二場 不死者の王


「ああっ!! あっああああああぁ……ッ!!」


私は叫んだ、気が狂いそうだ、これほどまでに残酷な事実に誰が耐えられるというのか。


妹と信じ、かいがいしく世話をしてきた、あの、サランダーは、なんとただの野生動物だったの、だッ!!


ただの、野生動物――。


「はああああああぁッッッ!!」


暴れる両生類を諭し、言葉をかけながら打ち解け、餌を与え続けていた。


妹でもない相手をマリー、マリーと呼びかけてきた自分の姿を想像すると、こみ上げる感情が羞恥なのか怒りなのか、もはや声を発して発奮する他に正気を保つすべがない。


「こんなッ! こんなぁぁぁッ! ばぁぁぁぁぁぁッ!」


このような仕打ちがまかり通って良いはずがない、人の善意をなんだと思っているのだ。


勇者と大司教もとい、わが妹リングマリーが身を寄せ合って私を侮蔑する。


「なに?! キモイっ!!」「やだっ! 気持ち悪い!?」


もはや女性なのかなんなのか分からない二人の、その女子然たる態度に私の感情は怒髪天を禁じ得ない。


他人にはさしたる興味もない私だ、勇者に冷徹と揶揄されるくらい物事に動じないという自負もある。


しかし私はいま感情の激流に飲み込まれている、いつ以来だろう私がこれほどの憤怒に身を焼かれるのは。


「あああああああああぁぁぁッ!!!」


勇者がティアン姫と入浴を共にしていることを知って以来か!!


――まあ、最近だな。


そう考えるとすべてがどうでも良くなった、ひとしきり絶叫すると私は眩暈を堪えながらマリーに訊ねる。


「……実の兄を謀ってきたことに対する罪悪感はないのですか?」


マリーは私の訴えに一頻り沈黙し、そしてキッパリと言い放つ。


「 な い 」


謝罪を求めるもどこ吹く風、悪びれる様子もない。


「――研究を優先するのはわが家の家訓でしょう、ケダモノの世話をするのはお兄ちゃんの勝手よ、放置して殺してしまっても責任はなかったんだから」


責任云々の話ではない、血の繋がった家族を放置して死なせられるほど人間として欠陥品ではないのだ、この私は。



「ああっ! 忘れてたぁぁぁっ!」


意気消沈としたところに勇者が突然の絶叫をあげた。


「なにをですか!」


緊急事態を察し聞き返した私には見向きもせず、勇者は腕組みをしながらゆっくりと円を描くようにして室内を歩きだす。


そして神妙な顔をしながら丁寧に言葉を紡ぎはじめる。


「突如、ボクたちの前に現れたバダックのゾンビ、そこから導き出された闘技場の共同墓地から消えた三桁に及ぶ遺体、国家存亡の危機と判断したわれわれは急遽、死霊術師の捜索を開始、しかしどんなに探そうとも犯人には辿り着けずにいた――」


