一幕
一場 女王のお仕事
――ティアン・バルドベルト・ディエロ・アシュハ四世。
私がそれを名乗ってから一年、イリーナと出会ってからは二年が経過している。
はじめはなんて大仰な名なのだろうと委縮したものだった。
コロシアムに監禁されたころの幼いわたくしは、自分が何者でここがどんな国で、なぜ閉じ込められているのかすら分かっておらず、それはのちに歴史書から学ぶことになった。
当時は知ったところで確かめようもない、十歩歩けば一周できる空間がわたくしにとっての景色のすべて。
長らく呼ばれることも名乗る機会すらもなかった名を、今夜は百度も耳にしている。
「ティアン・バルドベルト・ディエロ・アシュハ四世陛下」
正装した男性に呼ばれ、私は会釈を返した。
ダーレッド・ヴェイル騎士隊長の凱旋パーティがもよおされ、場内は今夜もとてもにぎやかだ。
術師が用意した魔具の灯りに照らしだされた広間はきらびやかなダンスホール、着飾った大勢の客人に飲料をくばるため女中たちがせわしなく動きまわっている。
凱旋パーティと銘打ってはいてもそれは建前、国内の有力者を招集するための口実だ。
健在である地方の都市から、復興中の首都や戦火の絶えない前線への協力を打診するのが目的であり重要な政務だった。
国政は厳しく民衆の雰囲気は重い、けれどそれを緩和するには彼らのだしおしみのない協力が不可欠。
招く以上はそれなりのもてなしをするのが礼儀だと、豪勢なパーティを連日催している。
節制を強いられている民衆のことを思えば食事もノドを通らないけれど、得にならないことは誰もしたがらない。
施させるのではなく投資する気にさせなくてはならない、騎士団長の意向で精一杯の見栄をはることになった。
一人でも多く協力をつのらねばと、数日の期間がもうけられ今日はその最終日だ――。
すべての参加者と挨拶を交わした私は一息ついた。
するとその機をうかがって、見知った人物がちかよってくる。
それは尊敬する大天才魔術師──。
「ティアン嬢、お役目ご苦労さまです」
「アルフォンス様!」
大人たちとのハラの探り合いに疲れ切っていたわたくしはおおいに安堵した。
「──緊張の連続でわたくし頭が茹だってしまいそうです!」
アルフォンスと同伴している女性を振り返る。
「ニケ上級騎士、お変わりありませんか?」
彼女はこの国で唯一の女性騎士だ。
その経緯は特殊なもので、彼女の師がその剣技によって勝ち取った特権だった。
自身も達人でありリビングデッド事変ではおおいに活躍してくれた。
「陛下にゃん、おひさー」
ニケがおどけた調子で敬礼しアルフォンスがそれをとがめる。
「女王にむかって不敬ですよ!」
彼女はさきほど任務から帰還したところだけれど、どうやら怪我もなく元気そうだ。
「アルカカ様はお元気ですか?」
わたくしはこの場にいない彼女の師についてたずねた。
「趣味に没頭してよのなかには無関心って、もうすっかり隠居ジジイって感じ」
ニケがダーレッド隊に編入されたあとにアルカカは騎士団をはなれた。
片手片足のない彼は大きな部隊への帯同を遠慮したのかもしれない。
アルフォンスが補足する。
「いまの彼は第二の人生といった感じで、自分にあった義足の開発に心血をそそいでいるようです」
「素敵ですわ」
ハンデをものともせず新しいことに挑戦しつづける姿勢は素直に尊敬できる。
「棒切れとはいえやつに足がつくのはヤバイなぁ……」
ニケは表情を曇らせる。
「なぜです?」
歩けるようになってわるいことはひとつもない。
「素手同士じゃニケでも歯が立たないんだよ、直立できたら化け物になるに決まってるじゃん」
ニケはどうやら師が力を得ることを危惧している様子、よほど日頃の指導が厳しいのかもしれない。
彼は片足を欠損した状態でコロシアムを制覇した伝説の剣士だ、両足がそろえばそれは鬼神のごとき強さなのだろう。
立ち上がれない状態のわたくしならネコやハトにすら勝てるかどうか。
「遠巻きに見ていましたが、女王があまり下手にでるものではないと思いますよ?」
わたくしの仕事ぶりに対するアルフォンスの指摘はもっともだ。
しかし相手に負担を強いるという都合上、どうしても頭がさがってしまう。
「勝手がよくわからなくて……、アルフォンス様はいつも堂々としていらっしゃいますものね」
「私のように公明正大な人物は相手によって態度を変える必要などないのです」
その自信がうらやましい。
監禁生活のながかったわたくしには人と接する機会がほとんどなかった。
看守だったヴィレオンが話し相手になってくれていなかったら、発声する機能が退化していたかもしれない。
そんなわたくしに、作法として笑顔で接してくる人々の本心をうかがい知るのは困難だ。
頭を下げているのはカタチだけで、内心は未熟な子供とバカにしているかもしれない。
それも首都の状況をみれば仕方のないことだ。
「──その成果で近年は沢山の友人を得ることができました」
アルフォンスはそう言って指折りしていた手を広げると得意げに笑う。
「人数が両手におさまらないのは人生ではじめてのことですよ、フフフッ」
「友達じゃないよ」
御満悦なアルフォンスにニケが水を指した。
「──ニケはあんたの友達じゃないよ?」
執拗な念押し。
アルフォンスは「えっ?」と、驚いた表情で固まる。
「ためしに陛下と騎士団関係をはずしてみなよ」
「な、なぜです……?」
「騎士団関係者は陛下にゃんのコネだから、そういうのいれたら全国民が友達ってことになるじゃん」
「そういうものですか……?」
