第2話偶然の出会い。

 アメリカを代表する食事といえば、ハンバーガー(起源は、タタールらしいですが?詳しい内容は知りません。スマフォで調べて教えてくださいませ)です。代表的なファストフードのイメージがあるけれど、最近では、本格的に調理されたものが大人気だそうだ。そしてまた…一軒、本気なバーガーショップを目黒の学大付近で発見してしまった。営業の途中で知ってしまい、ちょっとしたマイブームでもあった。その店の名前は、「オックス」。使用するビーフは和牛100%!しかも生のままでも食べられる鮮度を誇っている。そう、店長らしき男性が語っていた。そして、そのボリュームたるや本場(本場というのはどこを指すのか知りませんが)をもしのぐ量感と15センチはあろう背の高さに驚いた。食べるのが一苦労だったことを、きれいに食べられなかったことを、昨日のように覚えている。

「…」

 首をコキッと回しながら思った。

「うん?」

「…いや、お腹減ったぁ~と思ってさ」

 どこにでもあるファーストフードでいいから立ち寄りたい。洋子は、ぼりぼりお菓子を食べいるおかげでお腹すいていないように見えるが…私はおなか減ったのである。2時間くらいずっと運転していたので、多少集中力も切れ掛けていた。そもそも運転が好きではないのだけど、洋子は、免許さえない。全くよくできた関係だわ。

「…」

 自動車の時計の針は、正午をちょっと超えている。

「高速降りたら、近くのファーストフードでも寄る?」

「…」

「ありきたりのファーストフードだけはダメ。身体に悪いからねぇーー分かってるー?○ックとか怪しいじゃん…」

「まぁまぁ…」

 読まれた。と一瞬思った。今日の妻は、やけに鋭い。ファーストフードはダメって、まぁ~分からなくもないが。世間的にものすごくおなか減っているか周りにそういう店しかないとか、諸条件が揃っていれば行くかも的な。そのくらいで十分。どんなことがあってもそういう類の好きな人はいるもので、それはそれとして。

「…」

「どうして?」

 聞いてみるだけ聞いてみるか。

「これから温泉へ行ってゆっくりしようって夫婦が立ち寄るお店じゃないと思うし。そもそも普段食べないファーストフードをいま食べなくてもいいなぁと。こういう時は、地元のおそば屋さんとかうどん屋さんとかそういう店に行こうよ。ゆっくり落ち着ける場所がいいわね、やっぱり」

 洋子は、お茶の入ったペットボトルを持ちながら言った。

「確かに」

「どうせ、ファーストフードみたいなところでいいやってそう思ったでしょ?」

「いやいや…思っていませんけど」

 強く否定しても言い負けしそうなので、白旗を先にあげてみた。今日に限って言えば、否定しても(結果は)同じだろうから。

「もう…」

 飲み干したペットボトルを置きながらため息をついた。

「今日くらいは…日常の生活…忘れましょう」

「……はいはい」

 一瞬、洋子に言われてドキッとしたが、自分の方が何となく悪いと素直に思えたので謝れた。

「いいわよ。じゃ、今回は許してあげる」

「…」

「その代わり…」

「今日は、お互い仕事の話を喋ったりそういう雰囲気を出したら、針一本飲もうね」

 洋子は、笑いながら答えた。

「…はい」

 針一本っていうのが、まぁリアリティがあって何とも洋子らしく怖い。

「…」

 そんなことを喋りながら、厚木インターの精算場所を通過した。一台も待つことなくスーッとETCの場所を通って高速を降りた。最近では当たり前のように付いているETC装置は、初めは無くてもいいかな?と思っていたが、使う度に良さを再確認する。そういや、出張で行った東南アジアのベトナムなどは、まだこのシステムが導入されていなかった。自分の性格を思えば、精算場所を並ばなくてもいいというのが非常に大きい。流行っているラーメン屋を素通り出来てしまう私向きのシステムだった。高速を降りてから数分のところに一見しょぼくれた?古い民家を改築したと思わせる非常に入り辛いおそば屋さんらしきお店が見えた。創業20年という立派な木彫りの看板と名称がチラッと見える。

