五場 魔術師はなぜ殺されたのか


黒騎士襲撃の翌朝──。


執務室にはわたくしのほかにサンディとレイクリブ、賓客としてイバンとその友人が待機している。


黒衣の騎士が何者でその目的はなんだったのか、メジェフ騎士隊長の報告を待っていた。


アルフォンスの死を知ったイバンは顔面を蒼白にしてうなだれた。


「そんな、アルフォンスさんが……」


天涯孤独となったアルフォンスの死を誰に伝えたものかと考えたとき、友人を代表してイバンを呼び出した。


彼は闘技場解放から今日にかけてもっとも関わりのある友人の一人、接していた時間はわたくしよりも長かった。


レイクリブがサンディにうながす。


「おまえも正体をあかしたほうがよいのではないか?」


昨晩、黒騎士と対峙した彼女は聖堂騎士団を名乗っていた。


「えへへ、隠していてスミマセン。でも、敵だとかそんなんじゃあないんです」


そう思ってはいないけれど、ただの女中をよそおって女王に張り付いていたのは事実。


聖堂騎士団は一年まえに壊滅した──。


教会は各地に点在し司祭は役割を果たしているが、聖堂騎士団は権力を監視する組織であることから王都を本拠にしていた。


一箇所にあつまった聖騎士たちがリビングデッド事変で一網打尽になったのは確認されている。


「さしさわりがなければ理由を聞かせてください」


サンディはコクリとひとつうなずいて語りはじめる。


「私は聖堂騎士団の修道士です、師匠のヘーメテミスから命じられ女中として城にもぐりこみました」


聖騎士ヘーメテミスは例の件ですでに亡くなっている、凛とした美しい女性で聖騎士と呼ぶにふさわしい人物だった。


「──任務は騎士団の監視です」


サンディが女中として雇用されたときも騎士団による権力の一極化が問題視されていた。


元老院はあからさまな女王の囲い込みで牽制していたけれど、教会もスパイを忍ばせていたらしい。


「任務で教会をはなれていたことで難を逃れたわけですね」


当時、教会にいたものたちはみな死人になってしまった。


「はい。事件後、途方に暮れた私はチンコミル将軍に身のふりかたを相談しました、西部への移動を迫られていた彼は私に任務の続行を命じられたのです」


主人をかえて教会に与えられた任務をそのまま継続していた。


サンディの正体は王都をはなれる将軍が情報収集のために残した密偵だった。


「レイクリブは知っていたのですね?」


彼はチンコミル将軍の従騎士だったこともありつながりが深い。


「隠していたほうが都合がよいこともあるかと思いましたので、申し訳ごさいません」


ハーデン団長と折り合いのよくない将軍がノーマークの部下をもぐりこませた意図はわからなくもない。


レイクリブはそれを承知していた。


護衛騎士が社交場で距離をとっていたのは気をつかっていたのではなく、役割をサンディに任せていたからか。


今回、それは功を奏したことになる。


「いいえ、おかげで助かりました」


彼女があの場にいてくれたおかげでニケは一命をとりとめることができた。



「失礼いたします!」


サンディの正体があきらかになったところでメジェフ騎士隊長が入室してきた。


本題はここからだ――。

 

老騎士は待ちわびていた私たちの視線を一身に浴びる。


「どうでしたか?」


私は彼の準備をまたずに報告をせかした。


その表情は柔和な老人にしては険しく報告内容の不穏さを匂わせている。


実際に彼の口はおもく第一声がおくれていた。


「一度、出なおしたほうがいいですかね?」


イバンの友人が気をきかせて発言した。


ぜひ紹介したいと言ってつれてこられた人物はスタークスと名乗った。


彼が退出しようとしたところでメジェフ騎士長はそれを制した。


「お気づかい無用、聞かれてこまるような情報はなにもないのでな」


「どういう意味だ?」


レイクリブが食ってかかった。


仲間を失ったわたくしたちは決定的な情報を期待して待機していた、なにもないではおさまらない。


メジェフは申し訳なさそうに頭をかく。


「非常に伝えづらいのだが、犯人の失踪により聴取はおこなわれなかった」


わたくしは報告を飲みこむのに時間を要した。


まっさきに激昂したのはサンディだ。


「なんですか……それ!! なにを言ってるんですか!!」


昨夜、完全に捕縛した賊からなんの情報も得ることができなかった、そう報告されたのだからその反応は理解できる。


わたくしも困惑を禁じえない。


「詳細を、お願いします」


平静をとりつくろいながらたずねた。

 

