七場 聖なる竜と巫女の伝説


「オーヴィル! オーヴィル!」


遠くから俺を呼ぶ声がする。


うすぼんやりとした視界に映るのは夕景だ。


それと飛竜から転がり落ちながらこちらに向かって走る少女。


二から五部隊までの竜騎兵は全滅した、あれは第一部隊の飛竜か。


ここは断崖の上らしい、すぐ横に岩壁があるかと思えばそれは巨竜の死骸。


そうか、俺たちは古竜スマフラウを倒せたのか――。


腕いっぽんあがらないが俺は生きてる、どうやらスマフラウの死骸が落下の衝撃を吸収拡散して一命をとりとめたみたいだ。


「オーヴィル!」


駆け寄ってくるイーリスのすがたに腹の傷が開いちまうんじゃないかと不安になる。


あの心配顔に言ってやる言葉はなんだろうか。


「どうだ! やったぜ!」


俺は痛みをこらえてコブシを突き上げると勝利宣言して見せた、両腕の骨は砕けていて指をにぎりこむことはできない。


「良かった、絶対に死んだと思ったよ!」


すべりこんできたイーリス、その違和感に気付く。


「……イリーナ、か?」


彼女は無言でうなずいた。


肉体からときはなたれて俺を救援に来たとき、カラダの主導権はイリーナにあずけられたということか。


「アイツは、どこだ?」


イリーナはなにかを噛み殺したような顔になる、自責の念にかられたような悲し気な表情だ。


ドキリとする、それがなにか良くない暗示であることに胸がざわついた。


「なんだよ……」


不安をあらわにするとイリーナは覚悟を決めたようにひとつ息をついて、聞きまちがえようのないしっかりとした発音で結末を語る。


「竜と一緒に逝ったよ、『竜の巫女』は竜が死ぬときその孤独を埋めるため魂は竜の絶命とともに消滅する」


――竜が死ねば巫女も死ぬ。


俺は言葉を失った。眩暈をこらえながら、イリーナの言葉をべつの意味に改変できないかと試みた。


結果、でてきた言葉は「……は?」という間抜けな一声だけだ。


イリーナが諭すような落ち着いた声で補足する。


「ボクがイーリスに主導権を返したとき橋の上でメディティテから教わった」


そんな大事なことをなんだって俺に隠してたんだよ。


「聞いてねえ! そんなはなし俺は聞いてねえぞ!」


意味がないことを理解しつつ俺はイリーナに反発した。


「いちおうは、言ってたよ……。でも、はっきりと伝えるには複雑な心境だったんじゃないかな」


俺がイーリスに竜討伐を宣言したとし確かに彼女は「死ぬよ?」とひとこと確認した。


だがそんなのは、竜が死ねばあたしも死ぬ。ではなく、竜と戦えば俺は負けて死ぬ。そういう意味にとるにきまってる。


「分かるわけねえだろ、あんなもん!」


事前に説明してくれていたらこの戦いには参加しなかった。


俺はおまえを消滅させるために竜と戦ったんじゃない、束縛から解放して自由にするために戦ったんだ。


「──なんだって助けに来たりしたんだ……」


それじゃあまるで自分を殺す手伝いをしにきたみたいじゃないか。


巫女になれなかったことがそんなに耐えられなかったのか、自殺するほど絶望が深かったっていうのかよ。


後悔にさいなまれる俺をイーリスが諭す。


「それは、都を守るためだよ」


彼女がその力を使わなければ被害はいまとは比較にならなかっただろう。


だとしても、誰にも認められずあまつさえ虐げられ、家族だっていやしないこの欺瞞の都を命を賭して守るだなんて、とても納得はできない。


「──巫女を目指すことに人生をささげてきた娘なんだ、根本が竜や都のためじゃなかったとしても、巫女になったときに自分が担う責任を心に刻みながらがんばってきたんじゃないかな」


