五場 邪眼


休息を経て、調査隊は今後の方針についてはなしあった。


神殿の最深部をいきどまりと判断して引きかえすか、べつの場所をいちから探索するか──。


進む判断をするのは簡単だ、けれど帰り道もおなじ距離を歩いてモンスターと戦わなくてはならない。


終点は冒険のおりかえし地点、引き際をわきまえ余力をのこして調査を終えなくてはならない。


本当は魔具が見つかるまですみずみを探索したい、けれど広大な敷地を掘り返していたらキリがないことは理解している。


十年単位の作業になるかもしれないし、徒労に終わる可能性だってある。


──ここで引きかえす判断をするべきなのは分かりきったことだ。


どちらにしても手がかりがない状況での続行はありえない。


わたくしは最後と前振りして提案する。


「なにも無ければあきらめます。もう一度だけ、この広間を調査していただけますか?」


手がかりが見つからなければ帰還、そう納得させて調査を再開した。



結論、手がかりはあった──。


わたくしが必死に【古代神聖文字】から魔具の在り処にかかわる記述をより分けていたら、下層への入口を発見したと報告を受けた。


あわてて駆けつけると、それは広間に隣接した事務室を経由した裏庭に口をあけていた。


走ったからか、それが正解であると確信したからか心臓がはげしく脈動する。


ほどなく偵察としてもぐっていた数名が帰還した。


彼らの報告ではこの先に明かりはなく、神聖文字による誘導も見当たらない。


「このさきは完全に迷宮ですね、どれくらいの規模なのかまったく見当がつきません」


地下迷宮にてデーモンの封印はおこなわれた──。


そう伝えられ、ここに迷宮がある。


螺旋階段、教団の廃墟、神殿とここまでの道のりは遺跡でこそあれ迷宮ではなかった。


ささいなことと気にとめなかったのだけれど、こうなると【聖騎士の遺産】の存在感が増してくる。


問題は、まったく未知の迷宮にいまから挑戦する気力が隊の皆にのこされているかということ。


「……後日に再調査、ということになるでしょうか?」


断腸の思いでその言葉をしぼりだした。


つぎはこれを想定した専門家をつのり時間をかけて調査すればいい、それがリーダーとしての正しい判断。


明日にはマウ王国が戦線を突破し領内に進行し蹂躙するかもしれない。


黒騎士によるあらたな犠牲者が出るかもしれない。


民衆の不満が爆発して国の舵取りが不能になるかもしれない。


それでも、ここで全滅するよりは……。


そう自分に言い聞かせているとサンディがつぶやく。


「最短での距離はそんなになさそうですね」


──ん?


意味がわからず振り返るとサンディは地図をひろげてそれを確認していた。


「それはなんですか?」


「地下迷宮の地図です」


そうじゃなくて。


「──魔力もそこそこ回復しました!」


いや、そうじゃなくて。


「その地図はどうしたのですか?」


そんなことでいちいち声をはりあげたりはしないけど、わたくしがした葛藤の意味!


「大聖堂跡を整理していたときに発見したんです。やった! って私、勝利を確信しました」


「……なぜ突入まえに提出しなかったの?」


「いざ地下にきたら迷宮なんてなくて、ぜんぜん関係ない場所の地図持ってきちゃった! って、恥ずかしくなって隠してました!」


てへっと舌を出す。


「──ティアン様、私かわいいですか?」


無視する。


「それがこのさきの地図なのですね?」


「さあ、照らし合わせたらわかるかと」


──心臓つよいですわ!



