五場 家族の思い出


「俺と母さんの子だから、きっと才能があるぞ」


久々に顔を見せた父ニコランドが私にそう言った。


わざわざ二人の子だとアピールをするところが、母が他の男と子供を作った今となっては卑屈にも感じられる。


父に他意はなく私の被害妄想であることは理解しているのだが、拭えないものは仕方がない。


「まさかアルフォンスが剣の稽古をはじめていたなんてな……」


才能と言っても魔術ではなく剣術の方だった。


母は美容のために運動をおこたらず健康だったし、父は聖堂騎士団からの逃亡生活と度重なるトラブル対応でかなりの腕前になっていたからだ。


「なにを言ってるんだよ、俺が剣を始めたのはもう何年も前からじゃないか」


私はあきれて指摘した。


父がそれを言い出したのは、私が闘技場に行ってレベルの高い剣闘士の試合を観てみたいと言ったからだ。


しかしこの適当な返答は、疲れた頭で考えもせずに反射で対応をしているがゆえだ。


父はいつもこの寂れたボロ屋の自室にこもり、魔術による不老不死の研究にいそしんでいた。


聖堂騎士団に手配されていることもあり、若い頃から父はとにかく多忙だった。


隠れ家での隠遁生活をはじめ、ようやく研究に時間を割けるようになったのだ。


しかし、四六時中文献を睨んでいるばかりで、成果は上がっていなかった。


疲労困憊の父に負担を掛けても仕方がない、私は軽くフォローを入れる。


「できて当前さ、なにをやっても一流だった父さんの子供なんだから」


嘘ではない、聖堂騎士団と渡り合って生き延びた術師が過去にいたかって話だ。


父は優れた剣士で、優れた医師で、優れたネクロマンサーだ。


「不老不死だって父さんの完成待ちさ、もし間に合わなかったとしても俺が完成させてやる」


私がはげますと父さんは力なく微笑んだ。


「そうか、そいつは心強いな」

 

