三幕
一場 地下に蠢くもの
『──』
声を無視してわたくしたちはさきに進んだ。
数時間後、数分後には目的のものを手に入れられるかもしれない。
起死回生となるに足る力、その可能性を秘めた魔法の道具が。
『──』
弱気を理由に引き返してまた石をぶつけられる日々にはもどれない。
ついてこない民衆、すすまない復興、前線で敵国の侵攻をせき止めている臣下たちにも限界がある。
確定していない不安を理由に足を止められるほどアシュハ皇国に余裕はない。
「陛下のあざやかなお手並み、感服いたしました!」
ダーレッドが封印の解除を大袈裟に称賛した。
数名が先行して扉のさきを確認しにむかう、伝承では地下迷宮だとされている。
そう言われてもピンとこないけれど、目的地へは一本道ではないのだろう。
「……空気が」
そうつぶやいたのは進行方向から流れてきた大気の新鮮さにおどろいたからだ。
有毒ガスが充満していることも危惧していた、その場合は探索を断念せざるを得なかっただろう。
封印の扉をくぐった誰かの感嘆または困惑の声が聞こえてきた。
それを合図にわたくし達はそちらへと向かいその理由をまのあたりにする。
「これは……」
それは想像とあまりにもかけはなれた景色──。
せまくくらい洞窟を想定して踏みこんださきは、煌々と光をたたえた広大なドーム状の空間だった。
地中に直径数キロメートルもの空洞があり、見あげれば天井はたかく、見おろせば地面はふかくにあった。
わたくし達は天井と地面のなかほどに位置している。
足場は人口のブロックで組み上げられており、地面まではゆるやかな段差を外周にそってくだれるようになっている。
「ご覧ください、建築物があんなにも」
調査員の指した先にはまるで集落のように建築物が並んでいて、その中央には特に大きな建物がある。
「まるで神殿かなにかのような……」
その景色は『地下迷宮』というよりも『庭園』という印象だ。
人口の洞窟は自然にあふれ芸術を意識した美しい景観を見せている。
「光っているのは苔ですか?」
誰ともなしにたずねるとサンディが答える。
「そうみたいですね、幻想的でとても美しいです」
天井を中心に壁面が発光しており洞窟内は十分なあかるさで照らされている。
光源に染められた青みがかった空間は美しく、心なしか空気もおいしいく感じられた。
「どんな辛気くさい場所かと思えば」
「まるで都市ではないか」
「妖精や亜人の仕業か」
壮大な景色に対してみんながそれぞれに感想を口にしていた。
──これほど神秘的な場所になにも無いわけがない。
想像をはるかにこえる空間は目指す魔法具への期待感を増幅させた。
わたくしたちは外周にそって造られた通路をくだって地面を目指す。
足場はひろく五人はならぶことができる。
「不思議ですね。時間があればくわしく解明してみたいことがたくさん」
くだりながら、わたくしはサンディと会話をかわす。
「おそらくですけど、もともとは邪教徒の隠れ家だったのではないかと」
伝承によるデーモン封印の地──。
なぜ地下に封印されたのかというと、ここがその戦場でありデーモン召喚の地であったからだ。
都市があり、神殿があり、悪魔召喚がされた。
そこからこの場所が終末主義的な宗教団体の活動拠点であったことが推察できる。
デーモンの召喚がさきか、それとも聖堂騎士団による制圧への反撃としてデーモンが召喚されたのか興味をそそられる。
三百年もまえのことだ、大聖堂が炎上したいま正確な情報が残されていると良いのだけれど。
──それにしてもなんてところだろう。
「まるで異世界のようです」
何十年、何百年あればこれほどの空間を造ることができるのだろうか。
見なれない青白い光に照らされた都市の残骸は古代遺跡でありながら未来的な印象を抱かせる。
近づいてしまえば足もとの石段とおなじく古ぼけた石のブロックでしかないのだろうけれど。
「幻想的ですね」とサンディがつぶやき、わたくしはそれに相づちを。
「あそこを目指しましょう」
安直かもしれないが、わたくしは中央の建物を指さした。
眼下にひろがる沢山の建築のなかで神殿らしき建物が存在感を放っている。
「デーモン召喚の儀式をしたというならば、神殿のなかが適当だと思うのです」
