二場 レイクリブとダーレッド


「結局なんだ、アイツらは敵なのか?」


会議後、俺はイリーナにたずねた。


会議では復興や防衛について話し合われたし、騎士団長は立派な人物に見える。


俺の質問は突拍子もなかったに違いないが、政治の場にいて俺にできることはなにもなかった。


手っ取り早く自分の立ち位置を明確にしておきたい、置物でいるしかなかったあの場に果たして俺が必要だったのかどうか。


「味方に決まってるだろ、彼らがいないとこの国はまわらないんだから」


イリーナは俺の質問に不正解をだした。


それでいてあきれた素振りもないあたり、敵という印象を抱くことが不自然ではないということだろうか。


「手を取り合っていかなきゃならない人たちだよ。ただ、権力が一点集中しているからそれが心配なんだよね……」


元老院や教会が壊滅して騎士団の主導になっていることをイリーナは危惧しているようだ。


「それのなにが問題なんだ?」


要領を得られずに首をひねるとアルフォンスが補足する。


「影響力のあるヴィレオン将軍や女王に忠実なチンコミル将軍を王都から遠ざけておいて、息子や縁のある騎士を昇進させているのが露骨ってことですよ」


軽薄そうな息子と敵対心むき出しの騎士たちは縁故採用ってことか。


「身内贔屓のせいで割を食ってるわけか?」


「それが気に食わないってだけじゃあ弱かったね、団長の主張は一々理に適ってる。決定権がティアンにあるとは言っても現場を指揮するのは騎士団だもんな!」


騎士団長の采配は正しく、方針転換を迫るだけの材料はない。


口が達者に見えるイリーナも、会議では子ども扱いでなにもさせて貰えなかった。


たしかに組織のトップが身内を重用するあまり、仲間たちが不当な扱いを受けるのは耐えがたい。


とはいえ、どこの組織でも多かれ少なかれあることだ。


当のイリーナ達がすでにティアン姫の縁故採用みたいなもんだしな。



俺がイリーナ、アルフォンスと立ち話をしていると、会議に参加していた老騎士長が輪の中に入って来る。


「オーヴィル殿、御無沙汰ですな!」


「……ああ、コロシアムの!」


会議中は意識していなかったが、あちらから声をかけてくれたことで俺は確信を持って返事ができた。


この老人はヴィレオン将軍と共にティアン姫擁護派の騎士だった。


コロシアムの看守へと身を落とし、革命の際にはフォメルス王討伐に参加した一人だ。


イリーナがあらためて紹介してくれる。


「メジェフ騎士長だよ、会議がハーデン派一色にならないよう捩じ込ませてもらったんだ」


ヴィレオン将軍の仲間は沢山いたからすれ違った程度でしかないが、結構な老人がいるなくらいの感想を持った記憶がある。


作戦時にはアルフォンスと行動を共にしていたはずだ。


「わしもこの歳で出世するとは思いませんでしたな、数合わせでもお役に立てれば幸いですぞ」


「お年寄りに無理をきいてもらいたいくらい、人脈がとぼしいってことだよ……」


イーリスは申し訳なさげだ。


確かに精悍な騎士長たちと比べたら小粒に見えて頼りない。


それでもコロシアムに落とされた血統派の騎士という時点で、ティアン姫に対する忠誠心は疑いようもない。


フォメルスの下で出世してきたハーデンよりかは信頼に値する。


「それでは、まだまだ仕事が山積みですので」


メジェフ老人は顎髭をさすりながら温厚そうな笑みを浮かべ、この場を立ち去った。 



「さて……」


イリーナ、アルフォンスと三人になりそろそろ俺の『報告』の出番と身がまえる。


一年分の大冒険の話をだな――。


「イリーナ!」


俺の話は出鼻をくじかれた。


老騎士が去ったのと入れ替わりに若い男がやって来る。


「──陛下が庭園でお待ちだ、すぐに参上しろ」


はじめて見る若い騎士の横柄な態度にイリーナは「了解っ」と、気やすく返事をした。


──親しい人物か?


身の置き場をなくしているとアルフォンスが気を利かせる。

 

「上級騎士のレイクリブ氏です」


城内に入るのははじめてだし、入れ代わり立ち代わりする新顔に俺は翻弄されるばかりだ。


さらに──。



「やあ、勇者イリーナ」


移動を開始しようとしたところに騎士団長の息子、騎士隊長の一人でもあるダーレッド・ヴェイルが割り込んで来た。


──息をつく暇がない。


懐かしの故郷でくつろぐ予定だった。


はやく顔見知りだけになって武勇伝を語りたい。


「や、やあ、ダー、騎士長!」


若き将軍ダーレッドは取り巻きの俺たちを無視して一直線にイリーナに接近する。


「先ほどは小娘と失言したことを許してくれ、本音を言えばキミはとても魅力的だ。キミみたいな女性にはお目にかかったことがないし、その存在感には興味をそそられるんだ」


馴れ馴れしく差し出された手をイリーナは律儀にも握り返す。


手の甲にキスをする流れを強引に握手で断ち切りに行ったようにも見える。


「あ、ありがとう、褒めてくれて……」


唐突な接近にイリーナが戸惑っている。


あいだに入った方が良いだろうかと腕ぐみをといたと同時、上級騎士レイクリブがダーレッド将軍を注意した。


「騎士ダーレッド。イリーナを陛下がお呼びだ、貴様にかまっている暇はない」


レイクリブに割り込まれてダーレッドが明らかに不服な表情をする。


「将軍だ」そう言い放つと重ねて指摘する。


「将軍を付けろよ、レイクリブ上級騎士殿?」


そしてダーレッドの矛先はレイクリブへと向かう。


「フォメルスが王座にふんぞり返っていたとき俺はおまえの存在に戦々恐々としていたよ、下から突き上げてきてやがて俺を踏み越えていくものだと確信していたからな」


なんで前王の話が出てくるんだ?


