二場 地下に蠢くもの


『ひきかえせ』


 私はそれを無視して進む。


 確定していない不安を理由に足を止められるほど、皇国に余裕は無い。

 あと数時間後、数分後には目的のものを手に入れられるかもしれないのだ。


 起死回生となるに足る力を擁する。

 その可能性を秘めた魔具が。


『』



「陛下の鮮やかな手並み、感服致しました!」


 ダーレッドが扉を潜りこちらを振り返ると、大袈裟に賛美する。

 そして調査部隊に指示すると、数名が先行して扉の先を確認しに向かった。


 伝承によると、この先は地下迷宮だと伝わっている。

 そう言われてもピンと来ないが、目的地への一本道ではないということだろう。


 この時点で予想外のことに気付く。


「空気が」と呟いたのは、進行方向から流れてきた大気の新鮮さに驚いたからだ。


 当初は有毒ガスが充満していることも憂慮していた。

 その場合は探索を断念せざるを得なかったろう。



 封印の扉を潜った誰かの、感嘆または困惑の声が聞こえてきた。

 それを合図に、私たちはそちらへと向かいその理由を目の当たりにする。



「これは――」


 それは想像とはあまりにもかけ離れた景色。


 狭く薄暗い洞窟を想定して踏み込んだ先は、煌々と光をたたえた広大なドーム状の空間だった。


 地中に直径数キロメートルもの空洞があり、見上げれば天井は高く、見下ろせば地面は深くにあった。


 私たちは天井と地面の中程に位置している。


 足場は人口のブロックで組み上げられており、地面までは緩やかな段差を外周に沿って降れるようになっている。



「ご覧ください。下には建築物があんなにも」


 調査員の指す先には、まるで集落のように建築物が並んでいる。

 中央には特に大きな建物がある。


「まるで宮殿か、神殿かなにかのような……」


 それは『地下迷宮』というよりも『庭園』との印象を受ける。


 人口のドームは自然に溢れ、芸術を意識した美しい景観を見せる。



 私は誰ともなしに訊ねた。


「光っているのは苔ですか?」


 特に天井を中心に壁面が発光しており、ドーム内は十分な明るさで照らされていた。


「ええと、そうみたいですね。幻想的でとても美しい」


 光源に染められた青みがかった空間は美しく感じられ、空気も心なしか美味しい。


「どんな辛気臭い場所かと思えば」


「何者がこれほどの建築を」


「人間とは限らないのでは? 妖精や亜人の可能性もある」


 皆がそれぞれに感想を口にする。



 私たちは外周に沿って作られた通路を降って、地面を目指した。

 足場は広く、五人程度は横に並ぶことができる。


「不思議ですね。時間があれば詳しく解明してみたいことがたくさん」


 降りながら私はサンディと会話をかわす。


「おそらくですけど、元々は邪教徒の隠れ家だったのではないかと」


 終末主義的な宗教団体の活動拠点だった。

 それが行き詰まってか、あるいは破滅願望からかデーモンの召喚に至ったと。


 デーモンの召喚が先だったのか、聖堂騎士団による制圧への反撃としてデーモンが召喚されたのか。

 興味深い。正確な情報が残されていると良いのだけれど。



 それにしてもなんて所だろう。

 何十年。何百年あれば、これ程の空間を造ることが出来るのだろうか。


「まるで別世界のよう」


 古代遺跡でありながら、見慣れない青白い光に照らされた建物群はどこか未来的な印象を抱かせる。


 近付いて観れば、足元の石段とおなじく古ぼけた石のブロックでしかないのだろうけれど。


「幻想的ですね」とサンディが呟き、私はそれに相づちを被せた。



「あそこを目指しましょう」


 安直かもしれないが、私は中央の建物を指した。


 眼下に広がる沢山の建築のなか、神殿らしき建物が存在感を放っている。


「デーモン召喚の儀式をしたというならば、神殿の中が適当だと思うのです」


 広大な地下遺跡。見るべきものは色々ありそうだが、何を置いても魔具の回収こそが最優先だ。



「――警戒態勢!!」


 指針を定めると同時、前方を行く騎士が号令を上げた。


 それに従い、騎士達が私を取り巻くように位置し、武器を構える。


「右上空に飛行物体、接近中!」


 皆、一斉にそちらを確認する。

 下にばかり気を取られていたが、空を伺えば何かが飛行している影が見えた。



「鳥か?」隊長のダーレッドが呟く。


 それは私たちの上空を旋回し、目で追っていると影は一つ、二つと増えていく。

 それが敵対的行動であると、私たちは直感的に察知していた。

 

