六場 夜明け前
――増殖の限りを尽くすリビングデッドを殲滅する?
「不可能だ! 町ごと消し飛ばせる大破壊魔術でもない限り!」
言ってみただけでそんな魔術を行使できる人間の話など聞いたこともない。
人間を遥かに上回る魔力を持つエルフ族は破壊を好まないし、詩人が伝承する誇張された伝説に登場する魔人や、神をも滅するとされた古のドラゴンでもない限り成し得ない。
たとえできたとしても生存者を捲き込んで行使する訳にもいかない。
私は困惑しながら塔を降って行く勇者を追いかける。
「【宝玉】は回収できたんだろうな?」
私が逃げ出さずにマリーと対峙していたことから大方の事情を掴んでいるだろう。
勇者は魔力の有無を私に確認した。
えらそうに殲滅と言ったが【宝玉】頼みということか。
「ええここに、王都内の生存者を位置特定して警報を飛ばすくらいのことは容易です。しかしリビングデッドの殲滅となると……」
私は歯切れ悪く、とても期待に添えないだろうことを伝えた。
「生存者じゃなくて、ゾンビと繋げるよね?」
要求の意図が掴めない。
要領を得ない私を待たずに勇者はずんずんと先へと進む。
「たしかに王都内すべてのゾンビと繋ぐことも可能です。しかし、一瞬動きを止めるよりは生存者の避難誘導をした方が……」
何度も確認するが目的意識を強制し続けることは難しい。
止まれ、と命じるまでは良いが、直後には「どうしよう?」だとか「体勢がキツイ」だとかの雑念が入る。
そうなると指示は曖昧になり、前提となる人間を襲うという指令の強制力が優先されて接続が途絶える。
「ゾンビに繋いだ状態で自分の頭を粉砕すれば、ゾンビたちも自害してくれる?」
勇者が物騒な提案をするが、とんでもない。
「冗談でしょう? ゾンビが二度と動かないくらいに徹底的な勢いで、誰が自分の頭を割れるというのですか?」
頭蓋骨を割って脳みそを完全粉砕するのだ。
大切な人々のために自己犠牲の覚悟を持って自害できる英雄的人物はいるかもしれない。
しかし、救うぞ! だとか、痛いかも、と言った雑念を抱かず。
動作としてではなく、行為として人間よりも遥かに死ににくいリビングデッドを確実に仕留める強力な一撃を食らわせられるか。
仮に高所から飛び降りて割る。という方法があったとしても、遠隔操作したリビングデッドたちが高所にいるとは限らない。
当然、すべてのリビングデッドが鉈を携行しているわけもない。
大前提として素手で自分に叩き込めるかのか、それは無理だ。
そして王都全体を術下に置けるのはただの一度だけ、それで【宝玉】の魔力は尽きる。
「よしっ!」
しかし勇者は想定内と言わんばかりに力強い声を発した。
「なにが、よしっ! なんですか?!」
困惑収まらぬまま私たちは城を抜ける。
城門の前には人だかりがある、ティアン姫たちだ。
先に情報の交換がされていたのだろう、それで勇者は私のあとを追って来たのだ。
合流するとニケたちやイバンの姿を発見する。
私は杖を着いて立っているアルカカと軽く拳を合わせ、お互いの無事を祝福した。
勇者が合流すると自然と彼女を中心とした輪ができあがる。
「イリーナ殿!」
馬に乗った老騎士が合流、ヴィレオン将軍の仲間で見知った顔だ。
「いやぁ、インガ族は相変わらず凄まじいですな! 化け物の密集地帯を荒らしまわって陽動になっておる」
「お爺ちゃん! 状況はどうですか?」
勇者の質問に老騎士は答える。
「騎士団が合間を縫って市民を城の後方へ誘導しております。ただ、どちらも数が桁違いゆえ収集は付きそうもない!」
城を挟んで教会の反対側、広大な牧場方面に避難を誘導しているようだ。
「アルフォンスさん、ご無事で良かった!」
イバンはどうやら無傷の様だ。
「貴方も、しかし少々気まずいですね」
ウロマルドに引導を渡した者同士、私は彼に共感を得ようとした。
