三場 女王の受難


イリーナ、アルフォンス、そして俺は上級騎士レイクリブに先導され、ティアン女王の待つ庭園へと向かっていた。


「だいたい状況つかめた?」


イリーナの問いかけに俺は戸惑う。


「国が滅びかけたってやつか……」


ちょっと空けてるあいだにまさか、そんな大惨事になっていようとは思わない。


女王即位に湧き上がっているだろうと思っていた首都は暗く沈んでいて、まるで戦後のような雰囲気があった。


──おかしい気はしていたんだ。


人が少ないとは感じたが、まさか全人口の一割、首都のほとんどが死滅してるとは考えない。


国境からはるかに遠い王都で戦争が起きるはずがなかった。


「お使いを頼んでる場合じゃなかったな……」


それは力を当てにしてくれての発言だが、被害の範囲を考えたら事態を大きく変えられたりはしなかっただろう。


「もともと俺が受けた仕事のついでだけどな」



旅に出ていたのにはイリーナが深く関係している──。


そもそもの出会いは、コロシアムに収監された彼女を連れ帰ってほしいという依頼を受けてのことだった。


その後に依頼主とも連絡手段が途絶えてしまうなど不測の事態のオンパレードで、事はすみやかには進まなかった。


コロシアムの閉鎖後、記憶喪失のイリーナの希望もあって依頼主を捜す旅に出かけたのだが、旅先でドラゴンと戦うことになったのは想定外。


重傷を負ってしまった俺は帰郷までに一年かかってしまい今にいたる。



「百万人を埋葬するのは大変だったよ……」


イリーナはゲンナリとした様子で言った。


その光景を想像することすらはばかられる。


「それで上層部は総入れ替え、騎士を絶賛増員中か」


先ほどの会議にいた五人が騎士団の中枢、老騎士メジェフ以外はどれも馴染みのない連中だ。


アルフォンスが補足する。


「人手不足で前線への補給が滞っています。そこを狙って敵対勢力が活発化、国境が下がってきてるってわけです」


それで馴染みのヴィレオン将軍やチンコミル将軍が駆り出されているのか。


「なんだか寒気がしてきたぜ……」


ゾンビの国になっていたにしても、敵国に攻め上がられていたにしても、帰る国が無くなっていたかもしれなかった。


「国境警備を任されていた騎士長が討ち取られた時は一度総崩れした」


「敵は隣国マウの軍隊で、なんかオードリーとかいう敵将がおそろしく強いらしいですね」


二人の話によると、国境警備軍と敵国軍が真っ向からぶつかって完敗、国境を押し込まれている状態だ。


──本物の戦争じゃねえか。


「あわやのところでインガ族が駆け付けてくれて前線を維持できてる」


インガ族とイリーナには個人的な交流があると会議でも言われていた。


きっとコロシアムで剣闘士たちを率いた時のようなことが彼らとの間にもあったのだろう。


「頼もしいな」


「彼らは望んで戦地を渡り歩いているんだけで、一概に味方とは言いきれないんだよ」


インガ族はあくまでイリーナとの友好において行動するもので騎士団に迎合はしないと強気に発言をしていたが、それは発言力を得るための方便でしかなかった。


実際にはコントロール不能ってことらしい。


「──いざ逆転したら敵に回りかねない連中だからね」


とりあえず劣勢という訳でもないらしい。


「とんでもないことになっちまったな……」


もしかすると今は歴史の分岐点か──。


実感は無いがこの国はいま歴史的厄災に見舞われ、さらには歴史的大戦に巻き込まれようとしている。


「ティアンは毎日、慰霊のために城下を駆け回ってる。今朝は石をぶつけられたって……」


イリーナの言葉に俺は憤慨する。


「はあっ!? 女王だぞ?!」


そうでなくとも十六の小娘相手に投石する馬鹿がいるってことが腹立たしい。