広大な敷地内に見るべきものは色々ありそうだが、なにを置いても魔具の回収こそが最優先。
「――警戒態勢!!」
指針をさだめたのと同時、前方の騎士が号令をあげた。
騎士たちがわたくしを取り巻くように位置して武器をかまえる。
「みぎ上空に飛行物体、接近中!」
下にばかり気を取られていたが、上をみれば飛行しているなにかが確認できた。
「鳥か?」
隊長のダーレッドがつぶやいた。
それはわたくしたちの上空を旋回し、目で追っていると一つ、二つと増えていく。
それが敵対行動であることは直感的に理解できた。
誰かが「来るぞ!」と叫んだのと同時に一体が飛来してきた。
対して二人がクロスボウで迎え撃つ。
狙いは正確、放たれた矢は吸い込まれるように目標に命中したが刺さることなく弾かれて飛び散る。
「なんだと!?」
誰かが動揺の声をあげた。
ボウガンの貫通力は鉄板をつらぬく威力だ、それは飛行生物のいじょうな表皮の硬さをあらわしている。
モンスターは騎士たちの先陣に突進をしかけ、ふたたび舞い上がる。
騎士たちはそれをうまく受け流していたが、剣での攻撃は敵の硬い表面を削っただけだった。
空中から飛来したそれは鳥ではなく巨大な翼を持った人型──。
「デーモンだ!?」
伝承の悪魔を思わせるすがたに騎士たちがおののいた。
力を象徴する存在の頂点をドラゴンとするなるば、悪の頂点を象徴するものこそがデーモンだ。
その存在はつねに厄災と共にあり、国家の滅亡や災害の原因として登場する畏怖の存在。
恐れが伝染するよりもはやくその間違いを訂正する。
「ちがいます! あれはガーゴイルです!」
書物で読んだことがある。
ガーゴイルは負のエネルギーにあてられた精霊などが生物に危害をくわえるため無機物に宿ったもの。
悪魔に見えたものはそれを模した石像だ。
飛来した数体が同様に悪魔像であるのは、ここが悪魔信仰者たちの集落だからだろう。
石像そのものの質量が飛翔、突進してくる。
精鋭の騎士たちはそれを見事にあしらっているけれど、石に対して刃による攻撃は成果をあげていない。
内臓を持たない石像あいてでは刺突を狙うべき部位もなく、武器をたたきつけた腕にかかる負担のほうが大きいようだ。
こちらが一匹をしりぞけたのを皮切りに、空中に待機していたガーゴイルの群れがいっせいに強襲を開始した。
三匹、四匹と襲いくる石の化け物に騎士たちは翻弄されている。
その最中、ガーゴイルの一体が地面に叩きつけられて砕け散った。
サンディが投げた鎖が脚にからみ飛行に支障をきたした悪魔像が岩壁に衝突。
そのまま地面へと落下、破壊されたのだ。
サンディが騎士たちに激を飛ばす。
「たいした強度ではありません、工夫して戦ってください!」
刺突、斬撃の効果は見込めないが落下の衝撃に耐えられる強度ではないことを指摘した。
そこからの騎士たちの手際はあざやかだ、飛来するガーゴイルをいなしては積極的につかまえて壁面や階段の側面に叩きつけた。
「人ひとりを連れ去る力はあるから油断しないで!」
サンディの警告にも騎士たちは柔軟に応じる、誰かがガーゴイルの右足に取りつけば即座にべつの者が左足に取りついた。
三人から四人がかりでしっかりと一体ずつを仕留めていく。
さすがは選抜された猛者たちだ。
手際もさることながら限られた足場での攻防である、一般人ではここまでの連携は発揮できないだろう。
『……負の……され』
「陛下、こちらへ!」
ダーレッドがそう言ってわたくしの腕をつかむと一目散に階段を駆け下りる。
騎士たちもあとにつづいた。
「移動しながら迎撃することで包囲をふせぎます」
その場にとどまっていては八方からの一斉攻撃をうける。
足場の悪い高所でひとかたまりになっていては事故をまぬがれない。
ダーレッドの判断は的確だった、隊列は先行する騎士団とそれを追うガーゴイルの群れに二分されている。
騎士たちは追ってきた先頭を叩けばよい形だ。
戦闘は階段をくだりながらつづけられたが、地面に到着してほどなくガーゴイルの群れを壊滅させることができたようだ。
あぶなげなく全員が無事だった。
わたくしは悪魔像の破片をひろいあげると観察してみる、変哲のないただの石材でしかなかった。