とにかく、地図の存在のおかげで引きかえすわけにはいかなくなった。


最低限、一致するかを確認しなくてはならないし最深部までけして遠くないことがわかったのだから。



調査隊はさらに下層へと迷宮を進む──


分かれ道を二本ほど進めば地図と一致していることが確認できた。


これで目的地へ直進することができる。


「私、お手柄ですね!」


たしかに地図があれば迷宮もながい通路と大差がない。


道中なんだか分からない形容しがたいモンスターの数々と遭遇があった。


しかし騎士たちの敵ではなく積極的に戦闘に参加したニコランドも強力な戦力だった。


頼もしいけれど依然その正体は謎につつまれている。


そして戦闘以外では相変わらずたてかけたホウキのように片隅にじっとしていた。


──わたくし達が帰ったあと彼はどうするのだろう、この地下遺跡で暮らしていくのだろうか。



なにはともあれ調査隊は順調に進行し目的地まで四分の三ほどに迫っていた。


洞窟を抜けると地図に記載されているとおり円状の空間に突き当たる。


塔の内部のような構造で湾曲した壁にそって下へと階段がつづいていた。


さらに地下へ地下へという構造だ。


身をのりだして底をのぞく、真っ暗でなにも見えない。


──魔界にでもつながっていそう。


そう考えていると騎士の一人が松明をふきぬけの中心に放り投げた。


炎が暗闇に吸い込まれていく。


すこしして松明が床をたたくかすかな音が反響した。


騎士は「たいした深さではないですね」と言った。


地下空洞の階段にくらべて足場がせまくて不安定だ、わたくし達は注意しながら下っていく。


暗がりの縦穴には奈落に落ちていくような不穏さがある。


ああ、大冒険だな。なんて、いまさらそんなことを思っていた。


のるんッ──。


暗闇にひそんでいたものに気付いた。


ちがう、それはなんの前触れもなく中空にあらわれた。


視線の高さ二十センチ前方、樹木の根っ子かと錯覚する。


けれどそれは壁からではなくなにも無い空間から突き出し、蛇のようにうねった。


──!?


状況の整理に失敗した脳が体の自由をうばう。


根っ子もどきは眼前でヨダレでもこぼすように粘性の液体を滴らせる。


そして身じろぎすると表面にある皺が一斉に裂けた。


「きゃあぁぁぁっ!!!」


わたくしは絶叫した。


それによって金縛りから解放され、腰を抜かして地面にへたりこんだ。


裂けた無数の皺のなかにはびっしりと球体が詰まっている。


眼球だ、眼球がいせっいにギョロギョロとむき出しになった。


「イービルアイです、たぶん!」


サンディが叫んだ。


──なんでしたっけ?! それって、なんでしたっけ?!


パニックに情報が錯綜、モンスターの襲撃であることだけは理解できた。


ここまで異質な存在をいろいろ見てきたけれど、今回のそれは群を抜いて意味不明だ。


騎士たちはとっさに気色のわるいニョロニョロを打ち払った、それは強い弾性を発揮して刃を跳ね返す。


──二、三、五、十、二十!?


無数の眼球をはりつけた赤黒い芋虫のような物体が壁、床、そして空中に無数に出現し、ピチピチとはじけた。


粘性の液体をまき散らし、ため息のようにガスを吹き出している。


暗闇で全容を把握できないことも想像をかきたてて地獄のような光景だ。


ワームの表面にある眼球が閃光をはなつと、それが凪いだ線上が石膏のような材質へと変化する。


「おおおおおおッ!!!」


応戦していた騎士の一人が悲鳴を上げた、彼の膝から下が石膏像のように凝固し地面に張り付いていた。


石化光線──。


その事実にうろたえるいとまもなく、追い打ちの光線が騎士を完全な石像へと変えてしまった。


「ティアン様──!?」


腰をぬかしたわたくしにサンディが駆けよろうとしてワームに弾き飛ばされる。


そして階段を転げおちて暗闇に消えていった。


「サンディ!!」


それは一瞬の出来事。


騎士団はワームの何匹かを撃退しているが、倒したところで次がわいてくる。


無限とも思える物量にとても対処しきれない。


石化する者、階段から落下する者、さきほどまで一人の欠員もださずに万全だった騎士団が総崩れになっている。


四人、五人と石化するうちに全滅が脳裏をよぎった。


「誰か……!」


絶望にうずくまったわたくしのもとに後方からニコランドが駆けつける。


「──ニコランドさん!」


彼はむらがるワームを双剣でかき分けるように切断しながら走った。


あと数歩というところまできて、わたくしはすがりつこうと手をのばす。


彼も反応して長剣を逆手にしてこちらへと手をさしだした。


刹那、地面が消滅して世界がひっくり返った――。


ワームがわたくしの足をからめとったつぎの瞬間、吹きぬけの中央へと放り投げていた。


浮遊感──。


声を失う一瞬があって、落下と同時にせきを切るように悲鳴をあげる。


「キャァァァァァァァァッ!!!」


暗闇のなかを落下する、心臓が口から飛び出そう。


地面に叩きつけられる衝撃を脳がシミュレーションして、その恐怖にわたくしは死を覚悟した。



「――ふぐっ!?」


落下の衝撃にうめいた。


──胸が!


