第5話この縁は良縁ですか?
「ふぅ…食った食った…お腹いっぱい」
私は、ポンポンになったお腹をさすりながら言った。
「私も食べ過ぎちゃったみたい」
「同じく…満足です」
2人とも満足な様子で喋っていた。その姿を見ている自分もとても幸せだった。食は、皆を幸せにする。幸せとは、食である、名言が生まれた瞬間であった。なんちゃって。
「いつもは、厨房で作っている方だから…こういう雰囲気って久しぶりで気分がいいわ」
喋っている敦子さんの笑顔がとても印象的だった。なるほど、そういう考えもありますね。さすがに厨房の中へ入った経験はないが、キッチンの中に入ることの多い主婦たちはさぞや大変だろうなぁと思う。うちの嫁も…まぁまぁ、ね。頑張っていますよ。
「そうね、食器を片づけなくても良いってのが、最高に気分いい」
洋子も笑顔で答えた。そうなんだよね、片づけをしなくてもいいというのが、外食のだいご味。たいていの方がその片づけを疎ましいと思うでしょう。うちの家族もそうなんです。料理はするんだけど、片づけがねぇーというタイプ。たいだい渋々妻が片付けることが多いかな。僕はというと、記念日専門ですね。はい。
「…」
ちょっとこの幸福感に浸るのもいいでしょう。明日からまた現実が訪れる。しばしの休養を謳歌しようではないか。
「…」
「何黙っているの?」
「いやっ…幸せだなっと思ってさ」
「食べられた事が?」
「まぁ~ね」
俺は、湯飲みを持ちながら答えた。
「じゃ…いつも幸せじゃん、晴彦は。いつも食べる側で、作る側じゃないんだもん」
「…」
仰る通り。否定はしない。いつも洋子任せだ。その方がうまい飯に有り付ける。
「晴彦さんは、料理出来ないの?」
敦子さんも夫婦の会話に参戦してきた。この人は、いつも肝心な時に痛いところをついてくる。2人対1人は、分が悪いかな。これは勝てる気がしない。昔の阪神対巨人みたいだ。どう考えても阪神が巨人に勝てるとは思わなかった。確か、その年のオフシーズンに、たけし軍団に負けたという記憶が蘇った。「なんぎやなぁ~」という日テレ系列の読売テレビの専属アナウンサーの声も思い出した。その方は、いまもフリーアナウンサーとして活躍されている。前大阪市長とも仲が良いとされるあの方ですよ。
「作ろうと思えば作れるんだけど…」
僕は、料理の経験がないわけではない。1人暮らしも長かったわけで。でも、他人に披露するほどの腕はない。せっかく作っても、来客を顰蹙の渦に巻き込むわけにはいかないでしょう?それにおいしい食事が一番いいじゃないか。妻の料理を食べて幸せに幸福にひたる。それが一番いいんです。そういえば、歴代の彼女に作ったことないな。作ってと頼まれたこともないし。そういう男もまだまだ健在である。昭和の化石と呼ばれているらしいが…。まぁまぁ、ね。そこは広げなくてもいい話題ですよ。
「じゃ…今度、私のために作ってよ」
洋子は、いつもより攻撃的だっていうよりこのパターンは、今朝と同じでは??ヤバイ雰囲気になってきた。結局その話題が今日の中心って話か。どうする?