結果として彼女は裏切られたが、聖都のために身を捧げる覚悟だけはとっくにできていた。


そうなるために生きてきたから。


「ガッカリした?」


イリーナは申し訳なさそうな表情だ。


「やめろ。イーリスがいなくなったことは残念だし、おまえが戻ってきたことは嬉しいよ」


アシュハからスマフラウへむかう道中、イーリスのワガママから行く先々で寄り道をした。


観光、事件、また観光だ。


あのときはそれを鬱陶しくも感じていたが、いま思い返すと楽しいことばかりだったような気がしてくる。


アイツも、そう感じていたことを願う。


俺は立ち上がる、足も骨折しているがもはやここに長居は無用。


俺たちの冒険は終わった。


「泣くか?」


どんと来いとばかりにイリーナが腕をひろげて迎え入れ体制をつくっている。


「泣かねぇよ、子供じゃねえんだ」


ただ、アイツにはもっと踊っていてほしかったし飯を食わせてやりたかったんだ。


「竜のお嫁さん、か」


結局、アイツは竜と言うよりは聖都の巫女としての役目に殉じたんだな。



間をおかず、第一部隊のほかの飛竜たちが降りてくる。


その一つにはルブレが同乗しており第一部隊に組み込まれていたテオの姿もあった。


竜騎兵はすっかりルブレの私兵といった様子で、俺たちを取り囲むように陣取った。


崖下での地獄がウソみたいに地上ではマウ国の兵士が万全の状態だ。


──そういえば敵軍のど真ん中だったな。


両手剣はスマフラウに深く埋め込んでしまい、いまの腕力で引き抜くことはできそうにない。


用済みで始末されるって線もイメージできるなかで、イリーナは「お疲れ」と、気やすい挨拶をとばした。


アーロック王子はそれに同調するといつもの調子で寄ってくる。


「さすがはオーヴィル君だ! よくやってくれた!」


マウ王国第三王子はたいそう上機嫌だ。


「──おかげで人間が古竜を倒したという実績がつくれた、これは素晴らしい功績だよ」


人間が古竜に勝利するという歴史的大勝利をおさめた。


古竜は神じゃない、戦って勝てる相手だと今後は認識されるわけだ。


「やめとけよ、今回の教訓は人間の力ではどうあがいても勝ち目がないってことだぜ」


人間だけで挑んでいたらこの奇跡はなかった。


今回の勝利はほとんどがイーリスとメディティテの力によるものだと俺は考える。


それは竜の力による勝利であり、とても人間の勝利とは言えないだろう。


「たしかに今回の作戦、君たちがいなければ敗北していたんだろう。けれど結果だけを見れば一個中隊で古竜を倒した。これは戦争でこうむる損失よりもはるかに軽微だ」


俺は今回の戦いで多くの仲間を失い、得られたものはなにもないと感じている。


一方のアーロック王子は二万人の労働者と鉱山、竜騎兵とそのノウハウに加え、前人未到ともいえる古竜討伐達成の栄誉を得た。


「人間では古竜に勝てないとキミは言う、けれどそこに死骸が転がっている。結果がすべてだよ、今回の作戦は大成功をおさめた」


多くを手に入れたアーロック王子にイリーナがたずねる。


「一番ほしかったのはなんなの?」


こころよく答える。


「一番は竜騎兵だよ、数は減ってしまったけれど一機、二機でも戦場での役割は多いだろうね」


今回こそ裏目にでてしまったが、飛竜の運搬能力は他の追随を許さない。


戦闘、補給、情報伝達、すべての場面で一騎当千の働きをすること請け合いだ。


──ああ、こいつらぜんぶ敵に回るんだよな。


マウ王国はアシュハ皇国を絶賛侵略中だ。


「──だけど、いまもっとも興味があるのは君たちだ。竜殺しオーヴィル・ランカスター、そして皇女の友人にして救国の英雄、勇者イリーナ」


この厄介な男が飛行部隊をひきいて母国を侵攻してくることに辟易していると、イリーナの正体まで言い当てやがる。


イリーナは「事情通だな」と、すんなり肯定した。


「そうなんだ俺、事情通。そのついでに今回のお礼としてひとつ情報提供をしようと思っている」


道化めいた態度にいい加減、返答も億劫になっていたがルブレの情報はたしかに重要だった。


「──アシュハ皇国騎士団長ハーデン・ヴェイルは敵国のスパイですよ」


俺の脳裏に円卓会議で顔を合わせた、あの有能そうな騎士団長の顔が浮かぶ。


「「はあぁぁぁっ!!?」」


いい加減、おざなりな態度になっていた俺とイリーナもさすがに派手なリアクションにならざるを得ない。


「いまの反応は気持ちがよかったな」


あわてふためく俺たちにルブレは満足気だ。


「な、仲間割れをねらった、う、嘘じゃあないよなっ!」


「我々の友情を信じなさいよ」


イリーナが必死の様子で噛み付いたが、アーロック王子はニコニコと受け流した。


ハーデン騎士団長の影響力はティアン姫をはるかに凌駕する、実質の支配者だ。


「彼のルーツはもともとデルカトラ連盟国にあるんだよ、三代まえがデルカトラ人だったらしい」


デルカトラはアシュハをはさんでマウとは反対側に位置する国だ。


「──アシュハがマウに敗北するようなら無条件で国をデルカトラに明け渡すと、そういう契約になっているそうだよ。その場合、騎士団長の一族は好待遇であちらに引き抜かれるとか」


