四場 つかの間の休息
大聖堂跡の地下遺跡は想像しいてたよりもはるかに広大だった。
地下へとつづく階段を延々とくだって封印の扉をくぐると、そこは巨大な地下空洞になっていて悪魔教団の町が廃墟として残っていた。
リビングデッド事変で多くの犠牲をだした首都の地下は精霊たちが負のエネルギーに感化されて暴走し、死肉をむさぼるグールたちの巣になってしまっていた。
母屋の地盤に害虫がわいていることに取り返しがつかなくなるまえに気づけたのは、家主にとっては不幸中の幸いなのかもしれない。
──わが家は上も下もボロボロね。
デルボルトの暴走があったのは神殿の最深部だった。
数十メートルの奥行きがある大広間、デーモンが召喚され十二人の聖騎士と戦闘があったとしたらここ以外には考えにくい。
戦闘は神殿の外でおこなわれたのかもしれないけれど、召喚はおそらくこのような特別な場所でおこなわれたはずだ。
無関係ならば魔術の灯りでわざわざ誘導する意味がない。
なのに目的の魔具が見当たらない──。
「グールたちがどこかへ持ちさってしまった可能性は……」
わたくしは焦りにかられて独りごちた。
【古代神聖文字】の誘導にしたがって来たはずが、これでたどり着かないようであれば手がかりを失うことになる。
この広い空洞内の数多ある建築物をしらみつぶしというわけにはいかない。
──どうしよう。
このまま成果を得られずに引き返すことになるのはいやだ。
自分本位な心配をしていると、デルボルトの負傷を回復しおえたサンディが魔力の枯渇を訴えた。
──こんなとき、わたくしが以前のように【治癒魔術】をつかえれば役にたてたのに。
聖堂騎士団のように騎士の一人ひとりが術を習得しているわけではない。
【治癒魔術】をかいた状態での散策は危険と判断したダーレッドは休息をとる判断をくだした。
調査隊は非常食で空腹を誤魔化すと各々に休憩を開始した。
探索を昼から開始し、体感的には夜になっていてもおかしくないが正確なところはわからない。
『謎の剣士』ことニコランドはわたくし達と一定の距離をおいてついてきている。
近づけばはなれていき、遠ざかれば近づいてくる。
それを騎士たちは鬱陶しげにしていた。
見知った仲間でさえ変貌する場所で謎の存在を警戒するのは仕方のないことだろう。
けっきょく彼は名前以外の情報を開示せず、去る様子もないので放置するほかにない。
皆すぐに静まり仮眠をとる者もすくなくない、休憩を有効活用しているようだ。
わたくしといえばあきらめがつかずに室内に手がかりを探しはじめる。
構造からもやはりこの場所になにもないとは思えなかった。
いや、あって欲しいという願望を捨てられない。
わたくしが壁に書かれた文字を探していると、その数メートル後方をニコランドがついてくる。
ふりかえるとやはり距離をたもって立ち止まった。
「わたくしを護衛してくれるのですか?」
返事はない。
全身を隠して二本の長剣をふりまわす謎の存在に、不思議なことに警戒心はわいてこない。
そこへダーレッド騎士長が介入してくる。
「陛下、交代で見張りを立てております、安心してお休みください」
危ないからうろちょろするな。と、そう言いたいのだろう。
わたくしも協調性のない行動だとは自覚している。
「ありがとうございます。しかし、皆さんに比べたらわたくしの疲労などたかがしれています」
「なにが起きるかわかりません」
そう言ってダーレッドはニコランドの方をチラリと確認した。
作戦行動中、隊長の指示にしたがわないのは許されない行為だ。
それでも次の指針を定めるまえになにかしらの手がかりを見つけなければ探索は打ち止めになりかねない。
任務続行の意思を確認しようとわたくしはダーレッドの様子をうかがう、ニコランドを警戒している彼は険しい表情だ。
緊張をほぐそうと話題を変えてみる。
「今回の調査に同行できて良かったと思っています」
ニコランドを睨みつけていたダーレッドがふりかえる。
「なぜですか?」
