三場 異形の双剣士
デルボルトが獣じみた奇声をあげて『謎の剣士 』に襲いかかる。
気高き騎士からかけはなれた獰猛な形相に人間を軽々と放り投げる怪力、なにかしらの強制力が働いていなければ説明がつかない。
怪物と化した、そう言ってしまって誇張はないであろうデルボルトの苛烈なまでの攻撃を『謎の剣士』は真っ向から受け止めていた。
剣士は騎士たちと比較して平凡な、むしろ細身ともとれる体格だ。
それでいて重量のある長剣を二本、片手で一本ずつ不足なく扱えているように見える。
その素顔は目深に被ったフードで隠されており何者かは確認できない。
人間ばなれした俊敏性と怪力からはなにかしらの亜人種である可能性も考えられる。
彼はこちらに対して一言の声かけもなく、とつぜん戦闘を開始した。
わたくし達に加勢してくれたのか、デルボルトを敵対視しての行動なのかはわからない。
怪物同士の激突──。
『謎の剣士』もデルボルトと同様の状況下にあるのかもしれない。
間隙を縫ってすみやかに怪我人を回収すると、わたくし達は二人の対決をとおまきに見守る。
騎士の一人が「どうしますか?」と指示をあおぐと、ダーレッドは歯切れわるく「待機だ!」と隊を押しとどめた。
このまま成り行きを見守るという判断のわけをたずねる。
「待機ですか…?」
デルボルトが正気を失っているとはいえ、見方によってはなぞの人物に襲われているともとれる。
隊の仲間が『謎の剣士』に殺されてしまうかもしれない。
「うかつに手をだせば標的が変わる危険があります、犠牲をださずにあれを無力化するのはむずかしい」
下手にさわって二人ともを敵にまわしてはたまらない。
制圧、あるいは撃退するまでに何人が犠牲になるかわからない。
デルボルト一人を助ける以前の問題だ。
「けれど、このままでは……」
手をこまねいていられるのは『謎の剣士』が拮抗しているからだ。
デルボルトが勝利すればこちらへの攻撃を再開するだろうし、『謎の剣士』が勝利した場合もその矛先がこちらを向かないとは限らない。
騎士のひとりがダーレッドに提案する。
「いまのうちにこの場をはなれてしまっては?」
「しかし、最強の手札であるデルボルトを失うのは惜しい」
軍隊としては当然のことかもしれないけれど、見殺しにするか否かの判断をするのに能力の有無を加味したことにはすこし引っかかった。
「──二人が削りあってギリギリまで疲弊したところで仕掛けるぞ」
そのとき騎士たちの治療に区切りをつけたサンディが動いた。
隊のなかからデルボルトたちに向かって一人だけ突出する。
「サンディ!?」
わたくしの制止にも耳をかさず、激しくあらそう二人に接近すると杖をかまえた。
馬車での移動中にもてあそんでいた術式の刻まれた『魔術杖』だ。
そして唱える。
「ホーリーワンド!! 浄化せよ!!」
言葉に反応して杖は術式を解放した、先端から閃光がほとばしりデルボルトをからめとった。
「ぐおぉぉぉぁぁぁっ!!!」
デルボルトが断末魔を思わせる絶叫を発した。
魔術を当てられた仲間の苦しみように皆が困惑したが、サンディは彼の安全を確約する。
「大丈夫! 人体に害はありません!」
騎士たちはまだどよめいているけれど、わたくしは彼女を信頼することにした。
「あっ!」
一方、『謎の剣士』はどうなったのか──。
魔術のまぶしさ、はげしい炸裂音、デルボルトの苦悶の叫びに気をとられ失念したことにあわてた。
──警戒しなくては!