地面に手をついて心臓を破壊しにかかる鼓動をおさえるべく呼吸をととのえる努力を繰り返す。


「……くはっ……くっ……ふぅ……!」


寸前のところでショック死をまぬがれた。


確認したとおりたいした深さではなかったみたいで、背中から肩にかけてつよい痛みがある程度で命は無事だ。


それでも落ちかたがわるければ命を落とす可能性は低くなかった、そう思える落下時間と衝撃があった。


運よく死ななかっただけ──。


前方に灯りが点っている。


投げ落とされた松明がまきつけた布の油を燃やしてまだ灯りを維持していた。


「……みんな、は――ヒッ!?」


松明の灯りにかるく安堵しかけた直後、わたくしはそれが照らしだす異形のすがたに言葉を失う。


それは直径にして約三メートル、ミンチ肉をこねてつくったような球体。


縦三メートルはたいした高さではないのかもしれないけれど、球体であるそれの体積は生物としては巨大だ。


その三分の一は眼球が占めており、調査隊を襲撃してきたワームが無数に表面を泳いでいた。


──気持ちわるい。


率直に言ってそれ以外の感想をいだく余裕もないくらいに不気味な生物だ。


これがイービルアイ──。


独立した生物の群れと錯覚していたものは、どうやら巨大な眼球を本体にした触手のようだ。


それがどうゆう原理か、空中に溶けて消え、切断されて戻ってくると新しい触手の再生を繰り返している。


騎士たちを襲っている触手はここからなにもない空間を通ってとどいているらしい。


幸か不幸かわたくしは敵のふところに入り込んでしまった。


これを破壊すれば触手による攻撃はとまる。


──でも、どうやって?


殴りかかったところで巨大な球体を破壊できるとはとても思えない。


けれど一刻もはやく止めなければ、部隊はいまも攻撃にさらされ続けているんだ。


躊躇している場合じゃない。


わたくしは勇気をふりしぼって球体、イービルアイにむかって駆けだした。


動線上にある松明をひろいあげ「熱っ!?」と、取り落としそうになりながらなんとか回収。


炎を弱点とおぼしき巨大な眼球めがけ「はいっ!」と、緊張感の足りないかけ声とともに振りおろす。


しかし攻撃は不発に終わった──。


巨大な眼球からはなたれた閃光に照らされたわたくしは金縛りにかかり、いっさいの身動きが取れなくなってしまった。


恐怖で足がすくんだとかではなく、魔術的な強制力が働いて体がうごかない。


足もとから撃ち出されたかのように触手が飛びだした、それらはわたくしの全身をからめとる。


強い締めつけに肋骨がきしむ。


──いたい、くるしい!


触手はわたくしを持ち上げると本体である球体へとはこぶ。


眼前で球体がいきおいよく縦に割れた。


「ひあっ!?」


それは口だ、真っ二つにさけた球体のなかは鋭い牙でびっしり埋め尽くされている。


もはや見る以外のいっさいを縛られた状況で、口と目のあいだに鼻らしき気孔も見てとれた。


どろりとした巨大な舌が虚空を舐める。


──ああ、食べられる。


恐ろしさと同時に、これで肩の荷が降りる。そう考えてしまう自分もいた。


そんな自分に失望する。


わたくしはコロシアムに閉じ込められていたときからなにひとつ変わっていない。


必死になってあがいた二年の無意味さに絶望する。


「イリーナ……」


グロテスクな生物から目を逸らして、愛する人の名を口ずさむ。


そのとき、落下物がイービルアイを直撃した。


「──!?」


そのあまりのダイナミズムに驚愕し、目をみひらいてそれを凝視した。


それはニコランドだ。


階段から飛びおりた彼がイービルアイに着地した。


そして二本の長剣を逆手にし、両方を渾身の力を込めて巨大な眼球に突き立てる。


暴れる球体にふかく、ふかく、刃を埋め込んでいく。


それが根元に達したとき、イービルアイの絶叫が地下迷宮を駆け巡った。



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