「へぇ…」

「老舗?」

 その店の店名は、なんと「親父」。随分ベタな店名だなぁと思った。近所の人たちも多分一度はそう思うだろう。「そば屋」と「親父」…何ともいえない組合せだ。うるせー頑固親父が運営しているのが安易に想像つくが、はて?どうなんだろう?と多少興味がわく。「そばの食い方ってのはなぁ…」といちいち口うるさく言われるかも。参っちゃうね。GWとか纏まった休み前の特集でいちいち持ち上げられる亭主のように。「食べ方なんて自由でしょ!」って妻が言い出しそうでやたら怖い。絶対に言いそうだ。その時は、料金を払ってぱぱっと退散するに限る。このパターンに陥りそうでどうも怖い。「頑固親父」と「妻」と「おそば屋」…なんという最悪な組み合わせだ。ウナギと梅干しの組み合わせとまるで同じではないか…(ウナギと梅干しの組み合わせは実は悪くないという報告もあるらしい。真相はしりません。知っている人はググって教えてください)

 しかし…昼時なのに、客の姿がどこにも見当たらないとは。もっとざわついてもいいんじゃないかと思う次第。どの街にも「どうしてあの店は潰れないんだろう?」という店が必ず一軒や二軒あったりする。いつもその店の脇を通る度に、家族の誰かが「まだあの店やっているんだね、全然美味しくないのに…なんでだろう?」とボソッと漏らす。この店もその類のお店なのか?それとも、たまたま客足が一瞬途絶えただけだろうか?チラッと時計を見たが、途絶える時間帯ではない。タイミング的にざわついてもおかしくなかった。一周りするにも早すぎるし。最近の共稼ぎ夫婦の休日は、外食をする機会が多いらしい。特に子供の居ない夫婦は多いようだ。金銭的に余裕があるっていう理由だけじゃない。やはりお互い仕事を持っているということが本当に大きい。仕事をしていれば、週末くらいゆっくりしたいと思うのが当たり前です。家事をしないからって女性(妻)を責めることはできない。我が家もその確率が年々高くなる傾向にある。日曜日の夕飯だけじゃないかな?自宅で食べるのは。それは、外で食べるのが面倒だという理由だけです。月曜日は、当たり前のように仕事が始まる…。だから、です。

「…」

「そこのお蕎麦屋にするか?」

 お蕎麦屋である保証はないが。お蕎麦屋とは一言も書いていないからだ。

「…」

 特に不満は無いようだ。妻の顔を見ればだいたい分かる。

「やっている?」

「…どうかな?人影も見えないし、車降りて見てこようか」

 車をサイドに寄せながら言った。「確かにやってないかも」そう思わせるほど、客足が全くない。単に不味いだけなのかな?

「うん、お願い」

「…ういうい」

 車のドアを開けて外へ出た。2時間ぶりの外気を浴びてみると、意外とひやっとして冷たかったがそれがまた心地よかった。身体を軽く伸ばし「おーさぶ!」と小声で言いながらお店の入口へ向かった。若干、腰に負担がかかっており少し重たく感じた。

「…ほんとに…やっているんか?」

 俺は、入口と書いてある扉の前に立った。

「…」

 自動ドアが勝手に開いた。

「おぉ…開くね」

 そりゃ自動ドアなら開くよね。

「…」

 目の前に一人の女性が立っており、その彼女と目が合った。俺と同じくらいの背の女性がそこに立っていた。

「…」

「いらっしゃいませ!」

 その女性の声は、意外と低くいかにも商売人って感じの声だった。商売人の声は低くと昔から言ったもんだ。

「…」

 ほう…頑固親父じゃない?それともお店の奥で黙々とそばを打っているのか?周りを見渡すと外観のイメージとはかなり違っていた。まぁ、その女性だけしか見当たらないのだが…。

