三場 守護者


 調査の続行を決定し、調査部隊は目的地に定めた神殿を目指す。


「地上に注意勧告しなくても平気でしょうか?」


 モンスターなどが地上に出る危険性を部隊長のダーレッドに確認する。


「待機している連中も戦場では多勢を指揮する騎士達です。不測の事態にも上手く対応するでしょう」


 地上には調査部隊と同程度の人員を残してある。


 彼らは専門家だ。

 私などが危惧するようなことは想定していて当たり前。

 対策だっていくつもしているに違いない。


 地上からの往復をもう一度行えば相応の時間を必要とする。

 引き返したり、人員を報告に割くのは得策ではなさそうだ。


 私は騎士長の言葉に納得した。


 いや、探索を続行する言い訳を得られたことに安堵したのだ。

 


 道中、再び新手のモンスターとの戦闘があった。


 それは先客などいないはずの地下をフラフラと彷徨っていた。


 人の形をしているが、背筋が丸まっており首が突き出されるように前傾していた。

 遠目には長身の猿かなにか。あるいは猿の真似をした人間の様にも見えた。


 一見してそれは飢餓状態の人間の様である。


 手足胴体が異常にやせ細り、内蔵を収めた腹部だけが膨らみ強調されている。

 そのくせ、頭部が大きくアンバランスだった。


――グールという怪物だ。



 グールと聞いて、私は書物から得た知識を引き出す。


 ヒューマンから見て亜人と呼ばれる。

 妖精などを含む人の姿をした異なる種族。


 エルフ族やドワーフ族といった高いコミュニケーション能力を持ち、共生可能なものの他に。


 オーク、ゴブリン、オーガやトロルと言った。

 獰猛であったり、知能の未熟から外敵と認定される種族もある。


 グールは後者に分類され、そのシルエットは先に挙げたものよりも我々に近しい。

 リビングデッドがそうであったように、近しいが故によりおぞましく感じられた。


 彼らは知能が低く、それでいて食欲が旺盛だ。


 もはや旺盛では済まされない。

 それだけが彼らにとって活動の動機だという程に食欲に支配されている。


 そして、彼らは人肉を好んだ。


 グールは狩猟を常とし、身体能力や膂力はその体躯からは想像もできぬほど強力だとされる。


 それが十数と襲いかかってきた。


 しかし、語ることもない程に騎士団は容易くそれを撃退してくれた。



「なるほど、何処から沸くものかと思えば、地中などに潜んでいるのだな」


 ダーレッドがボヤいた。


 グールの生態は不明な部分が多いが、行商の馬車などが襲われるといった事例は頻繁に報告されている。


 厄介な存在ゆえに騎士団にとっては戦い慣れた怪物の一つらしい。



「皆さん、素晴らしい手際でした」


 私が労うと、ダーレッドは部隊の精強さを誇る。

 彼らは一人一人が最低でも小隊長クラスの騎士達なのだと。


「グールなど猿にも能わぬ蛮族。素手ならばいざ知らず、我々精鋭部隊の戦術の前には野ブタと同様ですとも」


 意気揚々と語るダーレッドを制して、サンディが口を挟む。


「怪我をした方がいたら治癒しますよぉ」


 それに数名の騎士が反応した。


「頼む、少し痛めたようだ」


 立て続けの戦闘で傷を負った数名がサンディの前に並ぶ。

 一目で危険と判断できる負傷者はいないが、手首や膝の違和感を訴えているようだ。


 パフォーマンスの低下を避ける為、それらの回復にも彼らは敏感であった。


 サンディは治癒魔術で彼らの負傷を癒し始めた。



「都の地下に、こんなにも魔物が潜んでいるだなんて……」


 私は不安を吐露する。


 澄んだ空気と水もあるのに、外敵で溢れている。

 そんな事とは知らずに、私たちはこの真上で生活をしているのだ。


 気味の悪さに縮こまった私に、ダーレッドが慰めの言葉をかける。


「なにを恐れますか。床板を剥がせばネズミが石を返せば虫がおります。奴らが地中に溜まることこそ、地上の支配者たるは人間だという証明ではありませんか」


 その言葉はまったく響いてこなかったけれど、度重なる戦闘にも余裕の態度を崩す様子がない。


 それ自体には頼もしさを感じていた。



 騎士達を治療する片手間、サンディが解説をくれる。


「以前から、グールなんかが沸くことはあったらしいです。身を隠すのにはうってつけの場所ですし、迷い込んでそのまま住み着いたりするんだとか」


 入口は封印されているが、別の場所を掘り進んで侵入することは可能らしい。


 あまりに地中深いために行き当たる可能性こそ低いが、三百年の間にモンスターの通り道など開通していたのかもしれない。


「なので定期的に駆除しに訪れるのが、聖騎士の務めだったりします。私みたいな未熟者は関与していませんが」


 そんなこととは知らなかった。

 あらためて聖堂騎士団のありがたみを思い知る。


「ほら、封印の扉が真新しかったでしょう? あれ、大神官様が定期的に取り替えてるんですよ」


「ふっ!?」


 変な息の漏れ方をした。


「ティアン様、どうかしましたか?」

「いいえ」


 事前に察知できたところに自らの成長を感じる。

『三百年も劣化してない扉すごいです!』とか、はしゃがなくて良かった。


 

