禁断の死霊魔術が大暴走してボクっ娘オブザデッド soiree

一幕

一場 リングマリー


目のまえの老輩が私を「お兄ちゃん」と呼んだ――。


リビングデッド出現の原因を究明すべく私たちは【死霊魔術】の研究所であるわが家を訪ねた、そこで同じ目的を持つと思われる聖堂騎士団に捕縛され、大司教のまえに突き出されている。


死霊術師の撲滅を目指す組織のトップだ、私を捕らえたのはとうぜん処刑するか情報を得るためだと想像していた。


その大司教の口から発せられたのが、件の「お兄ちゃん!」である。


若輩の男性を意味するお兄ちゃんではない、私が鬱陶しく感じてきた実兄に対するニュアンスのお兄ちゃんだ。


「元気にしてた、会いたかった!」


この世でもっとも尊いと称される人物が少女のようなしぐさですり寄ってくる、この不快感はあまりに極まっている。


人払いをしたうえで謎の性癖をあらわにし、捕虜たる私たちに一体なにをさせようというのだ、老人に変態プレーを強要されるおぞましい予感に私は戦慄をおぼえた。


困惑する私と対象的に勇者は冷静だ。


「ほら、感動の再会だぞ、お兄ちゃん」


敵のアジトに連行される道中、恐怖に怯えていたのはなんだったのか、長時間の移動は恐怖することすら飽きさせてしまったらしい。


「死霊術師の私に教会関係者の血縁者はいません!」



なんと言われようと亡き父を含めて家族は、母、私、妹の四人で全員だ――。


一族の悲願達成に邁進するあまり研究以外に興味をしめさなかった父、美容目的で魔術研究をしていた母、そして私と半分だけ血の繋がった妹のマリー。


父は一生のうちに成果を出せるかも分からない研究に没頭し、食事や睡眠、営みのすべてをわずらわしく感じては限られた時間を割かなければならない不便に辟易していた。

その時間で研究が前進したかもしれない、得られるはずだった新たな閃きを逃すかもしれない、不老不死の完成を百年遅らせることになるかもしれない。


良い物を食って美味いと感じることは誰にでもできる、自分がする必要はない。


恋愛もそう、誰もが望んだ結末を迎えられるとは限らないが少なくとも恋に胸を焦がすこと、身体を重ねて得る快楽に幸福を感じることにはほとんどの人間が到達する。


ありふれた成果でしかない、不死の研究より興味を引かれるようなことではなかった。


一族にはすでに数百年にも及ぶ技術の蓄積がある、その段階の研究に携われる幸運を享受できるのは自分だけなのだ、不老不死を完成に導けるのはわが一族だけ、その使命に史上の価値とやりがいを見出していた。


問題は一つ、自分の代で完成しなかった場合、研究を後進に引き継がなくてはならないことだ、そうしなくては先代が積み上げてきた財産が無に帰してしまう。


それを避けるためには後継者を立てなくてはならない、できれば一族の血統を継いでいる者が望ましい。

父が伴侶に望むことは研究のさまたげにならないことと、研究を引き継げる健康な後継者を産んでくれることの二点のみだ。


条件自体はつつましいが、恋愛に一分を惜しみ家族との対話に一秒を惜しむ死体いじり男である。

愛も無い、金も無い、ただ後継者を産んで育てて、できればそのまま消えて欲しい、そんな条件に身を差し出す女性がいるはずもなく――。


と思えば、数名が名乗りを上げたと言うのだから世の中には脳に欠陥を抱えた女性が一定数いるという証明だろう。


ある女は彼の美しい容姿に心奪われ、ある女は彼の態度に傷つけられた自尊心を取り戻すため、ある女は彼の特殊な背景と人柄に酔ったため、七人の女性による激しい父の争奪戦が繰り広げられた。


結果、皮肉にも女性たちに振り回された父の研究はろくに成果を上げることなく、聖堂騎士団に処刑されることでこの世を去ることになった。


最終的に七人の中から父が選んだ女性こそがわが母スーザラだった、選出理由は明確だ、七人の中で母スーザラだけは確実に愛情がなかったから。


自分を愛する相手を選べばその女性を不幸にし、自分が愛する女性を選べばこれまで通りの生活を続けられない、葛藤の末に父は研究のためにもっとも思い入れのない女性を選んだ。