「…」

「…」

 また彼女と目が合った。

「…」

「お一人様ですか?」

 その女性は、声をかけてきた。

「…」

「…いや…お二人様です」

 外観とのイメージがあまりにも違いすぎて、びっくりしたというかなんというか。内装は外観と違って小綺麗だった。小奇麗という言葉がぴったりではない…かなり一言では説明し難い。奥が調理場になっており、頑固親父の姿は…今のところ見当たらない。

「やって…ますか?」

「はい!今日は偶然。いつもは週末やっていないんですけど」

「なるほど…偶然…」

 そりゃ、お客はいないよね。いつもやっていないんだからさ。

「……お食事しますか?」

「…お蕎麦屋さんですよね?」

 もしこのお店のことをよく知る人が中で食べて居たら「おそば屋におそば屋ですよね?て聞いてどうするんだ?」と突っ込みが返って来そうだが、一応確認してみたいわけです。今日の洋子は、どうもそのおそばをすごく食べたいみたいだから。しかもそれなりのものを。と面倒な感じなので聞くに越したことはない。今日は俺の意見などどうでもいい、わけです。まぁ、お腹が減っているので何でも美味しく食べられると思うので…よほど不味いものでないかぎり大丈夫なはずだし。 

「…はい、そうです」

 おぉ…お蕎麦屋か…ふぅ…。正直助かったぁ…それは良かった良かった。違ったら偉いことだった。

「…良かったです」

「良かったです?」

「あぁ、いえ。お蕎麦がどうしても食べたくて、そうだったらいいなぁと思っていました。看板にお蕎麦屋とは書いていないから…」

「あぁ、なるほど。この辺りの方じゃないんですね」

 その女性は、机を拭きながらもう一度言った。

「お食事します?」

「…」

「もちろん」

「…お蕎麦しか置いてないですけど、いいですか?」

 彼女は、申し訳なさそうに言った。

「あぁ、はい。全く問題ないです」

 と、言ったものの変なお店だとも正直思った。よほど、味に自信があるのだろうか?ちょっと良く分からないお店である。

「…じゃ…妻を呼んで来ますね」

「お待ちしています」

あの女性が、一人で切り盛りしているのか?彼女の年齢は、洋子とそれほど変わらないように感じた。若干若いくらいかな?そんな感じだった。顔は…人それぞれですから何とも。ご想像にお任せします。

「…」

 欠伸をしている妻を眺めながらそう思った。

「…お蕎麦屋だった?」

 車の窓を開けながら言った。

「うん。そばしかないみたいだけど…いいよね?おなかも減ってるし」

 今更、いやだと言われても困る。

「…問題ないんじゃない?じゃ、ランチは、このお蕎麦屋にしますか。頑固親父でも出てきた?」

 洋子もそう思ったのか…。

「…いや…実は洋子と同じくらいの女性が一人いるだけだったよ。奥のキッチンにも人影はなかったし、多分」

 若干若いなんて口が裂けても言えないが。

「…そう」

「随分イメージと違うのね。一人で切り盛りしているんだ。へぇー」

「…そうみたい。もしかしたら奥から頑固親父が出てくるかもしれないけど」

 そのお店へ向かいながら答えた。

「…美味しいのかな?」

「どうかな?以外と美味しいかもよ、なんせ創業20年だぜ??」

 木彫りの看板をポンポンと叩きながら答えた。

「…その女性は、切り盛りして一年未満かもよ?客足だってないし」

「まぁ…まぁ…」

 確かにその線も捨てがたい。実際そうかもしれない。不思議なお店わけで。

「…食べて口に合わなかったら、別の所で食べ直せばいいじゃん」

「…そうね」

 少し間を空けて答えたが、そうじゃない事を祈るばかり。

「まぁさ、おなか減ったし入って注文しようよ。お目当てのそばをさ」

「はい」

 自動ドアは、触れずに勝手に開く。壊れているのか?