「これくらいのモンスター。騎士ミッチャントがいれば無傷で殲滅したでしょうし、聖騎士が揃っていればデーモンだって怖くなかったのに」


 サンディは無念の様子でそう呟く。


 そんなこととは知らなかった。

 教会は権力の対抗勢力であり、教育機関として存在感を示していた。


 同時に、聖堂騎士団こそデーモンの封印から始まるアシュハの守護者だったのだ。


 その壊滅が意味するものは私の認識以上に大きい。




 その後もガーゴイルやグールなどを退けながら目的の神殿へとたどり着いた。


 数百年前に壊滅した邪教の本殿。


 教徒たちの信仰を煽るためだろう。

 遠目にも際立っていたが、禍々しくも荘厳な一大建築だ。



「ティアン様、これを」


 サンディに誘導されると、門柱には古代神聖文字が記されていた。

 入口と同様に大神官が施したものだ。


 私は解読により術式を解放する。


 入口の解錠魔法かと思ったけれど違ったようだ。

 魔術が発動すると神殿内を魔法の灯りが照らし出した。


 光源は松明やランタンではなく、壁に記された文字列。

 文字そのものが魔術により発光している。


「これは便利なものですな」


 ダーレッド騎士長が感嘆する。



 定期的な調査の為に聖堂騎士団による整備が行き届いている。


 神殿は広かったけれど、魔術の明かりを灯した文字列、その誘導に従って進めば迷うことは無さそうだ。


 手付かずの遺跡を探索する想定だったが、この調子ならば行って帰って来るだけで目的を達成できるかもしれない。


 知れば知るほど、大神官への尊敬の念が芽生えていく。

 同時に、この先にある魔具への期待感が膨らんだ。


『』



 古代神聖文字に導かれて私達は進む。

 しかし、けして安穏とした道程では無い。


 そこから先は制圧戦の様相を呈した。


 神殿はグールたちの住処になっており、通路では頻繁な戦闘に見舞われた。


 怒り、発狂した俊敏なグールたちが立て続けに降り掛かる。

 あわやという場面が何度もあり、私は心臓を疲弊し潰すかと思ったくらいだ。


 しかし騎士達はそれらを冷静に退けて進み、私達は儀式用と思われる広場へと到着した。



「騎士団は頼りになりますね。幾度も恐ろしい魔物の襲撃がありましたが、ここまで危なげなく来ることができました」


「ティアン様、大丈夫ですか?」


 サンディが私を気遣い、騎士達が広場の調査を開始した頃合。

――騎士のひとりが苦痛に悲鳴をあげた。



「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!?」


 痛烈な声はみなの視線を一点にあつめた。

 叫んだ騎士は地面を転がり、庇っている箇所からは多量の出血が見て取れた。



「えっ……、何があったのです!?」


 私は混乱する。


 その場に敵の姿はなかった。


 その騎士に負傷を負わせたのは、仲間の騎士だったのだ。


 上級騎士デルボルト。

 ここまでの戦闘で一際活躍を見せていた凄腕の剣士だ。


 倒れた騎士はさらなる混乱に見舞われているだろう。

 たくさんの敵を退け一息ついたかと思えば、同僚に剣を突き立てられたのだ。


 錯乱しているのか、デルボルトは眼前の仲間にトドメを刺そうと剣を振り上げる。



「何をやっている!!」


 即座に騎士達が駆けつけ、デルボルトを取り押さえようとする。

 同時にサンディは負傷者に駆け寄り、迅速に治癒魔術を行使した。


 即座に治癒するような軽傷では無い。


 デルボルトを素早く拘束しなければ、サンディに危害が及ぶ距離だ。

 騎士達は二人がかりでデルボルトを取り押さえにかかる。


 次の瞬間、想定外のことが起こった。


 片手ずつをガッチリと拘束した二人の騎士のうち一方が、空中に舞い上がった。


 双方から取り押さえられてもビクともせずに、ありえない怪力で一人を放り投げた。

 そしてもう一方の騎士を石床が割れる勢いで地面に叩きつけた。


 二人の騎士はダメージで動かなくなってしまう。


 怪物としか形容しようがない。

 デルボルトがいつの間にか怪物に変貌していた。



「あ、いけない……」


 障害を排除したデルボルトの眼前には、治療のためにかがみ込んだサンディの頭部がある。


「サンディ!!」私は悲鳴をあげた。


 床に座り込み、負傷した騎士を庇う彼女にその凶刃を逃れる術はない。


 反射的に駆け出した私をダーレッドが押しとどめる。



 ああ、駄目だ。


 絶望のあまり血液が急速に下がっていく。

 私はサンディの死を確信した――。



 直後、デルボルトがその場を飛び退いた。


 否、横合いからの強力な体当たりに弾き飛ばされていた。

 騎士二人を軽く放り投げた怪物が、大きくよろける。


 しかし、達人であるデルボルトは体当たりの主に対して即座に反撃に移る。

 不安定な体制から二連撃を繰り出した。


 体当たりの主はその鋭い斬撃を、二本の剣で力強く捌く。


 デルボルトは反撃動作の延長で崩れていたバランスを立て直していた。


 体当たりの主とデルボルトが対峙する。



 ――何が起きているのか。


 私達はその不可解な光景に硬直する。


 デルボルトの変貌に困惑し、またその凶行に割って入ったのが全くの部外者であることにも戸惑った。


 その人物は背格好から男性であることと、調査部隊の一員ではないことだけが確かだ。


 正体不明の剣士。


 そしてその装備はロングソードの二刀流。

 剣闘王者ウロマルド・ルガメンテを彷彿とさせる武装だった。



 



  『異形の双剣士』▶︎

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