四場 竜の伝説
ついに来たか──。
長旅から戻るなり傍観者に徹してきたこの俺が、会話の主導権をにぎる時が。
おしゃべりな性分ってこともないが、隣とはいえ異国へ行ったのだ。
一年ぶりに会う仲間たちに土産話の一つもしたいのは、否、したくて仕方がないのは人の性。
俺は意気揚々と語り始める。
「当てのない人物を捜して旅に出たのが一年前だ、思えば考えなしに飛び出したのは無謀な行為だった。
目的を達成できたのは奇跡と言えるかもしれない、いいや奇跡だった!」
まずは道中を見越してどんな準備をしそれがいかに役立ったか、または無駄になったかの話からだ。
俺は解き放たれたかのように気分が昂っていた、もう誰も俺の調子を止めることはできない。
「国境越えを想定し、俺は――」
「いいから、結論を言って」
俺の語りをさえぎってイリーナが結論をうながした。
「オイッ!?」
俺は両手を広げて天を仰ぎながら大声で不服を唱えた。
一年だぞ! 一年分の大冒険だ! 苦労話のオチだけを話せって、そりゃあまりにも味気がないじゃあないかよっ!
「結論が気になって道中の苦労話や感想なんて頭に入ってこないよ、あとで聞くからまずは結果から言って」
そりゃあイリーナからしたら、自分の正体への興味が最優先だからな。
その過程が長ければ長いほどじれったいだけなのは理解できるさ。
──だがよ、ここまで黙って聞き役に徹してきたこの俺の気持ちはよっ!
「わかったよっ!! 言えばいいんだろっ!!」
観念して俺はイリーナの要望にこたえる。
「おまえの正体は、聖都スマフラウの『竜の巫女』だってよ!!」
これが結論、これが答え、あーあ、道中のエピソードなんてもう今更なんの驚きもなくなったな。
残念だなー、ふーんだ。
なかばヤケクソ気味に俺はコース料理のメインディッシュをテーブルに叩きつけた。
「……巫女?」
いまいちピンときてない様子のイリーナ、対してアルフォンスは素直に感嘆の声をあげる。
「へぇ、それはすごい!」
「すごいの?」
イリーナは魔術師を振り返った。
「ええ、巫女とは言っても神を崇拝しているわけではなく、竜の巫女とは所謂『竜使い』のことです」
イリーナの正体はアシュハ帝国とマウ王国の国境に位置する不可侵地域、『聖都スマフラウ』にいた竜の巫女だ。
「本名はイーリス・マルルム」
記憶喪失中にとりあえずで名乗ったであろう仮名、イリーナに似ていなくもないか。
イリーナは正体が判明すると途端に瞳を輝かせて俺に詰め寄る。
「人間が竜を使役しているってこと?! どんな竜?! でっかい?!」
自分の正体と言うよりは竜に対する興味が上回ったようだ、すさまじい食い付きなのは嬉しいが残念ながらそのあたりの解答はできない。
「……聖都スマフラウに行ったわけじゃないから分からん!」
神竜とやらを直接見たわけではなかった。
道中で竜と遭遇するにはしたが、比較対象がその一体に限られる俺にはどうにも判断が付かなかった。
「そうなんだ……」
──あからさまにガッカリされたっ!
「いや、デカイさ! 見てないけど、ドラゴンなんだからデカイだろ!」
イリーナのテンションが急激に下がったのに焦りあわててフォローを入れた。
しかし、信憑性のない言葉はなんの効力も得られない。
「はぁ……」
──溜息っ!?
成果を持ち帰った俺がなんでガッカリされなきゃいけないんだ……。
ちがうドラゴンだけど、俺が倒したやつもスゲーでかかった! 大丈夫、そっちのもでかいはずだ!
