六場 公開処刑


耳をつんざく歓声、雄叫び。全身に痛いほど叩き付けられる様々な轟音。


喧騒にさらされながら、わたくし達は埃に塗れた『薄暗い待機場』から眩しい太陽の下へと引きずり出された。


フィールドは一見して直径二百メートル程度の円形。その周囲を高さ三メートル程度の壁がとり囲む。

ここは所謂『円形闘技場』と呼ばれるスペース。


わたくし達は始まりの場所へと帰ってきた──。



頂上決戦の日にも二千人が集まっていたけれど、客席は比にならない数でひしめいている。


それもそのはず、見せ物は『女王ティアンと勇者イリーナの処刑』なのだから。


指導者と救国の英雄、双方の公開処刑──。


闘技場に興味のなかった者までが詰め掛け、あふれかえった客席はついに入場規制がかけられている。



兵士たちに連行されるかたちで私たちは闘場の中央へと移動させられた。


「イリーナ!! イリーナだ!!」「女王様もいらっしゃるわ!!」


これまでとは状況が違う、それでいてコロシアムの熱狂とも同質の歓声があがった。


指導者の処刑に対する強い困惑、同時に余興を期待するような、さまざまな声が混在している。


それが人々の他者に対する非情さであり、同時にイリーナという選手がこの場所に残した爪痕だ。


公開処刑──。


言葉のもつ刺激に興奮する者、忌避を感じる者、誰もが非日常を期待している。


きっとなにか楽しいことが起こると思っている。


──空は青く、人々は上機嫌。


ヴィレオンが公開処刑を選択したのはフォメルスにつづく謀反を疑われるのを嫌ったからだ。


裏で殺すことで定かでない伝聞、つまりはクーデター疑惑が広がるよりも罪人として明確に処断した方があとを引かないという判断だ。


罪は女王であることの責任放棄──。


アシュハ皇国は未曾有の危機的状況、ましてや隣国とは開戦状態だ。


わたくしが逃走を図ったのも、地位の辞退を申し出たのも事実、民衆に対して言い逃れのしようもない。



「まだ終わりじゃない」


観衆を直視できずにうつむく私にイリーナが語りかけてきた。


処刑が裏で行われていたら、わたくし達はすでにこの世にはいない。


けれど、そうならなかったことにイリーナはまだ希望を見いだしている。


「──衆人監視のなかで口論がしたいってんなら、まだ勝ち目はあるかもしれない」


民衆に対する裏切りを罰せられるという性質上、この公開処刑はかえって都合が良いという考え方もできる。


もし会場五千人の理解を得ることができたなら、全体の総意として異議が唱えられさえすれば、刑の執行は正義を失う。


処刑を中止に追い込めるかもしれない。


イリーナはそこに活路を見いだすべく、口論によって風向きを変えるつもりだ。


観客のなかには彼女の起こした奇跡を目撃し加担した者、支持者だっているに違いない。


逆転の目はまだある、少なくともイリーナはそう考えている。



騒然とする客席を鎮めるためのドラが連続で打ち鳴らされる。


一回、二回、三回、四回――。


兵士たちが客席沿いに等間隔に散らばっていくと一斉に声を上げる。


「「ヴィレオン将軍の御入場!!」」

 

