四場 黒騎士
おびただしい量の出血がサンディの肌や衣服を赤く染めあげる。
黒騎士は躊躇なく命を絶つための攻撃をくりだした。
かろうじて命を繋いでいるのは【治癒魔術】の作用によるものだ、それは彼女が聖堂騎士団の一員であることの証明。
だとしたらその実力はけして低くはないはずだ、それがまったく歯が立たずにトドメを刺されようとしている。
私は叫ぶ。
「サンディ!!」
黒騎士は虫でも潰すかのように「死ね」と、冷淡に吐き捨てて刃を振り下ろす。
響く金属音──。
サンディの窮地と炸裂音に心臓が破裂しそうになった。
攻撃をはじかれた黒騎士が大きく後退する。
「忌々しい……」
妨害に対して黒騎士がボヤいた。
「なにやってくれてんだぁ! ひとんちの庭でっ!」
「ニケさん!」
黒騎士のサーベルを打ち返したのはニケのサーベルだった。
「ゴテゴテした黒づくめだな、逆に目立ちたがりか?」
戦場では両手剣を勇猛にふるう彼女だが、いまは社交場に配慮して儀礼用のサーベルをたずさえている。
「アルフォンスは?!」
死を伝えるのが恐ろしくなって、ニケの確認にわたくしはただ首を横にふった。
ニケは「くそっ!」と悔恨の声を漏らして黒騎士を注視する。
敵のしっかりとしたかまえとは対照的に、ニケはただ直立しているだけに見える。
落ち着きなく前後左右に揺れたり、膝の調子を確かめるように屈伸をくりかえした。
「──ひさびさヤバい相手だ」
じっとして動かない相手のどこにそう確信したのかは分からないが、ウォーミングアップかと思われた彼女の動きにはいくつかの駆け引きがあったみたいだ。
その差が素人のわたくしには判別できない。
それでもコロシアム中位のアルフォンスや聖堂騎士団を名乗るサンディがまったくの素人であるはずがなく、その二人を相手に黒騎士はまったくの無傷だった。
「無茶しないで!」
わたくしはニケに呼びかけた、しかし彼女は躊躇なく飛び込む。
ふらりと体をかたむけたかと思えば、鋭いふみこみで黒騎士に肉薄した。
数度、剣先をぶつけ合い、弾き、かわし、どちらともなく距離をとる。
いくつのやり取りが交わされたのかまったくわからない。
その一合で、ニケは確信をもって断言する。
「ジジイだな」
技術、体力、またはべつの判断材料があったのかわからないが、それは仮面によってかくされた黒騎士の正体に言及したのものだ。
異次元の駆け引きに介入不可能と、わたくしはもはや手の施しようのないアルフォンスを放置してサンディへと駆け寄る。
サンディはうずくまって息を荒らげながらも一心に【治癒魔術】を行使していた。
苦痛に表情をゆがめ多量の汗が流れ落ちている、キズは深く内蔵の治癒に時間がかかっている。
「頑張って、サンディ!」
完治できるに足る魔力の貯蓄が彼女にあることを願う。
──こんなときに魔術が使えれば!
イリーナに魔力のすべてをささげたことに後悔はない。
それでもこの場でなんの役にも立たない自分が命を絶ってしまいたいほどに歯痒かった。
「増援を呼んできます!」
それくらいしか出来ることがない。
大声で言って立ち上がる。
それで黒騎士のあせりを誘発できれば、ニケが優位に立てるかもしれない。
刹那、不自然な破裂音――。
パンと小気味よい音がひびいたかと思うと、ニケの頭部が裂けて血を吹いた。
それは黒騎士の放った、体内でおこる小規模な【爆破魔術】。
ニケは悲鳴をあげる。
「痛ってぇぇぇ!!」
頭部がはじけた衝撃に平衡感覚をうしなって転倒した。
わたくしは援軍を呼びにいこうとした足を踏みとどまる。
去ったが最後、ニケもサンディも殺されてしまう。
「やめなさい! アナタの狙いはわたくしではないのですか!」
サンディが介入して以降、黒騎士はわたくしにかまう気配がない。
さきほども、おとなしくしていてもらう。と、そう言っていた。
命をとろうとしたにしては弱い表現だ。
アルフォンスを殺し、サンディの内蔵をえぐり、ニケの頭部を破裂させた男が。
「ぐ、うぅ……」
ニケはもがいているが立ち上がれる気配はない──。
黒騎士はこちらをまったく意にかえさない、倒れたニケと慎重に距離をつめてトドメの一撃をさぐる。
「お願い、逃げて!」
わたくしは役にもたたない悲鳴をあげただけ。
黒騎士が転倒しているニケにまっすぐ剣を突きだした、サーベルは当然のように彼女の胴体をつらぬく。
つらぬいた──。
「………!?」