人物の背景がまったく分らない、そして俺はいつまで話に参加させてもらえないのだろう。


置いてきぼりの俺を無視してダーレッドのボルテージは上がっていく。


「──しかし、どうだね? 立場は完全に逆転した、おまえが俺の上に立つ日はもう来ない」


嫌らしい口調でネチネチとレイクリブへの攻撃を続けた。


「気が済んだなら行ってくれ、私たちは急いでいる」


しかしレイクリブは挑発に乗らずダーレッドに退散をもとめた。


「わかったよ」と、ダーレッドは了解した素振りを見せる、ティアン姫の使いであることは無視できないのだろう。


「お騒がせしたねイリーナ、また後日にでも時間を作ってくれ」


別れの挨拶をはじめたので俺は安堵する。


──ようやくここを離れられるぞ。


そこに、余計な一言を投じてくる。


「さらばだレイクリブ、お互い出世が早まって良かった。特におまえは百万人くらい死ななきゃあ一生準騎士を卒業できなかったろうからな」


その一言で沸点に達したのかレイクリブが吠える。


「決闘ということで良いな!! ダーレッドッ!!」


「おい! 止め……」


イリーナが慌てて止めに入ろうとするが二人は収まらない。


「後悔するなよ逆賊の息子!!」


「騎士団長の腰巾着風情が!!」


手袋を相手に投げつけるのが決闘の合図、そんな作法に従う奴ははじめて見るが、それをダーレッドは振り上げた。


手袋がレイクリブに向かって放たれ、決闘が成立する。


その直前、俺は横取りするようにそれをキャッチしていた。


――沈黙。


「な、なんの真似だッ!!」


当然、騎士長ダーレッドが俺の行動をとがめた。


決闘の手袋を無関係の人間が横取りするのは想定外だろうし、マナー違反だろう。


しかし俺はしびれを切らしていた。


「あ、悪い。けど、おまえたちが俺の存在を無視してるから退屈でよ」


俺はさっきから旅の話を聞かせたくてウズウズしている。


だのにこのうえ決闘まで始まったら、おまえらの因縁に縁もゆかりもない俺はなにをして時間を潰せばいいんだよ。


明日、出直してくれば良いのか? 御免だぜ。


「──はやく終わらせて、お姫さんに会いに行こうぜ」


イリーナは「ぶはっ!」っと吹き出して笑う。


「あはは、退屈ならおまえがその決闘を受たら?」


面白がってけしかけた。


「えっ、この決闘、俺が受けてもいいのか?」


べつにやりたくもないが、さっきの会議で俺のことはウロマルド・ルガメンテを倒した男と伝わっている。


そう言っておけば引き下がるだろうというイリーナの算段を俺は組み取ってやった。


「む、無効だ! 無法者相手に名誉を主張する価値もない!」


思惑通りダーレッドは乗ってこない。


「──所詮はどこの馬の骨とも知れぬ平民あがりか、せっかく俺の情婦にでもしてやろうと思ったのに興が削がれたわ!」


汚い捨て台詞を残し、怖気付いた小さな背中が遠ざかって行く。



「なんで最後、おまえを罵倒していったんだ?」


レイクリブでも俺でもなくだ。


「さあ、プライドを守ったんだろ」


あの無様な捨て台詞では守れるはずのプライドも粉砕されてしまうのではないだろうか。


アルフォンスが補足する。


「女性にフラれたときに相手を見下すことで精神の安定を図る、私もやるので分かります」


よけいに分からなかった。


ダーレッドが去るとイリーナはレイクリブへと向き直る。


「たやすく決闘だなんて言って大丈夫なの?」


イリーナは穏やかではない状況を心配した。


「なにがだ?」


一方のレイクリブは平然としている。


決闘とは殺し合いではない、立会人もいるし怪我でもすれば終了だ。


勝敗が決すればお互い遺恨を残さない。まあ、男の喧嘩みたいなものだ。


本物の剣を使う以上は取り返しのつかない事故も起きるし、そのまま死ぬ可能性だってある。


しかし騎士である以上。それくらいの覚悟はできているだろう。


「段取りを踏まねば粛正もできんからな、むしろ良い機会だと思ったんだが」


涼し気な風貌のレイクリブだがその様子から血気盛んな性格が垣間見える。


まだ少年と大差ない年齢だろうし騎士とはいっても男はそんなものだろう。


「──それより悪かったな、嫌な思いをしたか?」


「べつに打ち解ける前のおまえと大して印象変わんないし」


レイクリブの謝罪をイリーナは軽く流した。


しかしその一言はレイクリブの癇に障ったようだ。


「おまえが俺と決闘するか?」


冗談にも見えない。


仲が良いのか悪いのか、よく分からん二人だ。


「そんなことより、はやく姫さ……。女王陛下に会いに行こうぜ!」


険悪になりかけた二人を察して、俺は本来の目的に向かうよう促した。


 上級騎士レイクリブの生い立ちや出世の経緯は、中庭までの道中で軽く聞く事になったが。

 どうりで複雑な関係のはずだ。


 レイクリブは偽王フォメルスの次男であり。

 彼にとって、イリーナは父親の仇なのだ。


 謀反人の息子だということで、一時は騎士の道を断念せざるを得ない状況だったが。

 ティアン姫をリビングデッドの群れから護り抜いた功績から、現在は彼女の護衛を任されている。


 その役割りに見合わせるべく、二段跳びで上級騎士になったのだそうだ。





  『皇女の受難』▶︎

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