「生存者の誰もが近しい人間を亡くしているし、彼らにとってはティアンが殺したってことになってるんだろうね」


「なんだそりゃ……、なんでそんな話になるんだ?」


怒りの矛先をどこかに向けでもしないと収まらないのかもしれないが、それを子供一人に負わせるってのは度が過ぎている。


殺したのはネクロマンサーかゾンビであって、姫さんが直接手をくだした訳じゃあないだろう。


「事実はともかく、民衆がそう思うことも感情的な行動に出ることも、止めることは不可能だよ。それだけの大惨事だったんだ」


「納得いくかよ、そんなもん!」


小娘一人を痛めつけたところでなにが解決するんだって話だ。


「不敬罪で抑え込むやり方だってある、だけど怒りのやり場を奪ってしまう方が危険だって判断したんだ」


イリーナは努めて冷静に語った。


「さながらオトリの女王ですよ」


アルフォンスの言う通りだ。


これではまるで国や騎士団に対して暴動を起こさせないためのオトリだ。


民衆の憂さ晴らしのために即位させたみたいじゃないか。


「まあ、ボクらでできる限りのフォローをしようよ」


コイツが耐えているなら俺が取り乱すのは筋違いだ。


正直、ハラワタが煮えくり返る思いだが、それ以上は追求しないことにした。



ほどなく中庭の庭園に辿り着いた──。


「おおっ、凄いなこりゃあ」


はじめて足を踏みいれた俺はその見事さに圧倒される。


花のことには詳しくないが、ミニチュアサイズの楽園とでも言おうか、美しい景色は非日常的ですらある。


「──芸術的な価値があるな!」


俺のなにげない感想を上級騎士レイクリブが「そうだろう」と、まんざらでもない様子ですくい上げる。


無言、無表情を貫いて先行していた男が、唐突に誇らしげな表情をしていた。



「おっ、アレか!」


俺は前方を指さした。


茶会にでも使われそうなスペースに数名の人影があり、その中心では女王ティアンがこちらに向かって手を振っている。


他にいるのはコロシアムで一緒だったイバンっていう元剣闘士と、護衛の騎士たちか。


なつかしい顔にテンションが盛り返した俺は「おーい!」と、手を振り返して合流する。



「ご無沙汰しております! オーヴィル様!」


ティアン女王が先んじて挨拶した。


環境がどれだけ彼女を変えてしまっただろうかと不安だったが、その印象には微塵の変化もない。


境遇を感じさせない明るい表情に和まされる。


「おおっ! これは女王陛下!」


俺はわざと大袈裟に会釈して見せた。


「あはは……、そんなやめて下さいませ」


そうやって姫さんが恐縮すると、イバンも面白がって便乗する。


「ややっ! これがアシュハ皇国皇帝陛下かあ!」


と、地面に膝を着く。


「もう、やめてくださいってば……」


本気で困っているようにも見えるが、その仕草があまりに愛らしくからかう側もついついエスカレートしてしまう。

 

「いやぁ、私めの頭を踏みつけてくださいまし、陛下ぁぁぁッ!」


アルフォンスも参加し、地面に額を擦りつけてひれ伏した。


一体感がなんだか無性に楽しくなってきてしまう。


「アシュハ帝国皇帝陛下! バンザーイ!」


「陛、下! 陛、下! 陛、下!」


遂には少女を取り囲んでコールを浴びせ始めた。


「やめっ、本当にやめて下さいってば……!」


「「陛、下!! 陛、下!! 陛、下!!」」


「ひ、ぐぅ、やめて下さいよぉ……、もう許して下さいよぉ……」


ここにきてようやく俺は正気に戻った。


気が付くと俺よりも頭二つ、肩幅は半分も無い小さな少女が声を殺し、こぼれ落ちる涙を懸命に拭っていた。


──帝国皇帝陛下が泣いておられるぞっ!?


