第4話重なった偶然は、縁である。

 一方、洋子はというと…まだこの気持ち良さを体験していないらしい。かわいそうに…相変わらず…うふふっと伝えたい。「うふっ笑」

「さむぅ~」

 洋子は、身体にバスタオルをぐるぐる巻いて、浴場内のトイレの前で突っ立っていた。

「ん…」

 「ガチャン…」トイレのドアが開いた。

「すいません…」

 トイレから初老の女性が申し訳なさそうに出てきた。見た目は、若いがまぁちょっといっている感じの女性だ。年齢は、55歳を少し超えたところだろうか。その歳を初老というのは、悪い気もするが、でもそんな感じ。最近の50~60代の男女は、実年齢より数年以上若く見えることが多いのも事実。年齢どうこう関係なく、気持ちが若いからそう見えるのだろうか?実際、私たち30代より活き活きしているように感じることも多い。その上の団塊の世代もさらに元気で働いているこの世の中。20代新卒より明らかに元気なこのおじさんたち。早くそのおじさん世代を引退させないといけないが…なかなかねぇー政府も引退させるどころか65歳以上もまだまだ働かせるという。そういう考え方も悪くないしそうあるべきだけど、若い世代にもう少しチャンスを与えてもいいのでは?と思う次第。その若い世代は、チャンスをチャンスと捉えられていないかもですが。今の日本は、普通に働いても生活できるわけなので、その好奇心とかやる気とかいらないわけです。成長を望まないこの世代をいや日本事態が成長を望んでいないとさえ思うのです。それに比べて、日本の昭和20年代と言われているA.S.E.A.N.諸国の勢いは凄まじいとだいたいのニュースアプリが報じている。近代国家なみの建築ラッシュ。日本の建設会社がリーダーシップを取って地下鉄整備中であり、国と国を結ぶ国鉄のような線路が横断している。物流がこのところ本当に変わってきている。物流が変わればありとあらゆる場面が勝手に変わってくる。その勢いが止まらない。実際に出張で行ってもそう感じるわけですが、例えばベトナムの地元民もなんか窮屈そうで昔のようにのんびりとはいかずなんか大変みたいです。昔は、こんなんせこせこ働いていなかったーってぼやいている人もままいる。まぁ~人間の成長過程と同じように、色々問題があるようでして一長一短ありますなぁ。この話はまたどこかでしましょう。はい。

「いえいえ…」

 初老の女性の言葉は、とても元気がいい。背筋も良かった。洋子の世代が、元気に見えないのはいかがなのものかと…。そんなことは気にもせず嫁は、そうそうに用を済ませ浴場へスタスタと向かった。確かパンフレットには、女性の浴場の方が、若干狭く描かれていた。まぁどうでもいい情報ですな。いつの時代も女性上位です。

「ふぅ…」

 やっと来れました…温泉の入り口へ天国の入り口へ。洋子もニコッと笑いながら私と同じ茶色の湯へ向かった。「チャプーン…」洋子は、深く息を吐きながら、片足どころか全く躊躇することなく全身を湯船に一気に浸けた。入り方の違いは、性格の違いか…そりゃね…笑。

「…よいしょ」

 洋子もこの気持ち良さを経験してしまった。両手でその湯をすくい上げ臭いを嗅いでいる。彼女は、もともとお風呂というものがとてもとても好きな人種でして、普段も黙っていれば本を片手に一時間や二時間くらい平気でお風呂に入っている、ちょっと変な妻なのです。

