終幕
プロローグ
「――あたし、アンタのことが好きよ」
アシュハからのトンボがえり中、『竜の巫女』イーリスと旅にでてから一週目、三度目のキャンプでのことだ。
国境到着までになんとか説得してアシュハに戻ってもらわなくてはと、俺はいよいよ焦りはじめていた。
目的地も間近ということでべつに宿にも泊まれたところを、最後のキャンプがしたいと言われてそれに従った。
その日はとくに平穏で、焚き火のなかで薪の弾ける音がよく響くような、そんな静寂につつまれた夜だった。
「アンタのこと、好きよ」と、イーリスはくりかえした。
それはとつぜんすぎる告白だ。
あまりに前フリがなかったため、まるで鼻で笑うような反応がでてしまう。
「ふッ」
「ひどいっ! なんで笑うの!」
羞恥と怒りがまざった表情でイーリスが俺をとがめた。
「笑ってねぇ……。いや、スマン」
たしかに不真面目な態度ではあった、心の準備ができてなかったのだ。
そんな、おはようございます。みたいな切りだし方をされては戸惑って当然。
「ただ、やっぱりな。そういうのは、それなりに雰囲気を作ったり相手に匂わせたりしておかないと、駄目なんじゃねえのか?」
「男女二人きりで外泊の夜なのよ?」
なにが不足かと言いたげだが、行きがかり上の野宿だ。
俺に限っては野宿なんて日常だし特別なシチュエーションという認識はなかった。
むしろ火を絶やすな、死ぬぞ! という、ムードも糞もない状況だ。
それに二人旅なんだから四六時中、二人きりに決まってる。
イーリスは告白の失敗による羞恥に顔面を両手で鉄壁ガードしながら、逆ギレしてくる。
「唐突じゃないもん! ずっと我慢してたけど、もう限界であふれて、出ちゃったんだもんっ!」
どうやら本人にとっては継続的な流れからの告白だったらしい。
むしろ、物音に注視しろ、死ぬぞ! という、ムードも糞もない状況だと思っていた。
イーリスは呪いではがれなくなった仮面かというくらい、キッチリと両手で顔をおおいながらブツブツと語る。
「わかってる、イリーナのことがあるから気乗りしないんでしょ? 気持ちは嬉しいけど、いまはそんな場合じゃないからって――」
「いや、嬉しくはない」
「アンタにそんな残忍な一面があるなんて知らなかったッ!?」
残忍なもんか。
そりゃ意識してる相手に言われたら嬉しいだろうが、誰に言われてもよいというものでもない。
姪っ子とかに告白されても困るみたいな感じだ。
「あたしっ!! こんなに可愛いのにっ!!」
自慢の顔面も完全にかくれて腕がはえてるみたいな状況だ。
可愛いというよりは顔面が真っ赤で滑稽なんだが。
「あのな、ルックスがよければなんでもよいのか? 恋人より好みのルックスの相手に出会ったらどうする、そのつど乗り換えるのか?」
やはり恋に落ちるならそれなりの根拠が必要だ。
相手が自分にとって特別な存在であると意識したとき、はじめてその相手を大切にすると誓うべきなのだ。
そんな俺の価値観を聞いたものは皆、失笑する。
イリーナには「それ、なまけてるだけだぜ」と諭されたが、なまけるとはなんだ、めちゃくちゃ考えてるわ、めっちゃ頭つかってるわ。
「童貞ってば、ほんっと童貞!!」
「おい、それやめろ、二度とつかうな」
俺はその侮辱的な発言を強くとがめた。
「ああ……最低だ。告白とかはじめてしたのに、ぜんっぜん、いい感じになってない……」
兄貴分あつかいされてきたせいか、歳下は世話を焼いてやる存在というか、つまりは恋愛対象外だ。
俺がデカいせいもあるが、とくに子供っぽい女の魅力は犬とか猫の愛嬌と大差ない印象だからな。
「なんで……? 童貞にすら歯牙にもかけられないとか、死にたい……。もう女として生きていく自信ない……。童、貞、に、す、ら……!」
「うるせえな」
そんな経験からわかっているんだが、子供の言う好きは信用しないようにしている。
抑制のきかない強い感情の渦にふりまわされているだけで、好きとか嫌いとかにたいした意味はない。
うまくいけば嬉しいし失敗すれば悲しい、それは恋愛に限らない。
相手は案山子だってかまわない、それくらい見境のないものだと思っている。
「ウソ、大嫌い。あんたのこと馬鹿だって見くだしていないと自分が折れてしまいそうだもの」
「ほら見ろ、好きって言った次の瞬間には嫌い、だ」
言ってることの意味は分からないがまともに相手をするだけ損だ。
「ちょっと焦ったのよ、帰ったらあたし巫女になるでしょう? そうしたらもう二度という機会を失うって思ったから」
ここまでイーリスの腕は顔面から生えっぱなしだ。
「そろそろ、その手をおろせよ! 話しづらいなっ!」
手をおろしたイーリスは不貞腐れた顔。
まあそうなんだろう、聖都における巫女の存在はきっと神聖なものだ。
社会的地位も高いだろうし、俺みたいな傭兵稼業の男と今後かかわる機会もないのだろう。
「あたし、竜のお嫁さんだから」
もしかすると恋愛自体がそもそも禁止なのかもしれないな。
「窮屈そうだな、古い慣習が邪魔だと思ったら偉くなったついでにとっぱらっちまえばいいんじゃねえか?」
会いたいやつには会う、食いたいもんる食う、寝たいときは寝る。
そのうえで仕事はキッチリこなす。
それでいだろ、いや、それが自然だ。
「──竜と対話ができる、強力無比な魔法も使える、踊りも一番なんだろ? おまえの代わりなんていねえんだからよ」
おかしなことを言っただろうか、イーリスはなぜ悲しい表情をするのだろう。
「あんたは強いから、今までずっと、無理すればなんとかなってきて、挫折なんてなかったんだろうね」
そう言ったときには、また人を小馬鹿にしたような笑顔にもどってる。
「──そうはいかないのよ、選ばれても認められないし、努力が実っても結果には繋がらない、正しくても裁かれる、そんな道を選んだの」
イーリスがなにを言っているのか分からない、ただそんな仕組みは気持ちがわるいなと思った。
「それでも一番になりたいから、あれもこれもほしいなんて言わない。みんながほしい物を自分が独り占めするんだから、ほかのなれなかった娘たちより我慢するのよ!」
一番ささげた人間が一番になる、たしかにそれが正しいのかもしれない。
「そうか」
「それしかない、あたしにできることはね」
イーリスの言っていることが俺にはいまいち理解できない。
それは聖都のことを、竜の巫女のことを、まだよく知らないでいるからだ。
その中でたった一つ、この少女の覚悟の強さだけは伝わっている。
そして、積み重ねた努力の膨大さだけは知っている。
「だから理不尽なお願いだけど、このことは忘れてね。あたしがアンタに好意を伝えるのは今夜だけ、それで満足して、都についたらぜんぶ忘れる」
そう言ってイーリスは抱えた膝に頬を埋めながらこちらを見ていた。
それが俺とイーリスの奇妙な二人旅で、夜空の下、火を囲んだ最後のときだ。
忘却してなかったことにすると約束した告白を、彼女は最後にもう一度だけ口にした。
「――あたし、アンタのことが大好きよ」
その日は特に平穏で、焚き火の中で薪の弾ける音がよく響くような、そんな静寂につつまれた夜だった。
数日後、少女は聖都の巫女になる。
『竜の巫女は剛腕の吟遊詩人を全否定する』終幕。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます