二場 大魔術師


ハーデン騎士団長は主役であるダーレッド騎士長をともなってこちらに迫ってくる。


二人の周囲を騎士長や上級騎士たちが取り巻いていて、わたくしのまえにならぶと規則正しく整列した。


それをアルフォンスとニケが小声で罵倒する。


「アピールがあからさまですね」「だっさくない?」


それが彼らに聞こえていないかとわたくしは背筋を冷やした。


ハーデン親子に次いで存在感をはなつのはマックサービス・シリウス騎士長とヌラウス・ニルセン騎士長、二人は騎士団長の側近中の側近だ。


いずれも現在の騎士団で中核をになう顔ぶれ、彼らの存在によってこの国の安全は保証されている。



「陛下! 本日もたいへん麗しくていらっしゃる!」


ダーレッド騎士長がたからかに歌いあげ、アルフォンスとニケが小声でそれを中傷する。


「誰です!」「無理キモイ!」


「ありがとうございます! ダーレッド卿!」


わたくしはその声をかき消すようにあわてて謝辞を述べた。


「陛下、挨拶まわりはお済みですかな?」


ハーデン団長が成果の確認をしてきた。


「はい、ひととおりご挨拶させていただきました」


「身内とのおしゃべりよりも機会のすくない賓客と接してくださるようお願い申しあげます」


おこられた。


ハーデン団長の言うとおり、わたくしは息抜きなどをしている場合ではない。


気落ちしかけているとアルフォンスが割ってはいる。


「陛下はダーレッド殿に代わり、今回の功労者たるニケ上級騎士をねぎらわれていたのです」


ニケも便乗して敬礼をしてみせる。


「ははぁ、ありがたきシアワセぇ!」


「活躍はいきているよニケ上級騎士。さすがは剣闘王者の愛弟子、剣で右にでる者はいないかな?」


ハーデン団長はおだやかな口調で一見ニケを褒めたようにも見える。


しかしこの場合は、いいえ、貴方には敵いません。と言うのが大人の作法だ。


だから称賛とはちがう、これは立場の確認作業。


「いいえ…」


そうニケがきりだしたときは当然そう答えると思った。


しかし、そうはならない。


「──あなた方ならばともかく、ヴィレオン将軍やチンコミル将軍には敵わないかもしれませんね」


それは嫌味でもなんでもなく、彼女の本心だ。


その発言に対して彼女より格上である騎士長たちが憤怒する。


「無礼だぞ!」


騎士団長の右腕であるマックサービス騎士長が怒鳴ったが、ニケは怯まない。


「アンタも敵じゃない」


一触即発、しかしハーデン団長は顔色一つ変えずに聞きかえす。


「私に勝てる自信があると」


問われたニケは騎士団長を測るように一瞥して答える。


「仮に騎士団長殿が最強だったとしてもニケたちには関係ありません、勝ち負けをあらそう覚悟があるかどうか、それだけです」


しずかな口調のなかに、競技とはちがう、死ぬまでやるぞ。という強い意思が込められていた。


ニケと騎士長たちのあいだで緊張が張り詰める。


それをふたたび収めるのは騎士団長の大人な対応だ。


「頼もしいよ、これからも息子の力になってやってくれ」


団長は余裕の態度でうなずくとニケとの話を打ち切った。


最悪の事態にならなくてよかったと安堵しかけたところに、騎士団長の子息ダーレッド騎士長がたずねてくる。



「ところで、いつお返事をいただけるのでしょうか?」


──すっかり忘れていた。


女子供がトップである現状が民衆を不安にさせている、それを緩和するのにもっとも効果的な手段はわたくしの結婚だと彼らは提案してきた。


さらに後継者が誕生すれば祝福ムードで民衆に活力をあたえられる、いまもっとも必要なのは民衆に明るい未来を想起させること。


それにふさわしい相手こそが、家柄、将来性ともに申し分のないダーレッド・ヴェイル騎士長なのだと。


今日のパーティも彼の実績を世に広め、英雄として女王との結婚に説得力をもたせるための下地作りなのだそうだ。


それによって国が栄えるのならば、それを反故にするのはワガママだ。


それでも親しい仲間たちが否定的であるという理由で首を縦に振らずにいる。


「……もう少し考えさせてください」


なによりイリーナやヴィレオン、大切な人たちに相談すらできていない。


「そうはおっしゃられるが、結論を先送りにすることで復興がとどこおるようなことがあれば民が餓えます」


民が餓える、ハーデン団長の言葉はとても重くのしかかる。


──私は。



「話が噛み合ってないですよ」


差し込まれた声はアルフォンス、堂々と騎士長たちのまえに立ちふさがる。


「アルフォンス君、どこにもくい違いはなかったと思うが?」


対するハーデン団長にも物怖じせずつづける。


「言葉を額面どおりに受けとっている時点で間違いでしょう、考えさせて下さい。は時間をくださいじゃなくて、お断りします。それくらいの行間は読みましょうよ」