 程なく、「来るぞ!」と誰かが叫んだのと同時にそのうちの一体が飛来してきた。


 対して二人が弓矢で迎え撃つ。


 狙いは正確で、放たれた矢は吸い込まれるように目標に命中したが。

 矢は刺さることなく弾かれて飛び散った。


 それは飛行生物の表皮の硬さを思い知らせる。


 モンスターは騎士達の先陣に突進し、再び舞い上がる。


 突進を受けた騎士達は上手くそれを受け流していたが。

 迎え撃った剣での攻撃は敵の硬い表面を削っただけだった。



「デーモンだ!?」


 空中から飛来したそれは鳥ではなく、巨大な翼を持った人型だ。

 伝承の悪魔を思わせる姿に騎士達が慄く。



――デーモン。

 力を象徴する存在の頂点をドラゴンとするなるば、悪の頂点を象徴するものこそがデーモンである。


 その存在は常に厄災と共にあり。

 国家の滅亡や災害の原因として登場する畏怖の存在。



 恐れが伝染するより早く、サンディがその間違いを訂正した。


「違います! あれはガーゴイルです!」


 書物で読んだことがある。

 負のエネルギーにあてられた精霊などが生物に危害を加えるために、無機物に宿ったもの。


 飛来した数体が同様に悪魔像であるのは、ここが悪魔信仰者たちの集落ゆえだろう。



 石像そのものの質量が飛翔し、突進してくる。

 精鋭の騎士達はそれを上手くあしらっているが、石に対して刃の効果は薄く、内臓を持たない石像あいてでは刺突を狙うべき部位もない。


 それどころか、武器を叩きつけた自らの腕にかかる負担が深刻そうだ。



 こちらが一匹を退けたのを皮切りに、空中に待機していたガーゴイルの群れが入れ替わり強襲を開始する。


 三匹、四匹と襲い来る石の化け物に翻弄される騎士達。


 その最中、ガーゴイルの一体が地面に叩きつけられて砕け散った。


 サンディが投げた鎖が脚に絡み、飛行に支障をきたした悪魔像が岩壁に衝突。

 そのまま地面へと落下、破壊されたのだ。


「たいした強度ではありません。工夫して戦ってください!」


 サンディが騎士達に激を飛ばす。


 刺突、斬撃の効果は見込めないが、落下の衝撃に耐えられる強度は無いのだと。



 そこからの手際は鮮やかだった。


 騎士達は襲いかかってくるガーゴイルをいなしては、積極的に捕まえ壁面や階段の側面に叩きつけた。


「人ひとりをさらう力はあるので油断しないで!」


 サンディの警告にも騎士達は柔軟に応じる。

 誰かがガーゴイルの右足に取り付けば、即座に別の者が左足に取り付いた。


 三人から四人がかりで、しっかりとガーゴイルを仕留めていく。


 手際の良さに感心させられるが、何より階段上の限られた足場での攻防である。


 流石は選抜された猛者達だ。

 一般市民ではこの対応力、そして身体能力は発揮されないだろう。


『……負の……され』



「陛下、こちらへ!」


 そう言ってダーレッドが私の腕を掴むと、一目散に階段を駆け下り始めた。


 ガーゴイルを迎撃しながら、騎士達も後に続く。


「移動しながら迎撃することで、包囲からの一切攻撃を防ぎます」


 足場の悪い高所でひとかたまりになっていては、事故を免れない。


 ダーレッドの作戦は的確であり、隊列は先行する騎士団とそれを追うガーゴイルの群れに二分される。


 騎士達は追ってきた先頭を叩けば良い形だ。



 戦闘は階段を降りながら続けられた。


 地面に到着して程なく、ガーゴイルの群れを撃退することができたようだ。


 危なげなく、全員が無事だ。


 私は悪魔像の破片を拾い上げると観察する。

 まごう事なく石材でしかなかった。


「不思議ですわね。どうしてこれが生物のように関節を稼働させたり、飛翔できたりするのでしょう?」 


 誰に訪ねたということもない。

