六場 地下迷宮の伝説
「すぐ戦争になるかもしれませんね……」
会議が一段落するとサンディがポツリとつぶやいた。
「急にどうした?」
実際はすでにマウ王国と開戦中であり、王都には前線を補給する余裕がなく苦しい状況にある。
「だって、スマフラウなんて名前もきかなかったじゃないですか」
スマフラウは辺境の都市であり完全中立、交わることを想像すらしていなかった。
王都の弱体化を機にマウ王国が攻勢にでてきたように、いつどこが侵略をしてきてもおかしくはない。
サンディの懸念に対してスタークスが注釈を入れる。
「封書の変化を確認したのは国境を越えてからだ」
つまり入れ替えは国内で行われた。
だからといって隣国の関与をかんぜんに否定できるわけではないけれど。
「──とにかく調査の報告をまっててください」
スタークスの言うとおり、いくら悩んでもここで結論が出ることはないのだろう。
「やりかえしましょうよ!」
とつぜん、これまでアルフォンスの死を悼んで大人しくしていたイバンが叫んだ。
「その相手がわからないから困ってるんだけど……」
あきれ顔のサンディに反論する。
「誰にとかじゃなくて、マウにしてもスマフラウにしても黒騎士にしても、このままじゃやられっぱなしって話です!」
イバンが問いただしているのは敵のことではなく、アシュハのあり方について。
「──この国がなぜ【神聖魔術】の総本山なのか知ってますか?」
アシュハ皇国は大陸最大の教会本部を擁していた、それにより神聖魔術の継承、発展の規模がほかとは比較にならない独占状態だった。
多彩かつ強力な【治癒魔術】の存在による強気こそが、他国に対する軍事的アドバンテージだったと伝わっている。
「これでも私は正式な聖堂騎士団の一員ですよ?」
サンディが名乗りをあげたが、それは一般にも周知されていることだ。
「大聖堂があった土地に首都を移したからだろう」
解答したのはメジェフ騎士隊長。
それは三百年以上もまえのことだ。
大聖堂は【神聖魔術】の殿堂、その頂点たる大神官は人類最高峰の術者であり優れた術者を排出しつづけた。
その権威にあやかるため当事のアシュハ王はこの地を首都にさだめた。
イバンは続ける。
「では、大聖堂はなぜここに建てられたのか」
わたくしは答える。
「この地で『上級悪魔の封印』がおこなわれたからだと言われています。時の大神官が地下深くに魔族を封印し、その上に強固な封印として神聖なる大聖堂を建てたのだと」
深淵なる地下迷宮の底でグレーターデーモンと対決し封印した、そのときに大神官とともに戦った十二人の戦士たちが聖騎士の原点なのだとか。
サンディがつぶやく。
「へえ、そうなんだ……」
「なんでおまえが知らないんだ!」
レイクリブがとがめた。
「わたくしの読んだ文献には、デーモン自体はすでに消滅していると書かれていました」
封印後、教会は放置せずに時間をかけて魔族消滅の役目をはたした。
デーモン討伐は三百年以上もまえに解決してカビのはえた言い伝えだ。
隠匿したわけではない。
上級悪魔の顕現した地に住んでいる、発展の途上でそんなネガティブな情報は好んで伝わらなかった。
教会関係者でもないイバンがその知識を持っていることがむしろ珍しい。
わたくしは投獄中に文献をはしから読み明かしていたためにその知識を得ていた、あまりのたいくつに【古代神聖文字】の解読などをしていたものだ。
「それがどうかしましたか?」
前提知識の共有ができたので、イバンに話のつづきをうながした。
「数百体のリビングデッドを収容していた地下空間、それがどんなものか気になって大聖堂の焼け跡をしらべたんです」
イバンの発言に対してサンディが憤慨する。
「なに勝手なことしてるの!?」
彼女からすればそれは到底看過できる行為ではないだろう。
教会由来の貴重な品などがあるかもしれないので、適切な鑑識者が見つかるまでそこは立ち入り禁止になっている。
最近、すこしずつ手を入れはじめているところだ。
スタークスが暴露する。
「うちから持ちだした火薬で火をつけたのもコイツなんだけど」
「それは非常時だったから」