「まぁまぁ…ね」
「男の手料理ってかっこいいと思うけどな」
それは知っている。経験済みですよ。後輩の料理姿を見てもカッコ良かったし…。そういった書籍もたくさん出版されているそ。男のほにゃらら的な、まぁ迷惑ですね、私にとっちゃ。
「確かにねぇ…」
お茶を啜りながら答えた。
「料理くらい作れないとヤバイよ。私が居なくなったらどうするのよ?」
洋子もお茶を啜りながら答えた。最初、何を言っているか理解が出来なかった。
「…うん?」
「私が居なくなったらどうするのよ?晴彦は。死んじゃうんじゃない?大丈夫??」
「…」
いきなり、ここであの話題を切り出すつもりか??ふぁっと幸福感に満ちているこの時間帯に、槍をもって再登場ってか。まだ心の準備が出来ていないよ。洋子は、観客がいるところで話す気か?天国から地獄とはこのことか…ぶつぶつ…。
「居なくならないでしょ、洋子は」
私は、躊躇することなく淡々と切り返してみた。心臓の鼓動は、爆発寸前だけど、あくまでも平静を装ってみたりして。
「…そりゃね、急にはそうならないかもしれないけど…料理くらい出来た方がいいと思うわ」
洋子は、急須にお湯を入れながら答えた。答えを準備していたみたいに…。
「…ドキッとする言い方、止めてくれる?びっくりするじゃない。心臓に悪いよ」
「たまには、刺激的な言葉も必要よ。夫婦を保つには…」
敦子さんもついでに喋ってきた。こんな時に、そんな言葉は要らないって。フォローになってない。っていうか、フォローするつもりないでしょ、あなたは。
「そうよ。刺激は大事よ」
「…刺激」
「あぁーあ。酔い冷ましにお風呂でも入ってくるかな?」
私は、徐に立ち上がりながら答えた。こんな雰囲気の部屋にいつまでも居られるかってつうの。
「都合悪くなると…すぐ居なくなるんだから…もう…」
「…入ってらっしゃい。ゆっくり今後の事考えてきなさいよ。旦那様」
敦子さんもお茶を湯飲みに入れながら、俺を茶化すように答えた。私に何を考えろっていうんだよ。料理を作るってことか?それとも1人になることに慣れなさいって話か?えぇい、いちいち面倒臭いわ。
「はいはい…」
俺は、まだ乾ききっていないフェイスタオルを片手に持ちながら答えた。
「結構、ズバッって言うのね?旦那さんに。洋子さんって本当に肝が座ってるわ。聞いている私もびっくりしちゃった…」
玄関に向かう俺の耳にそんな会話が聞こえてきた。興味深い会話になりそうだけど、自分が居ない方が良いと判断してそのままそっと部屋を出て行った。
「…そうかな?」
「そうよ。見た目より強いのね」
敦子さんは、お茶を啜りながら言った。
「…」
「…」
あの後、2人の会話が続かない時間が数分間あったらしい。無理もない。仲が良いからと言って、今日逢ったばかりの間柄だ。無理もない。
「お風呂お風呂…大好きなお風呂、お米の次はお風呂お風呂!」
私がフロント前を横切って、お風呂場へ向かう時だった。どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。あまり縁起のいい声じゃないことは確かだった。
”だからなぁ、石川敦子って女性が…この宿に泊まっているかどうか聞いているんやんかぁ…いてませんの?”
”~ですから、そのような女性は、お泊まりになっていませんって…何度も申し上げているでしょう”
”嘘やん…よう調べて”
あのいかがわしい関西弁の男だった。
「何を喋っているんだか…」
”嘘じゃありません。先ほどからお調べしておりますが…今日の宿泊者リストには、石川敦子という女性は載っておりません”
”うそぉ…もう一回調べてよ”
「…」
やっぱり誰かを捜しているらしい。
”何度、お調べしてもそのような女性の名前はないと思いますよ…”
”…そうかぁ…ほんなら、もし仮におったらでえぇから、俺の部屋の内線に回してくれる?彼女が犯罪に巻き込まれていたらどうするんやぁ…ったく…これだから関東の…”
”はい”
フロントの女性従業員も軽く会釈をしながら答えた。
「かわいそうに…あの女性も…ついていない」
あの男性に関わり合うのは得策じゃないと思い、無言のままスタスタとフロント前を横切って歩いた。
「何か…納得いかんなぁ…」
あの男性は、どうも納得がいかない様子でぶつぶつと独り言を言いながら、こっちを振り向いた。私は、目を合わさないようにソーッと歩いていた。
「…」
気付くなよ。気付くなよ。
「…」
「あっ、兄ちゃん。えぇところにおった…なぁ…」
私のことか?一応、周囲を軽く見回した。こんな時に限って誰一人そばにいないんだ。声を掛けられたのは、間違いなくこの私だった…。
「…」
「なんでしょう?」
「なんでしょうって、東京の人間は冷たいわ。まぁ~えぇわ。ちょっと聞きたいことがあるんよ?君の分かる範囲で教えてくれんかな?」
その男は、こっちに来いと言わんばかりに手で合図した。「あちゃー」
「お風呂場で会った男やんか?」
「はい…そうですけど…」
男性の前に立ち止まった。
「こういう女性知らんかな?」
男は、一枚の写真をジャケットの内ポケットから出してきた。
「…この旅館で見たことあるか?」
「!!」
”あつ…敦子さん…??”に似ている??いや…本人か?スラッとした雰囲気は、非常によく似ていた。
「…その顔は、まんざら知らん顔でもないらしいな」
「いやぁ…全然知りませんよ、そんな女性は…」
断れば断るほど顔に出てしまう質で…もう後の祭りだった。
「…この旅館におるみたいやな。一体どこにおんねん?」
その女性は、自分の妻と楽しく食事していますって言えるわけない。
「…」
「…」
男は、無言のままジッとこっち見ていた。警察で、尋問を受けているみたいだ。
「…」
「…」
「この女、売れんお蕎麦屋をずっとやっているんよ。早う潰せばええのに…諦めの悪いやっちゃ。あぁ…その顔は、そのことも知っているって顔やなぁ」
あちゃー。
「…」
言わずしてバレテいるらしい。ダメだこりゃ…。
「…」
「…」
「お前は、これのこれ(男)か?」
男性は、親指を立てながら答えた。そこまで飛躍する??彼女の亭主か?
