二場 死肉人形


この国はまもなく滅びる──。


増殖したリビングデッドを止める手立てはもはや無い、それでもマリーには会う必要があると私は判断した。


目的がある訳でもなく、その衝動をまだ言語化することもできない。


こじつけるなら、探す必要もなくそこに【宝玉】があるということ。


最後の局面でその位置を特定できたことに運命を感じずにはいられない。


この遠回りを後悔して死ぬか、それを持ち去れるかの勝負だ。


「行く訳ないじゃん!!」


私の提案に二人は拒否反応を起こす。


「怪物見物でもしようってのか?」


アルカカは呆れたという口ぶりで頭を掻いた。

 

「ニケは馬鹿だから作戦とかよく分からないけどこれから逃げるんでしょ? 王城なんか街のど真ん中じゃん!」


当然と言えば当然、一秒を争うこの状況で手遅れになることは目に見えている。


意見交換するこの時間すら惜しいはずだ。


それでも私はなんとか説得を試みる。


「王城に脱出用の抜け道があるのは通例です。地上を馬で抜けるよりも安全だと思いますが、どうでしょうか?」


苦し紛れだがそれらしい理由付けができた。


「その口ぶりだと、抜け道の有無は定かではないのだろう?」


「残念ながら。しかし数万、数十万のリビングデッドをしりぞけながら、半日かけて外に出るよりは王城の方が遥かに近い」


道中、生存者の中に抜け道を知っている者と遭遇できる可能性もゼロではない。


ゾンビの大群を蹴散らしながらの出口さがしに人さがし、三人では人手不足もいいところだ。


しかし王都全体がすでにゾンビの巣窟、どの選択も地獄であることに変わりはない。


「──出口が見つからずに引き返しても、倍も距離が延びるわけじゃありませんよ」


時間が経つほど脱出は困難になるのだからその理屈は通らないが、二人の助力を得られなければどうやったってたどり着けない。


「あのデカイのはどうする?」


「無視です。城門を乗り越えるための一過性の形態で、人を追い回せるような造形はしてない」


あのサイズの物が全力疾走できたら馬でも逃げきれないだろうが、そこまでの強度があるようには見えない。


いや、あるのかもしれないが自分に不利な発言は控えた。


「どのみち生存率は誤差という印象だな」


アルカカの考えがなびいた。


「──かまわないか?」


「どっちが良いのか分かんない、だから任す」


ニケはアルカカの決定に従うようだ。


意外にもすんなりと説得できた。


すでに正攻法の逃亡すら至難、追い詰められた状況が皮肉にも功を奏した結果だろう。


危うくなったら逃げると宣言していた彼等だが、どうにも踏ん張りすぎて逃げ時を逃してしまっていた。


なにが合理的かを分かっていても、感情に流されて下手を打つのが人の性だ。



「では、王城に乗り込みましょう」


うながすとアルカカが馬も人も限界である現実を口にする。


「この消耗具合でどこまでやれるか……」


ニケが唐突に身に着けていた防具を剥がして地面に投げ捨てる。


鍛え抜かれた美しい背筋に肌着が汗で張り付いていた。


「なぁに、帰りの燃料を考えずにかっ飛ばせば、あっちゅう間につくだろ!」


女騎士はブーツからベルトまで捨てられる限りの荷物を捨てて馬に跨る。


長剣を仕舞い肩を回すと「ん」と言って私たちに手を伸ばし、アルカカの戦鎚と私の手斧を奪い取った。


「ニケが道を切り開く、二人は黙って付いて来な!」


男前に言って彼女は先陣を切った。


言葉通りニケは全力で馬を飛ばした。


すれ違うリビングデッドの頭部を左右の武器で的確に打ち倒す。


一撃粉砕という訳にはいかなかったが、新路上のリビングデッドをことごとく打ち倒した。


私とアルカカはリビングデッド達が体制を立て直す前に空いたスペースを駆け抜ける。


指示通り、彼女の背中を追うだけだ。


ニケの馬術は素晴らしい、両手の武器を振るいながら快速に前を飛ばしていく。


手綱を握りっぱなしでなお、戦う彼女に置いていかれそうだ。


道中、生存者とはすれ違わない──。


できることなら騎士たちとの合流を果たし、王城への突入に戦力を確保したい。


一騎当千の活躍ぶりにそうは見えないが、ニケの体力はいつ尽きてもおかしくなかった。


高級地区を通り抜け王城に迫る、周囲は他と同様に壊滅状態だった。


果たしてどれだけの人間が避難を終え、どれだけの人間が死に怯え身を隠し、または戦っているのだろう。


ここは地獄だ。



――ついに城門が見えた。


進行方向で巨大ゴーレムがうごめいている。


堅牢な城門を破壊した余力で今度は城壁の蹂躙を開始したようだ。


こちらに襲いかかってくるかどうかの判断はつかないが、場内への入口は他にない。


ニケは両手の武器を投げ捨てると、覚悟の雄叫びをあげる。


「駆け抜けるッ!!」


巨人の緩慢な動きに可能と判断したのか返事を待たずに馬を加速させた。


私たちは巨大リビングデッドの横を抜け城壁内へと駆け込む。


真下を潜り抜ける瞬間、不意に大勢の視線を感じ寒気に襲われた。


