続けていそう。法廷での彼もそんなイメージです。相手の弁護士を言い負かすというより喋らせないという方がしっくりくる。なんでそうポンポン言葉が口から出てくるのか本当に謎です。そんなこといちいち考えていても答えは出ないけど、多分出会った人の中でダントツの陽気なおっさんです。いや陽気な兄貴です。

「あれぇーーーそういえば敦子さんは?」

 そういえばさっきから彼女の姿が見当たらない。

「そうですよ、奥さんは?」

「あいつかーーー?」

 ソファに腰を掛けながら答えた。

「ん…」

「どうかしたんです?」

「どうもしないけど、なんやな…」

 珍しくもぞもぞと歯切りが悪い。

「体調でも良くなくて来なかったとか」

「いや…」

 太郎さんは、頭をかきながら言った。

「珍しいですね、歯切りの悪い太郎さんって」

 洋子のその空気読めない感は素晴らしい。

「体調でも悪くしたんですか?もしそうなら、無理に来なくても良かったのに」

「そうじゃなくて」

「じゃどうしたんです?」

「車の中でちょっと休憩中やねん。もう少ししたら来ると思いますよ」

 太郎さんは、嫌そうに答えた。

「やっぱり病気なんだ?」

「病気じゃないのよ、これで」

「これでって?」

「これはこれやがな」

 お腹を手で膨らませながら嫌々そうに答えた。

「…え?」

「うちの洋子みたいに体重増加で身動き取れないほどですか?」

「私は、大丈夫です大丈夫。診察へ行ってもよく体重キープしていますねぇーーって褒められるんですから。一言多いですよ、今日の晴彦は」

「そうみたいですよ」

 洋子のお腹をナデナデしながら答えた。

「なんや、その”私たちは幸せですよ”アピールは。アホか、おもろない。全くおもろない」

「アホとか言わないでください。子供に悪影響するんで。ポジティブな言葉しかダメなんですよ」

「そうですよ、ポジティブがいいらしいんです」

 私は、茶化しながら答えた。あははは…そうですかそうですか。等々…念願の…良かったじゃないですか。太郎さん。

「うるさいな」

「けっ」

「出来たんですか?お子さんが」

 もう冷やかすのそろそろいいかな?と思っていたらしく彼女から切り出した。

「はい、そうです。子供が出来ましてん」

 二人に冷やかされたのがムカついたのかご機嫌斜めっぽい言い方で話をした。

「めでたいじゃないですか」

「めでたいですよ」

「めでたいですね」

「そうですかそうですか、良かったですねぇーーー太郎さん」

「どうも」

「そろそろこちらから迎えにいけばいいんじゃないですか?敦子さん寂しい思いしていますよ、きっと。そのついでにランチでも行きましょうよ、ね。すぐ近くのあれ?なんて言いましたっけね?そのお店でいいわよね。それがいいわ。晴彦さん。きゃーー楽しそう」

「いいですね、それ大賛成」

「そうなるわな」

「はいな。洗濯機のボタンポチッと押してから出ましょうね」

「了解でーす」


 嫌な人や苦手な人には

 特に親切にしてごらん

 と爺がよう言うたもんや

 苦手な人=晴彦さんじゃないですよ。by 太郎




 












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