一時的に見失っていた『謎の剣士』をさがして視界におさめた。
あせっていただけに拍子抜けする。
「…………?」
こちらの危機感に反して彼はどういうわけか数歩はなれておとなしく成り行きを見守っている。
その様子からは暴走したデルボルトとはちがい理性がうかがえた。
しばらくしてサンディが魔術の拘束からデルボルトを解放する。
「熱ッ! なんだ、体のあちこちが炙られたように痛んで……!」
戸惑うデルボルト、その反応からは正常な意識の回復がみられる。
皆が安堵に胸をなでおろした。
「無事か! デルボルト!」
「ダーレッド隊長……」
無傷というには満身創痍だった、傷のほとんどはサンディの魔術ではなく『謎の剣士』との戦闘によるものみたいだ。
「これはどういうことですか?」
わたくしの質問にサンディは答える。
「デルボルト卿は【精霊酔い】をおこしたのです」
精霊酔い──。
「その言葉には聞きおぼえがあります」
本に書いてあった。
精霊たちのおだやかな環境ならば、生物は肉体と精神の両面によい効果を得ることができる。
精神の安定や自然治癒力の促進が見込めるため精霊との対話を得意とするエルフ族、彼らの長寿にも密接にかかわると言われている。
同様に精霊たちの状態が不安定な環境において生物は脆くなる、精神状態は不安定になり病を誘発することもあるらしい。
この地下遺跡では精霊がガーゴイルとして直接的に危害をくわえてくるほどだ、あてられた人間が錯乱してもおかしくはない。
「彼は率先してモンスターを殺生していました、その攻撃本能が増幅されて見境がつかない状態になっていた……」
わかりやすい説明に皆がうなずいていると、サンディが意見をひるがえす。
「──というのは的確ではないですかね?」
「どういうことです!」
歯切れのわるいサンディに肩透かしをくらったわたくしはつい強めに追求した。
「ええと、おそらくは実際に精霊が取り憑いてあやつっていたのかなって……」
サンディは肉体派でおそらく座学の方面では優等生ではなかったのだろう、教わった知識が断片的にはあるが確信が持てるほどではないようだ。
デルボルトは負の力に酔ったのではなく、ガーゴイルそのものだった──。
そう納得したあとにサンディは「たぶん、きっと」と付け加えた。
「こまかいことはいい!」
しどろもどろするサンディにダーレッドが確認する。
「──修道士サンディ、おまえの力で対処可能という認識でよいのだな?」
「ええ、この聖なる杖があれば!」
サンディが誇らしげにそれをかかげた。
それは先日、サンディに教会の資材整理を頼んだときに回収した品の一つ。
「──モンスターを倒したりはできませんが、呪いの遮断や不浄な存在の浄化などに強い強制力を発揮するすぐれた魔術具です!」
ガーゴイルから精霊の干渉を切りはなしたり、リビングデッドの動力たる魔力の干渉を断ち切る効力を宿した杖。
ホーリーワンド──。
聖堂騎士団らしい魔具と言える。
「ならばそれは解決として……」
ダーレッドはすっかり動かなくなってしまった『謎の剣士』のほうを見る。
「──のこる問題はあれだ」
尋常ならざる膂力を見せつけられたため不用意に近づくこともできない。
「何者なのでしょう?」
害意はなさそうだ、しかし言葉もなければ意思表示らしいものもしてこない。
「おい、身の証を立てろ!」
『謎の剣士』は騎士長の要求に対して無反応をつらぬいている。
なにか事情があるのかもしれないし、こちらに関心がないのかもしれない。
それもコミュニケーションが取れなければわからないまま。
「無視してさきに進むしかないのではありませんか?」
「しかし、警戒をといて背中から襲われてはひとたまりもありません」
正体をあきらかにせず放置するのは危険、それは正論だ。
騎士長が合図をすると騎士たちが『謎の剣士』を包囲する。
危険な相手だがダーレッドのときとは違って躊躇するひつようはない、後顧の憂いは絶つとばかりに騎士たちは臨戦態勢に入った。
これで良いのだろうか?