「違います違います…」
顔を振りながら精一杯の否定をしてみたが。実際違うし勘違いもここまでくるとややこしい。
「違うってことは…やっぱり、この女のことを、知っているみたいやな」
「あっ…。でも…俺の知っている女性の名前は、石川敦子じゃありませんよ??」
尋問にひっかかってしまった。余計なことを言ってしまった。しかも率先的に。自分の性格がたまに嫌になるよ。
「…なんていう名前の女や?」
「伊藤…伊藤敦子という女性でして…」
この男性の誘導尋問に引っかかってどうする?
「伊藤敦子…なるほど…」
「ちっ違うでしょう…名前も」
「確かになぁ…」
「…」
「それじゃ…そういうことで…」
フェイスタオルをギュッと握りしめながら答えた。
「あっ、思い出した。長いこと一緒におったから忘れとったわ。「伊藤敦子」は…この女の旧姓やった…」
「えっ?」
「ほんじゃ~連れて行って貰おうか?彼女が、泊まっとる部屋まで…。それからでも遅ないやろ…温泉へ入るんは?温泉は、逃げんって…。少しは、協力するって気持ちがないんか?少しは優しくなろうよ、東京の人間は…ったく…」
男性は、俺の肩を叩いて「連れて行け!」っていう仕草をした。
「彼女のお知り合いか何か?ですか?」
「一応…これでも亭主や」
彼女の夫だったんだ…。職業は…警察か?
「どこに泊まっているんや?」
「…」
「2階の202号室ですが…」
「めんどくさい!やっぱり、もうええわ、ここから先は、自分で確認するわ。ほんま、ありがとうな、青年…。青年って歳でもないか」
男性は、ヒョウヒョウと階段を上って行った。歳の割に身のこなしがいいみたいです。若干、羨ましいような…いやいや。
「もうえぇわって…まだ話の続きがあるのになぁ…。202号室には、多分誰も居ませんよって言いたかったけど…」
私は、そのことを気にすることもなくスタスタと温泉場へ向かった。
「まぁ…いいか…」
今日は、なんていう日だ。落ち着いて居られる時間はないんか?と思いながら、入浴場ののれんを潜った。
「…」
壁にかかっている時計は、22時を軽く回っており、さすがに場内もざわついていなかった。のりの掛かっていない浴衣が、2・3着バサッと置いてあるだけだった。
「ふぅ…。洋子達ももう一回くらい入るのかな?」
俺は、浴衣の紐を解きながら思った。
「いやぁ…待てよ?あの男性に絡まれていないだろうな…」
ちょっと心配になってきたので、腰の紐を結び直し…場内から出て行こう思った。
「…しょうがない。確認してくるか」結局、お風呂にも入らず場内を後にした。参ったな…結局、夜も他人に振り回されるのか!なんていう日だ。
「202…202…」ブツブツ言いながら歩いていた男性は、階段の1階と2階の踊り場辺りで突然止まった。目の前には、見覚えのある女性が歩いていた。
「…」
「やっと…逢えましたな」
その男性は、2階から降りてくる女性たちに言った。当然、洋子と敦子さんであることは明らかだった。
「…やっと、逢えましたなって言うてるやろ?」
「誰?この人知っている人?」
洋子は、敦子さんの顔を見ながら言った。
「…」
敦子さんは、黙ったままだった。
「何も言わんのかい?」
「あなたって、いっつも声が大きいよ。恥ずかしいったらありゃしない」
敦子さんは、赤面しながら答えた。
「申し訳ないですが、この声が大きいのは、生まれ付きです。両親から授かった長所を大事にしているだけです」
「場所をわきまえてって言っているの。バカ」
敦子は、呆れた様子で答えた。
「そりゃ、すいまへんな。気が利かない男で」
男性は、開き直ったような態度で言った。
