終幕
神竜の巫女
「――スタート!!」
私は声を張り上げ、力いっぱい手を叩いた。
蓄積機から魔力を根こそぎ引き摺りだし【通信魔術】を全開にして意識の先端を王都全体へと走らせた。
高速で駆け巡るそれはすべてのリビングデッドの位置を一体一体と特定し、もう片方の先端が勇者へと収束する。
勇者が腕をスっと前方へ延ばす。
その滑らかな動作は我々の視線を惹きつけた。
そしてゆっくりと動き出したかと思うと、それがフェイントだったかのように急に身振りの速度を上げる。
「――舞踊?」誰かが呟いた。
見たとおり勇者は踊り出した。
そこで私は合点がいったのだ。
止まり続けることを意識し続けるのは難しい。
しかし読書で先の文字を読み進めるように、歌詞を歌い上げるように、先を追い続ければ集中は持続する。
物語には終わりがあり、歌には区切りがあるが、舞踏は振りを生み出し続けることができる。
踊りきるまでをひとつとして、脳から肉体へ指令を送り続けることが可能だ。
リビングデッドたちが一斉に踊りだす──。
世界はそれは混沌とした光景を描き出していた。
見渡す景色の行く先々で人影が激しく踊り狂う。
王都中すべてのリビングデッドが人を襲うのを止め勇者と連動し同じ動作を行った。
効果てきめん、激しい舞踏はゾンビの無害化に加えて位置の特定までをも容易にする。
「行くぞ!! この隙にリビングデッドを駆逐する!!」
誰もが勇者に魅入っていた中でレイクリブが一早く行動を開始、号令を飛ばした。
戦士たちが一斉に散らばって行く。
いまならば居場所を全力でアピールしている案山子を薙ぎ払って処理するだけだ。
さらに勇者はその場にとどまらず前進を開始、リビングデッド達も追従する。
その場にとどまっていた方が良いように思えるが、リビングデッド達は王城からコロシアムへと延びる大通りへとゾロゾロと集まりだした。
勇者は目的地を定めることによってより集中力を高め、同時にリビングデッドを一ヶ所に誘導しているのだ。
「すごい! これはすごいぞ! やっぱり姉弟子は偉大な人だ!」
イバンが勝利宣言とばかりにはしゃぎ出した。
「うおぉぉぉぉっ!! 姉弟子ぃぃぃぃっ!!」
時間の経過とともに勇者の動きはより激しくなっていく。
普通なら体力を気にしたり気恥しさに動きは縮こまっていくものだ。
しかし、勇者は言っていた。
──恥ずかしいことを恥ずかしがりながらやるのが一番恥ずかしい。
その時は支離滅裂で意味不明だと思った。
しかしこれはどうだ。
大通りを力強く踏み鳴らしながら進む勇者を、リビングデッド達が取り囲んで同じく軽快にリズムを刻みながら前進していく。
数十万人の刻む足音、衣擦れの音はまるで楽器が奏でる音楽のようだ。
この究極なまでに狂った光景に不謹慎にも笑いがこみ上げた。
爽快なのだ――。
疲れたとか、恥ずかしいとか、そんなことを考えたら集中は途切れ行進は終わる。
だから全力でなくてはならない、そして全力は恥ずかしいどころか人の心を感動させる。
「あははははははッ!!」
すぐ横をインガ族の戦士が笑いながら駆け抜けて行った。
先ほどリビングデッドの動きを制限することに異論を唱えた戦士が、余興にでも参加する勢いで大通りに飛び込んでいった。
数万人にも昇る舞踏の迫力に触発されたのだろう。
私は勇者をフォローするためにその後を追った。
できることはなにもないが、ただその姿を見逃さないために姿を視界に収め続けた。
呼吸音にまぎれて時折、彼女の口からカウントが漏れている。
八までの数字を繰り返しているらしい。
数を反復することで雑念を振り払っているようだ。
数字を刻む限り気を散らすことなく舞踏は続く。
──作家だと言っていたがまるで熟練の舞踏家のよう。
これは闘争か、魔法か、いやパレードだ。
パレードがコロシアムを目指して大通りを埋め尽くしていく。
勇者は全力で踊り続けた──。
激しく、次の瞬間には緩やかに、緩急を切り替え緩慢にせず、いつまでも飽きさせない。