まるで闘技場の王者が決定でもしたかのような大歓声。


二年前にはすっかり存在感を失っていたはずの名声はふたたび威光を取り戻していた。


彼は名実ともに最強の騎士であり、窮地に立たされたアシュハを守る最後の砦だ。


イリーナの表情は苦しい、ヴィレオンが支持されるほど勝ち目は薄くなる。


これは二人の人気取り対決とも言えるのだから。



側近を従えてヴィレオン将軍が入場する。


彼用にあつらえられた獅子を模した甲冑を纏い、威風堂々と歩みを進める。


イリーナが「かっこつけすぎだ……」と、感嘆の声を漏らした。


フォメルスのような華やかさはないけれど、つねに戦場に身を置いたものにしかまとえない風格は誰もを見惚れさせ、誰もを畏怖させる。


いかに彼の存在が味方を鼓舞し、敵を恐れさせたかを思い知らされる。


「皆、オッサンよりは美少女に肩入れするかと思ったけど……」


どうやら、人気による優位は期待できそうにない。



中央でヴィレオンとイリーナが対峙する。


「覚悟はいいな」


取り巻きのなかにメジェフやニケの姿は見当たらない、万が一にも手が差し伸べられるということは無いようだ。


「どうぞ、お手柔らかに!」


イリーナは腰に手を添えて胸を張ってふんぞり返った。


不遜な丸腰の女子、対する将軍の体躯は二、三倍もの厚みがある。


ヴィレオンは身を翻して観衆へと向かう。


「今日、何故このような事態に至ったのかを皆に周知してもらいたい!!」


優れた指揮官の声は大きい、ヴィレオンの声は十分に通った。


加えて客席沿いに配置された兵士たちがそれを復唱することで隅々まで行き渡る。


イリーナの持つ声量の優位は無効化されたといえる。


「──現在、皇国は最大の危機に直面している!! リビングデッド強襲による弱体化に付け込んだ、近隣諸国による一斉攻勢に晒されているからだ!!」


前線指揮官による直々の説明は実感をともなった、敗色濃厚を察した観衆におもい空気が漂う。


「この危機的状況に、アシュハ四代皇帝ティアンはその責務を放棄!! 国家を見限り逃亡を行った!!」


観客はようやく公開処刑の趣旨を理解し、ざわめき出す。


「これは国家反逆罪である!! 女王といえど断じて許せるものではない!!


よって、ここにアシュハ四世ティアン女王と、共犯者イリーナの死刑を執り行う!!」


ついに民衆に向けて私たちの死刑が宣告された、後戻りはできない。



「ちょっと待って!! ボクらが脱走を決行したのは確かだ、だけど――」


イリーナが反論を開始すると、ヴィレオンの指示でドラがけたたましく打ち鳴らさる。


それによって彼女の声は掻き消された。


「ここは討論の場ではない」


将軍の合図で即座に鳴り、即座に止む、イリーナに発言の機会をあたえないつもりだ。


目的は民衆の理解のもとに女王を処刑することだけ。


「このッ……!」イリーナがうめいた。


こちらの正当性を主張して効果を得られるのは観客が困惑しているあいだだけ、決行の空気ができてしまえば処刑が行われなければ収まらない。


そして私たちからでもヴィレオンからでもなく、客席から一声『殺せ』の声が上がれば、誰かが口火を切るのを待っていた大勢が一斉に騒ぎだす。


瞬く間に歓声は『殺せ』の一色になり敗北が決する。


皆、非日常を期待して足を運んでいるのだ。



そしてついに、困惑していた客席から明確な意思表示がされた。


「殺せ!! 裏切り者を処刑しろ!!」


声は客席の最前列からここまで辛うじて届いた。


それは取るに足らない個人の意見、しかし客席発信の反応、それが重要だった。


ヴィレオンはすかさずそれを拾い上げる。


「そうだ!! この者は百万の民を死に追いやり、民衆を見殺しにすることも厭わない!! この裏切り者を許せるものか!!」


客席からの意見を拾い上げたことで掛け合いが成立、投げかけられた疑問に観客は自然とリアクションを取る。


「許せない!!」「許すべきじゃない!!」


正義のありかが定まると彼らは一斉に声を発っした、正義と決まれば怖いものはない。


それを兵士たちが『裏切り者を殺せ!』と煽る。


興奮が波及し、コロシアムは『殺せ!』の大合唱に包まれる。


あとはもう思考停止だ。


皆と同方向に正義を掲げる一体感、発声にともなう快感を目的に観衆は会場を沸かせた。



「さすが、こっちも上手なんだ……」


因果応報か、まるでフォメルスにしたことをやり返されたようだ。


演説勝負において、イリーナはなにもできずに敗北してしまった。


「あなたのせいじゃないわ」


いたたまれなくなって慰めた。


イリーナを責められない、状況的にはじめから勝ち目のない勝負だった。


それに会場に一体感を与えた観客の第一声、あれは私の落ち度だ。

 