「やっぱり気持ちいいや…ねぇー」

 洋子の満足そうな顔が目に浮かぶ。

「…これよねぇ…やっぱり」

 納得のこの表情。

「あいつもこの気持ちいい感じを味わっているのよねぇー。無理に連れてきてあげて良かったってもんよね。感謝してほしいわ、全くさぁー。」

 洋子は、入浴した途端ぶつぶつ文句を言い始めている。はいはい…感謝ね。してますよ、感謝。はいはい。

「…」

 「うん?」見慣れた女性…?。

「あ、敦子さん??」

「はい?」

「敦子さんでしょ?」

 洋子は、再度言った。目の前に敦子さんらしき人がちょこんと座っていた。

「…」

「あっ洋子さん?」

「はい」

 洋子は、嬉しそうに喋った。どうやら、女性陣は再会できたようだ。

「敦子さんもお風呂へ来てたんだ?」

「えぇ…。いてもたっても居られなくて…。さっさと荷物置いて、すぐこっちに来ちゃいました。だって、大好きな温泉に来たんですもん。来なきゃダメでしょ!」

「…そうなんだ。そうよね、温泉に来たんだもんね。うちは、一人ぐずっている男が居たもんで、いまの時間になっちゃったけど…全くさぁ…寝るだのなんだのって、連れてくるの大変でしたーーー」

 「くしゅん!」私は、茶色の湯を離れて、この温泉宿の売りである海洋深層水が流れている露天風呂へ移ろうとしていた。室内との温度差は、かなりなもんでやっぱり外は、まだまだ冬でした。当たり前ですけど、ちょっと油断したかな?

「いけね、風邪かな?」

 私は、身体をぶるぶるっと震わせながら、外を歩く。

「やっぱり温泉といえば、露天風呂でしょ」

 外は、露天風呂の影響で白い湯気が立ち込めており、近くでさえはっきりと見えなかったが、ごつい岩で囲まれていることだけは、分かった。これぞ!ザ・露天風呂って感じの空間で情緒たっぷりの露天風呂です。なんだかんだ来て良かったと思っている今日この頃です。

「…おっ?」

 急に周囲の臭いが、塩っぽくなってきた。まぁ、海洋深層水っていうくらいだから、当たり前といえば当たり前ですが。用は、海の底の水ってことだろうし。

「…」

 「チャプーン」おそるおそる浴槽にちょっと足を入れてみた。

「…おぅ?」

 ちょっと、皮膚というかなんかピリッときた。ん?この痛みは、経験したことのない痛みというか感覚だった。周囲を見回すとまた例によって、この湯の瓦版が見える。「ん…っと、リラックス血液浄化に効果。血行を促し…なるほど…用は、僕は、血行がよくないということか?」思い当たる節は、確かにある。仕方なしですね。私は、ピリッというこの痛さというかこの感触は、多少嫌な感じをしていたもののこの真冬の寒さには勝てず、全身を活きよい良く湯船に浸け始める。全身がピリッと来る感じで、癖になりそうな痛さ感覚です。なんか活きている感じがしますね。はい。

「くぅー!」

 その湯で顔を拭くと、またしてもピリリという感覚。本当に「くぅー」です。下世話な話、尻の穴までそんな感じですよ、まったくさぁ…。俺は、Mじゃないっつうの。でも痛気持ちいいです。

「ふぅー」

 数分くらい湯船に浸かると、このピリッという感覚も慣れてくる。ちょっと痛いけどね。湯船に浸かった身体は、すごく暖かいし気持ちいいけど頭の上にある鼻ッ面の先っぽは、ただただ寒いし冷たかった。そんなアンバランスな感覚が露天風呂の醍醐味です。その露天風呂に入っているのは、自分以外2人の老人と若干俺より若そうな男性1人の計4人だった。みんな忙しい合間を塗ってこの温泉宿へ泊まりに来ていると思うと、なんだから日本人らしいなぁと思う。わざわざ忙しい中、温泉宿に泊まりに来るのは、精々日本人と物好きな外人だけかと思ったら、まぁ~最近は外国人の多いこと多いこと。どこの温泉へでかけてもまぁ外国籍の方々が多いらしいです。この宿舎もきっと多いだろうね。さっきも韓国籍?のお客さんがいたようないないような…きっと外国籍のお客さんもいますわな、あはは。至極当然な感じがする。その割に湯の瓦版や温泉宿のパンフレットは、日本語のみの対応だったな。まぁ、それはそれでいいのか。なんでもかんでも外国籍の方々をよいしょもないな。あればあったで親切でいいのだけれど。だいたいの外国籍の方々は、いつも湯船に浸からずシャワーだけで済ませるらしいけど、そんな外国籍も日本人もみんな温泉好きってことでいいんじゃないでしょうか。嫌いになるはずがないのです。だって気持ちいいよ。これさ。

