三場 女王と民と


「ウソだろ!? おい、一番えらい人だぞ!」


「いやいや信じられない、フルネームを言ってみてよ」


そうとは知らずに会話をしていた男たちは素性をあかすと驚いていた。


この変化が状況を好転させてくれることに期待をかける。


「ティアン・バルドベルト・ディエロ・アシュハ四世です」


わたくしが名乗ると二人は大袈裟にわらいだした。


「なっげぇ! わらえるっ!」


「むずかしすぎて合ってるかわからないんだけど!」


──この状況のなにがそんなに愉快なの?


返ってくる反応のすべてが想定とかけはなれていて、まつもたく理解が追いつかない。


「お願いします、せめて騎士団に報告してはいただけませんか?」


それは遠回りな提案だ、彼らの得体のしれなさが恐ろしくてわたくしは弱気になっていた。


──そんな場合じゃなのに!


なぜこんなにも恐ろしいのか、相手は強奪をなりわいとする野盗でもなければ敵国の兵でもない。


愛すべき同胞、守るべき民衆なのに。


「ええっ、めんどくさっ!」


しかし彼らはそれすらも聞き入れてはくれない。


「城までどんだけあると思ってるんですか、勘弁してくださいよ!」


億劫そうに吐き捨てた。


たしかに今日にかぎってあまりにも遠出してきている。


使いを頼むのは現実的ではない距離だし、レイクリブがもたない。


──どうすれば、なんて言えば。


どんなに言葉を尽くしても彼らを説得できる気配がない。


「十分な報酬をお支払いしますから!」


その言葉に男は好意的な反応を示す。


「この辺の瓦礫をどけて助けたらいいんですか、女王さまってことは報酬は期待してもいいですよね?」


最初からそう言うべきだった、これが正解だ。


わたくしなら、わたくしの知っている人たちならば生き埋めになっている人間がいたら手を差しのべる。


だからそれが当然だと勘違いしていた、先入観が邪魔をして思いいたらなかった。


人は善意で動くとはかぎらない、そういう相手には見返りを提示すればよかった。


男の乗り気な態度に私は安堵した。


レイクリブを救えるならどれだけ払っても惜しくはない、彼はそれだけの価値がある人物だ。



「よし、やるぞ。おい、そっち持て」


男の一人が作業に取り掛かる、それを連れの男が制止する。


「……やめようぜ」


「えっ、なんでだよ。こんなわりのいい仕事はないぜ」


わりのいい仕事──。


その言葉はわたくしの感情を逆撫でした。


さきほどまで無理だ無理だと突っぱねていたのはなんだったのかと怒りがこみ上げる。


悔しくて涙がこぼれた。


わたくしは下唇を噛みしめて感情を押し殺す、いまは男がなにを言いだすのかが重要だ。


「だってよ、けっこう無礼な態度をとったし、顔とか見られたらヤバくねぇか?」


弱者とおもえば虐げ、強者としれば怯える。


助け出したそのあとに報復されると彼は考えはじめた。


「なにもしません、約束はかならず守ります!」


なによりも人命が優先、心からの本心だ。


しかし彼には伝わらない。


「信じられないよ。みんなも言ってる、女王は民を苦しめることしかしてないって」


「ああ、言ってるな……」


たしかにわたくしはフォメルス王から国を奪い返した。


けれど、手をくだしたのはそれだけだ。


直接的にはわたくしはなにもしていない、なにもさせてもらえない。


この国はあずかりしらないところで窮地におちいり、他者の運営で衰退していく。


なにもさせてもらえない、誰も従わない。


しかし民衆にとってはすべてがわたくしの失敗に見えている。


──従わせる力がないことがわたくしの罪。



「うん、そんだけ元気ならしばらくは大丈夫ですよ」


そんなことはない、一刻を争う状況だと何度も伝えている。


「臣下の者が一緒に生き埋めになっていて、いまにも死んでしまいそうなんです!」


「なんだそいつ、つっかえねえ」


そのひと言はわたくしを激昴させるのに充分だ。


レイクリブは役割をまっとうし、その結果として重症を負った。


忠義のために彼は命をおしまない、人助けをためらわない。


彼はバカにされていいような人物じゃない。素晴らしい臣下、騎士のなかの騎士だ。


──悔しい。


レイクリブを侮辱されたことが、おのれを馬鹿にされたことよりもはるかに耐えがたい。


「それでもあなた方は栄えある皇国の民なのですか!!」


悔しさのあまりわたくしは感情的に叫んでいた。


それは致命的な失敗。


「うるせぇぞクソ餓鬼ッ!!」


すがるしかない相手の機嫌を損ねただけだ。


「百万人殺して平気なやつが身内ひとりが危ないからってガタガタ言いやがって! 俺なんてな、隣の婆さんが死んじまったんだぞ、おまえのせいで!」


男が怒鳴り、もう一人の男がそれを笑う。


「ブハッ、おまえなにキレてんだよ。はやく死んでくれとか、せいせいしたとか言ってただろ」


なんの話? 悲しい話なの? 楽しい話なの?