隊長が決断した一方でわたくしはむしろ葛藤を強めた。
彼の介入がなければサンディは殺されていた──。
恩人かもしれない相手を排除しようとすることに対する罪悪感。
同時に正体不明の剣士という観点から黒騎士が連想され、『殺すべきだ』という感情も払拭できずにいる。
リヒトゥリオ、アルフォンス、レイクリブ、犠牲者の顔がよぎる。
彼があの鎧の中身という可能性はないだろうか──。
「よし! 制圧開――」
「やめてッ!!」
ダーレッドの号令をサンディが勢いよくさえぎった。
「……何故だ!」
彼女は困惑の表情をうかべるダーレッドのまえに立ちはだかる。
「だって! 命の恩人でしょう!」
「そもそも人間かもうたがわしい得体のしれない危険な相手だ!」
サンディの強い口調にダーレッドも反発する。
「──作戦中に口ごたえはおろか妨害まで……わきまえろよ! 直属の部下なら処罰しているところだ!」
ここまで意図せずサンディが主導権をにぎってきたことに自尊心が傷付いているのかもしれない。
大聖堂跡への道中、この調査の責任者にダーレッド騎士長が志願したのはわたくしとの距離を縮めるためだとサンディは言っていた。
しかし知識で優勢なサンディが際立って活躍するため、ここまで彼の存在感は隠れている。
「責任はあとで問います、ここでの仲間割れはやめましょう」
わたくしがサンディをかばうとダーレッドは口をつぐんだ。
くちびるが震えて怒りを噛みしめているのがわかる。
彼は間違っていない、女たちのわがままに付き合わされるのは不服だろう。
「サンディ、彼の正体がわかるのですか?」
デルボルトを止めたように、教会で教わった知識がいきるなら彼女にまかせるのが妥当だ。
「いいえ、まったく!」
「え?」
『謎の剣士』をかばったのに根拠はなく、単に彼女の直感によるものだったようだ。
「大丈夫、私にまかせてください!」
サンディは単身で『謎の剣士』に近づいていく。
──度胸がすごい!
剣士が身がまえたことを察知してサンディが足を止めた。
攻撃はとどくけれど会話をするには不自然な距離だ。
「陛下!」
ダーレッドの制止をふりきって、わたくしはサンディに駆け寄るとその背中にはりつく。
「おっと、なんですか?」
「じっとしていられなくて……」
騎士たちはすぐにでも割って入るかまえだ。
一触即発──。
わたくしは『謎の剣士』の顔をのぞき込む。
素顔が確認できるかと期待したのだけれど、頭部は包帯でかんぜんにおおわれていた。
瞳はフードの奥に隠れていて、頭からつま先まで肌の露出は一切ない。
さらに一歩、接近すると剣士は襲いかかってくるどころか半歩さがった。
接触を拒絶しているようだ。
わたくしは声をかけてみる──。
「その格好で息苦しくはないのですか?」
「たいせつな第一声!」
サンディには怒られてしまったけれど気になって仕方がなかった。
それほど厳重に全身を包帯でつつんでいる、なにか理由があるに違いない。
剣士はわたくしの質問には答えなかった。
「ありがとう、助けてくれたんですよね?」
サンディの呼びかけにも答えない。
もしかしたら言語が異なる、あるいは持たない種族なのかもしれない。
「地底人とか……」
「なに言いだした?」
──地下遺跡というロケーションからそうおかしな発想でもないと思うのです!
進展なし、語りかけてもリアクションがないのでわたくしたちは途方に暮れてしまった。
そこに声が聞こえた。
『…………』
私は直感する、ほかの誰にも聞こえないその声を発しているのが目のまえにいる彼であると。
「あなた、なのですか……?」
ずっと語りかけてきていた声、危害をくわえるのが目的ならば警告したりなんてしない。
遺跡に入ってからずっと危険をしらせてくれていた、そして窮地に立たされたときに姿をあらわして戦ってくれた。
正体はわからない、彼もそれを知られたくはないようだ。
でも敵ではない、間違いなく味方だ。
「お名前は?」
わたくしは無視を覚悟でそうたずねた、しかしややあって彼は答える。
『……ニコランド』
彼はたしかにそう名乗った。
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