「…意外って言ったら失礼かな?思ったより良さ気な温泉宿よね」

 洋子は、ボソッと言った。

「そうねぇ。浴場も思ったより大きいし、露天風呂もあるっていうじゃない。それでいてまぁまぁキレイだし。あっ、そうそう泊まる部屋も割とキレイに掃除してあったわね。最初は古びれている感ありありだったけど、結構あちこち手入れされていて好感度アップですわ」

「そうね。思ったよりいい感じだわ」

 女は、そういう所を見でいるのです。怖いでしょう笑。 

「…」

「洋子さんは、どこでこの温泉宿を見つけたの?」

「最近買った雑誌の袋とじでたまたま見つけたの。別にここじゃなくても良かったんだけど、何となく決めちゃったって感じ。何とかしてぐーたら旦那を外へ連れ出そうと思っただけだし…」

 両手で湯を掬いながら言った。

「そうなんだ」

「敦子さんは、どうして来たの?」

「何となくよ。仲の良い夫婦の会話を側で聞いていたら、何となく(温泉場へ)着いて来たくなっちゃったのよ。良い迷惑だわ」

 敦子さんも両手で湯をすくい上げた。

「私たちが仲の良い夫婦…。ねぇ…さっきからどこをどう見たら、私たちのような夫婦が仲が良く幸せそうに感じるのかしら??」

「さっきもチラッと言ったけど…そういうのって、言葉でどうのこうのって言うより、なんていうのかな?雰囲気というか感覚的というか、2人の姿がそう感じさせたのよね」

「…」

 洋子は、なんか腑に落ちないような複雑な顔をしながらその話を聞いていた。

「そうねぇー」

「そういえば、敦子さんって結婚しているの?夫婦の絆のことをあれこれよく理解しているみたいだし…。あっ!でも、指輪はしてないわね…その変どうなのよ?」

 洋子は、ボソッと言いにくいこと聞き始めた。

「…」

 敦子さんは、間を置いてから答え始めた。

「内緒」

 軽く交わされた。

「多分、そのいい方だとしているわね…きっと。白状しなさいよ。言っても減るもんじゃないでしょうに」

「教えなぁーい」

「あっ…ずるいなぁ…敦子さんって。私たちのことは、あれこれ詮索するくせに…自分のことは言わないのね」

 洋子は、笑いながら頭の先まで湯船に浸かった。

「まぁ、いいじゃない、そんな細かいこと。私の言葉なんてそんなに深い意味があるわけじゃないし、そんなに気にしないでくださいな」

 敦子さんは、フェイスタオルを片手に持ちながら浴槽から出て行った。彼女の後ろ姿は、洋子(自分)の体型と違って華奢だったらしい。後から聞いた時は、正直意外だと思った。当たり前だけど、洋服を着ている彼女しか見ていないので。果たして、敦子さんは結婚しているのかしていないのか…謎は深まるばかりだった。程なくして、私は、一回目の入浴体験は無事に終わろうとしていた。海洋深層水の温泉は、痛気持ちよくて癖になりそうな温泉源だった。洋子も話していたように意外っていう言葉が当てはまるかどうかは別にして、意外と整った良い温泉宿かもと思っている。浴場内は、私一人しか居なかった。一人しかいない浴場は、とても広く感じ、普段は、たくさんの家族や友達同士のお客さんでいっぱいなはずなのに、私一人しかいないこの部屋はまぁ広過ぎる。一人という事もあって場内の熱気も冷めつつあり、意外とヒンヤリしていた。そんな部屋で私は、淡々と浴衣に着替え始めていた。これも意外だと思ったことの一つだが、ここ旅館の浴衣はなかなか上品で洒落ているのです。この浴衣のまま外出しても恥ずかしくないとさえ思えるほど。のりがパリッと掛かっている上に柄がとても良い感じの上品な雰囲気の浴衣だった。これぞ!浴衣って感じ。みんながみんなそう思っているとは思わないが…私の好みであることは間違いない。あと外人受けしそうです。

