三幕
一場 ニケとアルカカ
騎士長の号令に従い兵士たちは数人のグループに分かれて散開した。
皆、強い使命感と緊張の入り混じった精悍な表情をしており、その使命に命を捧げる覚悟が見て取れる。
よく練兵されているのだろう。
伊達にフォメルス王の下で不敗を貫いてきた軍隊ではないようだ。
皇国の心臓部に突如として現れた大軍を相手に作戦と呼べるものはない。
戦力を掻き集め順次投入。
リビングデッドの浸食がどれほど進んでいるかは分からないが、減らす速度が増えるそれを上回り続ける他に活路はない。
分の悪い、いっそ絶望的な戦いだ。
ただでさえ物量に差がある上に人の体力はそう続かない、息つく暇もなく戦い続けることはあまりにも過酷だ。
気を緩めた次の瞬間にはリビングデッドの仲間入り、などということがここからは避けられない。
皆、消耗して死んでいくのみ、
しかし兵士たちに弱音を吐くことは許されない、守るべき自国が、隣人が、家族が、根こそぎ滅びる局面なのだ。
ただ駆け回り、力尽きるその時までひたすらに剣を振り続けるしかない。
私に残された道はもはやその一員に加わることくらいだ。
もう一度マリーと話せないだろうか──。
いや、無駄な考えだ。
この広大な都市のどこにいるかも分からないマリーと遭遇することは、もはや奇跡的な確率だろう。
せめてどの区画にいるかの目処が立てば【魔術での追跡】も可能なのだが――。
マリーをどうこうしたところで、もはやリビングデッド達を止められないことは承知している。
それでもその背を追ったライバルとして、するべき事があると思わずにはいられない。
他が五人以上で離脱する中、ニケはアルカカを引き連れ二人で隊を離れた。
私はその後を追うことにした。
一直線に突き進むニケの後方をアルカカが追走、前方のゾンビをニケが迅速に処理し、打ち損じの頭をアルカカが叩いた。
ニケは柄の長い長剣を両手で器用に捌き、馬上から掬うような軌道でリビングデッドの首を飛ばした。
一方アルカカは私が手斧を選んだのと同じ理由からか片手用の戦槌を装備している。
棒の先に重心となる頭部があり、より確実に粉砕するため矛のような出縁が四方に伸びている。
隻腕という都合もあるのだろうが、頭部を粉砕するという点においては侵入角度が重要な手斧や鉈よりも適切な武器だ。
私が追いつくまでのあいだに二人は四体のゾンビを仕留めていた。
これほど的確に首を落として回れるのは彼らくらいのものだろう。
はじめの大衆酒場で兵士八人が全滅したように、普通ならば不死身のゾンビを相手に手間取るものなのだ。
「あれ、こっち付いて来た?」
私に向かってニケが言った。
歓迎されなかったことに軽く自尊心が傷付いたが、お構いなしに合流する。
「いやぁ、二人では人手不足かと思いまして!」
本音を言えば知り合いという気安さで流れて来ただけだ。
他より生存率が高そうという打算もある。
「二人の方が身軽なんだよね」
ニケは嫌味でもなく事実としてそう言った。
得意の連携などがあるのだろう。
「そう言わずに!」
単独で生き残れる訳もない、意地でも同行するつもりだ。
不服そうなニケの心情をアルカカが解説する。
「ニケは好きに立ち回ればその方が効率が良いからな。それに、あわやという時に戦線離脱する場合、現地の人間がいない方が後ろめたさもない」
いざ危うくなったら見捨てて逃げるつもりだと言った。
「騎士失格ですね」
自分もそのつもりなので人の事は言えないが、とりあえず一般論を言っておいた。
この二人に抜けられでもしたら戦力低下は深刻だ。
「まだ死ぬ訳にはいかないってことだ」
彼らはもともと外からきた人間だが、わざわざ命懸けの裏道を使ってまで騎士になった。
単に出世欲が強いという風にも見えないから、なにかしらの野望があるのかもしれない。
「まあ、やるだけはやるさ」
アルカカは打ち解けたら意外と喋るタイプなのか、初対面の時とは大分印象が変わった。
ミッチャントの件で身代わりになった件が効いているのかもしれない。
「さあて」と呟いて、ニケが馬を方向転換させる。
前方から五、六……十体はいるか、リビングデッドが迫って来ている。
脇道から次々と顔を覗かせるリビングデッド達、老若男女様々だ。
どうやらこの辺一体は全滅と見られた。
ニケがアルカカに語り掛ける。
「昔を思い出すね! あの時よりはマシか!」
ここより酷い戦場なんてあるはずがない、そう思いながらもポジティブな期待をしてしまう。
それほどの戦場を生き抜いた二人について行けば自分の生存率も上がるかもしれない。
「その時はどうなりました?!」
慰めの言葉を聞こうと訊ねると、ニケは高笑う。
