二場 守護者


調査隊は任務続行を決定すると目的地にさだめた神殿を目指す。


「注意喚起しなくて大丈夫でしょうか?」


地下にわいたモンスターが地上に出る危険性をわたくしは部隊長のダーレッドに確認した。


「待機している連中も戦場では多勢を指揮する騎士たちです、不測の事態にも対応できますとも」


地上には調査部隊と同程度の人員を残してある。


彼らは専門家だ、わたくしなどが危惧するようなことは想定していて当然、対策だっていくつもしているにちがいない。


地上からの往復には相応の時間を必要とする、引き返したり報告に人員を割くことは得策ではなさそうだ。


わたくしは騎士長の言葉に納得した。


いや、探索を続行する言いわけを得られたことに安堵していた。



道中、調査隊はふたたび新手のモンスターと遭遇する。


封印によって先客などいないはずの地下をフラフラとさまよっていたそれを一瞬、廃墟の住人と錯覚する。


人のかたちをしているそれは背筋が丸まっており首が突き出されるように前傾しており、遠目には長身の猿かなにか、あるいは猿の真似をした人間のようにも見えた。


手足、胴体が異常にやせほそっていて内蔵をおさめた腹部だけが強調されて飢餓状態の人間のよう。


そのくせ頭部が大きくアンバランスだ。


「グールです!」


サンディがそれの名を呼んだ。


ところどころ抜けているがさすがは聖堂教会の修道士、豊富な知識をもっている。


わたくしは書物から得た知識を検索する。


人間からみて妖精などをふくむ人の姿をした異なる種族のことを亜人と呼ぶ。


エルフ族やドワーフ族といった高いコミュニケーション能力をもち共生可能な種族のほかに、ゴブリンやオークといった獰猛であったり、知能の未熟から外敵と認定される種族もある。


グールは後者に分類され、そのシルエットはさきに挙げたものよりも我々に近い。


リビングデッドがそうであったように、近しいがゆえに醜悪さがよりおぞましく感じられた。


彼らは知能が低くそれでいて食欲が旺盛だ。


もはや旺盛では済まされない、それだけが彼らにとって活動の動機だというほどに食欲に支配されている。


そして彼らは人肉を好んだ。


グールは狩猟を常とし身体能力や膂力はその体躯からは想像もできぬほど強力だとされる。


それが十数と襲いかかってきた。


この戦いについてふりかえることはない。


怪力とはいえその爪は鉄鎧をひきさくほどではなく、その表皮は鉄の刃をはじくほどではなかった。


裸のつかみ合いでは分がわるいのだろう、しかし道具をつかえば素手の暴漢と大差がない。


語るひつようもないほどに騎士団は容易くそれを撃退してくれた。



「なるほど、どこから沸くものかと思えば、地中にひそんでいるのだな」


ダーレッドがボヤいた。


グールの生態は不明な部分が多い、しかし行商の馬車などが襲われるといった事例は頻繁に報告されている。


強い怪物ではないが、人間を襲う性質から騎士団を奔走させている厄介な存在ではあった。


普段、地中にひそんでいるとなれば発見はむずかしく神出鬼没さにも納得がいく。


「皆さん、すばらしい手際でした」


わたくしは彼らをねぎらった。


「グールなど猿にも劣る蛮族、わが精鋭部隊のまえには野犬以下の存在ですとも」


ダーレッドは部隊の精強さを誇った、彼らは一人一人が最低でも小隊長クラスの騎士たちだ。


意気揚々と胸をはるダーレッドをサンディが押しのける。


「怪我をした方がいたら治癒しますよぉ」


それに数名の騎士が反応する。


「頼む、すこし痛めたようだ」


たてつづけの戦闘で傷を負った数名がサンディのまえに列をつくった。


ひと目で危険と判断できる負傷者はいなさそうだけれど、手首や膝の違和感を訴えている。


パフォーマンスの低下をさけるためそれらの回復にも彼らは敏感であった。


サンディは【治癒魔術】で彼らの負傷を癒しはじめる。



──地下にこんなにも魔物がひそんでいるだなんて……。


そんなこととは知らずに、わたくし達はこのま上で生活をしている。


気味のわるさに肩をふるわせたわたくしにダーレッドがなぐさめの言葉をかける。


「なにを恐れますか、床板をはがせばネズミが石をかえせば虫がおります。やつらが地中に溜まることこそ地上の支配者たるは人間だという証明ではありませんか」


その言葉はまったく響いてこなかったけれど、たびかさなる戦闘にも余裕の態度を崩さないことには頼もしさを感じられた。



騎士たちを治療する片手間に、サンディが状況を解説してくれる。


「グールなんかが沸くことは以前からあったそうです。身を隠すのにはうってつけの場所ですし、迷いこんでそのまま住みついたりするんだとか」


入口は封印されているが地中を掘りすすんで侵入することは可能らしい。


あまりに深いため行きあたる可能性こそ低そうなものの、三百年のあいだにモンスターの通り道が開通していてもおかしくはない。


「──なので定期的に駆除しにおとずれるのが聖騎士のつとめだったりします、私みたいな未熟者は関与していませんが」


そうとは知らなかった、あらためて聖堂騎士団のありがたみを思いしる。


「皇国の平和に貢献していたのですね……」


権力闘争がわずらわしかったわたくしには邪魔な存在に思えたこともあった。


しかし、教会も元老院もしっかりと機能していたのだ。


「封印の扉が真新しかったでしょう。あれ、大神官さまが定期的に取り替えてるんですよ」


「ふっ!?」


へんな息の漏れ方をした。


「ティアン様、どうかしましたか?」


「いいえ……」


三百年も劣化してない扉すごいです! とか、はしゃがなくてよかった。


──あぶなかったですわ!