「言葉通り、昨夜とらえたはずの犯人に脱獄されてしまいました」


メジェフを責めても仕方がないと机にもたれて頭をかかえる。


「なにかしらの術師でした、想定外の方法で抜け出したのかもしれません……」


そう言ってはみたが気休めにもならない。


あまりにもいさぎがよかった、それが不気味ではあった。


黒騎士はあの場で戦闘するよりも捕まってから逃げるほうが容易と考えたのかもしれない。


「──素性は確認できたのですか?」


まさか兜をはがさないで幽閉したわけではないだろうとメジェフにたずねた。


「それが、顔を見たところで素性の知れない人物だったらしく」


素顔をみても特定はできなかった。


騎士団上位の剣士であるニケとわたりあう腕前に加えて、彼女の言うとおり高齢の人物であるならば今日までまったくの無名ということがあるだろうか。


「外部の人間ということは敵国の刺客かもしれませんね……」


他国の達人の顔まではなかなか知らない。


しかしアルフォンスの話によると鉄仮面は昨夜とつぜんあらわれたわけではない、書記官リヒトゥリオと接触していた目撃証言があったはずだ。


「威信にかけて捜索すべきではないのかな、騎士隊長どの?」


レイクリブの嫌味に対してメジェフは苦い表情をする。


「当てのない捜索に割く人員の余裕はない」


「バカな、謎の敵におびえて暮らせと?」


「会議の結論では陛下の身辺警護の強化をと」


レイクリブが怒鳴る。


「騎士団はそこまで無能か!!」


素性も不明、目的も不明──。


わたくしは思いつきを口にする。


「はたして、狙われれたのはわたくしなのでしょうか?」


当事者の感想としてはそれを達成するタイミングはいくらでもあったように思える。


しかし黒騎士はあきらかにニケやサンディという脅威を優先して攻撃していた。


まるでわたくしなど眼中に無いかのように──。


「と、申しますと?」


仲間たちにかまわなければ、逃げおおせることができていた。


わたくしは現場に居合わせただけで、もともと標的でもなんでもなかったのかもしれない。


老騎士にその視点はなかったらしい、城内で女王が危険にさらされたのだから無理もない。


「殺されたのはアルフォンスだ、それについて議論はされなかったのか?」


レイクリブの発言でモヤモヤとした不快感が頭のなかを満たした。


アルフォンスが死んだ、それをまだ飲み込めずにいる──。


「だとすればなおさら犯人に聞くしかあるまいよ」


メジェフの言うとおり、アルフォンス抜きにして犯人の動機については推察のしようもない。


「だとしてもだ、あらためるべきことは山ほどあるだろう。敵はどうやって城内に侵入し、あの男が一人になるタイミングで姿をあらわすことができたのか、解明する必要が」


レイクリブの言うとおりだ。


昨夜は部外者の出入りがさかんにあった、そのなかに紛れた可能性はじゅうぶんに考えられる。



「犯人さがしの件、コチラでうけたまわりましょうか?」


予期せぬタイミングでイバンの友人が自己をアピールする。


「──失礼、挨拶が遅れました。わたくし盗賊ギルド『猫の手』ギルドマスターのスタークスと申します」


彼が盗賊ギルドのマスターを名乗ると、メジェフは「盗賊ぅ?」と表情がゆがめた。


「恐喝で食っていくにはキツい時勢だ、我々のスキルを諜報活動にいかしていただけたら幸いです」


スタークスの売り込みを老騎士が突っぱねる。


「信用できるものか!」


盗賊ギルドといえば盗賊同士が円滑に仕事をシェアするための組合だ、治安を守る騎士としては裏社会に属する彼らをけむたがるのも当然。


「新設のギルドですよ、悪いことはまだなんにもしてねぇ」


無法者であると同時に彼らはさまざまなスキルや情報網を有しており、民間や旅人にとって頼りになる側面も持っている。