「…いらっしゃいませ!」

 先ほどの女性が、笑顔でそう答えた。

「…どうもです」

「お二人さんは、初めてのお客様でしょう?」

 私たちに席を勧めながら喋り始めた。

「……はい」

 洋子は、即答した。

「…良く来て下さいましたね。毎度ありがとうございます」

 その女性は、軽く会釈をした。

「うちのお店、「お蕎麦」しか置いてないんです。大丈夫ですよね?」

 ポットのボタンを軽く押し、湯飲みにお湯を入れながら答えた。

「…」

 特に問題なし。

「…みたいですね。なので、お蕎麦を二枚いただけますか?いや、お腹すいているので倍の四枚頂けますか」

 洋子は、お店をキョロキョロ見ながら答えた。

「…毎度あり!」

 女性は、元気よく答え調理場のあるっぽい方へ歩き出した。

「…」

 俺も周りをキョロキョロ眺めていた。いい意味で味がある…そんな雰囲気の内装だった。お店の外観は、どこにでもありそうな古ぼけた二階建ての古民家風だったが、店内は、一・二階をぶち抜いた作りになっていて、非常に開放感があり薄いグレーを基調にした割とさわやかな印象の清潔感がある感じだった。カウンター席もあるので、女性一人でも居心地が良さそうに座れる…と思う。カウンター席6席、テーブル6席。見た目よりも意外と大きいなぁと思った。壁には、一九一〇年に制作されたフランス国有電鉄(現sniff)の観光ポスターのレプリカが飾ってあった。さり気なく…印象最高です。反対の壁には、この女性のコレクションと思われるfornicateの皿が数枚きれいに飾ってあった。正直「センスいいじゃん」と私は思った。老舗風の外見と現代風の店内…そのギャップが何ともいえないくらいオシャレでかっこいい。なんで客が一人も来ないんだ…そこだけが謎だった。この街の人間は、このセンスについて来られないのか?それとも単にまずいのか。

「…ちょっとトイレ行ってくるね」

「どこにあるか知っているの?晴彦」

 洋子は、机の上に置いてあった雑誌を読みながら答えた。

 トイレはどこだ?ずっと我慢していたんだ。漏れそう…。ん…見渡してもそれらしき子部屋はなかった。

「…」

「すいませーん」

 奥で仕込み中の女性へ席を立ちながら言った。

「…どうかしました?」

 手を拭きながら慌てて厨房から出てきた。

「あっ?」

「…あっそうだ!お茶を入れるの忘れていましたね…。ごめんなさい。今すぐお持ちしますね…」

 俺の話も聞かず、そのまま厨房の中へ戻って行きそうになった。

「…いやいや、それもそうだけど…」

「なにか?」  

「お茶も確かにないですけどね…トイレってどこにありますか?」

「…トイレ?」

「…あっごめんなさい、トイレですね。はいはい。ごめんなさいごめんさい。トイレですね、厨房の中の奥にあるんですよ」

 その女性は、笑いながら答えた。もしかして、この女性…ちょっと天然?抜けている?微妙にやり取りし難い。

「トイレは、厨房の中をまっすぐ歩いて頂いて突き当たりを右に曲がって、真っ直ぐ行ってください。そこにありますから。赤茶色のドアがトイレです。ほんと、ごめんなさいね、面倒くさいところにあって。古い民家を安く改築したから店内には作って無いんですよー。元にあった場所にあるんです。本当にごめんなさいね」

「…」

 やっぱり天然なのか。洋子といい勝負するだろうなぁ。それよりトイレトイレ。彼女の告白で、元古い民家だったことが判明した。ふーん、まぁ悪くない。が、彼女結構天然でめんどくさい…かも。

「ありがとう」

「早く行って来なさいよ、漏れちゃうわよ」

「…うるへー」

 俺は、スタスタと歩きながら思った。入れ替わりにお茶を彼女が持って来たようだ。 

「…どうぞ!遅くなりましたが…」

「…ありがとう」

 申し訳なさそうにお茶を出す彼女を余所に、洋子が重い腰をあげるかのように喋り始めた。

「ひょっとして、まだオープンしたばかりなの?」

「…」

 彼女と洋子の目が重なり合ったように見えた。

 厨房の壁は、一部レンガで覆われており大凡12-13畳はあると思われる。結構ひろい厨房だなぁと。古い一軒家を単にちょっと改築しただけではなかった。一軒家だった面影は、もうそこにはない。自分でいろいろ手を加えてある。手作りっぽいとこもかなり良い味を出している。もしあの話が、本当だとしたら結構苦労しれるかもなぁ…。

