五場 デッドエンド


わたくし達はとうとう二人きりになってしまった。


オーヴィルがいれば場所を選んで城壁に乗り上げたり、見張りを蹴散らしての正面突破もできたに違いない。


けれどいまは二人きり──。


わたくしの身体能力で城壁を越えるのは困難だと城門へと向かう、門衛塔など見張り窓の死角を闇にまぎれて進んだ。


平時ならば門番を言いふくめて外に出ることも可能だったろう、しかしヴィレオンが対策をしていないはずもない。


八方から出口に向かって輪を縮めるような包囲で追っ手が迫っていた。


城門へと辿り着いたのは自力ではない、兵士たちに追い込まれるかたちで通路へとおびき出された結果だった。


ついに私たちは兵士たちに取り囲まれる。


五人が十人、そして十五人と増えていき、状況を絶望的なものへと変えていく。



取り囲む兵士たちに向かってイリーナが叫ぶ。


「陛下の命が惜しかったら、おとなしく道を開けろっ!!」


苦肉の策にしてもあまりにも稚拙な悪あがき、イリーナが私を傷つけられないことなんて周知のことだ。


ほどなくヴィレオンとメジェフが合流して立ち塞がり、誘拐ごっこの終了を告げた。


兵士たちを包囲陣形で待機させ、ヴィレオンが目前まで迫る。



「気は済んだか?」


いつもどおりの険しい表情、落ち着いた、それでいて厳しい声色。


家族ほども過ごした私にさえ平常心なのか怒っているのか、その感情を読み取ることは難しい。


イリーナは私のまえに進み出て啖呵を切る。


「済まないしっ!! 逆転の手立てを考えているっ!!」


力強く宣言したが、つまりは万策尽きていた。


ヴィレオンは雑談もなく単刀直入に告げる。


「イリーナ、キサマを女王誘拐の罪で極刑に処する」


簡潔な死刑宣告だ。


「ヴィレオン将軍、その決定は認められません」


当然、わたくしはそれに反発した。


ヴィレオンはそれを聞き入れない。


「俺はこれまで判断を誤れば十万の兵が、そして百万の民衆がその巻き添いになる。そういう任務をまっとうしてきました。


それゆえ、いかなる時でも私情による例外を作らないように心掛けています」


それは指導者としての正しい姿。


「しかしアナタはハーデン・ヴェイルに対し、人は感情によって動くのだと処断を下したではないですか。


どうか、イリーナを許してあげて」


わたくしは自らがためにした彼の暴走を引き合いに例外の判断を求めた。


「私も完璧な人間ではありません、非は認めます。しかし、ご自覚なされよ。本来、アナタが断固たる姿勢でこの者の処刑を言い渡さなくてはならないのですぞ」


ヴィレオンの言い分はわかる、自分の発言が公平性を欠いた贔屓でしかないことも。


そして、それを譲れないからと駄々をこねているだけであることも。


それが女王としての資質の無さの証明──。


「わたくしには、できません……」


「陛下が未熟であること、そこに罪はございません。それゆえ、恐れながらも間違いを容認せずに正すことこそ我々の使命と存じ上げます」


それでも出来ないのだ、わたくしからイリーナに死罪を下すことだけは。


「わたくしは女王としての使命をまっとうすることが出来ません。


それでも強要されるというのならば、わたくしは女王を辞退します」


包囲する騎士たちがざわめく。


「なんということを……!」と、メジェフがその場に崩れ落ちた。


本当に、私は期待を裏切ってばかりだ。


成果を出せないことじゃない、人の期待を裏切ることが怖い――。


フォメルスごっこをした時か、イリーナがそう言っていた。


当時はピンと来ない言葉だったけれど、いまはそれを実感できる。


胸が締め付けられて苦しい。


沈黙──。


わたくしはヴィレオンをじっと睨み付けた。


「もう、わたくしには自身以外に人質に取るものがありません。イリーナを殺せば、わたくしはそのあとを追って自刃すると言っているのです」


「……なんと愚かなことを。たかだか個人のために我々の忠義を裏切り、アシュハの民衆すべてをお見捨てになるおつもりか」


残念ながら、そうなるのだろう。


ヴィレオンとの睨み合いが続く。一歩も引かないこと、それが私にできる唯一の戦いだ。


硬直状態を解いたのは兵士をかきわけて登場した一人の騎士だった。


その騎士をヴィレオンが叱り飛ばす。


「ニケ上級騎士! 失態だぞ!」


「いやぁ、あの竜殺し野郎が手にあまりまして、めんぼくないでした」


本来、わたくし達を捕らえるのは彼女たちの仕事だ、任務の失敗を誤魔化すようにニケは腰を低くして兵士の列に加わる。

 