「不思議ですわね、どうしてこれが生物のように関節を稼働させたり飛翔できたりするのでしょう?」
誰にたずねたわけでもない、そういう魔法なのだと言われたらそれまでだ。
わたくしのつぶやきを拾った騎士たちは困ったように首をかしげた。
地面におりてあらためて、そこが人間の生活スペースであったことを認識する。
規模感からいって千人は暮らしていたのではないだろうか。
成長しきった植物が人工物を侵食してこそいるが、足もとには舗装されていた痕跡がしっかりとある。
悪魔信仰者のそれであることをのぞけば、地下スペースにこんなにも立派な集落があったことには感動すらおぼえた。
ダーレッドがサンディに詰めよる。
「おい、こいつはいったいなんなんだ!」
サンディが教会関係者であることは黒騎士の件から周知されている。
大聖堂の地下に怪物がいることを彼女に問いつめるのは自然なながれだ。
「地下にはわるいものが溜まるものなんです。これまでは大司教さまたちが定期的に浄化してくださっていた……、んじゃないかと思います」
末端の兵士には分からないこともある、サンディは自信なさげにそう言った。
三百年の繁栄をつづけた首都の地下に異変が起きている。
教会が壊滅した弊害がこんなところにでているなんて──。
「リビングデッド事件の影響ですか?」
わたくしの責任問題にかかわることだからか、サンディはくるしそうに答える。
「おそらくは……。百万人の死者がでた、それがこの場所にどんな影響をあたえたか分かりませんから」
サンディの説明にダーレッドが不平を漏らす。
「悪いものとはなんだ、そんな抽象的なアドバイスでは対策の立てようがないぞ!」
「単純にこれとは限定できないんですよ! 負のエネルギーそのものだとか、それに当てられて狂った精霊だとか、死臭にあつまってきたアレコレだとか!」
険悪になりかけた二人のあいだに割って入る。
「双方に不備はありません、争わないでください」
騎士長がイラだつのもわかる。
ここはわたくし達が想像していたよりもはるかに危険な場所である可能性がある──。
「一度、出なおしますか?」
不測の事態が起こりうる、それを危惧してサンディが帰還を提案した。
場合によっては今日は下見でおわる可能性も考えてはいた。
どんな場所かを確認し、後日必要に応じた装備と人員をそろえ、あらためて探索を再開することになるかもと。
しかし戻るに足る成果はまだなにもない、仕切り直すにしてもあまりにも情報不足だ。
──こんな調子ではいつまでたっても力は手に入らない。
撤退をしぶるわたくしにダーレッドが威勢よく進言する。
「臆するひつようなどありませんとも! 現状たいした脅威に遭遇しておらず部隊は万全です!」
この先に聖堂騎士団がのこした伝説の魔具が眠っている。
それをどうしても手に入れなくては、一刻も早く。
「そう言っていただけるなら、行き詰まったと感じるか、帰還にさしさわると判断するまでは進みましょう」
『……しい……で……かえれ……どれ』
こんなことで引き返してなにを変えられるものか。
進むんだ、勇気をしめさずに手にはいる力なんてない。
サンディは腕組みをして葛藤するすがたを見せていたが、すぐに賛同の決意をかためてくれる。
「……そうですよね、すこし踏みこんだ調査が必要かも」
異変があるというならば、それが地上に影響をおよぼすものかを確認する必要がある。
地下からわいた魔物が地上の人間を襲うということがあってはならない。
目的は魔具の入手だけにとどまらない──。
地下遺跡を管理する聖堂騎士団に属していた彼女は使命感からそう結論づけた。
「では、先に進みましょう」
目的達成までにどれほどの危険に見舞われるかはわからないし、手を伸ばせばとどく距離まできている可能性も否定できない。
一歩を踏みだすしかない。
『……呪……死』
その頃にはそれが幻聴ではないことをわたくしは確信していた。
地の底から響くうめき声のように訴えかけてくる。
この遺跡では負の感情が増幅されて人は狂い、やがて破滅に導かれるのだと。
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