「俺は行ったことありますよ」
唐突にイバンが口をはさんだ。
「──聖都スマフラウは山脈の高地にあって他国の侵略を受けないため、戦争で行き場を失った難民が集まってできた都市です。
スマフラウとは竜の名で、そのまま都市名として扱われているそうですよ」
俺とイリーナは「へぇー」と、感心の声を漏らした。
さすがは遺跡荒らしで捕まっただけのことはある。
皇国の広い国土の国境の先、並大抵のフットワークではたどり着けない場所のはずだった。
「遠出するときは声をかけてください、ガイドしますよ」
「えーっ、でも捕まるんでしょう?」
イバンが胸を張るとイリーナは難色を示した。
「やだなぁ、人を犯罪者みたいにぃ!」
そのやりとりはさっきも見た。
イバンは仕切り直してより詳細な説明を続ける。
「アルフォンスさんは『竜使い』という言い方をしていましたが古竜はむしろ崇拝の対象で、巫女が祈りや舞踏を捧げることで竜から幾ばくかの恩恵を与えられるという話です」
なるほど、ドラゴンに依存することで外敵から身を守っている都市か、俺たちはイバンの話に耳を傾けた。
「スマフラウは断崖の底に住んでいて間近で見ることはできませんでしたが、いにしえの竜と呼ばれ太古から生きている最大級のドラゴンだそうです」
「見てないの?」
イリーナの興味はもっぱらドラゴンのサイズにあるようだ。
「いいえ、遥か断崖の下、奈落にいても存在が確認できるサイズでした。都は崖の両側にあって崖を横断する橋から覗き込むことが可能でした」
「うっはぁ、すごいぃ! ぜひ見てみたいぃ!」
イリーナのテンションは最高潮だ。
──巫女だったなら一番近くで拝んでいたはずなんだがな。
『竜の巫女』は古竜に舞を捧げ続けると言っていた。
アルフォンスが納得といった様子でうなづく。
「勇者様が長時間の舞踏を可能としたのは、その下地があったからなんですね」
「素養があったんだね。たしかに思い付きの行動を実行にうつすとき、体に脚を引っ張られたってことはないなあ」
剣闘士時代を乗り越えてこれたのも、その並はずれたスタミナや柔軟性が手伝ってこそだったに違いない。
「タコみたいに柔らかいもんな」
「もっとカッコイイものに例えてくれ」
記憶喪失ということは仲間内での共通認識だが、その正体がはじめてあきらかにされた。
聖竜スマフラウの巫女、イーリス・マルルム──。
イリーナがつぶやく。
「竜の巫女か……」
思い当たる節はあるようだ。
ティアン姫が語りだす。
「竜には寿命があるのかもさだかではなく、古竜の血を浴びると不死になるなどの伝説がたくさんありますわね」
姫さんが伝承知識を披露すると、アルフォンスが眉間にシワをよせる。
「不死に関しては眉唾ものですが、無いという証明をしていないので否定まではしません」
不死に対して一過言あるみたいだ。
「無限の時間を有する彼らの進化は人知の及ばないものですから、古竜の恩恵を受けている人々にとっては神にも値するのでしょう」
姫さんも楽しそうに知識を披露している。
ドラゴンに対する印象がでっかいトカゲでしかない俺より皆、遥かに古竜に詳しかった。
気が付けば俺の話は終わったかのように、各々が竜についての知識を交換し始めている。
俺は自分の存在感の無さに危機感を覚えた。
なんとかして会話に参加しなくてはと言葉を絞り出す。
「デカイだけで頭は悪そうじゃねぇか?」
失言だった。
俺の精一杯の悪態にイリーナが振りかえって叱責を浴びせる。
「文句があるなら先帰ってればッ?!」
──え? はっ、違う、なんか違うぞ!? こんなはずじゃあ無かったんだ!!