彼女はパフォーマンスのクオリティを上げることに命を懸けた。
観客を沸かすというモチベーションを高く持つことで、リビングデッドの衝動を上回る強制力を発揮しているのだ。
コロシアム時代を思い出す。
命を懸けたから、全力を尽くしたからまわりは付いてきた。
数十万のリビングデッドが大通りからコロシアム周辺の広場へと集結していく。
大陸の半分以上を支配する皇国、世界でもっとも人の多い都市に暮らしていた人々、その首をインガ族の戦士たちが軽快に跳ね飛ばしていく。
騎士たちは馬の機動力を生かし遠方の殲滅をしているはずだ。
夜は明け陽はとうに頂点を過ぎている――。
もはや不可能と断定したリビングデッドの掃討が現実を帯び始めてきた。
インガ族の力は私の想定をはるかに超越し、一人一人がウロマルドを彷彿とさせる活躍を見せた。
彼らがここにいるのも勇者が絶対王者に好かれた結果だ。
「姉弟子はまるで【神竜の巫女】みたいですね」
イバンが呟いた。
疑問符を浮かべる私に冒険家であり外の事情に詳しいイバンが解説をしてくれる。
「竜の巫女は竜神に祈りを捧げるために半日も踊り続けるんだそうですよ」
インガ族の戦士たちの苛烈なまでの武力を竜に例えるなら、それを呼び寄せた勇者をその巫女と形容するのも納得がいく。
そして勇者は【神竜の巫女】のごとく半日も踊り続け、リビングデッド達の殲滅は見事に成ったのだった。
――なんて血なまぐさい日の抜けるような青空。
そこかしこで生き残った騎士が激を飛ばし、兵士たちが駆け回っている。
満身創痍の彼等には酷だが、人口の何割かに達する死体を速やかに処理しなくては大変なことになる。
生き残った人々もこれから昼夜休みなく、事後処理と復興に駆り立てられることになるだろう。
リビングデッドは殲滅された、勇者みずからが舞踏を締めくくったのだから間違いない。
終了の合図があるまで演技を止めない、そのために開始の合図を私に命じたのだ。
当の本人は通りのど真ん中に倒れたまま、死んだかのように微動だにしない。
あんなに酷使しては突発的な心不全でいつ死んでもおかしくはない。
「勇者様、水を持ってきましたよ」
呼びかけたが疲労で返答もできないといった様子。
微かに指先が動作しそれが「ほしい」と語っているように見えたので、私は水桶の中身を勇者の顔面にぶちまけた。
「……ちょおッ!!?」
勇者は手足をバタつかせ怒鳴りつける。
「──溺れるわッ!!」
元気そうで良かった。
声を聞けて安堵した私は前振りもなく謝罪する。
「勇者様、帰還方法がないことを黙っていて申し訳ありませんでした」
おとし入れるつもりはなかった、自衛に必死で相手の気持ちを汲むのに思い至らなかったのだ。
死者を呼び出したことも記憶を失ってさえいなければ、むしろ相手にとって都合が良いと思っていた。
肝心なことを伝えられなかったのは勇者が自分にとって特別な存在になってしまったからだ。
私はこの関係性を心地よいと感じ壊したくなかった。
反省する私の気分に反して勇者は吹き出した。
「タイミング!?」
そう言って笑うとそれ以上はとがめない。
「──涼しくなってきたねぇ……」
寝そべったまま穏やかに言った。
水を被ったせいで尚更だが、陽が落ちて外気が冷えはじめている。
くつろいでいるところ申し訳ないが、現実を突きつける。
「死臭が漂っていますけどね」
「やめろ……」
周囲は百万の死体の山だ。
私はクールダウン中の勇者に寄り添うように腰を掛けた。
自力では動けない彼女を運ぶ役目が必要だろう。
「お疲れ様でした、感服です」
私は素直に勇者を讃えた。
「──私の人選は間違ってはいなかったと再確認できました」
そして自らを誇った。
そんな私を勇者は「自分の手柄かよ」とあきれ気味に笑い飛ばすのだ。
「マリーさんとは友達になりたかったなぁ」
そんなことを言うのは先にも後にもこの人だけだろう。
不死王リングマリーは今後、人類を滅ぼしかけた魔王として人々にとって憎悪の対象となる。