「トイレトイレ…トイレはどこかなぁ」

 彼女の言うとおり、突き当たりを右に曲がった。

「…多分あそこだな」

 奥にトイレと思われる赤茶のドアが見えた。

「本当に手作り満載の部屋(トイレは、部屋じゃないけど)ばかりだな」

 なるほど、赤茶色に変えたのも彼女だな。

「…よいしょ」

 ドアノブを軽く回すと、すんなり開いた。

「…ふぅー」

目の前には、1920年代の「コントレックス」のレプリカポスターが木製の額に入れて飾ってあった。最近は、フランスの水として有名だ。かつては、健康を取り戻すという「奇跡の水」と呼ばれたほど大切に扱われた水。俺も愛用の一人。この水に興味があって、少し調べたことがあった。1861年、フランスで初めてナチュラルミネラルウォーターとして、厚生省から公認された。500㍉㍑で牛乳瓶約一本分のカルシウム、アーモンド約10粒分のマグネシウムを含み、ダイエットに不足しがちなミネラルが補給できる…らしい。確か水源地は、フランスの北東部、ベルギー、ルクセンブルグ、ドイツの3つの国に囲まれたロレーヌ地方にある。中心都市のナンシーは、アール・ヌーボ発祥の地。散策するだけでも随所に当時の面影を見ることができる美しい街だ(らしい。俺は行ったことがないので分かりません)。この地方を世界的に知らしめるもうひとつの要素が、森と湖などの自然らしい。なかでもヴォージュ山脈は、フランス最大規模を誇る原生林が広がる地として有名だ。

「…どうでしょうね」

 彼女も笑いながら答えた。

「あまりにも…(失礼ながら)手付きが慣れてなさそうだから。ひょっとしたら、そうかな?と思ったのよ。それか何らかの事情で両親の変わりにやっているのかな?とも思ったけど、その割には…店内の作りが今風というか、若い子が作りましたって感じがしたから、前者かなぁって思ったの」

 さすが情報収集癖のある洋子。そんな感じで飯を食っているだけのことはある!トイレの中からでも十分聞こえた。

「…ごめんなさいね、立ち入っちゃったこと聞いて」

「…」 

「…でも、当たりでしょ」

 どんな顔で、洋子が喋っているか簡単に想像が付いた。店内の壁が薄いからなのか…洋子の声が大きいからなのか…よく聞こえてきた。あまり、やり込めるなよ。知り合いでもないんだから…面倒なことは無にしようぜ。

「…」

 彼女は、間を置いて答えた。

「やっぱり分かっちゃいます?」

「へぇ…その歳で脱サラかぁ…」

私は、小便を済ませ隣にある蛇口を軽く捻って、両手を洗ってそのままトイレのドアを開けて出てきた。厨房の中まで来ると、洋子は、読んでいた雑誌を閉じながら、彼女の質問に答えるのがうっすら確認できた。また何か余計なことを言っているのかっ…たくもう…勘弁してくれよ。

「どうしてもおそば屋をしたくて…」

 お茶を注ぎながら答えた。

「よりによって…おそば屋ねぇ…。儲かりそうもないのに…」

 洋子は、ボソッと言った。

「…」

「じゃ…外に飾ってある「創業20年」っていう看板は?」

 おいおい…やっぱり、余計なことを言っているよ…そこまで言わなくてもいいだろう…と思いながら、俺は、ハンカチを口に銜えて店内へ戻って来た。

「あぁ…あの看板は…」

 女性も躊躇することなく喋り始めた。

「拾ったとか…」

 アホか。そんなわけないだろ。かなり年代物の看板だぞ!そんな簡単に見つかるかよ。

「死んだ祖父から譲り受けた看板なの。祖父も3年前までは、奥の厨房でそばを打っていたんですよ。すごく美味しかったのそのおそば。近所ではそこそこ有名で昼間のランチ時は長蛇の列だったわ。だから…その祖父が亡くなった時には、そんな技術も腕もないし本当はこのお店もすぐたたもうかとも思ったんだけど…。どうしても諦められなくて…。で!ダメ元で、働いていた会社をパぁーって辞めちゃって、ここならいいかな?って思ったおそば屋さんで一年間働いて、で一年前からこのお店始めちゃいました。みたいな。意外とおそばってセンスがあれば、そのくらいでお店出せるんですよ。それまで、全くもろくにおそば打ったことないんですけどね。お蕎麦を作るって実はセンスがあればどうにでもなるんです」