「ふぅ…これで良し」

 大きな鏡があったので、浴衣姿の自分を見てみた。「いいんじゃなぁーい」めっちゃ気に入った。”ナイスガイだ!モデルがいいかな。さぁ…さぁ…部屋に戻ってビールでも飲むかな。ビールを”と思いながら、壁にかかっている丸い時計をチラッと見た。

「わぁ」

 もう40分過ぎかぁ…腹が減るわけだわ。昼もろくに取っていないしな。ちゃんとしたそばを食べたいわぁ…と思いながらぶつぶつ。で、お風呂に二時間以上も入っていたことになるわけでして…自己新記録達成です。フェイスタオルを片手に持って、浴場内から出て行こうとしたら、どこかで見覚えのあるヒョロっとした浴衣姿の男性と出くわした。

「…」

 「あぁーあの男か」敦子さんの部屋付近をうろうろしていた男だった。「あの男、何もんだ??敦子さんと関係が…考え過ぎか」

「…」

「何か?」

 その男が振り向きながら喋り始めた。

「…いや…何でもありません」

 関わる事なかれ。そう自分の身体が言っている。

「えぇ・・・湯加減でした?」

「えぇ…?」

 何を言っているかボッとしていたので理解出来なかった。

「どうでした?えぇ湯加減でしたかって聞いているんです」

 繰り返し言われてしまった。

「あぁ…」

「あぁ…って、東京の人間はやっぱり冷たいな、相変わらずやわ」

 あの男が、関西人だと理解できた。どうして、関西人というのかな?これも差別から生まれたのか?

「何、ぶつぶつ言うてんねん。気持ち悪いな」

「すいません」

「~で、どうやったんや?湯加減は?あんたも温泉好きやったら、そのくらい答えんかい」

「はいはい」

 その男の発言で、ちょっとカチンときたけど…。

「どうかなぁ…人それぞれですし」

「あぁっ…でも、あれは良かったですかね。海洋深層水で出来ている露天風呂があって…そこは、割と気持ちいいですよ」

 俺は、思わず答えてしまった。

「へぇ…そうなんや。パンフにも書いてあったしな、やっぱりそこが売りか。それは良かった」

 その男は、浴衣を脱ぎ始めたので…。

「えぇ…」

 これ以上関わりたくなかったので、軽く会釈して場内をいそいそと出て行った。このいかがわしい関西人の男とは、今後長い付き合いになろうとは、今の俺には理解出来ていなかった。むしろ、そんないい加減な未来など必要ないとさえ感じていた。そんな私の気持ちなどどうでもよく、時間はゆっくりと経過していく。私は、軽く肩を回しながらのれんを潜った。場外は、場内と違って家族連れでごった返していた。目の前で煩いガキんちょがわんさか群がっていた。「何度も言うが、ここはプールではない。立派な大人の社交場だ。君たちが出しゃばるところじゃない」と大声で言いたいと思うが、実際は言えるはずがない。

「ふぅ…」

 そんな勇気もなく、スタスタと自分の借りている部屋へ向かおうとした。「ビールビール…ぐびっとビール。男は黙ってビールです」

「何ぶつぶつ言っているのよ?晴彦」

「うん?」

 さっきあの関西人に言われた言葉がまた聞こえたので、聞こえる方へ振り向いた。そこには「すっぴん」の洋子が一人ポツンと座っていた。ロビーに面した待合い所にて。

「遅いよ…ったく。レディーより長風呂とはどういうことだ??もう5分も待っているぞ!」

「あっ?」

 いけね!約束をしたことなど、完全に忘れていた。約束を忘れていた割には、意外とドンぴしゃじゃん。あの関西人さえ居なければ、ドンピシャだったわけだ。「ったく」どこまで迷惑な関西人だ。

「ごめんってば」

 誤りはしたけど、あの関西人との出会いとは関係なく、全く忘れていたけどね。すまんすまん。

「もう…」

「たまに遅れたからって、首根っこ捕まえたようなものの言い方しなくてもいいじゃん」

「…まぁ…そういうことにしますか」

 俺の記憶が確かなら、結婚してから約束を破ったことはないぞ!…多分…ですが。まぁ~記憶というのは、自分にとって不都合な出来事や抹消したい出来事ほど忘れていくらしいが…。