客席前列から第一声を発した男には見覚えがあった、彼らは礼拝堂の崩落時に私を侮辱した二人組。


先日、わたくしが罰金刑を言い渡した男たちだ。


刑が執行されれば罰則が免除されるとでも考えたか、単に私が憎かったのかは分からない。


まさかこんな所まで尾を引くことになるとは思いもしなかった。


殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。


鳴り止まない断罪を望む声が降り注ぐ。


円形の中央に向かって全方位から浴びせられるそれは、まるで世界中から『死ね』と言われているような錯覚を誘発する。


「こんなの、あんまりです……」


咎められることは辛くない。


コロシアムの英雄として一度は羨望を集めたイリーナが、罪人として糾弾される姿がやりきれなかった。


皆、あんなにもイリーナを応援していたのに――。


「彼らが味方なのは自分にとって都合の良いときだけ、そんなことは分かってた。ボクは彼らをペテンにかけて一過性の甘い夢を見せていただけなんだから」


イリーナは潰れてしまいそうな私を庇うようにして立つ。


「──でも、この五千人のなかにきっと、まだボクに期待してる奴が百人。信じてる奴が十人はいるだろうね」


全員が私たちの死を求めている訳ではない。


だけれど、全体の空気に逆らってまでそれを主張できる者はなかなかいない。


それでは勝てない、意味が無い。


なのに、イリーナは清々しいほどの笑顔で振り返る。


「期待に、応えたくなっちゃうね?」



沸きすぎた歓声がドラの音で鎮まり、観客はヴィレオンの言葉を待つ。


「いやあ!! 皆さん、最高ですかぁ?!!」


さきに声を発したのはイリーナ、ここ一番の大声だ。


ヴィレオンの出だしに被せることでドラの妨害をまぬがれた。


「女王の不徳を糾弾されるのはもっともです!!


皆さんは完璧で、きっと人生で一度の失敗もせず、つねに最適解を選択して今日に至っていらっしゃるのでしょうから!!


間違いの積み重ねの産物たるボクらなんて、とても見るに堪えないことでしょうね!!」


イリーナはわざとらしいくらい朗らかに語る。


ヴィレオンは遮らない、それが私たちに有利に働かないどころか窮地に導くことを理解しているからだ。


「イリーナ、どうしたの!?」


わたくしの静止を振り払ってつづける。


「そんなに賢明なら、女王に石をぶつける暇に力を貸してくれたら良かったのに!!」


そんな言い方をしたら味方につけるどころか反感を買ってしまうのは目に見えている。


開き直ってか、すべてを敵に回してしまう勢いでイリーナは客席を煽り出した。


ヴィレオンが静かにたしなめる。


「彼等はおまえの理解者ではない、自分たちを楽しませる道化に傾倒していただけだ。批判は届かん、それが分からない訳ではないだろう」


誰しもがイリーナの味方ではない、人は皆、己の味方だ。


だから楽しませる者の味方で、不快な者の敵、それだけなのだ。


「知ってる。でも、ムカつくから言いたいことは言わせてもらう」


ヤケになってしまったのだろうか、イリーナはとうとう憂さ晴らしをはじめてしまった。


「──そんな出来損ないが女王を辞めてやるって言ってんだ!! 喜べ!!


なんなら変わってやるぞ!! 早いもん勝ちだ!! 我こそがアシュハ帝国皇帝にふさわしい!! そう思うものは名乗り出ろ!!」


イリーナと観客席はもはや罵声の浴びせ合いだ、収集がつかないと判断したヴィレオンがドラを鳴らさせる。


「あれ、どうしたの?! 一人もいないのかよ!! できない人間をとがめる以上は正解がわかるんだろ!! お手本見せてくださいよ!!」


そこでヴィレオンはイリーナを黙らせる。


「見当違いな話だイリーナよ。観衆が正解を示す必要はない、その責は我々が負うものだ!!」


ヴィレオンが力強く言うと歓声が上がる、それは世界中が彼の味方をしているかのよう。


それでもくじけずにイリーナは悪態をつづける。


「ティアンがしくじるのは許せない。けど、自分がなにもできないのは『仕方がない』か?