そして、わたくし達を視界におさめて一言。


「捕まったんじゃあ仕方がないね……」


彼女のわずかばかりの情けを私たちは活かすことができなかった。


彼女にイリーナがたずねる。


「ニケ、オーヴィルは?」


対してニケは言いよどむ。

 

そして数度首をひねって「……うん」と、覚悟を決めたような素振りのあと、普段よりすこしだけ低いトーンで告げる。


「死んだよ。ニケがトドメを刺した、ごめん」


オーヴィルは死んだ──。


イリーナは言葉を失う。


「──それで、アルカカも重傷さ。二人がかりにした判断は正解だったと思ってる」


わたくし達へとも、上司への報告とも取れるそれを受けてヴィレオンが詰問を再開する。



「抵抗をつづけるか?」


「いいや、ボクの負けだ……」


ニケの報告は残り少ない気力を削ぐのに充分だった。


わたくし達がすがれるものはもはやお互い以外になく、それはあまりにも非力だ。


「──ボクはルールを犯した、失敗すれば罰を受けることは理解してる」


降参を宣言するとイリーナはこちらに向かって手を差し伸べた。


わたくしはそれをつかみ返す。



「陛下、これ以上は申しません。お戻りください」


それがヴィレオンの最終勧告、私は即答する。


「イリーナの行くところが私の居場所です」


死ぬのは不本意だ。でも、恐くはない。


イリーナのいなくなった時間を過ごすことの方が遥かに恐ろしい。


ヴィレオンは決断する。


「いいだろう。望み通り、国家反逆罪で二人ともおなじ所へ送ってやろう」


その時、違和感を覚えた。


結論を言いわたした際に彼の鉄面皮がわずかにゆるんだのを見とがめる。


「なにか、おかしいですか?」


笑った自覚がないのか、ヴィレオンはキョトンとする。


些細な差異を見逃さなかったのは、わたくしにとって彼が特別な存在だったからこそだ。


──わたくし達に厳罰を告げたことで安堵した?


ヴィレオンは白状する。


「思いのほか上手くいったと思ってな」


なにを指しての言葉なのか、わたくしには理解できない。


「おまえ達に見せたい物がある、決別の手土産だ」


指示すると兵士がなにかをヴィレオンに手渡した。


それは黒騎士が装着していた禍々しい兜──。


「それを、なぜアナタが持っているのです……?」


尻込みする私に反して、ヴィレオンはスラスラと語り出す。


「特徴的な装飾の兜だが、これはラクサ地方で一時期流行ったものだ。弱小国の兵士をその異様で威圧、戦意喪失させ無血開城させたという伝承がある」


形になりつつある不快な予感に目眩を覚える。


──いやだ、いやだ、いやだ。


頭の中が真っ白になる私に変わってイリーナが指摘する。


「くわしいんだね」


「最近まで俺の勤務地だったからな」


それは自分こそが黒騎士の正体であるという自白だった──。


ハーデン騎士団長を独断で処刑したときにらしくないとは思った、しかしあれが正体を隠すためだったとすれば違和感はない。


──でも、なんで?


動機がわからない、なぜ黒騎士に扮して暗躍していたのか、ヴェイル親子に加担して仲間たちを暗殺したのか。


おまえは女王に相応しくない──。


黒騎士はそう言っていた。


──ああ、そうか。わたくしはこの人からとっくに愛想をつかされていたんだ……。


わたくしが即位したあとで皇国は総崩れになってしまった。


民衆同様、それが護国の騎士には耐えがたかったのだろう。


ここでイリーナを切り捨てられない私と比べたらハーデンに肩入れした方がマシだと、きっとそう考えた。


「嘘だと言ってください……!! お願い、嘘だと言って……!!」


わたくしは泣き崩れていた。


裏切りや非道に対して怒りでもなく憎悪でもなく、あふれでた感情は悲しみ一色だ。


「アナタだけなのに……!! わたくしを、アナタだけだったでしょう!!」


言葉すらも正確につむぐことができない。


ほかの誰が裏切り者であることよりも堪えがたく、わたくしはただ咽び泣いた。



「……盗賊ギルド『猫の手』だったか、この事は奴らにも伝えてやるといい」


ヴィレオンはイリーナにそう伝えると兜を兵士へと放り、わたくし達の拘束を命じる。


黒騎士の正体を探っていたスタークスたちはすでに始末されてしまったのだろう。


ヴィレオンはその場の者たちに伝える。


「この場で刑を執行すれば謀殺を疑う者も出てくるだろう。公開処刑をもってその意義を周知させることとする。


日の出と同時に伝令を出し、公開処刑の執行を伝達せよ。場所は最適と判断し閉鎖中のコロシアムにて行う」


すべての謎が解け、すべての希望が潰えた。


そして私たちはふたたび殺戮のコロシアムへと帰る――。



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