イバンが口にするならば、焼けた。ではなく、焼いた。が正しい。
「信じられない……」
サンディはあいた口がふさがらない。
「とにかく、調べたらあったんですよ地下遺跡につづく道が!」
聖堂騎士団出身者が答える。
「それはありますけど、そういう空間には悪いものがわきやすいので入口は固く封印されています」
地下遺跡などは放置すればよくないものが溜まる、小鬼や危険生物の住処になりがちで怨念などが滞留して呪いを生むこともある。
「まわりくどいな、結論を言え遺跡あらし!」
歴史の授業にしびれを切らしたレイクリブが結論をうながした。
「どうやら地下迷宮の奥にはデーモンの封印にもちいられた魔具が安置してあるらしいんです、それを回収しましょう」
イバンははっきりと目的を提示したが、わたくしには合点がいかない。
「なぜです?」
外敵に対してどう対処するか、そんな流れのつもりがいつの間にか発掘調査のはなしになっている。
「そりゃあ『強大な力』かもしれないからですよ。国が弱体化したから好き勝手される、だったら強くなるしかないでしょう!」
なるほど、理屈はわかったけれど優先順位でいえばけして高くないように感じる。
上位悪魔を封じるのに使われた魔道具──。
興味はあった。
しかし、首都の復興、民衆への支援、有力所たちへの協力要請、慰霊巡礼、黒騎士に対する警備の強化とやることは山積みだ。
地下迷宮といわれる場所から三百年前のアイテムを発掘するのにどれだけの人手と期間を要するかわからない。
イバンは粘る。
「【聖騎士の遺産】の具体的な効力はわかりませんが世界を救った力です、形勢をくつがえせるかもしれない。それを得ることで女王の権力が増すなら戦争だって未然に防げるかも!」
【聖騎士の遺産】それがあれば黒騎士を返り討ちにできたかもしれない。
そうでなくとも、わたくしに本来の【治癒魔術】の行使が可能だったら幾ばくかの貢献ができたのに。
そう考えると後悔は尽きない。
「イバンさんの提案は理解できました」
皇国がふたたび力をとりもどすために伝説の魔具を回収する。
それは神聖魔術の殿堂として王道なのかもしれない。
「──それを踏まえても王都の復興と民衆への支援を優先し、遺跡調査をする余力がないと判断します」
押し寄せる問題に対して即座に方針を決定するのがわたくしの役割だ。
推考が必要なことは後回しにする他にない。
「そんな悠長なことで大丈夫ですかね……?」
イバンは不服そうだったが、まったくこちらの事情を解さないということもなかった。
「サンディ、しばらくわたくしの身のまわりのことは平気ですので、大聖堂跡の視察を任せてもいいですか?」
大聖堂は事件後、見張りは立ててあるけれど手付かずの状態だ、地下のことはともかくとして貴重品の保護や回収をおこなわなくてはならない。
関係者の存在が明らかになったことをうけて、あとまわしになっていた仕事を元聖堂騎士団に任せる。
「かしこまりました、昼から現地調査にむかいます」
わたくし同様、彼女も昨夜のできごとが尾を引いているはずなのにそれを感じさせない。
それが聖堂騎士団でつちかわれた強さなのかもしれない。
こうして半刻ほどの会議を終えると政務のために解散する。
「それではイバンさん、アルフォンス様のことをよろしくお願いします」
「はい。人は集まらないでしょうけど埋葬まで俺が見とどけます」
わたくしもそうしたかったのだけれど、それはかなわない。
午後からはまた慰霊巡礼で礼拝堂を巡らなくてはならなかった。
「サンディ、仕事は明日からでかまいませんよ?」
できればアルフォンスの埋葬に立ち会ってあげてほしい、もともと昨日の今日で疲弊している彼女を休ませるつもりでもいた。
でも、サンディは了承しなかった。
「いやですよ、私の方からあいつに歩み寄るなんて格好わるいですからね」
そう言ってさびしげに笑うと仕事に向かって行った、立ち止まったら調子が狂ってしまうとでも言っているかのように。
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