「……す、すまん!」
「おまえより竜のほうが絶対、計算とか速いよ! 脳ミソのサイズが全然ちがうんだから!」
イリーナの暴論にアルフォンスが首をひねる。
「ドラゴンのサイズと比較したらオーヴィル氏と勇者様に大差があるとも思えませんが」
イリーナはすっかりドラゴンの話に夢中だった。
「ねえねえイバン、もっと聞かせてよ!」
俺は悔しい──。
「良いですよ。自分が知っている古竜は三匹いて、聖竜スマフラウ、炎竜ロードエヌマ、それと次元竜タマキンです」
その瞬間、それまで全身を活き活きとさせていたイリーナがフッと素に戻る。
というか、瞬時に表情が死んだ。
「マジかよ……」
絶望とばかりに落ち込むイリーナ。
「なにがです?」
イバンが疑問を投げかけた。
「ふぅ……、なんだっけ、えーと、聖竜スマフラウ。炎竜ロードエヌマ。次元竜タマ、タマ――」
言いかけてガクリとうなだれた。
「タマキン」
かわりにティアン姫が復唱した。
「コラッ! ダメッ! ティアンは言っちゃダメッ!」
イリーナがなにをそんなに狼狽えているのか分らんが、アルフォンスだけが「ふはは」と笑っていた。
「炎竜ロードエヌマはその昔、人類を滅ぼそうとした魔竜です。
炎のブレスを吐き高熱を発して国を蒸発させたそうですが、一説には瞬時に山を凍らせたとも言われています。
まったく逆の性質が語り継がれているのが不思議ですね」
イバンの話にアルフォンスが乗っかる。
「両方の性質を持っていたのかもしれませんよ、もしかすると熱や冷気を発しているのではなく気圧を操作していたとか」
「当時の戦士たちは皆、近づくことさえできずに炭なり氷像なりになったと言われていますから、誇張にしても絶望的な存在だったみたいです」
イバンの話からは古竜と呼ばれるそれの強大さが伝わってくる。
「それで、人類は滅んでしまったのですか?」
物語の壮大さに乗せられてティアン姫が間抜けな質問をした。
両の拳を胸の前でぐっと握っている。
「人類に勝ち目はない、そこで人々は次元竜タマキンに炎竜の退治を懇願したそうです。竜同士の闘いに持ち込んで人類は事なきを得たということですね」
イバンの回答で女王は自分の間違いに気付いたようだ。
「ですよね! 滅んでいたら私たちが存在していませんものね!」
恥ずかしそうに慌てた。
「割愛すると、次元竜は人間の頼みを聞き入れ炎竜に勝利しました。その時、タマキンの説得に成功した人物が竜の巫女の走りだという伝承です」
「悪竜に勝ってしまうのですから、そのタマキン様はさぞ大きくていらしたのでしょうね」
「くっ……かっ……!」
ティアンが嬉々として盛り上がり、イリーナは苦しそうにうめいた。
「竜の名を呼ぶとイリーナが苦しみだすのはなぜなのでしょう?」
気を取り直してイリーナがたずねる。
「それでその竜たちはどうしたの、無限の寿命があるんでしょ?」
「双方共に健在らしいですよ。現地に行ったことが無いので伝え聞きですが、炎竜が再び暴れださないよう次元竜とその巫女が睨みを利かせているんだそうです」
そこまで聞いてみんなの知的好奇心が満たされたのが伝わる。
「楽しい話が聞けて良かったね!」
「本で読んだ壮大な物語の裏付けが取れてわたくし、感無量です!」
「やはり竜の能力には興味が尽きませんね、我々人間がいかに矮小な存在かと思い知らされます」
「いやぁ、皆さんを楽しませることができて良かったなぁ!」
一段落したと判断してレイクリブが締め括ろうとする。
「陛下をそろそろ戻さなくてはならない、解散で良いか?」
力いっぱい抗議する。
「俺の番だったんだぞっ!!」
大声に反応して皆が一斉にこちらに目を向けるが、意図が伝わらず沈黙が流れた。
もう一度念を押す。
「──俺の番だったのっ!!」
遠く隣国まで足を伸ばし、竜を倒して大怪我を負い、ついにイリーナの正体をつきとめ、帰郷すること一年。
再会の喜びを分かち合い、冒険の成果をみんなに称えられることを想像して急いで帰ってきたのに。
辛気臭い会議に参加させられ、感じの悪い男に絡まれ、いざ本題に入ればべつの人間が賞賛の的になっている。
──どういう事だよッ!!