戦争に勝てそうならいまの地位を維持し、負けるようなら他国に高く売り払うってことか。


息子はともかく団長はまともな人物だと思いたかったのだが。


イーリスが不服をとなえる。


「なにがお礼だよ、マウがアシュハを追い込んだあとデルカトラとの連戦になるのを避けたいってだけじゃんか!」


情報はたしかに有益だったが、それは善意からの忠告ではなく策のうちだ。


「そこで相談なんだが」


コイツの話にはつねにペースを掌握される気がして拒否感がある。


だが、それらはつねに重大な選択を孕んでいるので無視するわけにもいかない。


アーロック王子は本題を切り出す。


「君たちにはぜひ僕の部下になってほしいんだ」


即答。


「「断るッ!」」


俺とイリーナは断固として要求をつっぱねたが、相手はへこたれずに勧誘をつづける。


「いまなら君らを将軍待遇で迎え入れよう、なんなら無理に軍事に参加しなくてもかまわない、貴族待遇で厚遇するよ」


敵国の人間を将軍待遇だなんて破格なんてもんじゃない、そんなことをすれば自国内に敵を作って当然だ。

 

「そりゃあ、なんのためだよ、言っとくが俺は腕っ節以外はなんの役にも立たないぜ」


「ボクは腕っぷしすらからっきしだぜ!」


俺に便乗してイリーナが無駄に自分の価値を下げていく。


「かまわないさ、敵国の戦力からオーヴィル・ランカスターを取りのぞいて味方にオーヴィル・ランカスターが加わる、それくらいの価値はある」


「なんだ、ボクはオマケかよ!」


価値を下げたいのか、価値を認められたいのか。


そして、アーロック王子は決定的なひとことを告げる。


「アシュハは、滅びるよ?」


その言葉にはなぜだか納得してしまう。


世間が差別虐待しエルフからも絶縁されたハーフエルフをその能力から重用し、竜騎兵を吸収するため不可能とされる古竜討伐をも達成した。


そうやって既存の価値観にとらわれることなく目標を実現してきた男だ。


人情めいたものは希薄だが、情熱がありそれが結果に直結している。


英雄ってのはこういう人間のことを言うのかもしれない。


一方、アシュハの精鋭のお歴々は味方の足をひっぱることに一生懸命だ。


「そうだね。きっと、アシュハはマウには勝てないだろうね」


イリーナもおなじ感想をいだいたようだ。


そこにすこしの失望をおぼえたが、それは即座に払拭される。 


「――でも、結果はすべてじゃないよ」


それは結果がすべてと言った彼への意趣返し。


彼女の言葉にルブレは首をひねる。


「説明、いただける?」


「ボクは未来の支配者が用意してくれる将軍の席より、滅びゆく国のお姫様の友人でありたいんだ。それって、過程の力だと思わない?」


強者のほどこしを受けるよりも信じた相手に報いたい、たとえそれが荊棘の道でも。


「なんだって、みずから破滅を選択するんです?」


アーロックは大袈裟に嘲笑した、イリーナはすこしも動じない。


「志なかばで死んだ人間が皆、不幸とは限らない。憧れについやした日々に満足しているかもしれない」


それはイーリスのことを言ってくれているような気がした。


たしかに彼女の夢は叶わなかった。


それでもそのために情熱を燃やした日々は、憧れに近付こうと心を踊らせた日々は、決して不幸なんかじゃない。


それらの過程こそがイーリスという存在を俺のなかに深く刻み込んだのだから。


「結果がすべてじゃない、その証明こそが物語なんだ」


イリーナは断言した。


俺は笑った、まさにそのとおりじゃないか。


それは万人と共有できる価値観でないかもしれない、ともすれば負け惜しみに聞こえるかもしれない。


だが俺はこのイリーナに失望されて成功するくらいなら、喜ばせて破滅したほうがマシだと思えてしまう。


それが人間なんだな、そしてその衝突こそが物語だ。


「わるいな王子、俺はかならずしもおまえが嫌いじゃあねえし、一緒にいけばスゲーもんが見れそうな気もするよ」


俺がずっと求めていた英雄譚をまのあたりにできる日が来るかもしれない。


「ただ軍人や貴族にはなりたくねぇよ、なんたってよ」


探し求めていた題材をいま手に入れたところだ。


「――俺は吟遊詩人だからな」


自分の無才に打ちひしがれることもあった。


自分がやらなくても誰かがより優れたかたちで成し遂げるだろう、そう悲観したこともあった。


だがもうそんなふうには考えない。


それを人生の命題だと信じるからだ。


俺が後世に伝えるのは、聖なる竜と巫女の物語──。



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