第10話 陰謀と追跡者と

「『黄衣の王イエロー・キング』…?」

萌黄は跡形もなく夕陽の中に霧散した、黄色いもやのかすを眺めながらその言葉を反芻した。

「そうよ。彼ら自身が、わたしにそう、語り掛けてきた。我らは『黄の印イエロー・サイン』を求めてそこに集うもの。それが黄衣の王」

確かにここには馬がいたはずだった。だがそれは、馬ではなかった。有り得ないことはあり得ない。エイクリーの言葉が思わず萌黄の脳裏をかすめたが、何度見たって、すぐに目の前の現象を受け入れることなど出来はしない。

新知覚能力者ドアーズ

その言葉でつい、ひとくくりに考えてしまうが、彼らが引き起こす現象は、一様ではない。それぞれがこの世界に全く新しく生まれた、紛れもない奇蹟なのだから。

「さっきも言ったけど、わたしが何か人と違う能力を持っているとか、『新知覚能力者ドアーズ』と言うものなのか、それは判らない。でも彼らは生まれたときから、わたしの側にいた。わたしの意志を汲み、又は自分たちの意思で、その姿をこの世界のあらゆるものに変え、わたしを護ってきてくれた。だからわたしは、彼らを護る義務があるわ。だってわたしたちは、かけがえのない『家族ファミリー』だから」

そう話すシャーロットの眼差しに、てらいや虚構、とにかく偽りの感情はまったく見られなかった。

「つまりは、連中の狙いは彼ら、『黄衣の王イエロー・キング』なのだな?」

エイクリーは頃を見て切りこんだ。

「ええ」

シャーロットは、切なそうに青い瞳を細めて頷いた。

「ダブリンが話していた、『牛以外の化け物』。それがあんたたちが教団から護っていた、かけがえのない『家族』だった」

「そうよ。でも彼らは、他の人にも危害を加えないし、必要がなかったら姿も現さない。『化け物』だなんて、誰も思ってなかった。連中が来る前は牧羊犬になったり、馬になったりして農場を助けてくれていたのよ。それが奴らッ」

シャーロットはそばかすの浮いた頬を紅潮させて、感情を爆発させた。

「教団は彼らをどうするつもりだったんですか?」

切なそうに眉をひそめて萌黄が尋ねた。

「ごく単純なこと」

シャーロットは、苦しげに吐き出した。

「この子たちは、『聖餐せいさん』となる。連中はそう言った。やがて西の海の果てから、ふるくして全能なる『あがまつられる者』があらわれると。この子たちはその生贄にされる。ちょうど、得体の知れない化け物に喰い殺された父のように」

「旧くして全能なるもの…」

萌黄は茫然としつつも、直感に従ってその言葉を吐いた。

エイワス農場を狙う教団の目的。

それは奇しくも、萌黄の母が坂本龍馬とともに海底から発見してしまった『いにしえの者』と、恐ろしい合致を得ていたのだ。彼らに関わるものは、貪り喰われ、或いは、肉体の大切な一部を持ち去られるのだ。

シャーロットの話によると亡父、チャールズはそれにあらん限りの抵抗を試みたのだと言う。自らもオウルライフルとショットガンに常に弾丸を装填し、シャーロットの兄たちにも武装させると、怪しげな儀式を繰り広げる教団の群れを追い払い、昼夜を徹して得体の知れない教団から農場を守った。

それだけではない。チャールズは保安官事務所を動かすために農場の土地の一部を売り払い、盛大な献金までしたと言う。だがそれもすべて無駄だった。

「街の議員たちはパパのお金を皆、鉄道会社の資金に回していた。鉄道会社の連中も皆、教団の息がかかっていた。すべては裏でつながっていたのよ」

表向きは保安官事務所が動き、怪しげな教団の群れは検挙され、脅威は駆逐された。しかしそれからは夜な夜な、農場を不気味な生物が徘徊はいかいするようになったのだ、と言う。

その何者かは牛舎から勝手に牛を放ち、一頭残らず殺した。その際、発見された牛の遺体にはなぜか塩が振りかけてあり、脳と主要な内臓が残らず抜かれていたそうだ。

「父はこの連中の正体を求めて、あらゆるつてを求めて噂を集めたの。そうしたら、南部サウスから色々不穏な情報が届いた」

当時、まだまだ裕福な農場が多かった南部では、教団とのトラブルが何件も確認されていたのだと、言う。最初は鉄道会社と用地買収を巡ってトラブルになる。それから教団が押し寄せてきて敷地の退去を迫り、家畜が大量に殺される事件が起きるところまで一緒だ。だがそれからが恐ろしいところだった。

やがてトラブルと怪異現象は、幻のように掻き消えてしまう。あれほど抵抗した牧場主たちは敷地を残らず教団に寄付し、それ以降は消息不明になってしまうのだと言う。

「そんな馬鹿なことがあってたまるか」

チャールズは教団のなりたちに目をつけ、調査の手を南部から東部、東海岸一帯に向け進めた。それから相変わらずの家畜の被害に悩まされながら、ついに教団の正体を突き止めたのだった。それはある異星から侵入してきた生物が主催する、人智を超えた集団だったのだ。

「随分、日が暮れてきたわね」

シャーロットは、辺りが暗くなり始めてきたことに初めて気づいたように顔を上げた。

「ごめんなさい。食事にすると言ったのに。すぐに用意するわ。今夜は、精一杯歓迎するわね」


間もなく萌黄たちは丸太小屋の中へ案内された。崖下にはまっているように造られたその家は意外と広く、間取りは洞窟の中にまで造られていた。中ではシャーロットによく似た老婆が鍋を煮ており、筋骨たくましい髪の薄い男が椅子に座って銃器の手入れをしている。

「母のアニー、こっちは兄のレズリー」

シャーロットは気安く、萌黄たちを紹介してくれた。珍しい東洋の客に対して、老婆の反応はシャーロットと同じだった。アニーは顔中を綻ばせると、小さな萌黄に嬉しそうにハグした。

「おいシャーロット、こいつらは軍人なのか?」

対して使い古した形跡のあるレバーアクションのライフルの動作を確かめながら、レズリーは慎重そうに残りの二人の男たちを品定めする。

「遥か東洋の国で連中と戦った人たちよ。わたしたちの力になってくれる」

「兄貴は残らず死んだんじゃねえのかよ、シャロット」

弾正は不敵そうにレズリーを睨みつけながら尋ねたが、不謹慎だし、名前も間違っているので萌黄は訳さなかった。

「レズリー兄さんは元々猟師マウンテンマンで、旅をしていたの。南部で起こった出来事も皆、調べてくれたのは兄さん。頼りになるわ」

「シャーロットお前、尾行つけられたな?」

唐突だった。レズリーは立ち上がると、レバーアクションに散弾を装填そうてんした。

「まさか!?」

これまで誰もついてきた形跡はない。だがレズリーは警戒を緩めなかった。

「連中の気配くらい、猟犬がいなくても分かるさ。親父が死んでから、俺たちが代わりに農場を守ってきたんだからな。教団が雇った『新知覚能力者ドアーズ』って殺し屋からな」

銃口はエイクリーに向けられた。

「兄さんやめて!!」

「待て、確かに俺は『新知覚能力者ドアーズ』だ。だが敵じゃない」

レズリーは聞く耳を持たない。ライフルを構えたまま、エイクリーに近寄った。するとその間に分け入ってきたものがいた。言葉の通じない弾正だ。

「ああ、確かにこいつはドアーズだ。でも、だからどうしたよ?」

「東洋の客。お前はどけ。お前には、関係ない」

「関係あるさ。困るんだよ、やたらとそんな物騒なものぶっ放されちゃ。気配が聞けねえだろうが?」

「気配だと?」

萌黄が訳した言葉に、レズリーが目を剥いた瞬間だ。

刀から小柄を引き抜いた弾正は、振り返りざまそれを投げた。ナイフはエイクリーの顔の横を掠め、一直線に壁に吸い込まれて行った。

『イデエッ!』

この場の誰でもない異質な悲鳴がとどろいたのは、そのときだ。

「見て下さいあれッ!」

壁から腕が生えている。エイクリーが襲撃されたのと同じだ。小柄は、その手の甲に突き刺さり、銃口をわずかに上にぶらさせた。鋭い銃声とともに天井に風穴が開く。銃身の角度からして銃は、弾正の顔一直線を狙っていた。

「分かるんだよ、執念深い奴ってのは。何でも、てめえで決着ケリをつけるまで気が済まねえ。ずっと追ってきたんだよな、確か何とかワン」

「『深きものディープ・ワン』です!」

もはや萌黄の訂正する声も虚しかった。

「メリケン、あんたが狙ってたのも、こいつだろ。だがな、こいつは俺の獲物だ」

弾正はレズリーに銃口を下げるよう、あごをしゃくった。

「白黒つけようじゃねえか。来やがれワン公」

『ふざけやがってこの野郎、二度のまぐれはねえぜ。俺の『深きものディープ・ワン』で仕留めるッ!ここにいる全員なアッ!』

「しかしどう言うことだ。壁の腕の男、どうやって追いかけてきた?」

エイクリーも銃を取り出すと、辺りを見回した。

『捜しても無駄だ。俺の【深きものディープ・ワン】は【染み込む】能力。湿気のある場所になら、どこまでも染み込んで移動できるッ!』

声はどこからともなく響いてくる。それは確かに、この部屋全体に壁の男が染み込んでいるようですらあった。

『ここは俺にとっちゃ御誂おあつらえ向きの場所だ。洞窟ってのは、どこまでも湿ってやがるからなあ。これならどこからでも、お前らを狙えるッてわけだ!』

「無駄だって言ってんだろ、ワン公。二度同じようにやられてわかんねえか。次出てきたとき、てめえは終わりだ。刺身みてえに三枚におろしてやるよ」

『口の利き方に気をつけるんだな。それと俺はワン公じゃねえ。クリストファー・ジャイルズ、【インディアン殺し】のクリス様よ。戦争中はな、てめえみてえな蛮族を大分ハントしたもんだぜ』

銃声が二方向から同時に、響き渡った。片腕を切り取られたはずだが、能力とは関係ないようだ。

『ここはよく【染み込む】んでな。蜂の巣にしてやるぜ!』

「危ないアニーさん!逃げて下さい」

挑発しまくった弾正は良いがこのままでは、全員が巻き添えを喰う。萌黄がアニーを避難させたときだった。

「待って」

弾正の前に立ちはだかったのは、シャーロットだった。

「なんだよ、メリケン姉ちゃん」

「こいつはわたしが何とかするわ」

シャーロットは拳銃も持たずに、前へ進み出た。

「わたしの『黄衣の王イエロー・キング』がね」


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