ダーレッドが「それは君の感想だろう」と、震えた声で反論した。


侮辱に対する怒りを噛み殺しているようだ。


アルフォンスにはそれを意にかえす素振りもない。


「陛下の友人として口だしさせていただきますが、あなたのやっていることは卑劣な脅迫行為ですよ」


騎士団長と上位騎士たちにむかって魔術師はハッキリと言いきる。


「騎士団が力を貸さなければどうなるか分かっているのか? そういう脅しなんですよ。あまつさえ婚姻をせまるなんて臣下のあるべき姿とは思えませんね」


「いますぐ侮辱をやめろッ!」


ヌラウス騎士長が怒鳴った。


「民が飢えるですって! 困っちゃうなあ、民が飢えちゃうもん!」


「誤解をまねく表現だったことは認めよう。しかし我々にそのような意図はない、あくまでも陛下と国のためと考えたうえでの結論だ」


ダーレッドとの口論はヒートアップし、アルフォンスは決定的なひとことを叩きつける。


「あまり強硬な態度は取らないことです。我が一族を皇帝にさせろ。だなんて、ちょっとはしたないですよ」


場が一瞬で凍りついた。


「それ以上は看過できないが?」


ハーデン団長の口調は崩れずにおだやかだ、しかしこのままエスカレートしたらただでは済まない。


わたくしはたまらず仲裁に入る。


「お収めください、どちらもわたくしのことを思っての発言と理解しています。今後とも双方の活躍に期待しています」


するとハーデン団長は即座に引きさがる。

 

「たしかに我々が性急すぎた、しかし我が国がそれだけの窮地にあるということはご理解いただきますように」


たしかにダーレッド騎士長とのあいだに男子を授かれば時期皇帝はヴェイル家の血筋になる。


だとして、それは最善を講じた結果であり邪心によるものとは言いきれない。


「卿もお気をわるくなさらないでください」


「このダーレッド、全身全霊をもって陛下につくす所存でございます」


彼らに頼りきりの現状で感謝こそすれとがめる理由はない。


なにより、よりよい方法の提示をできない自分に不平を言う資格などないと思えた。



「女を口説くのに保護者同伴とか」


去っていった騎士長たちの背にニケが罵声を浴びせた。


素行が悪いのはどう見てもこちらの方だ。


「有力者の集まるこの場で確約を得られれば後戻りはできない、との考えが見えすいていましたね」


アルフォンスも不服を唱えている、私は笑顔をつくって場をなごませようとする。


「彼らはけして敵ではありません、手を取り合っていきましょう」


実際、彼らは非常に献身的だ。


レイクリブやメジェフをこちらの思惑どおりにさせてくれているし、ヴィレオンやチンコミルを前線に送ったことも能力ゆえの判断。


ダーレッド卿との結婚も、したほうが良いという理屈はわかる。


彼らはつねに私の意向を組んでくれていたし、提案はいつも正しい。


しかし、アルフォンスとニケのヴェイル親子に対する不信はくつがえらないようだ。



「とにかく私は自分以外の男に美人がうばわれるという状況を見過ごしてはおけない! したがって全力で妨害する! それだけです!」


「ニケが思うに、まずはアルにゃんを処刑すべき」


それはまったく論理的ではなかったけれど、わたくしが婚姻に応じない理由もおなじく感情論によるものでしかない。


「ところでティアン嬢。先日、倒れたと耳にしましたが?」


書記官リヒトゥリオ自死の報告をうけたとき、ショックのあまり昏倒した話だ。


「ええ、でもそれっきりです」


「いえ、あなたの場合はすこし気がかりな部分があるので、一刻もはやく魔力の循環にくわしい人物をさがすべきかと」


魔術師に限らず生物は魔力を循環させて生きている。


魔術師はそれを意識的に効率化し、操作することで魔術に転用できる技術者だ。


わたくしは魔力を暴走させた結果、循環自体がとどこおってしまっている状態だ。


体毛があからさまに変色し目眩などの頻度も増えた気がする。


アルフォンスはそれを心配してくれていた。


「執務が一段落したら手配したいと思います」


自然治癒を期待していたのだけれど回復の兆候は見られない、それでも忙しくて意識する暇がなかった。


「そうですか。では、その件については私から魔術師ギルドの方にツテがないか確認しておきましょう。馴れあった低脳共のあつまりですが、人脈においては私よりはあるでしょうからね」


イリーナがいなくなってからはアルフォンスがこうやって世話を焼いてくれている。


それはとても頼りになった。


「いつもありがとうございます」


私は尊敬する天才大魔術師に心からの感謝を伝えた。



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