「だから過労死しないように少しは睡眠でも取るんだね、倒れられたって薬を買うような余裕はないんだからさ」


母が出稼ぎで稼いだ金はあったが、どうにも頼りづらい。


「ははは……」


父さんは自嘲的に笑った。


無職の父に金の話を振るのは酷だったが、思ったことを口に出さずにいるのはどうにも苦手だ。


「厳しいなアルフォンスは、じゃあ少しだけ横になるとするよ……」


父はそう言って家族四人が詰まって眠る狭い寝室へと向かう。


途中、父さんは振り返って言った。


「あの子は凄いな。ずっと御先祖のノートを分析しているよ、執念とも言える集中力だ」


あの子とは妹のリングマリーのことだ。


血の繋がりの一切ない子供を父は気まずげに『あの子』と呼んだ。


一族の悲願に対する使命感さえなければもう少しやりようもあったのだろうが、関係性の構築に悩む時間を惜しんだ結果、マリーには誰も構わない。


まるで部屋のすみっこに住み着いた、本を読む精霊かなにかのような扱いになってしまっていた。


「御先祖の研究成果や資料は興味深いだろうからなぁ、趣味になってくれてるなら良かった、かな……?」


その言葉も何度目か、とくに話すこともないのだろう。


幼い頃は無敵の超人だと感じていたのに、すっかりか弱い生き物のように見えてしまう。



私は父の背中を見送って彼が出て来た研究室の扉を潜った。


私も先祖の悲願を継ぎしネクロマンサーなのだ。


「……あ」


部屋に入ると片隅でうずくまっていた『本を読む精霊』が私の登場に反応した。


声を発するのは珍しい。


「おにぃ……ちゃん」


それどころか話しかけて来たではないか。


「はい?」


少しキツイ声だったろうか、気を取り直して平静なトーンで言い直す。


「──なんでしょうか?」


マリーはぐずぐずと言葉を連ねる、そのハッキリとしない態度が癇に障った。


「……あ、い、えっと……ね、この研究書の部分に」


マリーが両手で目の前にかざしてきたそれは、自分も読んだことのある文献だ。


「ああ、その辺りからはもう得る物はないので、とくに話すことはないですねぇ」


そう言って突っぱねた。


なんの用かは知らないがこちらには用はないぞということだ。


「…………」


マリーは黙り、しばし「うぅ……」とムズかる。


「なんですかっ?!」


私は鬱陶しさのあまり聞き返した。


するとマリーは予期せぬとんでもないことを言い出した。


「――あ、不死はできる、た、かも」


一瞬、私の脳はその有り得ない一言への理解を拒否した。


「ああ、そうですね。お互い頑張りましょう……」


拒絶から一拍置いて、言葉の意味が鮮明になる。


――不死が完成した、と言った。


「はあッ!?」


私は跳ね上がって振り返るとマリーを凝視する。


これがふつうの子供相手ならば戯言で済ませられたのだ。


しかしマリーは初めから魔力の循環がとてもスムーズだったし、死体の操作、命令の書き込み技術などはすぐに習得してしまった。


それは向いているなんて枠には収まらない、恐ろしいくらいの才能だった。


「その書はたしか死体から生前の行動パターンを引き出すことに成功した例が記された一冊、つまりは死者蘇生の手掛かり部分……」


──いったいそれのどこに不老不死が?


私は取り乱しながらも確認した。


マリーは「あ」と一々前置きをしてから「あのねあのね」と得意げになって語りだす。


「生前の意識を引き出す手法で、生きている人間の意識を再現して、それを維持できたら、のね?」


か細い声を振り絞って構想を述べる。


「──可能になれば、継続的に記憶の引き継ぎを行うことで、不死が成立する。するってことになるよ、ね?!」


生前の記憶を新しい体に移すことを継続すれば実質、タイムリミットのない人生を送ることができる。


「定義上たしかにそれは不死の完成と呼べなくもない……」


言っていることは解る、革新的な話だ。


「──しかし、実現可能かはまったくべつの話で妄想の域を出ていませんけどね!」


マリーの発案を鼻で笑った。


私たちの研究はまだその何段階も前の段階だと言わざるを得ない。


「鳥のね……」


その段階ではない、という結論で話を終えたつもりでいたがマリーは口をつぐまない。


「は?」


どこに飛躍したのかと思えば話はまだ途中だった。

 

「──意識を抜き出して、鼠に書き込んだら、飛ぼうと、した……した!」


マリーは興奮気味に実験結果を伝えた。


「まだ持続するかわからないし、もっと複雑な情報量になった場合、欠損が起きないとも限らないけど、でも、できてるかも知れない!」


私は聞き入っていた。


「……本当に?」


そして完全に突き放して相手にしなかった妹に、自ら質問をしていた。


「すごい? ねぇ、すごい?」


マリーは前のめりになってはしゃいだ。


それは体感時間の操作や経年劣化の抑制にばかり着目していた自分たちには、思いもよらない不老不死への正しい道筋にも思えた。


しかし世紀の大発明を私は喜べずにいた。


感じたのは希望ではなかった。


それを発見したのが父なら、せめて自分だったならどれだけ良かったかと正直、絶望すらしたのだ。


一族の数百年にもおよぶ研究の成果を部外者に盗まれたとしか思えなかった。


しかしそれを表面には出さない、敗北を認めないことが私のささやかなプライドだった。


「なかなか、やりますね」


そう言って黙った、精一杯の負け惜しみだ。


マリーはあの時「えへへ」と笑っていたっけ――。



混濁する意識を何者かの声が刺激する。 


「アルフォンス! おい、アルフォンス!」


女性が私の上に圧し掛かって腰の上に柔らかい感触がある。


視界がうっすらとすた景色を認識しはじめ眼前の人物を認識できた。


「……勇者、様!? ……て、痛ったい!?」


顔面に強烈な痛みが走った、鼻血が大量に流れ出ている。


指で軽く撫でると顔面が腫れ上がって変形しているのがわかった。


「これは一体……はっ!?」


いつぞや勇者によってマウントポジションからの執拗な殴打を受けた記憶が蘇る。


「許してください! 好みの女性という理由で依代を選んだことは反省しています!」


だから、もうこれ以上ぶたないで! クロム氏、速く止めて!


「おい、しっかりしろ!」


そう叱責され辺りを見回すと、そこは闘技場ではなかった。


「は? えっ?」


周囲は空に囲まれている。


下界からは人々の悲鳴、舞い上がる煙、血の匂い。


ここは高所、見張り塔の上だ。


意識が鮮明になっていき状況を思い出す。


私はマリーの暴走を食い止め、そのあと自らの人生に幕を引こうとして投身を図ったはずだった。


しかし、なぜ彼女が目の前に?


「……勇者様、こんなところでなにをしているのですか?」


私の質問に勇者は答える。


「おまえが飛び降りようとしたから慌てて駆け寄って止めたんじゃないかよっ!」


私は理解する。


──ああっ! なるほど!