「何で、ここに来たのよ?」
「あぁ?」
男性は、質問の意図が分からなかったようだ。
「何で、あなたがここに居るのよ!」
敦子さんは、ちょっとだけ声を大きくして再度確認した。
「…」
「あんなもん…あんなもんがな、お店の一番分かりやすいカウンターのど真ん中に置いてあったら、来なしゃーないやろ!」
ちょっとだけ大きな声で男性も答えた。
「誰も「来て!」とは書いてないじゃん」
「雑誌の袋綴じの箇所に…付箋を付けてやなぁ~「私は、ここにいます!」なんて書いてあったら。書いて無くても「迎えに来い!」って言うてるようなもんやろ、アホか」
「袋綴じ??」
洋子も2人の会話に参戦してきた。
「私もね、偶然なんだけど、洋子さんが行く前にちょっとだけ見せてくれたあの「名湯ゆこゆこ」っていう情報誌、私も実は毎回持っていたのよ。あの時、言いそびれちゃったけど…」
「へぇ…そうなんだ。やっぱりいるんだ。こんな平凡な雑誌でも読む人が…」
洋子は、ボソッと言った。
「私も愛好者の一人。でも今回の雑誌は、洋子さんが置いて行った雑誌だけど」
敦子さんは。笑いながら言った。
「…」
「あぁ、通りで見当たらないと思ってた…忘れちゃったのね」
あぁ…置いて行ったのねぇ…なにかそわそわしていると思った。あぁそういうことだったのか。スマフォで調べていたから気付かなかったよ。
「…」
「どうでもいいですけど、皆さん…あそこのソファーへ座って喋りませんか?周りの人に迷惑だと思うんですけど…」
私は、やっと3人の会話が途切れたので、恐る恐るその会話に割り込んでみた。何と言い換えされるか分からないが…。
「…」
「あらっ居たの?晴彦??お風呂へ行ったんじゃないの?」
洋子の顔は、驚いた様子だった。
「あらっじゃないよ…もう…」
「トイレへ寄ってから、風呂へ行こうと思っていたけどさ。けど…洋子らの大きな声が後ろから聞こえてきたから、気になって戻ってきたわけです」
さすがにこの場で「洋子達が心配だから、風呂場から戻ってきたんだ」とは絶対言えなるわけない…。
「そう…」
「そうね。私も言い疲れちゃった…」
敦子さんは、賛同してくれたが…。
「何でわざわざ座らなあかんのや?俺たち夫婦の問題やろ?他人には関係ないんちゃう?帰ってもらったら…」
男性は、尤もらしい言葉を言ったつもりだが…。
「他人じゃありません。私の大切な友人です」
敦子さんに賺さず言い換えされた。
やっぱりこの2人、夫婦なんだ。ほうほう。
「なんだ、やっぱり結婚していたんじゃない、敦子さん」
私達の疑問の一つがやっと解消された。ホッとしたようなしないような変な気分ですが。
「やぁ~ねぇ、もう…恥ずかしいわ」
敦子は、左目をウインクしながら答えた。
「大切な友人ねぇ…ふーーん」
男性は、私たち2人をジーッと見ながら言った。
「そう…私たちの大切な友人です」
洋子もムキになって突然言い出した。おいおい…また余計なこと言い始めるなよ、拗れるだけだよ、きっと…。私は、誰も座らないソファーへ座った。長引きそうなので…ね。
「兄ちゃんも友人か?」
背中(後ろ)からあの男性の甲高い声が聞こえた。この場合「はい」って答えるしかないでしょ。例えば、この男性を敵に回しても洋子と敦子さんは絶対に敵に回せない。それくらい鈍感な私にも分かるよ。「空気読める男だからさ」
「もちろん!」
「アホか」
私の空気読める発言は、あっという間に却下された。
「はいはい…。仲がえぇのはかまへんのやけど…お前らは、幼稚園児やないんやから、お手々繋いで…って、そんな早ように「友人」になれるわけないやろ??もう…お前とは夫婦になってから丸5年になるけどな…一度も君らに逢ったことないよな?一体いつ逢ってん??」