「時間も時間だし…部屋に戻って食事でもしましょ」

 洋子は、スッと立ちながら答えた。

「そうしますか」

 俺は、欠伸をしながら答えた。しかしお腹減ったぁ…。

「あっ!!そうそう…敦子さんに逢えたわよ、お風呂場で」

「へぇ…」

「結構いい身体付きだったわよ」

 何を言い出すかと思えば…。

「お前ほどじゃないだろうよ」

「…まぁ、ね。その辺はご想像にお任せします」

 「当然です」とばかりに笑っていた。

「敦子さんも、一緒に食事するって?」

「うん、するって」

「それは良かった。一人じゃ詰まらないだろうしね」

「もう先に部屋へ戻っているわ。用意が出来たら、内線に連絡してって、お願いしておいたわ」

「へいへい、僕たちも行きましょうーーー」

 私と洋子は、特に何を喋るわけでもなく二階の部屋へ向かった。こういう間が一番、苦手でね。別に悪いことしていなくてもいい空気じゃないと思ってしまうめんどくさい?神経質な正確なもんで…。

「…」

「ぷるる…ぷるる…」洋子は、部屋に着くとすぐに敦子さんの部屋へ内線を掛けていた。

「おかしいな…繋がらない」

「うん?どうした?」

 私は、素内付けの冷蔵庫からビールを取り出し、コップに移すことも考えず缶のままぐびっと飲んだ。敦子さんには、一瞬悪いかな?と思ったけど、口が寂しがっていたし、ビールの誘惑には勝てなかった。「申し訳ない」

「敦子さん、出ないのよ。トイレでも行っているのかしら?」

「そうか。時間をおいてまた電話するしかないんじゃない?個人の番号知らないんだろう?」

 「ビール最高!」と思いつつ。

「うん。知らない。聞いておけば良かった」

 洋子は、受話器を置きながら答えた。

「まぁ、俺たちが泊まっている部屋も知っているだろうし、子供じゃないんだから、お腹が減ったら連絡来るはずだよ、きっと…」

「そうね」

 納得したのか、素直に私の話を聞きながら自分の座布団へ座った。洋子の浴衣姿もなかなか色っぽくて実にいい。妻にしておくのは、勿体ないかも…おいおい。私の妻で良いのです。妻なんだぞ、どうだ笑。

「そういえばね」

 ぐびっとビールを飲みながら言った。

「なぁ~に?」

 洋子も「私にもビールちょうだい」って言いながらグラスを手にしていた。彼女も結構いける口である。むしろ、俺より強いんじゃないかと。顔色ひとつ変えず、いつも淡々と飲んでいるし。彼女が、酒で酔っぱらった事を見た記憶がない。その前に私が酔い潰れているので、そういう状況に気付かないだけという噂もあるが…まぁそれはそれとして。

「さっき浴場でさぁ…変な関西弁の男が入って来てさ…)参っちゃったよ。関西弁で、友達でもない俺に突然いろいろどうでもいいこと喋ってくるんだもん。あぁーでもないこーでもないって。僕は、やっぱりあの手の人苦手だわ、あぁいう関西の乗りってさ。ちっとも理解分からないや」

 私は、テーブルの中央に置いてあるたくわんをばりっと一枚食べながら言った。疲れているせいか酔いがめちゃくちゃ早い。これでは、敦子さんが来たころには、ヤバイかもしれない。

「…」

「黙ってないで…何とか言ってよ。ねぇ、聞いている??」

 ちょっと酔いが…。

「ちゃんと聞いているよ。関西人が嫌いって話でしょ。しょうがないじゃん。関西の人は、多分人なつっこい人が多いだけよ。うちの親戚のおじさんもそうだもの。しょうがないじゃん!」

「僕はねぇ…僕はですよ。関西の乗りが苦手だって話したの。違うじゃん、ニュアンスが…。苦手と嫌いは、大きく違いますよ…分かっています??」

 酔いが…。

「はいはい…」 

 洋子もぐびっとビールを口にしながら答えた。聞いてないね。この人。酔っぱらいを追い払うかのような扱いだわ。ぐびっと。

「…」

”ぷるるぷるる…”突線、部屋の内線がなった。

「あっ…敦子さんかなぁ…」  

 立ち上がりながら洋子は、言った。

「はい、もしもし…」

”今晩のお食事のご用意が出来ました…”

「あっ、そっちか。どうも…ありがとうございます」

”お持ちして宜しいですか?”