これまで何度となく恥をかいてきた、自制できたところに自身の成長を感じる。

 

「これくらいのモンスター、騎士ミッチャントがいれば無傷で殲滅したでしょうし聖騎士がそろっていればデーモンだって怖くないのに」


サンディは無念そうにつぶやいた。


教会は権力の対抗勢力であり教育機関として存在感を発揮していた。


同時に聖堂騎士団こそデーモンの封印からはじまるアシュハの守護者だった。


その壊滅が意味するものは認識以上に大きいのかもしれない。



その後もガーゴイルやグールなどをしりぞけながら目的の神殿へとたどり着いた。


数百年まえに壊滅した邪教の本殿。


教徒たちの信仰をあおるためだろう、遠目にも際立っていたが禍々しくも荘厳な建築だ。


「ティアン様、これを」


サンディに誘導された門柱に【古代神聖文字】が記されていた。


解読して術式を解放する。


魔術が発動すると神殿内を魔法の灯りが照らしだした。


光源は松明やランタンではなく壁に記された文字列、文字そのものが魔術により発光している。


ダーレッド騎士長が感嘆する。


「ほほう、これは便利ですな」


魔術の明かりを灯した文字列、その誘導に従って進めばこのひろい神殿内を迷うことはなさそうだ。


手付かずの遺跡を探索する想定だったが、定期的な調査のためか聖堂騎士団による整備がいき届いていた。


この調子ならば行って帰って来るだけで目的を達成できるかもしれない。


知れば知るほど大神官への尊敬の念が芽生えていく、同時にこのさきにある魔具への期待感が更にふくらむ。


『──』


わたくしは歩みを止めない。


【古代神聖文字】に導かれて調査隊は前進した、しかしけして安穏とした道のりではない。


神殿はグールたちの住処になっており通路では頻繁な戦闘に見舞われた。


縄張りへの侵入に怒り、発狂した俊敏なグールたちがたて続けにとびかかる。


あわやという場面が何度もあって、わたくしは心臓がつぶれるかと思ったくらいだ。


しかし騎士たちはそれらを冷静にしりぞけて進み、わたくし達は儀式用と思われる広場へと到着することができた。



「ティアン様、大丈夫ですか?」


サンディが気づかって駆け寄ってくれた。


「ええ、さすが騎士団は頼りになり──!?」


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!?」


広場の調査を開始しようと気をはったところに、騎士のひとりが悲鳴をあげた。


痛烈な声はみなの視線をあつめた。


叫んだ騎士は地面を転がり、庇っている箇所からは多量の出血が見てとれた。


「な、なにごとですか!?」


わたくしは混乱した。


その場に敵のすがたはなく、騎士に負傷を負わせたのは仲間の騎士だったのだ。


上級騎士デルボルト──。


ここまで縦横無尽の活躍できわだっていた凄腕の剣士だ。


倒れた騎士はさらなる混乱に見舞われているだろう、たくさんの敵をしりぞけ一ひと息つけたかと思えば同僚に剣を突き立てられた。


錯乱しているのか、デルボルトは眼前の仲間にトドメを刺そうと剣を振り上げる。


「デルボルト、なにをしている!!」


騎士たちがデルボルトを取り押さえようとする横にすべりこみ、サンディは負傷者に【治癒魔術】を行使した。


即座に全快するような軽傷ではなさそうだ。


デルボルトを素早く拘束しなければサンディに危害がおよる距離、騎士たちは二人がかりでデルボルトを取り押さえにかかる。


次の瞬間、想定外のことが起こった。


デルボルトを拘束した二人の騎士のうち一方が、空中に舞い上がった──。


双方から取り押さえられてもビクともせず、暴走騎士はありえない怪力で一人を放り投げた。


そしてもう一方の騎士を石床が割れるいきおいで地面に叩きつけた。


二人の騎士は動かなくなってしまう。


デルボルトはいつの間にか怪物に変貌してしまっていた。



──あ、いけない!?


障害を排除したデルボルトの眼前には治療のためにかがみ込んだサンディの頭部がある。


「サンディ!!」


わたくしは悲鳴をあげた。


床に座り込み、負傷した騎士を庇う彼女にその凶刃を逃れる術はない。


「陛下、危険です!」


反射的に駆けだしたわたくしの腕をダーレッドが掴んだ。


ああ、駄目だ──。


絶望のあまり血液が急速に下がっていく、わたくしはサンディの死を確信した。


直後、デルボルトがその場から飛び退いた。


ちがう、横合いからの強力な体当たりに弾き飛ばされていた。


騎士二人をかるく放り投げた怪物が大きくよろける。


しかし達人であるデルボルトは体当たりの相手に即座に反撃を打つ、不安定な体制から二連撃をくりだす。


体当たりの主はその鋭い斬撃を二本の長剣で力強くさばいた。


デルボルトは反撃の延長で崩れていたバランスを立て直し、体当たりの主と対峙する。


なにが起きているのか、わたくし達はとつぜんの激しい攻防に硬直した。


デルボルトの変貌に困惑し、またその凶行に割って入ったのがまったくの部外者であることにも戸惑っている。


その人物が背格好から男性であることと、調査隊の一員でないことだけは確かだ。


正体不明の剣士──。


そしてその装備はロングソードの二刀流、剣闘王者ウロマルド・ルガメンテを彷彿とさせる剣技だった。



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