フレッシュゴーレムは大勢の死体をこねくり合わせて作った死肉の集合体。


その表面にある無数の人の顔がこちらを恨めしそうに睨んでいるように感じた。


その眼は一つ一つが独立し、瞬きをし、涙を流している。


それは苦痛に歪んでいるようにも見えたし、助けを求めている様にも見えた。


つい数刻前までそれぞれの人生を謳歌していた人々、誰かの大切な誰かだった人々。


しかし私にはなにもしてやることができない、その質量に圧殺されないように通り過ぎるのみだ。


これだけの非道を行った妹を、けして許してはならないという思いを痛感する。



――城門を完全に通り抜けた。


刹那、先行していた馬が転倒、ニケが派手に落馬した。


私たちは慌てて馬を止める。


「大丈夫ですか!?」


私が声をかける間に、アルカカは迷いなく下馬し不自由な足でニケに駆け寄った。


彼女の乗ってきた馬は泡を吹いて痙攣している、転倒の仕方から脚を骨折している可能性もある。


私たちの馬も下馬すると同時に膝をついてヘタってしまった。


酷使して使い潰してしまった様だ。


可哀想だがここまで、目的地まで運んでくれたことに私は感謝した。


──外に比べて静かだな。


多くがフレッシュゴーレムの材料に割かれたのだろう、周囲にリビングデッドの姿はない。


「ニケ嬢は無事ですか?」


彼女は痙攣する両腕を放り出して痛みに呻いている。


その腕をアルカカが掴むと悲鳴をあげた。


「うおおっ!? やめろやめろっ!!」


「これは折れてるか筋が切れているな、足も同様の症状がある」


武器を捨てたのは謎の行動だったが、もはや握っていられなかったということらしい。


幸い城壁内はまだ静かだ。


まったく敵がいない訳では無いだろうが、二人には少しの休息が必要だろう。


「それでは、ここまでありがとうございました」


感謝を伝えて私は立ち上がる。


「──お二人は抜け道を探して、見つけ次第私に構わず脱出してください」


ニケはその場で大の字になり荒い呼吸を繰り返している、もう戦えないだろう。


アルカカも徒歩以上の速度は出そうもない。


いざマリーと対峙することになった場合、憑依先が増えるとややこしいことにもなる。


この先は一人が良いだろう。


「おまえはどうするんだ?」


なんと答えたものか軽く思案し。


「件の黒幕に引導を渡しに行ってきます」


確証もないことを言った。


最初にマリーの居場所を感知した時、上階のバルコニーに存在を確認した。


現在も反応は変わらない、崩壊していく街並みを高みの見物といったところなのだろう。


アルカカはこちらの事情を追求しない。


「持っていけ!」


そう言ってベルトごと一本のナイフをこちらへと放り投げた。


拘りの逸品なのだろう、予備の武器と呼ぶには見栄えのする物だった。


「お借りします!」


「無くすなよ」


リビングデッド相手に短剣は心もとない得物だが、このやり取りには生きて戻れと言う激昂が込められている。


それが嬉しかった。


「お二人ともどうかご無事で――痛いっ!?」


感傷に浸っているところにアルカカが私の脚を強く蹴った。


「なんですか!?」


異議を唱えたが彼は「行け」と短く呟いただけだ。


その視線の先には一体のリビングデッドを捉えていた。


「あれは……!」


その巨体には見覚えがあった。


──聖騎士ミッチャント・カフェーデ。

 

この面子での再会には運命的なものを感じなくもないが、マリーが教会からの道中ミッチャントを護衛として連れて来ていたとしても自然なことではある。


術に侵された黒色の血液が血管を巡り、青黒く変色し引きつりきった顔に、かつての聖騎士らしい精悍さや気高さの面影は微塵もない。


ただひたすらに憐れな醜い操り人形と化していた。


不死人ミッチャントはゆっくりと向かって来る。


まだそれなりの距離はあるが、ニケ達はしばらく身動きが取れない。


「汚名返上のチャンスが巡って来たようだ、譲ってもらうぞ」


アルカカが地面を這うようにしてニケの前に出た。


残された武器は彼女が背負っていた長剣一つだけだ。


「単独のリビングデッドが相手なら私は役に立てます」


魔術で動きに干渉することが可能だ。


魔力も底を尽きそうだが、ここまで道を切り開いてくれた二人に恩を返すくらいの気概はあるつもりだ。


しかしアルカカは私の申し出を断る。


「城内が空なわけがないだろう、温存しておけ」


たしかに『件の黒幕』がたった一人でいるとは考えない。


マリーのことを知らない人間ならば。


「──生前は手強かったが、理性を手放して怪力を手に入れただけの奴には負けん」


それは闘技場覇者の自信か強がりか、私ごときが心配するのはおこがましいのかもしれない。


彼の厚意に甘えることにする。


「分かりました、どうかお気を付けて」


力の限りを尽くした女騎士と隻腕隻脚の剣士をその残して、私は不死者の王との決着をつけに城内へ足をふみいれた。





 

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