「ニケとアルカカ以外、全滅した!」
そして私が悲鳴をあげるのを置き去りにしてニケは飛び出し、アルカカはその後に続いた。
一刻が経過──。
味方は何十人が残っていて敵は何十万体増えただろう。
私たちは馬をだましだまし休ませながら戦い続けた。
勇者やリングマリーとの遭遇を期待しながら駆け回ったが、特定の人物に出会うような幸運は起きなかった。
移動していること自体は無駄ではない。
一ヶ所に留り奮闘する仲間たちの姿を確認せずにいたなら、味方の全滅を疑ってしまい心が折れてしまっただろう。
すでに何十体のリビングデッドを処理したか分からない。
ぽんぽんと首を飛ばせたのは始めだけであとは筋肉への負担から泥沼状態だった。
だらりと剣をぶら下げ、息も荒くうなだれたニケをアルカカが叱責する。
「はしゃぎ過ぎだ! ペース配分しろ!」
酷ではある。
手足の不自由なアルカカは馬上での動きが精細を欠き、それを補うだけの体力が私にはない。
必然わニケの仕事量が多くなり燃料切れを起こしつつあった。
アルカカと私も同様に疲労が濃い。
もともと片腕のアルカカは握力に限界がきているし、私も上腕の痙攣を抑えるのに必死だ。
もはや十分な威力の攻撃は繰り出せない。
「どうか、しましたか……?」
ニケが立ち止まったので、私は問いかけた。
「……な……ん」
疲労からか、驚きのあまりに声が詰まったのか、不明瞭なリアクションだ。
私は黙ってその視線の先を追った。
「なんだ、ありゃ……!?」
私は叫んだ、アルカカも唖然とした声を絞り出す。
距離、角度の問題で確実な事は言えないが、視界の先で巨大な人影らしきものがうごめいていた。
――それは全長十数メートルにも及ぶ巨人。
はるか遠方のそれが視認できたのは、高さ十メートルを超える城壁に乗り上げているからだ。
「なにあの化け物!?」「聞いてないぞ!」
もういい加減にしてくれというニュアンスで二人は叫んだ。
王都の中心になんの前触れもなくあらわれた巨人、歪な造形と挙動は下手くそな粘土細工のようだ。
「あれもリビングデッドと同様、首謀者が造った【死肉人形】でしょう」
木に命令を与えるのがウッドゴーレム、石に命令を与えたのがストーンゴーレム、肉に命令を与えたものがフレッシュゴーレムだ。
あれ程の量の死肉を調達できている事実のおぞましさにも増して、それを瞬時に製造し可動させる魔力に驚愕する。
それほどの魔力をマリーが行使しているとしたら結論は一つ、マリーはどういう訳か行方不明だった【宝玉】の回収に成功したのだ。
「……この辺が潮時じゃないかな?」
ニケが弱音を吐いた。
【死肉人形】のインパクトは疲れ果てた戦士たちの心を折るのに十分、他の場所で踏みとどまっている兵士たちの絶望も察せられるというものだ。
アルカカが任務の終了を告げる。
「状況は好転しなかった。それでも俺たちの働きで一人でも命を繋いだ市民が増えたことを祈るばかりだな……」
残念ながら、一人すら救われない未来も十分に有り得るだろう。
撤退が決断されるに当たり、私は【通信魔術】を発動し城に向かって意識を飛ばした。
誰かいないか──。
遥か遠くの城内を意識の先端が駆け巡る、生存者の反応はなく空振りを繰り返す。
騎士団は出払い元老院の老人たちが避難しているはずだが、全滅してしまったのだろうか。
リビングデッドの反応だけを感知できる、ティアン姫の安否が気になる。
そして唯一、城内にリングマリーの存在を確認することができた――。
「残念だね。せっかく、強国の騎士にまで出世できたのに、こんなに早く滅亡するなんて」
そのためにコロシアムに挑んだアルカカの苦労も水の泡だとばかりに、ニケが未練を口にした。
対してアルカカ自身は感想を述べなかった。
「アルフォンス、俺たちはこの辺で撤退する」
身の振り方を問われている。
彼らに付いて行けば王都の外まで出られる可能性はある。
そうすれば命を長らえることができる。
アシュハ皇国滅亡後、不死者の王と周辺国との戦争を見守ることになるのだろうか。
我々が亡命して情報を提供すれば、リングマリーのリビングデッド軍に対処できるかもしれない。
だとしてもアイツは他の肉体に乗り移り、未来永劫、人類の天敵として人々を脅威に晒し続けるだろう。
私はニケ達を振り返り、申し訳なさげに今後の方針について伝える。
「最後に一つ、お願いを聞いていただきたいのですが……」
ニケとアルカカは視線だけで私に言葉を促した。
「──国を出る前に、私を王城まで連れて行ってはくれませんか?」
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