男性は、半分呆れたような顔をして、近くのソファーへ座りながら答えた。
「…」
取りあえず「もちろん」と答えてみたものの、正解は、その男性に近かったりする。言い方は、もちろんあんなにいい方じゃないけど。
「…」
「…」
間を置いてから
「友人になるのは、時間じゃなくて感覚なの!あなたようなタイプには分からないでしょう」
洋子と敦子さんは、ほぼ同時に似たような言葉を喋った。洋子は立ったままだったが、敦子さんは、男の隣に座りながら言った。目の前の2人を見ていると、なんか様になっているような気がした。敦子さんが、俺たち夫婦を見て感じたは、こんな雰囲気だったのだろうか。
「なるほど…」
まま…そんなこともあるかな?私は、ふぅーと息を吐きながら思った。
「…」
「…分からんな。まぁでも時間も時間やし、今日のところは、そういうことにしとこか。理屈じゃないって話やな。はいはい」
男性は、頬をさすりながら答えたが、全く納得してないと思われる。
「…」
「…」
洋子も俺も黙っていた。
「なんでまた…温泉に来たんや?」
終わりかけた会話を再度その男性は喋り出した。
「温泉へ来たかったから来たの。悪い??」
洋子もそんなこと言ったような。今は温泉ブームか。私は私でそのことの方が気になっていた。なんで今更温泉なんだと。来たら来たで気持ちいいのは知っているけど…なぜに温泉?
「悪かないけど…」
「そうでもしなかったら…無理にでも出て来なかったら、あの部屋から出て来られないじゃん」
「そんなことないやろ…。今までだって、お前をいろんなとこへ連れて行っていると思うで…。他の男よりは多く…。そのポツンと座っている頼りない彼よりは、色々と連れて行っていると思うで…」
髪えおかき上げながら答えた。
「俺の事?」
「かもしれない。頼りなくはないけど。近からず遠からずってことか、うんうん」
洋子はボソッと言い返す。
「そうなの?」
「いっつも…」
「いっつも…何や!」
「いっつも…あなたの行きたいとこにしか連れて行ってもらえないじゃない。たまには、私の行きたいとこへ連れてってくれてもいいでしょ!結婚以来…私の話をちっとも聞こうとしないじゃない…あなたって。だから、今回は…私の行きたいとこへ勝手に来たのよ。それのどこが悪いのよ!」
敦子さんの不満が爆発した。
「…」
「…」
俺と洋子は、黙ったまま聞いていた。
「悪かないって…そう耳元でぎゃんぎゃん言うなよ。温泉くらい…言えば連れてってあげるよ。お前もそう言わんと分からんやん、そんなん。俺だって、スーパーマンやないんやから…」
「…」
「…」
「スーパーマンにならなくてもいいから、ちゃんと相談してよ。私は、いっつもここにいるんだからさ。言わなかった私も私だけど、気付けって話だよ。亭主ならさ、まったくもぉーーー」
「…」
「…」
「これは、単なる痴話げんかか?」この2人も仲がいいのだろうと素朴にそう思った。
「…でね、この人…この人、こんなに柄が悪くても…強面でも、職業はかったい「弁護士」なのよ。信じられる?姿かたちだけなら全然見えないでしょ。ぱっと見、安っぽいヤクザか出来損ないの刑事みたいじゃない?いつも服の趣味でケンカするのよねぇーーだっさいんだもん」
「あっ…」
私は、思わず「プッ」笑ってしまった。
「何、笑ってんねん?失礼やな」
「ごめんなさいごめんなさい…私もそうちょっと思っていたので…。まさか弁護士さんとは…」
正直びっくりした。まさに本日最後のサプライズ!