 彼女もアッケラカンと答えた。意外とさばさばしている人らしい。

「ほう」

 私もその事実には驚いた。やる気があれば、何とかなるってやつですね。素晴らしい。板前になるのに、ん十年ってやつもどうなんでしょうね。その辺は、一般人にはよく分かりませんが、私はおいしいならそういう時期って短くてもいいじゃない。というタイプです。

「しかしまぁー随分派手に改築したものよね」

「はい。オープンと同時に…思い切ってキレイさっぱり一・二階をぶち抜いちゃいました。ほとんど手作りですけど。まだまだ未完成なんですよ、このお店。私と一緒。あははは…」

 彼女は、笑いながら答えた。

「センスいいのね、あなた。少なくとも私はこういう内装好きよ。古い一軒家の持つ暖かみをうまく生かしているし、すごく明るくて居心地がいいわ」

「…」

 俺は何も言うまい。でも確かにいい味でている。あとは、お蕎麦の良し悪しだ。そこが悪いと全てが終わってしまう。

「すごく嬉しいです。ありがとうございます。でも改築したおかげで、今までのお客さん離れちゃったかも…まぁいいんですけど」

「…やっぱり難しいのね、雰囲気の良い店なのに…」

「前職は、インテリアショップとかで働いていたの?」

 そこまで立ち入るか。と思いながら、俺は席に座った。

「…」

「都内の銀行で、少し事務を…」

「あらっ?それは…以外。てっきり、もっと派手な世界で働いていたのかと思った」

「…」

 俺も少し意外だなぁと。

「派手な世界?」

「例えば、アパレル関係とかスタイリストとか…」

「買い被り過ぎですよ。どこにでもいる、普通の銀行の事務員ですよ。でもまぁ、昔からインテリアとか人並み以上に好きでしたけど。古い物と新しい物情緒みたいな、温かさと冷たさっていうか、その相反するものを同じ空間に置くのが好きなんです。…奥さんの方こそ、どんな職業を?」

「…」

「えっ?奥さん?」

 洋子がボソッと言った。

「だって!お二人さんって夫婦でしょ?」

「…ん、まぁ…」

「正解」

 俺は、うん?と思いながら思わず答えてしまった。

 いただいたお茶を啜った。意外と…美味しいお茶じゃん。非常に飲みやすいお茶だった。

「…」

「…どうして、私たちが夫婦だって気が付いたの?恋人同士とか兄弟とか…それはないか、そうは思わなかったの?」

「…」

「…恋人同士じゃないことは、何となく入って来たときから予想ついていたわ。恋人同士なら、もっと会話が弾んでいてもおかしくないし…遠からず近からずといいますか。でも、ふわっとした全体の雰囲気がどことなくとても似てらっしゃるので、そうなのかなと…」

 この女性の言葉には色気がある。洋子にはそれがない…残念。彼女の雰囲気には独特あれがあってだなぁ…まぁ比べるものではないが。ふわっとした雰囲気がねぇ…それはそれで微妙な言い回しだな。まぁいいか。どうもハッキリしない。それこそ、そんなこと初めて言われた。直訳すると、単にボーッとしているってことか?