「騎士団の能力を疑っていたわけではありませんが、その働きをこんなにも実感できたことはありませんでしたから」
そばに仕えていたのはレイクリブくらい、城に閉じこもって報告を受けるだけの日々だった。
わたくしが椅子に座っている時間、騎士たちは体をはっている。
当たり前のことだけれど、こうして目のあたりにすることでより実感ができた。
「もったいないお言葉でございます」
ダーレッドはうやうやしく頭を下げる。
「──私の能力不足により陛下を失望をさせたのではと戦々恐々としていたところです」
それは意外な一面だ。
ダーレッド騎士長はこれまでなにに対しても尊大にふるまっていた。
偉大な父を持ち、優遇されているとはいえ任務を順調にこなして出世し、きっと挫折を知らない自信家ゆえの態度。
それが、不遇な環境からはい上がってきたわたくしの仲間たちには不評なのだろうと勝手に決めつけていた。
わたくしは若干あわてながら取りつくろう。
「部隊は素晴らしい働きぶりでした、なぜそのように思うのですか?」
たしかに専門分野においてはサンディの活躍が際立っている、だからといって騎士団が力不足だなんて思わない。
あれだけのモンスターの襲撃をしりぞけて一人も欠かずにわたくしも無傷、それは隊長である彼の功績と言えるだろう。
「私の騎士長の地位は人手不足にかこつけたもので、復興の大事に騎士団長である父が連携の取りやすさからねじ込んだにすぎません……」
ただ身内びいきをしたわけではなく、有事ゆえにそれが合理的だった。
仲間たちはその優遇をあしざまに言っていたけれど彼にとっても良いことばかりじゃない。
縁故採用という評価の若者にかかる任務の重圧はきつかっただろう。
若くして自らよりも経験、実績のある人間を従わせなくてはならない、慢心できるはずがない。
「──そのおかげで大分鍛えられましたが経験不足を痛感する日々です」
ダーレッドは異例の大出世を喜んでいるとそう思い込んでいた、しかしそれは誤解だったのかもしれない。
未熟なわたくしが皇国の最高権力者として無力に苦しんでいるのと同様、彼も身の丈にあわない地位とその重責に苦しんでいる。
その感情はとてもよく理解できた。
「共感します、役割をまっとうするに足る力の不足をわたくしも感じていますから」
それを補うためにここまで来たのだから。
「お恥ずかしいところを見せてしまいました、この話は内密に」
若き騎士長は弱味を見せたことを恥じる様子でそう言った。
普段の態度はみずからを奮い立たせるための強がり、肩書きにあわせた背伸びなのだと考えればなんだか可愛らしくも思えてくる。
「あっ、ティアン様、見つけた!」
ダーレッド騎士長と談笑しているとサンディが割り込んできた。
「サンディ、あなたはすみやかに急速をとってください」
この休憩は彼女の魔力の回復待ちをかねているのだから。
「こんな地面の固いところ、ティアン様みたいなやわこいものに寄りかからなくては寝れないです」
「主君を枕みたいに……」
不満を訴えるわたくしの腕をサンディは強引にひっぱった。
それをダーレッドが呼び止めてたずねる。
「修道士サンディ。さきほどの杖だが、あれはキミにしかあつかえないものか?」
サンディは即答する。
「いえ、ティアン様いがいなら誰でも使えますけど」
「なぜそのような言い方をするのです!」
それではわたくしがよっぽど不器用みたいではないか。
「発動には使用者の魔力が必要だからですよ」
「意地悪ですわ……」
そう言われては仕方がない、わたくしは魔力を循環できない女なのだから。
生物は基本的に魔力を自然と循環させているものである。
魔力循環の効率は専門家である魔術師にとおくおよばないが、魔術師でなくとも魔具の使用は可能だ。
ホーリーワンドは誰でもあつかえる──。
それを確認してダーレッドは提案する。
「ならば私にあずけてはくれないか」
「ええーっ、自分の活躍の場を増やしたいだけですよね?」
「貴重な魔力は【治癒魔術】に割いてもらいたいと言っているのだ」
現状、それができるのはサンディただ一人だ。