「おいやめろ! 泣いてるぞ!」


慌てて制止するとイバンも「やべっ!?」と言ってコールをやめる。


しかしアルフォンスだけがいつまで経ってもコールをやめない。


「陛、下! 陛、下! 陛、下――ッ!?」


そしてイリーナの無言の鉄拳がアルフォンスを黙らせた。


「――ぶべぇぇ!!?」


「なんだそのコール!! 虐待っ?!」


怒りをあらわにするイリーナに対し俺は必死の弁明をする。


「いや、ちげーんだ。その、元気づけようとしたら度が過ぎて……」


「婦女暴行にしか見えなかったわ!」


俺は「スマン……」と、深く反省した。


故郷に帰ってきてここまでずっと緊迫した空気だったから、やっと仲間たちと楽しくやれると思い浮かれすぎた。


「シラフか? その調子で勇者って呼ばれ続けたらボクだって泣くだろうね!」


姫さんの頭をよしよしと撫でつけながらイリーナは言った。


「勇者は、胸を張ればいいだろ……」


むしろ気持ちよくなれないかと俺は思った。


「その称号が無職を強調しているようで恥ずかしいから、らしいです」


説明してくれた魔術師の顔面は腫れ上がって変形していた。


勇者はたしかに職業ではない──。


イリーナの悩みを聞いたティアン姫は即座に解決案を提示する。


「あら、イリーナが望むならいつでも騎士号を授与いたしますのに」


それは破格の待遇だ、本来ならば定められた家系の者しか騎士にはなれない。


騎士であることはそれだけで名誉だし大手を振って通りを歩ける。


しかしイリーナは「うー」と唸って不満げな態表情。


「いま完全に騎士団長の下に入っちゃうのはなぁ……」


騎士団長の人事に懐疑的ないま、たしかに都合の悪いこともありそうではある。


ヴィレオン将軍たちの二の舞になりそうだ。


「そんなこと言って、定職に就く気がないだけのくせに!」


アルフォンスが理不尽な非難を浴びせると、勇者は不自然に狼狽える。


「ち、違わいっ!! 敵の正体がわからない以上は迂闊じゃね?!」


そういえば命を狙われているとか言ってたな。


それが俺を会議に参加させるタテマエだったはずだ。


「敵って、なんなのことだ?」


「そうそう、盗賊ギルドの友人に手伝ってもらって調べた結果ですが……」


俺の質問を受けてイバンが進み出ると、皆がそれに注目した。


「──アルフォンスさんの実家を訪ねた際、郊外に出た姉弟子たちを襲った集団はただの野盗じゃなかったですね」


どうやら実際に襲撃があったらしい。


郊外で野盗に遭遇することは珍しくない、いまの時代にそういう生活を余儀なくされる人間は少なくないからだ。


しかし話によると、当時のイリーナたちは騎士団の手厚い護衛があり物資の搬送もしていなかったらしい。


不自然に感じて探りを入れた結果、野盗共は金銭で雇われた傭兵だった。


襲撃者は全滅していたが、実際に話を持ち掛けられ断った者たちから聴き出すことができた。


護衛の騎士たちを下がらせながら上級騎士レイクリブが発言する。


「そうなると政争の一環だったと考えて間違いないんじゃないのか?」


それにアルフォンスも同意する。


「護衛してくれたのはチンコミル将軍ゆかりの騎士たちでしたからね。勇者様の抹殺か、将軍の失脚を狙った身内の仕業と考えられます」


その確信めいた予想をイバンがくつがえす。


「ところがですね、依頼主はどうやら異国人らしいんですよね」


そうだとしたら身内の線は薄くなる。


身元を隠すためのフェイクとも考えられるが、犯人の特定にはまだ情報が足りなかった様だ。


たしかなのは襲撃者は野盗ではなく金で雇われた傭兵であること──。



「うん、ありがとう」


イリーナはイバンの仕事に礼を言い、ついでにささいな疑問を投げ掛ける。


「──ところで、おまえのその人脈はなんなの?」


「顔が広いってわけじゃありません、コロシアムで知り合った仲間ですから」


「麻薬で捕まったやつが投獄先で売人と繋がるみたいな話だな」


「やめてください、人を犯罪者みたいに!」


イリーナのたとえに反発したが、遺跡荒らしで投獄された犯罪者で間違いではないはず。


そして関係を自供した盗賊ギルドは立派な犯罪組織のはず。



「語れることはもう無さそうだね」


どうやらイバンの報告会の集まりだったらしく、イリーナがその終了を告げる。


「じゃあ、俺からの報告でいいか?」


一段落したのを見計らって切り出した。


蚊帳の外が続いた話し合いでやっと当事者になれると意気込んだ。


そんな俺にイリーナは面倒くさげな態度。


「……それって、いま必要な話?」


「おまえに頼まれてわざわざ隣国まで行って来たんだがっ!?」


俺は力いっぱい抗議した。


忙殺されて失念していたのか成果を期待していなかったのか、彼女はすこしポカンとする。


「見つかった?!」


そして勢いよく立ち上がった。


「おう、正体をしっかり掴んで帰って来たぜ!」


危うく成果の報告すらも拒否されかけた俺は、ようやく物語の中心に添えられたことに胸をなで下ろした。



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