 先ほどの女性スタッフだったらしい。

「結構ですよ」

「お腹減ったぞー」 

「あっそうだ、202号室だったかな?伊藤敦子さんの分もお願いしますね。内線に電話しても繋がらないけど…」

 ビールを片手に持ちながら答えた。

”了解しました。3名様分ですね。先ほど、205号室の伊藤様とは、フロント前で出会しましたよ。フロントの担当者に、石田がどうのこうの…と仰ってましたが…。もうそろそろ、そちらへ伺うんじゃないんですか?”

「はぁ…?」

 洋子は、納得したようなしないような変な顔をしながら受話器を置いた。

「どうしたの?」

「なんかね、敦子さん…またフロントに行っていたみたいなの。誰か来ているのかしら?」

 ぐびっとビールを飲みながら言った。

「ふぅ…ん、どうしたのかね?」

「知らなぁーい」

「さすがにお腹減ってきたね。どんなご飯が出てくるのかしら?」

 目を輝かせながら答えた。今日の洋子は…食が全てなんだ。

「さぁーね、あまり期待せず待ってましょ。期待しすぎると美味しく感じないかもよーーー」

 ビールがなくなったを確認して、もう一本いただこうと思って徐に立ち上がった。

「敦子さんって謎よね…」

 「…よいしょ」私は、素内付けの冷蔵庫を開いた。まだビールの缶が5本もある。今日ぐらいたくさん飲んじゃいましょう!

「何か言った?」

「敦子さんって謎だらけだって言ったの」

 「もう…」また聞いてないって顔をしながら言った。

「それこそ、しょうがないでしょ。彼女とは、出会ってまだ数時間しか経っていないんだもん。知らない事の方が多くて当然じゃん。まぁーさ、いろいろあるのが人生ってもんでしょう」

「まぁ、そうなんだけどね。それにしても割と謎のお多き人ではあるなと思って」

 洋子は、額を軽くさすりながら答えた。

「謎は、謎のままでいいんじゃない?時期が来ればいろいろ分かってくるでしょうに…無理して理解しなくてもさ」

 私は、あの関西人のことを想像しながら答えた。あの男のほうが余程謎だった。敦子さんとの関わり合いは、どうなのだろうか?全くの赤の他人かそれとも知人か…謎だ。

「…そうね」

「…うん?」

”ピンポーン…ピンポーン”

 今度は、部屋のチャイムが鳴った。「…よいしょ」と言いながら洋子は、立ち上がった。

「食事の用意が出来たんじゃない?」

「そうねぇ…敦子さんかもしれないけど…確認してくるわ」

「うぃ」

 どちらが来ようとも、もうすでに酔いが回っている。うぷっ幸せです。あぁ幸せ。

「どちらさま?」

 洋子は受話器を取りボソッと喋り始めた。

”あっ!洋子さん、私、敦子です。伊藤敦子です!”