「ちょっと可愛い娘だったよね。すぐムキになってさ」
被害者遺族に八つ裂きにされても文句は言えないが、この期に及んでこの人はそう言った。
「妹も同じ気持ちだったと思いますよ」
勇者と話すマリーは生き生きとしていて、とても楽しそうだったな。
「これからどうする?」
勇者が問いかけてきた。
彼女にはもともと帰る場所がなく、私は天涯孤独の身となった。
当面の目的が無くなった。
私の結論は出ている。
「とりあえず、死霊術師は引退ですね」
なんとなしで口にすると、勇者が「何で!?」と驚きの声を上げた。
「マリーさんの成果を引き継げば、ほぼほぼ完成じゃんか!」
確かにもう少し追究すれば同じ段階まで辿り着けるかもしれない。
しかしそれはすでに興味のないことだ。
「あれは失敗です。人格の再現は不完全なものでそれゆえに暴走を招いた、マリーは壊れていたんですよ」
その論説は根拠のないでっち上げだ。
でも、そうしてやりたい。
マリーは今後普遍的に語られるような悪人ではなく、不幸な事故で悲劇を誘発した可哀想な子供だったのだと。
それがせめてもの手向けだ。
「それに私は不老不死への興味などとっくに失ってしまっていたのです。そうでなければ不死から大きく脱線した【通信魔術】の研究へと舵を切るはずがない」
不死の研究をしていた頃は無限に時間がほしかったが、やめると決めたら研究のために不死がほしかったのか不死のために研究をしていたのか曖昧になってしまった。
死ぬまでに完成が間に合わないと焦っていただけだ。
家族がみんな死んでしまって使命感が増すかと思ったらそうでもない。
完成を誇りたい相手はいなくなったことで、いま横にいる人々がいなくなった夜にしがみつく強い理由もない。
いま笑えたらいい。
いまが続くことと永遠に生きることはちがう。
「伝えた? サラマンダーになったおまえの声を聞くためにお兄ちゃんはこの魔法を作ったんだって」
「やめて下さい、そんなんじゃあないんですよ」
妹を哀れんだのか、その才能を惜しんだのか、たしかに救うために【通信魔術】を身に付けた。
結果、その魔術は皮肉にも妹を殺す唯一の手段として機能した。
どちらのためのだったのか、それを決める資格は私にはないと思う。
「──そんなことを言うならですよ、勇者様こそティアン嬢に想いは伝えたのですか?」
「な、なんでだばハッ!?」
私の反撃に勇者は派手にむせ上がって呻いた、全身の痛みに耐えられずにうずくまってしまう。
どうせ姫の現在の立場に遠慮してなにも伝えていないのだ。
すぐに跡継ぎ問題が浮上して結婚してしまう、そんな彼女を惑わさないために。
「告白してみなさいな、事態は好転するかもしれませんよ」
私は確信している。
言葉にしてしまえば二人は容易く結ばれるということを。
「できるか! 彼女は女王になるんだぞ!」
それを妨げるようなマネはすべての国民への裏切り行為。
とくに半壊した皇国を指導者もなくどうやって復興に導くのか、今後、敵国とどうやって向き合って行くのか。
一致団結のためには皇族の存在は不可欠になる。
それがフォメルスを引きずり下ろした二人の責任だと、そう考えているのは理解している。
「だとしても私は認めますよ、それは純愛だって」
「お前に認めらてもな……」
説得力がないとばかりに言って勇者は溜め息をついた。
帰る場所を、人生の命題を、生きるための目的を失った二人、それを悲観しなくても良いのは大切な誰かが居るからなのだろう。
ここからが新しい人生のはじまりだ――。
「とにかく、私は決めました。当面の目的は勇者様を納得いく結末へと導くことです! ええ、責任を取りますとも!」
私の初心表明に、勇者はありがた迷惑とばかりに表情を歪めていた。
『禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブ・ザ・デッド』終幕。
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