絶望に悲鳴すら声にならなかった、わたくしがその場に崩れ落ちそうになる刹那──。
「ハハッ!」
胴体をつらぬかれたニケが笑った。
いや、つらぬかれにいった彼女の攻撃が黒騎士の大腿部を貫通したことに笑った。
姿勢のひくい相手を狙った黒騎士は足をその場にふんばり、ニケが避けることをせず攻撃に転じたことで攻撃が交差した。
「ぐぅおおおっ!!」
「わははははっ!」
黒騎士のうめきが想定外をあらわし、ニケの笑い声が想定どおりだと語っていた。
ニケは立ちあがれないフリをして相手の攻撃を誘い、それを受けることで相手に隙をつくった。
まさかみずから剣に刺さりにくるとは考えなかった黒騎士は、ニケの攻撃を回避することができなかった。
「ニケたちは! タダじゃあ死なない! かならずツメ痕をのこす! 敵を滅亡に追い込むに足るキズをだぁッ!」
ニケが吠えた。
黒騎士は突き刺したサーベルを手ばなして距離を取ることを優先する、しかしニケがしがみついてはなさない。
「逃げるなっ!! ここで死んでいけ!!」
「ダメです、ニケさん!!」
みずからの治癒を終えたサンディがニケに駆けよっておさえこむ。
「これ以上うごいたら死んでしまいますよ!」
サンディに取り押さえられたニケから黒騎士が解放される。
それでよかった、サンディがニケを止めたのはすでに勝利が確定したからだ。
黒騎士は片足に重症を負い、撤退のタイミングを完全に逃した。
「そこまでだ!」
周囲をすでに騎士団が包囲していた。
指揮を執るのはダーレッド・ヴェイル騎士隊長だ。
わたくしは騎士団に注意喚起する。
「気をつけてください、魔術を使います!」
黒騎士がニケに、そしておそらくアルフォンスにも使った体内から破裂させる魔術。
素手だからといって油断はできない。
しかし次の瞬間、黒騎士は予想外の行動にでた。
両手を降参とばかりにかかげてあっさりと騎士団に投降したのだ。
「よし、取り押さえろ!」
ダーレッドの指示で騎士たちが黒騎士を捕縛する。
唖然とするわたくしにダーレッド騎士隊長が駆けよってくる。
「近づかないで、危険です」
言われて自分が無意識にも黒騎士へと手をのばしていたことに気づく。
ダーレッドはわたくしを黒騎士からひきはなすと庭園の椅子へと座らせた。
「……なんで、こんな」
困惑している。
なぜこのような惨状がくり広げられたのか、それをした犯人があっさりと連行されていくのか──。
「あの足では観念するほかないでしょう」
彼の言うとおり、ニケが与えたのはもはや走ることすらかなわぬ深手だ。
「──生け捕りにできたのは不幸中のさいわいです」
騎士団の到着がなければおそらくニケは黒騎士を道連れにしていた。
そうなればその正体、目的ともに闇に消えていたかもしれない。
わたくしは定まらない意識でなんとか要求を伝える。
「厳重な拘束を、そして取り調べで目的をあきらかにしてください」
「承知してございます。すぐ医者と治癒術師を手配しますのであとは我々にお任せください」
黒騎士が騎士団に囲まれて連行されていく、一切の抵抗を見せない。
わたくしはそれを呆然として見送ることしかできない。
心臓がずっと破裂しそうだった。
数名の騎士がのこって状況の確認、不審物の捜索などがおこなわれている。
サンディはニケに【治癒魔術】をほどこし、ニケは気力がつきて意識をうしなっている様子だ。
わたくしは血の気がひいてはたらかない頭のままで歩きだす。
もはや確認の意味はないとばかりに打ち捨てられた遺体に向かって。
どうしていいのか、どうすべきなのか、なにもわからない。
「アルフォンス様……」
ただ、そのまま放置してはいられないくらいに特別な存在だった。
「アルフォンス!!」
呆然と立ちつくすわたくしを追いこしてサンディが遺体のよこに駆けつけた。
そしてわたくしにできなかった処置を悪あがきのように開始する。
それが無駄であることは彼女にもわかっているのに。
「アルフォンス!! ねぇ、アルフォンス!! 冗談やめてよ、起きて、ねぇってば!!」
サンディは必死だった。
彼の頭を抱きしめて懸命に呼びかける姿が印象的だ。
時には事件を起こし、時には私たちを導き、数々の窮地を救ってくれた。
イリーナをこの世界へと召喚したはじまりの大魔術師。
その日、かけがえのない友人アルフォンスは死んでしまった――。
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