「何て失礼な友人でしょう…」
「根が素直なもんで」
私は、勢い余って言ってしまった。
「根が素直って…呆れて物が言えんわ」
「晴彦ってさ、彼女の夫のこと知っていたの?」
洋子は、振り向きながら言った。
「今さらなんでそんなこと聞くの?」
「あぁ…いやぁ…何となく」
洋子は、ポツンと答えた。
「ちょっと前に、偶然知り合ったっていうか、その顔を偶然…見たというか…。そこのお風呂場でね。ほらっ、さっき話したじゃない。なんかこう変な関西弁の人に会ったって…。まさか、あの男性が敦子さんの「夫」だとはね…。世間は、狭いね」
頭をかきながら言った。
「お風呂場で?」
敦子さんもポカンとした顔で答えた。
「そう」
「さっき…そこの風呂場で偶然会ったんや。無愛想な男やで…こいつ」
「あんたは、いっつも一言多いの!なんでそういうこと言うかなぁ…!バカ夫」
「あぁ…あの人…なの??」洋子は、やっと気付いたらしく小声で答えた。そう、風呂場で絡んできたあの男性です。
「…」
「きっと…あなたのぱっと見の印象ってさ、ほとんどの人が、同じことを思っているんじゃない?もう少しさ、他人の言うことに耳を傾けたら、どうなの?今日の着てきたその洋服どうなのよ…もう…」
敦子さんは、この際言っておこうという言葉は、全て言うつもりくらいパッパッと言葉が出てくる。
「別に…弁護士は、カッコでするもんちゃうやろ。弁が立って、なんぼっちゃうか?」
「…」
「…」
「直した方がいいですよ。内の夫もたいしたことないですけどね」
洋子もボソッと言った。
「兄ちゃんは、どう思うねん??」
「僕に聞かれても…僕も似たような感じなんで…」
「もっとバシッと言いなさいよ」と洋子の心の声が聞こえた。
「…」
男は、間を置いてから…こう答えた。
「俺の方が…分が悪いな…3対1かぁ…」
「…」
私は、多数決取ってどうすんだよって思った。正確には、2対1。1登録無効です。と突っ込みたくなった。
「これからは、私の行きたいとこも連れて行ってくれるの?」
敦子さんは、旦那を眺めながら言った。
「かなわんな…」
「どっちなのよ?」
「はいはい」
男は、ため息を付きながら答えた。
洋子も「良かったね」って笑いながら敦子に答えた。敦子も「うん」と答えたのがチラッと見えた。「そんな簡単に人間が変わるか??」って、私は正直思ったけど…まぁ~いいや。この場だけでも幸せに感じられるのであれば…。後は、本人次第だから。私には夫婦の問題には立ち入れない。
「…」
「…」
「ところで…」
旦那は、俺を見ながら喋り始めた。
「2人は、やっぱり夫婦なんか?」
「はい」
洋子は、笑顔で即答した。
「名前は…」
「川越晴彦さん…それで隣にいるのが妻の洋子さん」
敦子さんも笑顔だった。
「何で、お前が答えるねん?俺は、このお友達2人に聞いているの!お前が勝手に喋るな!」
「…もう…どっちだっていいでしょ」
「改めまして、川越…晴彦です。隣に立っているのが、妻の洋子です。宜しく…お願いします」
私と洋子は、軽く会釈をした。
「…おう。よろしくな!」
「何が「おう」よ。もう…。なんていつも偉そうな奴なの??もう…。本当にごめんなさいね…。もっと、柔らかい言葉で喋りなさいよったく…」
「その場を取り繕ってもしゃーないやん。性格やもん」
2人はブツブツと言い合っていた。その掛け合いもなかなか漫才みたいで面白かった。
「あなたの名前は??」
洋子は、聞きそびれていたことをとっさに言ってくれた。
「俺か…」
「この人の名は…石田太郎って言うの!変な名前でしょ。郵便局に行ったら、見本って書いてある用紙に書いてあるような分かり易い名前。笑っちゃうでしょう。それにさ…彼ったら、もうすぐ40歳なのにこの通り全く落ち着きが感じられないのよ。ったく、信じられないわ」
敦子さんが即答した。
「えっ!40なの?」
俺は、名前より年齢の方に気を取られてしまった。見た目より随分若い印象だった。
「なんでお前が先に言うねん」
「何かへんてこな名前じゃない?石田太郎って。出来損ないの漫才師みたいな名前でしょ」
「…」
「…」
俺と洋子は、キョトンとしてしまった。
「そこまで言うかぁ…。自分の最愛の夫の名前を…そう悪く言えるな。もう~がっかりやわ。自分が言うのは、えぇんやけど、例え嫁さんのお前でも他人に言われたらごっつう気分悪いねん」
「どうせ、酔っぱらったら、自分から何度も同じ事言うくせに…いいじゃない、別に」
2人の掛け合いがほんとの漫才師のようだった。何度聞いていて面白い。息のあった夫婦なんだぁと思う反面、ちょっと羨ましいかも…と思ってしまった。
「…」
「伊藤って…」
私は、ボソッと言った。
「ごめんなさい。騙そうとは思っていなかったんだけど…」
敦子さんは、申し訳なさそうに答え始めた。
「伊藤って、彼女の旧姓やんねん」
ついさっき私も聞いておりびっくりしたわけで。
「そうなの?」
洋子もちょっとびっくりしているようだ。
「お前も…めんどくさいことすんなよ、紛らわしいな!」
「…」
「いいじゃん。気分転換よ。どうせ…すーーぐ分かることだしさ」
「開き直るな!アホか」
太郎さんは、敦子さんの言う答えが分かっているかのように即答で答えた。
「…」
「なんか姉さん女房って感じやな」
太郎さんも黙っているということはできないのだろうか?