わたくしは困惑することしかできない。


「だってムカつかねぇ? コイツら俺たちが食い物にこまってんのに、連日パーティしてうまいもん食って、酒を浴びてよ」


「ああ、それはたしかに許せねぇ。おい、おまえらの血は何色ですか?」


たしかに昨夜も歓迎会がおこなわれた、しかしそれは民衆に還元する資金を集めるためだ。


「それは、復興の支援を呼びかけるためで……」


「言いわけするな! 言いわけするってことは反省してないってことなんだよ!」


わからない。


わたくしがなにをとがめられていて、この人たちは何がそんなにも気にくわないのか。


そもそも本当に怒りを感じているのか、いまも二人は笑っている。


「ほんっと言いたいことが山ほどあるわ」


「おう、なんだよ。いまのうちに言っとけ、いい機会だから」


いい機会……?


人が死に瀕しているのに?


「おう……、えーと……なんだっけ?」


「バッカ、おまえに期待してねぇよ政治のはなしとか」


言っていることがわからない、言葉も通じていると思えない。


時間が経っているのかも止まっているのかも。


ただ、先ほどまでしたたりおちていた血液の感触が止まってしまっている。


背筋が凍りつくように寒い。


「お願いします、どうか助けて! わたくしにできることなら、なんでもしますから!」


「よし! じゃあ、おまえが殺した百万人をいますぐ生き返らせてくれ!」


この地獄なんだ、この苦しみはなにに対する罰なのだろう。


きっと、無力に対する罰だ──。


「……それはできません」


「できないこと軽々しく言ってんな! 馬鹿ッ!」


その罵声はもう耳にとどいていない。


「ああああっ!!」私は叫んだ。


背中ごしに聞こえていたレイクリブの鼓動を感じない。


「なんで!! なんでなのっ!!」


神経を背中に集中して取り落としてしまった鼓動をさがす。


小さな振動をかき集めるようにかき集めるようにたぐる。


でも、見つからない。どこにも、見つからない。


「助けてぇぇぇ!! はやくっ!! はやくしてぇぇぇ!!」



「……おいおい、なんだ突然、おかしくなったか?」


男はそれまでどおりの冷静な態度をくずさない。


「おまえもなんか言ってやれ……。て、どうした?」


「あ、ごめん。考えごとしてたわ、助けたらなにしてもらおうかなって」


「どうせエロイこと考えてたんだろっ!」


男たちの下品なバカ笑い。


「いや、考えるって! 知ってる? 女王、めっちゃくちゃ可愛いんだって。エロイこと考えたらドキドキしちゃった」


「純心かよ」


──レイクリブ、どこ? どこなの?


鼓動をつかまえた気がしたけどすぐに見失い、錯覚だったと気づく。


「ええっ、こんなことでドキドキできちゃうの新鮮なんだけど、恋かもしれない」


「美少女で女王様って背徳感が半端ないもんな」


「そうそう、わかってくれる?」


ああ、駄目だ。ない、どこにもない。


「胸は?」


「デカイって話。いや、よく知らんけど」


「たまらんね」


なぜいま魔力を循環させることができないのか、【治癒魔術】さえ使えればレイクリブの命を救えるのに。


「あれ、死んだ?」


男が瓦礫を蹴った衝撃にわたくしはうめいた。


「よかった、生きてる」


「たとえば、いや、ほんとためしになんだけど瓦礫の隙間とかから」


「なんだよ、きっめぇな! わははっ!」


──無い、無い、無い、無い、無い無い無い無い無い無い無い無いッ!!


「足いれたら舐めてくれたりできる?」


「女王さまには無理でしょ、われわれ下賤の者のきたない足を舐めるとか」


「かーっ! そういうところがお高くとまってるってんだよ! 皆そうやって日々の糧を得てるんだぞ!」



「舐めます、なんでもします!! だから助けてくださいお願いします!!」


助けて、お願い。なんでもするから、速く助けて!!

助けて、お願い。助けて、はやく、お願い、助けて!!


「おまえのそういう一面みたくなかったわぁ、でも俺もしてもらおっかなぁ」


「おい、だすな粗末なものを!」


「わはははっ」


──あっ、死んだ。


背中に伝わる感触からとうとつにそれを確信した。 

 

「あー、駄目だ。隙間とかみつからないわ残念だけど」


死んでしまった。


レイクリブが、いま死んでしまった。


「あれっ? 女王さま静かになっちまったな」


失意のあまりわたくしは言葉を失った。


言葉の通じない彼らに媚びてまで得たいものがなくなってしまった。


沈黙した、やがて男たちが立ち去るまで。


みずからの無力に絶望し、ただ黙するしかなかった。


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