美容を追及する母にとっては父の求める不老不死こそがその最終目標だ、二人の契約は両者にとって理想の結婚となり、そんな二人の間に私は生を受けた。


父は母を構わなかったし母は研究の成果でつちかった美しさを外で存分に発揮した、結果として産まれたのが妹のリングマリーだ。


二人の間に愛情はないのだから、それ自体にはなんの問題もない。


ただ根深い問題として、父の血を引いていない妹の才能がもっとも優れていたという事実は家族に混沌をもたらすことになった――。



「大司教、悪ふざけはやめてください!」


説明を求める私に対して、悟りの境地に達したはずの大司教が屈託なく馬鹿笑いをする。


「お兄ちゃんってば、まだ気づかないの?! アハハハハッ!」


そろそろ忍耐も限界に近付き反射的に暴言を履いてしまう。


「アハハじゃありませんよ、ぶん殴りますよ!」


しかし実行にうつす前に勇者がそれを制止してくれる。


「おいやめろ、肉体は老人だぞ……」


この世に大司教を殴って許される人間などいない、そういう意味では助けられた。


問題はこのあとだ、勇者は私を制すと大司教に向かってこともなげにとんでもないことを言うのだ。


「──リングマリーさんでしょ?」


私は「……はあっ?!」と、素っ頓狂な声を上げた。


妹のリングマリーならわが家の地下でヌルヌルになってのたうち回っているはずだ、しかし勇者の指摘は大正解。


「ふっふっふ、そのとおり!」


私は半信半疑のまま訊ねる。


「……マリーなのですか?」


「そうよ、なんだと思ったの?」


アホか、大司教だと思うに決まっているだろう。


勇者がなぜ正体を言い当てられたのかは分からないが、結託して私をおとしいれたということはないだろう。


そして妹にはそれを可能とする手段があった。確証は持てないが、目の前の老人が妹である可能性はあるようだ。


「すごいと思わない!  耐熱、耐毒、耐石化、あらゆる魔術耐性が付与された大司教相手にも記憶の上書きが可能なのよ!」


まるで新調したドレスでも見せびらかすように大司教、否、リングマリーはくるくると舞って見せた。


しかし、老父のはしゃぐ姿は可愛らしいどころかむしろ不気味だ。


「――マリーの魔術を盗んだお兄ちゃんなら分かるはず」


記憶の移行による不死の成立、【憑依魔術】の認知こそが大司教の正体が妹であることの証明だ。


「……いつからです?」


マリーの体からは確かに意識が消滅していた、その体は母が保管し行方不明、依り代のサラマンダーは今日、私が帰宅するまで地下に引き篭もっていたはずだ。


「最近だよね?」


勇者の指摘にマリーは「さすがは勇者様」などと、私を真似するかのように同意した。


勇者は愚痴る。


「勇者様という呼称にはいまだに抵抗感がぬぐえない、なんだか担ぎ挙げられた馬鹿か手に職のない無能と言われている気分だ……」


得意分野ではなく心構えを冠しただけの勇者と言う響きは確かに文化的ではない、むしろ部族の戦士っぽい。


「実績がついてきたいま称号として恥じることもないのでは?」


投げやりなフォローをしたが勇者は納得しない。


「ヤだよ、子供のゴッコ遊びか昔の恥ずかしい失敗を掘り起こされてる人、みたいな気分になる」


担ぎ挙げられた馬鹿であることは否定できない事実だと思うが――。


「それより、大司教をマリーだと特定した根拠はなんです?」


そもそもマリーは私とは比べ物にならない筋金入りの引き篭もりだ、私が逮捕される以前に勇者、または本来の体の持ち主と接点があったとは考えづらい。


今日までその存在すら知らなかった勇者が、なぜその正体や憑依した時期を言い当てられたのかをたずねた。


「ボクのことを近くで見ていたってんなら、大司教の体を乗っ取ったのはコロシアム閉鎖後ってことになるんだよ」


勇者の召喚がコロシアムでされたことを根拠にしているのだろうがイマイチ要領を得ない、むしろチグハグにすら聞こえる。


勇者イリーナ、あなたの活躍は近くで拝見していました、ぜひ対面してみたいと思っていましたよ――。


マリーはさっきそう言っていた。


コロシアム閉鎖後の勇者は酒場に入り浸る日々だった、協力者たちへの返礼という意味もあったが、そこに活躍と呼べるようなエピソードはない。


私たちがコロシアムにいた期間は外界と隔絶されていたしマリーは実家の地下にいた、だのに勇者は閉鎖後と言い切った。


「ちょっと、分かるように説明してください」


「なんでもすぐ人に聞いて済まそうとするなよ、脳が退化するぞ?」


私の考えは違う、聞いて分かることを思考するのは時間の無駄だ。


勇者は結論を口にする。


「――つまり、彼女はオオサンショウウオには憑依せず、アルフォンスの中に潜伏していたってこと」


――はっ?


コロシアム投獄中は私の中にいて、大司教に乗り移ったのは開放後だと。


――なるほど、私の中に……。


「て、いつからっ!?」


仰天である。


「はじめからだよ、脳ミソの小さいサラマンダーに憑依するなんて危険だし、実験できる人間があの屋敷にはお兄ちゃんくらいしかいなかったからね」


マリーはさも当然と言った態度だ。


「まさか山賊や元老院の使いに取り付くわけにもいかないもんね、マリーにも選ぶ権利があるのだ」


「……私の権利は意思の確認すらされずに踏みにじられた訳ですよね?」


どうりで気安く勇者様と呼ぶわけだ。


つまり妹は私で実験の成功を確認、コロシアム脱出後、城内の人間を経由して大司教に乗り移ったということか──。


経緯は理解した、しかし謎が津波のように押し寄せる。


私を離れて誰かに取り付くにしても、なぜ最高権力者である大司教なのか、本当にマリーが剣闘士たちの亡骸を持ち出したのか、ここまでのできごとすべてに疑問がわいた。


──いったいなにが目的だ?


そこで私はもっとも残酷な事実に思い当たる、そしてその重さに耐えきれずに絶叫した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る