「…あなた方のそういう雰囲気って、恋人同士じゃ簡単に作れないんですよ」

「…へぇ…そんなもんかな」

 洋子の距離が近すぎて良く分かりません。

「銀行の窓口に何年も座っているとね…何となく見分けが付いちゃうんですよ、その辺。あっ!この人たち結婚しているとか、もしかしたら不倫しているんじゃないか…とか、一見仲良さそうだけど実は、不仲なんじゃないかとか、色々ね、無意識にそう感じちゃうんですよ…」

 彼女は淡々と答えていた。

「ふーん。でも、何だか怖いね。客の心を覗かれているみたいで…」

 俺は、肩を叩きながら答えた。

「あっ、旦那さん…私が喋ったこと気にしちゃったの?余計なこと言っちゃったかしら?私が、あなたたちに言いたかったのは、とても仲がいいですよねってことだけですよ」

「…」

「じゃ、褒めてくれているのね。だとしたら、すごく嬉しいわ。何年ぶりかしら…そんな風によく見られたの?ねぇ…晴彦」

 洋子の顔が微笑んでいるように見えた。

「まぁ…そうかな」

 確かに悪い気分じゃない。

「…」

「それはそうと…」 

 俺は、申し訳なさそうに答えた。

「どうかしました?」

「…」

「お話の途中、大変申し訳ないですけど…私、結構お腹が減ってきました。…忘れてやしません?私たちは、おそばを食べに来ているんです。なので、早くおそばを作って頂けると大変有難いです」

「…」

「…」

 洋子と彼女は、顔を見合わせた。お前達、気付くのがものすごく遅いって。縁側で茶飲みにきたわけじゃないだろうよ。

「…」

「それもそうね」

 なんてマイペースなやつらだ。

「…」

「あぁ…そうでしたね。忘れちゃいませんよ、もう…。少しお待ち下さいね」

「…いや忘れているくらいの時間ですよ、もう」

 当たり前じゃ…忘れちゃ困る。俺たちは、おそばを食べに来たんだ!世間話をしに来たんじゃない。どことなく仕草が洋子に似ているし、とてもやっかい雰囲気だ。

「折角なので、一緒に一緒に食べません?」

 うん?また何を言っている?…まさかいいですか?」とは言わないだろう、普通は。

「…いいんですか?」

 見事に予想的中しました!みたいな。空気を読みなさい。空気を。読めていないのは、私の方なのか…。

「…もうお客も来そうにないし…大勢で食べた方がおいしいですもんね」

「…」

 大勢って、あなた入れて三人じゃん。もう、勝手にしなさい。俺は、早くおそばを食べたいだけです。

「そうと決まったら、私もそばを作らせてくれない?一度、やってみたかったんだぁ…」

 洋子は、席を立ちながら言った。えー??うそ。やっぱり洋子も変わっているわ。有り得ないって。

「それじゃ遠慮なく厨房へどうぞ!」

「…ありゃありゃ」

 参っちゃう。この展開。

「旦那さんは、適当にこの部屋で時間を潰していて。お湯はとっくに沸いているはずだから、すぐ出来ますよ。もう少し待っていて」

「…はいはい」

「雅彦…ちょっと待っていてね。おいしいおそばを持ってくるからさ」

 なぜか、洋子の機嫌がとてもいい。それだけが唯一の救いか。

「はいはい。待ちますとも…納得するまで作って来てくださいな。あー腹減った!そば食いたい!おいしいそばが!!」

「はいはい」

 洋子は、彼女の後を追いかけて厨房の中へ入って行ってしまった。

「…」

「そういえば、職業は何をしているんです?」

 彼女は、言い忘れた感ありありの顔で喋りながら、厨房へ向かって行った。

「しがない調査屋ですよ」

「…」

「あなたの方こそ、随分変わった職業についているわね。調査屋さんねぇ…いったいどんな仕事かしら…想像つかないわ、私には…」

「…そう?多少…肩の凝る仕事ですけど、至って…平凡な仕事ですよ」

「…そうですか」

 確かに聞き慣れない職種だと思う。実際どんな仕事しているか俺もよく分からない。自分の職種以外は、意外と知らないんだよね。それが普通。常識も全然違う。


 まだ何も始まっていないかもしれない

 だから終わってもいないのかも

 新しい空の下で

 何かが生まれようとしている

 今の自分がいれば

 それだけでいい

 なんてことない世の中ですが

 この世は

 きっと

 永遠に続く…予定だから


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