ところが「え、なにがですか?」と、とぼけた返答。
それどころか「しかし、蛮族も使える時は使えますね!」と遺族の前での失言。
なぜ私や勇者がこれだけ痛い目をみているのに、この命知らずの小僧が無傷なのかを神に問いたい。
そんな彼はひとまず置いて、私も勇者を囲む会へと参加する。
「確認するぞアルフォンス、王都内のすべてのゾンビに接続することはできるんだな?」
私が頷くと今度は親指で自らを刺し。
「ゾンビとの接続先をボクにすることは?」
そう聞いてきた。
「他人でためしたことこそありませんが難しいことはありません、可能です」
【宝玉】の魔力があればかなりの融通が利くだろう。
「持続は?」
「リビングデッドに下す指示が維持されている限り続きます。指示が途切れると同時に切れて、再び全域に影響を及ぼすだけの魔力は残っていません」
何度も言うが一度きりだ──。
「つまり、ボクの集中が続くかぎり永遠だな?」
「明確な指示が途切れるまでです」
理論上あってはいるが人間の体力が永遠に続くことはない、私は要領を得られずに確認する。
「──って、なにをするつもりですか?」
「皆がゾンビを殲滅しきるまでボクが奴らの行動を支配し続ける」
馬鹿げている──。
その一言に尽きた。
一人あたりのノルマが何千、何万になるかわからない、集中と体力が続くはずがない。
「いや、無茶だ無茶だとこれまでも思ってきましたけど、今回に限っては不可能ですって!」
私の言葉などかまわずに勇者は仲間たちの前に仁王立ちする。
「皆、これからアルフォンスの魔法を使ってリビングデッドの行動をボクに一元化する、奴らは完全に無害化するからそのあいだにすべて退治してくれ!」
──本当にやる気なんだ!?
ある者は作戦の内容に驚き、インガ族の者は「我々は案山子と戦いたい訳ではない」と反発した、反応は様々だ。
「やめときなって、絶対にもたないにゃり」
リビングデッドを手当り次第に叩いて潰れたニケが意見した。
彼女ですら千近く叩いたが百は仕留めてないはずだ。
「気力でもたす。ボクの世界じゃステージに上がれば十代の女子だって連日二、三時間は歌って踊って、段取り追って、笑顔を維持するぜ?」
決闘なら二分、口喧嘩でも十分全力を出せば疲労困憊だ。
それぞれが物量的、体力的、原理的、主義的に受け入れがたいと懐疑的になっている。
勇者の提案は私から見てもヤケクソとしか思えない。
事態はこの世の終わりをどう見届けるか、そういう段階に入った。
すでに手段を講じたり奇跡を期待するのも虚しく感じる景色の中に我々はいる。
ティアン姫が口を開く。
「イリーナに任せましょう」
決定を下すことにおいてこの場で彼女以上に相応しい人物はいない。
勇者はティアン姫に向き直りその手を掴む。
「久々に良いところを見せるよ」
触れ合った部分からまるで特別な力が循環でもしているかのように、頼りなかった勇者は力強く見える。
「いまさらよイリーナ、わたくしにとってあなたが英雄でなかったことなんて一瞬だってないもの」
ティアン姫はそんな彼女に惜しみなく力を捧げようと抱き返した。
勇者は城門の前に出ると深呼吸を一つ。
「アルフォンス! スタートって言って手を叩け、それを合図にボクはスイッチを入れる。そうしたらすぐにすべてのリビングデッドを繋げ」
なにをするつもりなのか皆目見当もつかない。
しかし、ここまで来たら彼女に託そう。
私は我が一族の秘宝、その最後の一つを使い切る覚悟を決めた。
「いきますよ?」
呼びかけると勇者は目を瞑り静かに頭を垂れた。
その小さな動作ひとつで開けた空間に張り詰めた空気が満ちる。
それが始まりを感じさせる所作だからだ。
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