そう本に書いてあった。


わたくしが対応に困っていると、レイクリブがたずねる。


「使えるのか?」


率直な質問、それは利用を視野に入れているということ。


彼こそ盗賊と相いれなそうだと思っていたので意外だった。


「城下のことなら騎士さま方よりはるかに詳しい、アンダーグラウンドのことなら尚更ね」


なるほど。と、レイクリブはうなずき、わたくしに決断を迫る。


「陛下、騎士団とはべつにそういう手駒を持っておくのは有用かもしれない。父は芸術家や職人のギルドを厚遇していたが、暗殺者のギルドなどにも投資をしていた」


どうにも頭が働かない。


アルフォンスの死があとをひいて、新しいことに決断をくだすほうに思考を割くことができないでいる。


わたくしが戸惑っているとスタークスが口をはさむ。


「売り込みの材料として、手はじめにひとつ情報を提供しましょうか。勇者イリーナについてです」


イリーナの情報、その文言にみなが一斉に反応した。


効果はてきめんであったしそれを出し惜しみもしない、スタークスは満足気に語りだす。


「彼女から陛下にあてられた安否のしらせですが、国境で確認されたものと陛下の手に渡ったものの封書がちがいました」


「……どういう意味ですか?」


わたくしはろくに考えもせずに答えを催促する、待ちきれない。


「途中ですりかえがあったってことですよ」


「イリーナが無事という情報は捏造だったということでしょうか?!」


わたくしの手に渡ったものが偽の手紙だというのなら、書かれていたのは虚偽の情報ということだ。


「いいや、そこをひねって意味があるとは思えない。帰還するよりもさきに伝えるべきと彼女が判断した情報部分を、抜き取った。と、そう推察するね」


そのひと言でレイクリブは理解する。


「なに者かにとって都合のわるいことが書かれていた……?」


一度封を切ってから、べつのものに入れ直した。


手紙ごと処分してしまわなかったのはなぜだろう、女王宛ての手紙をさすがに無かったことにはできなかったのか。


「スマフラウからの報告で隠蔽されうる情報とはなんだ?」


レイクリブがスタークスに疑問を投げかけた。


スマフラウはいっさいの交流がない秘境の都市だ、そんなところからの手紙に誰にとって不都合な情報が書かれていたのか──。


「検討もつかない、そこですでにスマフラウのイリーナあてに使いをだしてある」


抜き取られた情報は本人に確認すればいい。


新設の若いギルドマスターはすでに先手を打って真相解明のために行動を開始していた。


「──信用がないのは承知ですがそれはこれから築いていくとして、人手不足で調査がいきづまるってんなら任せてみたらどうです?」


騎士団の強みは城内を自由に捜索できるくらいのものだ。


手がかりがない以上は彼らを頼るのが得策かもしれない。


それにイリーナに会いに行った者の報告が気になって仕方がない。


「わかりました、では黒衣の騎士の調査を依頼しましょう」


リビングデッド事変からの復興にともなう慰霊巡業も残っているのに、友人の事件に力を入れる。


女王が私情を優先していると批判を受けかねないが、これはそんな単純な問題ではない気がする。


放っておけばさらなる悲劇を生む気がしてならない。


「ご利用ありがとうございます。さしあたって出入りした客のリストとくわしい人間を一人紹介してくれ」


「サンディ」


手配するように指示すると、彼女はとりあえず名前をほめる。


「猫の手とかプリちぃくないですか?」


「そうかしら……?」


その名の由来はけして可愛いものではない。


こうしてわたくしたちは黒騎士を調査するため、毒殺用の爪をもつ手袋の名を冠した盗賊ギルドを雇うことにした。



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