アルフォンスは腑に落ちないという様子でしぶしぶと指折りして数を読み上げる。
「勇者様、オーヴィル氏、イバン氏、クロム隊の二人……」
片手におさまってしまった。
アルフォンスは落胆する。
そのクロム隊の二人もコロシアム閉鎖後は職にあぶれており、交遊費の支払いはすべてアルフォンスもちという噂だ。
「アイツら友達じゃなくてタカリだから」
と、ニケは容赦がない。
そうだったのか。と、絶望の表情をうかべるアルフォンス。
わたくしはたまらず名乗りをあげる。
「わ、わたくしはお友達だと思っておりましてよ!」
なにせ近年まで友達ゼロ人だったわたくしだ、真意をうたがわずにいられる相手が片手で足りるという意味では違わない。
「──ところでアルフォンス様、イリーナからなにか連絡はありましたか?」
本題のはずがわざとらしい話題そらしみたいになってしまった。
「いいえ、しかしオーヴィル氏が一緒なら大丈夫でしょう」
先だってイリーナが無事であるしらせは受けていた。
療養を必要とし帰国までには時間を要するとのことで、一時は再会も絶望的と危ぶまれたため私はおおいに安堵した。
そのかわり待ち遠しくて仕方がなくなってしまったのだけれど。
「そうだ、リヒトゥリオ氏について気になる事がありまして」
アルフォンスのとうとつな話題変更はわたくしを驚かせた。
それは昨日に自死した書記官の名だ、事務面ではわたくしの右腕的な存在で重要な人物だった。
わたくしは耳を傾ける。
「気になること、ですか?」
自殺との報告を受けてはいるがいまも違和感を拭えずにいた。
「無関係かもしれませんが、自死なさる直前に人と会っているすがたを目撃したと。昨晩、枕をともにした女中のエイミが言っていました」
エイミはたしかわたくしの専属であるサンディと親しかった女中仲間だ。
なにが原因かサンディとエイミの二人は今朝方、骨肉の争いをくりひろげて絶縁してしまったらしい。
素朴な疑問──。
「アルフォンス様はいろいろな女性と枕をともにされているようですが、なぜ彼女たちを友達に換算されないのですか?」
そして二度とおなじ名を聞くことはない。
それにはニケが答える。
「友情をはぐくむまえに一線越えるからでしょ」
「越えた途端に興味を失うのです、私ごときにたやすく体をゆるす女を大切にしたくないというか……」
「死にたいのか?」
二人の会話の意味はさっぱり分からないが、それよりもいまはリヒトゥリオのことだ。
「ええと、リヒトゥリオと会っていたという人物がどなたか分かりますか?」
「残念ながら、兜のせいで顔が判別できなかったと」
「兜?」
甲冑をまとっていたのだろうか、すると作戦中の騎士が該当するかもしれない。
「ええ、なんでも特徴的なものだったそうです」
「そうですか……」
政府の要職にある以上、騎士との接触がなんら不審ということもない。
ただ、その騎士がなにかしらの情報を持っていることは考えられる。
──あとでレイクリブに相談してみよう。
現段階ではこれ以上の進展はないと判断して話題をかえる。
「ところで、お二人はなにをお話しされていらしたのかしら?」
自分と合流するまでのことをたずねた。
「ニケ嬢の愚痴を延々と聴いていたのみです」
「だって敵の大将を討ちとったのニケなのに、ぜんぶアイツの手柄みたいなんだもん」
ぷくりと頬をふくらませるニケ、アルフォンスがなだめる。
「軍の成果が指揮官の手柄になるのは当然のことです、それがチンコミル将軍だったら不満もなかったわけでしょう?」
以前まではチンコミル将軍がニケ上級騎士の上司だったが、彼は王都防衛の任を解かれ前線に出向させられた。
上級騎士ニケは騎士団長の命により、現在はダーレッド騎士隊長の部隊に編入している。
「ニケががんばった結果、アイツが得するってのが気にくわにゃい」
その件について少し興味がある。
ダーレッド騎士長には気を付けろ。と、レイクリブからも釘を刺されているからだ。
「お二人はダーレッド卿のことがお嫌いでして?」
「「あたりまえっ!」」
綺麗にユニゾンした。
「レイクリブもそのようでした……」
監禁状態から解放されたわたくしが学んだことのひとつは、好評よりも悪評が先行しがちだということ。
自分が優位に立つための手段だったり、単に憂さ晴らしだったり、多くの人々は誰かを宣伝するよりも足を引っ張ることを衝動的に好む。
そして、いまもっとも悪評にさらされているのが、このわたくしだ──。
だから、悪評を鵜呑みにしたくはない。
宮廷内で誹謗中傷のかぎりを受けているアルフォンス、彼が素晴らしい人物であることをわたくしは知っているのだから。
「陛下にゃんの目には入らないのかもしれないけどアイツ、相手によって態度がぜんぜん違うからね」
「口説くまえの女性には優しく、手に入れたとたん横柄あつかうタイプ、私にはわかります」
アルフォンスによるダーレッド評はサンディによるアルフォンス評とおなじだった。
「似たもの同士、通じあうものがあるのですね?」
その一言でアルフォンスはなぜか黙り込んでしまった。
「陛下にゃんが意外と辛辣……」
「えっ、なにがです?」
たあいのない雑談をしているとアルフォンスが「おっと」と、警戒のこもった声を発する。
つづいてニケも申しわけ程度に姿勢を正す。
二人の視線の先にはハーデン・ヴェイル騎士団長のすがたがあり、こちらへと向かって来るところだった。
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