「…」
「…」
「正解やろ?」
「まぁ…」
私は、洋子を見ながら答えた。
「兄ちゃん…いやぁ…晴彦さんの方が、洋子さんに惚れたやろうなぁ?そうやろ?」
「…どうなの?」
洋子は、左にいる俺をチラッと見ながら答えた。
「多分」
「…もう。ここは、弁護士が活躍する法廷じゃないんだって。そんな他人の家庭の諸事情を詮索してどうするの。もう…勝手なんだから…」
「他人って友達やろ?」
「うるさい、バカ」
敦子さんは、「ごめんね」って頭を下げながら答えた。「いえいえ」と洋子も笑いながら答えた。
「…」
「どうして…太郎さんは、ここまで来たの?」
洋子は、さっき敦子さんが彼に言ったことをまた言い始めた。
「敦子さんを迎えに来たの?」
「…」
「いちいち迎えに来るかい。お前とちごうてそんな暇人ちゃうわ。ちょうど温泉に来たかっただけや!」
太郎さんは、頭を掻きながら照れくさそうに答えた。
「あっ…」
私は、思わず笑ってしまった。
「またこいつ笑いおった。何かむかつくな。ん…君とは、お友達になれそうにないわ!」
「何で、そんなに笑っているの??何かあったの???晴彦…」
洋子は、チラッとこっちを向きながら答えた。
「ちょっと…」
俺は、ようこに耳を貸してって答えながら近寄るように言った。洋子も耳を傾けるようにしゃがみ込んだ。
「あのねぇ…」
洋子の耳元でごにょごにょ言い始めた。
”……彼女が犯罪に巻き込まれていたらどうするんやぁ…とか…ぶつぶつ…”
「何、ごにょごにょ喋ってんねん」
「…」
「ほうほう、なるほど。そうですか」
洋子は、にやにや笑いながら聞いていた。
「何喋ってんねん!やっぱり性格悪いぞ!晴彦」
洋子は、俺の話を聞き終わると、すぐに…喋り始めた。
「良かったね!敦子さん、太郎さんに惚れられているよ。大丈夫!」
洋子は、笑いながら答えた。
「私が…」
敦子さんは、目を丸くして答えた。
「お前、何言ったんや?」
太郎さんは、座っていたソファーから立ち上がりながら答えた。
「…」
「…」
「内緒」
私は、笑いながら言った。
「なぁーんだ、すっごく愛されているんだ、敦子さんって…いいなぁ…ちょっと羨ましいよ」
洋子は、ぼそっと笑いながら言った。
「何!言ったのよ…春さん」
いつの間にか、敦子さんの言い方が「晴彦さん」から「春さん」変わっていた。
「なぁ~んにも言ってないよーだ!あぁーさぶ!お風呂でも入って、身体暖めて来よう!」
徐にソファーから立ち上がりながら答えた。
「お前…逃げる気かぁ…」
「あったり前や!男は、逃げるが勝ちやで」
私は、フェイスタオルをぐるぐる回しながら一度は使ってみたかった関西弁を喋りながら、お風呂へ向かった。
「エセ関西弁を使うな!いっちゃん嫌いや」
「危ないわよ!晴彦」
「太郎も走らないの」
太郎さんも私を追いかけてきた。ちらっと振り向いたが彼は、それほど怒ってないみたいだった。
今日のこの時間が
心の勇気を創り
日々の生活が
心の財産を創る
その役割を
理解し伝え続ける
そして
たくさんの喜びを知り
ゆっくりと真の人を創り出す
この声が聞こえる限り
人は幸せになる
君は聞こえているかい?
一緒に幸せになろう
昨日に戻る必要はない
前に進むためにどうするか
それだけ考えればいい
明日の日のために
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