一度あからさまに拒否したけれど、理由に納得すると彼女は「……確かに!」と、すんなり魔術杖を手渡した。
特定の対象にはぜつだいな効果を発揮するけれど人体には無害な道具、ナイフを渡すよりも気軽な様子だった。
「さあティアン様、あちらで休みましょう!」
「あっ、そんなに引っぱらないでください!」
この時点で理解した。彼女は単にわたくしとダーレッド騎士長をひきはなしにきたのだと。
サンディは中央あたりの柱にわたくしを座らせると毛布を共有して寄りかかってきた。
「サンディ、わたくしはもう少し……」
魔具の調査をつづけたい。
サンディの魔力が回復するまでになにかしらの手がかりを得られていなければ、調査を中断して戻らざるをえないのだから。
「ダメです。目を覚ましたらダーレッド卿とくっついてた! なんてことになったら悔やみきれませんからね」
「そういう話の流れじゃありませんでしたのに……」
それが杞憂であることをサンディに伝えた。
騎士長はわたくしを口説きにきたというより、ニコランドを牽制しにきた様子だった。
会話の内容も誇示というよりは懺悔、格好をつけることなく弱みを見せてくれて好感がもてた。
「あまいです! 男に前ぶれなんてありませんから、気をゆるめたつぎの瞬間にはセックスですから!」
「セッ?」
よく分からなかったけれど、サンディは実感のこもった表情で拳を握りしめている。
「とにかく、男は大概そうなので油断はきんもつってはなしです!」
そう言いながら彼女は毛布にくるまるってその身をわたくしに預けてきた。
今日あんなにも頼りになった背中は身近な人々のなかでもひときわ小さい。
この体からよくあれだけのエネルギーが出たものだと感心させられた。
「私は正直、ティアン様のことを主君とは思っていなくて」
「おっ、謀反ですか?」
主君と思われていないのは枕あつかいされていることで証明された。
「よくできた妹みたいに思っています」
そう言って顔をのぞき込んだあと「かなり年下の」と、付けくわえた。
「よくできた。が、かなり年下の。で相殺されているので、もう妹みたいに思っているで良いのでは?」
「良い指摘です。そういう部分の成長もふくめて見守っていきたい、お姉ちゃんとしては」
太腿と体のあいだに押し入ってきたサンディの頭をなんとなく撫でる。
犬か猫にそうするみたいに。
「いい匂いがします……」
そうつぶやいてサンディは心地よさそうにまどろみはじめた。
なんだか懐かしい感じだ。
「わたくしは両親を失ってひさしく孤独でした。そんなときに出会ったイリーナがなんでも許してくれたので、あの距離感が当たり前ではないのだなぁと……」
まとまっていないので断片的な言いまわしになってしまう。
「エッチな話ですか?」
「ちがいます、サンディみたいな接し方はむしろ安心するというはなしです」
長らく人とのかかわりを遮断されていたわたくしは、解放後に努めて人との距離をとっていた。
悪い奴らに利用されないでね──。
みたいなことをよく言われたというのもあるけれど、根本的に自分に自信がないからだ。
判断をあやまったり、人と違うことを指摘されたりするのが怖かった。
なので、スキンシップをとるのはイリーナが消えて以来一年ぶりだ。
なんだかしみじみとしてしまう。
こうしていると焦りだとかが溶けて消えていくみたいだ。
その原因となる憎悪だとか恐怖だとか使命感だとか、それすらも浄化されていくように思えた。
──無垢なんだな、サンディは。
幼いころから我が身の不幸を呪ってここまできた、そんなわたくしなんかよりもずっと純粋だ。
「これだと、わたくしの方がお姉ちゃんっぽくないですか?」
そう語りかけたときにはサンディはふかい眠りにおちていた。
──前言撤回、この娘はけっこうズルいところもある。
貴重な治癒術師の魔力回復をじゃまするわけにもいかず、わたくしは彼女の思惑どおり身動きが取れなくなってしまったのだった。
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