「子供みたいなこと言ってんなよ……」
イリーナは心底あきれた表情で言い捨てた。
俺は明後日の方向に向かって叫ぶ。
「ちくしょおぉぉぉッ!!!」
さすがに哀れに思ったのか、イリーナは発狂した俺をなだめる。
「おまえの話はあとでちゃんと聞くからっ!」
正直、情けなかったが我慢できなかった。
女王陛下は多忙だということでそこで集会は解散──。
レイクリブは女王に連れ添い、イバンも用事は済んだと言って城を離れた。
あとには俺とイリーナとアルフォンスの三人が残る。
「今日は客室で休んでいきなよ」
話の続きを聞くということだろう、従って俺は城内で一夜を明かすことにした。
「──で、依頼主は何者だったの?」
彼女の正体が『竜の巫女』であるというところまでを話して脱線していた。
客室へと向かいながら本題に入る。
「おまえとの関係はわからねえが、マウ国の行商人だった」
「その国に行ってたんだよね」
そこまでは事前に伝えてある。
マウ国と独立都市スマフラウを行き来していると聞き、後者は自分たちにとっては未開の地ということもあってまず前者に向かった。
本来、伝達役が死んでさえいなければ、イリーナの素性を知ることも依頼主と再開することもたやすいはずだった。
アルフォンスがうなる。
「うーん、現在のアシュハとマウは良くない情勢ですね」
俺がいないあいだに首都は大災害に見舞われ、困窮中のアシュハに対して国境を侵略したのがマウ王国だ。
入れ違いのタイミングが悪ければ帰ってくるのに苦労したかもしれない。
「記憶喪失だって伝えたら困ってたな」
イリーナは「そりゃあね……」と苦笑い。
「それで要件を聞いてきた」
なぜアシュハまで来て彼女をコロシアムから脱獄させろと依頼してきたのか。
「──どうか『竜の巫女』に戻ってはくれないかってさ」
目的は『竜の巫女』だった彼女をもとの立場に戻すためだった──。
「イバン氏の話を聞いていなければ、なんのことかさっぱりでしたね」
アルフォンスの言う通り、聞いた時点で良い話なのか悪い話なのかの判断がつかなかった。
ふざけているのか思案しているのか、イリーナは黙って下唇を突き出している。
「その人はボクの肉親かなにか?」
「いや、面識はないってさ」
イリーナは「ええーっ」と不服そうな声をあげる。
「説得力がまったく無いじゃん」
たしかに肉親ならば帰る義務も生じるが、赤の他人の要求では胡散臭い。
「国境あたりにしばらく滞在しているらしい、とりあえず返事をしに戻る約束だ」
答えはなんでもいい、とりあえずの判断を仰ぎに帰ってきた。
今度は当てのない旅とは違う、待ち合わせ場所まで行って帰って来るだけで気楽なもんだ。
イリーナは「うーん」とうなっている。
記憶喪失では判断もしづらいだろう。
いまはとくに姫さんのことや復興のことに手一杯で時間的なゆとりもなさそうだ。
「……その話はまた明日にしよう?」
結局、答えは先送りになった。
「──長旅おつかれさま、ボクのためにありがとうな、大変だったろ?」
突然のねぎらいの言葉に、俺は「お、おう」と反射的な返事をした。
居心地の悪い会議に参加させられたのも、彼女にとって俺が外野ではないという証拠だ。
頼られていやな気分はしない。
「べつにたいしたトラブルもなかったし、ちょっと遠かったってだけだな!」
次は来た道を行くだけ、往復に一年もかからないだろう。
今夜は与えられた部屋でゆっくりと羽を休めることにする。
明日イリーナの回答を聞く、それを依頼人に伝えたら任務完了だ。
俺はそう決めていた。
しかし、その話をイリーナとする機会は二度と訪れなかったのだ――。
翌朝、城内の客室で就寝していた俺は断末魔ともとれる悲鳴を聞いて目を覚ますことになる。
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