 そういう魔法なのだと言われたらそれまでなのだ。


 私の呟きを拾った騎士達は困ったように首をかしげた。



 地面に降り立って、改めてそこが人間の生活スペースであったことを認識する。


 その規模から千人程度は暮らしていたのではないだろうか。


 成長しきった植物が人工物を侵食してはいるが、足下は舗装されていた痕跡がしっかりある。


 悪魔信仰者のそれであることを除けば、地下スペースにこんなにも立派な集落があったことには感動すら覚える。



「おい、これはいったい何なんだ?」


 ダーレッドがサンディに訊ねた。

 サンディが修道士であることは黒騎士の件から周知の事実らしい。


「これは元々はただの石像です。デーモンを模した邪教のシンボルか何かでしょうね。

 地下には悪いものが溜まるものなんです。これまでは浄化の影響で正常だったという認識でしたけど」


 その言葉は現在の異常を示唆していた。


「リビングデッド事件の影響ですか?」


 サンディの含みを察して、私は原因を確認する。


「おそらく……。百万人の死者が出た。それが、この場所にどんな影響を与えたか判りませんから」


 サンディの説明にダーレッドが不平を漏らす。


「悪いものとはなんだ、そんな抽象的なアドバイスでは対策の立てようがないぞ!」


「単純にこれとは限定できないんですよ! 負のエネルギーそのものだとか、それに当てられて狂った精霊だとか、死臭に集まってきたアレコレだとか!」


 私は、険悪になりかけた二人の間に割って入る。


「双方に不備はありません。争わないでください」



「一度、出直しますか?」


 不測の事態が起こりうる。それを危惧してサンディが帰還を提案する。


 場合によっては今日は下見で終わる可能性も考えていた。

 どんな場所かを確認し、後日必要に応じた装備、人員を揃えて改めて探索を再開することになるかもと。


 しかし、戻るに足る成果はまだ何も無い。

 仕切り直すにしてもあまりにも情報不足だ。



「対策は立たなくても、対応は可能ですね?」


 私の質問にダーレッドが威勢よく答えた。


「臆するひつようなどありませんとも! 現状、たいした脅威に遭遇したとは思っていません。部隊は万全です」


 この先に、大神官が残した伝説の魔具が眠っている。

 それをどうしても手に入れなくては。


 一刻も早く。


「そう言って頂けるなら、行き詰まったと感じるか、帰還に不備が出ると判断するまでは進みましょう」


『……しい……で……かえれ……どれ』


 こんなことで引き返して何を変えられるものか。

 進むんだ。勇気を示さずに手に入る力なんてない。



 一方でサンディは腕組みをして葛藤する姿を見せていたが。

 程なく賛同の決意を固めてくれた。

 

「そうですよね……。少し、踏み込んだ調査が必要かも……」


 もはや魔具の入手だけが目的とは言えない。

 異変があるというならば、それが地上に影響を及ぼすものか確認する必要がある。


 地下からわいた魔物が、地上の人間を襲うということがあってはならない。


 地下遺跡を管理する聖堂騎士団に所属していた彼女は、その使命感からそう結論づけたらしい。



「では、先に進みましょう」


 ゴールまでどれほどの危険に見舞われるかは判らない。

 同時に、手を伸ばせばすぐに掴める距離まで来ているのかもしれない。


 だとしたら、一歩を踏み出すしかない。



『……呪……死』


 その頃には、それが幻聴ではないことを確信していた。

 声は訴えかけてきていた。


 それは地の底から響く呻き声のように。


 この遺跡では負の感情が増幅され、人は狂い。やがて破滅に導かれると。





  『守護者』▶︎

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