ボクもよく言うよ、仕方ないってさ。この言葉はすべてを正当化してくれるもんな。


それを行使するのは正当な権利で、追い詰められた人間にとっては便利な特効薬さ。


行使するのは自由だ。けれど、都合が良すぎやしませんか?


仕方ないことなんて、ひとつも、無いッ!!


たとえそれが不可能であろうと、仕方のないことなんかでありはしないんだ!!」


イリーナはすっかり悪役だ。


彼女に罵声の限りが降り注ぐ、それすらをものともしない態度はさらに観衆に憎悪を募らせた。


「──滅ぶぞ、この国は!! ざまあみろっ!!」


「そうはさせん!! そうさせぬために俺は帰ってきた!!」


反動でヴィレオンの株は上がる。


上がる喝采、鳴り止まない将軍へのコール。



「……さて、もう十分だな」


イリーナは言いながら、喝采を浴びるヴィレオンを後目に私と接触する。


「イリーナ、なにをするつもりなの?」


それが彼女にとって何かしらの準備だったことは分かる、それが何かは分からない。


「ティアン。ボクがキミを『不公平な人間だ』なんて言ったから、上に立つ資質がないんだと不安にさせたね。


でも、なにも恥じることはないよ。だってそれは、誰かの横に寄り添うのに必要な才能なんだから」


不公平は誰かの横に寄り添う才能──。


「……やめてよ。わたくしはいまなにが起きているのかを知りたいの、そんな遺言みたいなことを言わないで!」


懇願するとイリーナは優しく微笑んだ、そして私の追求はドラの騒音にさえぎられる。



「「これより、皇女ティアン、及び剣闘士イリーナ!! 二名の処刑を開始する!!」」


ヴィレオンの指示に従って兵士たちが一斉に処刑の開始を宣言した。


熱狂する観客席はイリーナへの憎悪に充ちている。



「ヴィレオン将軍、処刑方法についてボクから要望があるんだけど?」


兵士たちが取り囲んでいく最中にイリーナが申し出た。


命乞いではない時点でそれは観客の興味を引いた。


不可解行動の意図をヴィレオンは確認する。


「言ってみろ」


イリーナは「ありがとう」と、謝辞を述べて要求を口にする。


「ここは闘技場だ、だから処刑方法はヴィレオン将軍、あんたとの『決闘』を提案する」


ここに来て私はようやくイリーナの狙いを理解できた、そして大いに驚愕させられた。


ここまで、あらゆる妨害から口頭での観客の説得は不可能だと確定していた。


イリーナは観衆の説得を断念せざるを得なくなり作戦を変更、『味方を得る』ことから『敵を作る』ことに切り替えた。


観客に対して悪態をつくことで彼等にとっての正義と悪を明確にし、正義と悪の対決を演出。


それによって、このコロシアムを『処刑場』から『決闘場』へと誘導したのだ。


現在のヴィレオンは観衆にとっての明確なヒーローだ。


イリーナに対する、つまりは悪に対するフラストレーションもたまっている。


この状況で取り押さえられた少女を速やかに処刑する場面と、正義の将軍が憎き悪を打ち倒す場面。


どちらがより楽しめるか、気持ちが良いか──。



「受けろぉぉぉ!! ヴィレオン将軍!!」


案の定、客席からはそういった声が上がる。


それは彼女に対する敵意か、あるいは信頼か、これは『英雄VS英雄』夢の対決カード。


イリーナが仕上げの一押しをする。


「それとも、ボクが怖いのかな?」


ヴィレオンにとってもはるか格下を相手することで更なる人気の獲得が狙える、それは今後の国を護っていく力になる。


釣り餌は美味しい。


処刑場である限り『口論』はさせてもらえない、しかし闘技場ならば『決闘』をさせてもらえる。


そこにしか活路は無い、それこそがイリーナの狙いだった。


そして私たちは勝負の権利を得た。



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