足が地面を離れた瞬間に掴まれたから、そのまま頭を手すりなりに強打し意識を失ったんだ。


「それが死因になっていた可能性もいなめませんねっ!」


完全に顔面からいってるじゃないか。


「無我夢中だったんだよ! 鳥にでも変身するのかと思った!」


──どんな発想だ?!


地獄とかした地上から逃れるため鳥になっての脱出を試みたとでも?


私は戸惑うばかりだが、勇者は真剣にこちらを見詰めている。


「よくご無事で……」


私は本心からそう言った。


「ああ、あのあとすぐに彼らと遭遇して……」


そう言って勇者が指した先、屋上の入り口にインガ族の男女が立っていた。


どういう経緯か彼らが勇者をここまで護衛してくれたらしいことがうかがえた。


「彼らはウロマルドの子供たちだよ。闘技場解放直後にウロマルドから連絡があって、ここまで会いに来たんだって」


勇者の紹介を受けてインガ族の女性がこちらに近寄って来た。


インガ族は男女を問わず全員が屈強な戦士だ、彼女も露出した腹筋が岩の様に割れ肉食獣のような面差しをしていた。


「おまえが我が父にトドメを刺した死霊術師だな?」


どうやら二人ともウロマルドの子供、兄妹ということらしい。


──気まずい!? 直接トドメを刺してはいないが、加担したのは事実。


委縮する私に対してもう一人、インガ族の男がフォローを入れる。


「我々は戦士だ。自分がどんな理不尽な死を迎えても悔いはない、そういう覚悟と引き換えに命の奪い合いをしている」


彼らにとって死とは自然の摂理である、だから父親の死を恨んだりはしない。


そういうことだろう。


確かにあのウロマルド・ルガメンテの面影が色濃く出ている。


「我々の目的は父ではない。あの父が肩入れしたフォメルスが倒され、参戦した闘争を父以外の者が制したと聞いてきた」


「……僕に会いに来たんだって、笑えるだろ?」


当の勇者がちっとも笑っていない訳だが。


なるほどウロマルドが死の間際、勇者に言った『家族によろしく』という伝言。


あれは結末を伝達してくれという意味ではなく、こちらに向かっているから迎え入れろという意味だったのか。


インガ族の女は言う。


「おかげで面白い戦場に出会えた」


「独特の感性をしていますね……」


この誰もが目を覆いたくなる地獄を力試しの場くらいに考えている。


不謹慎な発言だがそれは彼等には当てはまらないのだろう。


インガ族は全員が一流の戦士だと聞く、人類最強と呼ばれた男の遺伝子を持つ二人もさぞや超人的な強さを誇るのであろう。


「いま下ではインガ族の戦士たちが数百人でゾンビ討伐を開始してる」 


勇者の状況説明に驚く。


「民族総出で来たのですか!?」


インガ族の人口はたしか数百人程度、定住せずに民族単位で移動しながら戦場を転戦していると聞く。


それにしてもフットワークが軽い。


勇者が私の上からどいて「さあ、行くぞ!」と手を差し伸べる。


「どういうつもりです、なにもしないって言っていたじゃあないですか?」


勇者は突きつけられた自分の正体に深く絶望したはずだ。


すでに舞台から退場している死者が、世界に干渉するだなんて馬鹿げているのだと。


「でも、みんなを助けたいんだよ」


勇者は強く手を握って私を引き起こす。


「──たとえ自分が死ぬって、死んでいたって、助けられる人がいるなら助けたい……そうだろ?」


その結論に至るまでに苦悩があったことは泣き腫らした瞼を見れば分かる。


「それに舞台に上がったら終了の合図があるまで、演技を止めちゃあ駄目なんだ」


勇者は力こぶを作る仕草で軽くおどけると覚悟を語る。


「──舞台役者は親の死に目に会えないってね。親が死のうが恋人が死のうが、たとえ自分が死んでいようがボクは舞台に上がる!」


その瞳にはもう迷いは無い。


「しかし……」


勇者の言う通り、皆を救えるものなら私もそうしたい。


しかしいくら強力なインガ族の助けを得られたところで、増え続ける百万のリビングデッドが相手ではとても手が足りない。


それを揺るぎようのない事実として私はすべてを諦めたのだ。


それでも勇者は自信に満ちた眼差しで宣言する。


「力を貸せアルフォンス、いまからボクらでリビングデッドを殲滅する!!」



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