「敦子さん?もう…どこに行っていたのよ。ずっと探していたんだからさ」

 受話器を置き、敦子さんを迎えに玄関へ向かった。

「ふぅーん、敦子さんだったんだぁ…」

 お米はまだか。お米は。

「…」

「晴彦…食事の用意も一緒に来ちゃったから、飲んでないで手伝ってくれない?」

 玄関から洋子の声が聞こえてきた。

「おっ!とうとうきたか…お米よ。とうとう来たか。ご主人様の口が首をながーくして待っていたぞ!」

「はいはぁーい。今、行きまーす」

 これ以上、ビールばっかり飲んだら酔いが回るっつうの。俺にお米をくれ!米を…。私も意気揚々と玄関に向かった。

「大丈夫ですよー私たちがお持ちしますから…」

 女性スタッフらの声も聞こえた。

「…じゃーお茶碗でも持ちますか?」

 一つだけお茶碗を持ちながら言うと、

「そんなの手伝っているうちに入らない。晴彦は、お米を食べたいだけでしょ…お米を、ったくもう…しかも自分の分だけなんだから…せこいったらありゃしない」

 せこくて結構。

 洋子は、ポットとか持って部屋へやってきた。

「お邪魔しますね…」

 敦子さんもお米がたくさん入っていると思われる器を持って入って来た。

「上がって上がって…敦子さん」

「さぁ…て、今日のお品書きは…何かなぁ…」

 もう誰の声も耳に入らない。「さぁ…お米を食べるよ。カモン!」

「本日のお品書きは、金目鯛のしゃぶしゃぶと和牛バラ肉と大根の煮込み…それから、中皿からお造り新鮮盛りとズワイガニのバターあんかけ、海老梅香寿司となっています。後、お味噌汁とお米はお代わり自由ですので、足りないようでしたら内線を鳴らして下さい。お持ちしますので…」

「まぁ、なんでもいいや。美味しければ。お米がふっくら炊けていればそれでいいんです」

 女性スタッフは、それらの皿をテーブルに盛りつけ始めた。

「…うまそう」

「美味しそう…」

「本当ね」

 女性陣の顔も納得の表情だった。

「早くお米を僕の胃袋に頂戴!」

「意外とせっかちなのね、晴彦さんって」

 敦子さんは、笑いながら座布団の上に座った。

「僕のこと…晴彦さんって呼んだ?」

 最近、下の名前で呼ぶ人は、妻の洋子以外見当たらない。他は、年に一回くらいしか行かない親戚の住人とか両親くらいなものだ。新鮮といえば新鮮だった。

「えっ?」

 敦子さんは、驚いた様子でこっちを見た。

「晴彦って呼んだから驚いただけ」

「なるほど」

「そういえばそうね」

「どっちも川越さんでしょ。当たり前だけど。夫婦だからさ。妻とか夫とかって呼び合うのも、ちょっと変じゃありません?何か他人行儀みたいで…」

「…」

「…」

 俺と洋子は一瞬時間が止まった。敦子さんに無防備な私たちの懐にすっと入られてしまった。否定するほどのことでもないが…。

「そうね」

「なるほど」

 一応納得してみたが…何か腑に落ちない気もせんでもないが。

「じゃ…洋子さんと晴彦さんとお呼びしても良いかしら??」

「いいですよ、敦子さん」

「オーケーです」

 もともと、俺たちは、初めから名前の敦子さんと呼んでいた。名字が伊藤と知ったのは、この温泉宿に着いてからだったし。だから、何の抵抗もなかった。こういう風に改まって聞かれると何だか照れくさい。敦子さんは、時々躊躇することなくそういう事を口にする。俺の辞書には、そんな話し方なかった。なぜだか、敦子さんが俺ら夫婦と混じり合うと、向こうのペースで事が勝手に進んでしまう。イニシアティブ、完全に敦子さんが握っていると思われ…やれやれ。

「これですべて準備出来ましたね」

 女性スタッフが答えた。

「はい」

「ありがとうございます」

「お米を俺の胃袋に運んできてくれてありがとう!」

 すでに、俺の胃袋にお米が入っていた。結局、私も食に煩いってことか。洋子とはそこが似ているのだろうか。改めて思う次第。

「せっかちなんだから…晴彦さんって。誰にも取られないですよ」

 敦子さんは、自分の壺に入ったらしく笑い続けていた 

「そんな可愛い者じゃありません。ただの大食いです。もう…恥ずかしいからゆっくり食べて下さい」

 洋子は、呆れてものが言えなかった。

「はいはい…はぐっ…」

 大満足!日本人に生まれて良かった!お米は芸術で最高の文化です。お米が食べれて幸せ者です。ありがとうございます。

 

 多分…人が

 一人で活きていくことは

 それほど怖くない

 所詮…人は

 一人で誕生し

 一人で世を去る

 大事なのは

 意識があるうちに

 活きているうちに

 何人の友と出会い、

 そして語り合うことが出来るかである

 人生は

 太さでもなく長さでもない

 重要なのは

 自分自身とどう折り合いをつけて活きるかである

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