あらたまってこれまでのおさらい的なことを語りはじめた勇者を、私とマリーは意図もわからずに黙って見守った。


「それもそのはず、犯人は死霊術師ともっともかけ離れた人物、その先入観からは絶対に辿り着けない存在だったんだ……」


「ええ、そうですね」


すでに明らかになった事実を再度、噛みしめるように確認することに不可解さを感じつつも賛同した私を、勇者は不服そうに非難する。


「そこは、そうですね、じゃない!」


「……どういうことですか?」と、困惑する私を無視して続ける。


「そう、墓地を自由に出入りして大量の遺体を持ち出し、それらの隠匿を可能とする、またはそれを指示できる人物は一人しかいなかったんだ!」


気合を込めて言い切ると、勇者は人差し指を天に向けて振り上げそれを――。


「この一連の事件の真犯人はぁぁぁっ! おま――」


「はいはい、マリーちゃんでーす!」


ビシリと突きつける前にマリーが名乗りを上げていた。


「そうじゃないッ!!」


勇者は頭を抱えて悶絶する。


「……なにかしりませんが、落ち着いてください」


「あぁぁぁ! ここまで必死こいて推理を重ねてきたのに、呼び出しからの自白ってぇぇぇ! そんなの、あんまりだぁぁぁっ!!」


積み重ねてきた推理の結末をドラマチックなものにしたかったが、当てが外れてショックということらしい。


「その段取りになんの意味があるんです?」


勇者の推理は犯人を言い当てていた、その答え合わせが盛り上がろうが盛り下がろうがどっちでも良いだろう。


「犯人の告発シーンが盛り上げらなければ、あとはどこを盛り上げれば良いんだよ! もうおしまいだよ、この物語は大失敗だ!」


一頻り発狂したかと思うと突然地面に倒れ伏す、そして「死にたい……」と連呼しはじめた。


勇者がそれほどに絶望する理由はわからないが、自白される前に言い当てたかったということらしい。


私は首をひねる、そこにいったいどれだけの差異があったというのだろう。


「あはははっ、アンタたちのその緊張感のなさはなんなの?」


その様子を見て妹は笑った。



一連の遺体の消失事件の犯人はこのリングマリーだと判明した、問題はその目的だ。


「さて、疑問は山積みですが、それらを解決していただけますか?」


私の問いかけを無視してマリーは要件を突き付けてくる。


「家に帰ったんでしょ、宝玉が回収できたなら返して」


なるほど、やはり目的は【イヌ家の秘宝】か、もともと彼女の持ち物だし正当な要求だ。


「残念ながら現物はここにありません、恐らくは母が持ち去ったあとだったのでしょう」


それ一つで魔術師数百人分の魔力に匹敵する貴重な魔具だ、一つを選んで避難するとなれば疑問の余地はないだろう。


「……やっぱりママか、それなら元老院のジジイを拉致って居場所を突き止めるしかないか」


自己完結したマリーに勇者が訊ねる。


「宝玉って、もしかしてボクを召喚するのに使い潰したってやつ?」


それの回収が目的で実家を訪れたことは伝えていない。


「おなじのだよ、お兄ちゃんがパパから受け継ぐ予定だったものを、不公平だって駄々をこねて二つに分けてもらったの」


【イヌ家の秘宝】は私用とマリー用で二つ存在した。


一つは【異世界召喚魔術】に消費したので、現在はマリーの宝玉が正真正銘、最後の一つだ。


「どういうことだよ、この世に一つしかない秘宝だって言ってたのに二つあるじゃん!」


複雑な状況下で言い逃れに時間を割くのも煩わしい、私は正直に答える。


「同情を買うための方便だったに決まっているでしょう」

 

「それを言われて激昂しなくなったあたり慣れってすごいと思う!」


納得いただけたようだ、実際それによって私の取り分は失われたし莫大な価値を損なったことに違いはない、そして相対的にマリーの宝玉の価値が高まった。


「なるほど、用件は分かりました」


「当てが外れたけどね」


宝玉の入手がかなわなかったことに対してマリーは下唇をつきだし不服の意を表明する、老父の姿である。


「それにしてもやり方が乱暴ですよ、ここまでしなくても家族の対面は可能だったはずです」


マリーは私や母を確保するための手足として聖堂騎士団を利用したわけだが、なにも武力制圧に頼らなくても良かった、双方に死者だって出ている。


しかし妹は「本当にそう思う?」と、怪訝な表情で反論する。


「――ママのやつ、私の宝玉をネコババしたのよ、お兄ちゃんだって自分のものにするつもりだったでしょ? 家族は信用できない、乱暴なのは聖堂騎士団のやり方、仕方ないね」


確かに、あわよくばいただこうと思っていたことは否定できない。


「それにしても、なぜこんな大胆な真似を?」


結果として私と対面する目的は果たせたが、それが目的ならば取り付く先はもっと身近でよかったはずだ。


わざわざネクロマンサーの天敵である聖堂騎士団の本拠に居座るだなんて危険を冒したのだろう。


「危険なことなんてないよ、マリーはここで一番偉いんだから。いまはみんなわたしの下僕、仕事はぜんぶ手近な誰かがやってくれる、誰も疑問に思わない」


大司教みずからが作業を行うことはなくすべてはつつがなく進行し、分からないことも黙っていれば周囲が勝手に意味を解釈し納得する。


しかし権力の目隠しに守られた下手な擬態は、先入観のない異邦人によって看破された。


勇者がマリーに問いただす。


「質問に答えてないね、結局のところなにを企んでいるのさ?」


大司教を選んで取り付いたことが何かしらの陰謀によるものだということは、これまでの行動から推察できる。


宝玉の回収は、真の目的を実行するための下準備に違いない。


膨大な権力を持って、膨大な魔力を得て、その先になにを目指しているのか――。


マリーはきょとんとした表情、それはまるで本人にも自覚がなかったような態度だ。


「企む? まあ、そう言えなくもないのか……。そうだな、強いて言えば当面の目的は、過ごしやすい環境を整えることかな」


あれこれと暗躍している割には漠然とした受け答えだ。


「言っている意味がわからない」


勇者はそう言ったが、私には少しだけ理解できる。


われわれ死霊術師は見つかれば処刑される隠遁の身だ、自分はティアン王女の庇護下に収まることで平穏を享受できているが、それはけして日常ではない。


「わたし死なないのよ、永遠の命を手に入れて同時に無限の時間を手に入れた訳だけど、なにを目的にすれば良いのかはこれから決めるの」


改めて彼女が不死の存在になったことを確認した。


私の体を経由してその後、何人を乗り継いだかは知らないが、現在までに不具合がなかったというのならば、それは記憶の保存に成功しているという証明だ。


大司教の寿命に付き合うことはなく次の世代に乗り換えるだけ、妹は不死の存在になった――。


「これから決める?」


これまでの行動から、目的はまだないとの回答には納得できない。


「短い人生だと思ってたからさあ、寝る間も惜しんで研究に捧げてきたけど、マリーにはもうタイムリミットがないの。悩むわ、これからどうやって生きようか、まずは落ち着いて考えたいと思った」


無限の時間を得た妹は同意を求めるようにこちらを一瞥し、話を続ける。


「――でもそのためには天敵である教会が目障りだったの、存在を悟られたらゆっくり考えてる時間を奪われてしまうかもしれないでしょ?」


その言葉が意味することに私たちは思い至る。


「まさか……」

 

「もちろん、聖騎士十二名、司祭二十四名、その他、司教、修道士数百名、すべてリビングデッド処理済みだよ」


そう言ってウットリとした笑みを浮かべる妹に私は寒気を覚えた。


「それは……あまりにも……」


なんということだ、マリーが乗っ取ったのは大司教の体だけではなかった。


そこで彫像のように動かなくなった聖騎士ミッチャントもすでに死体であり、死霊術師リングマリーの操り人形と化している。


精強で鳴らした聖堂騎士団のすべてがリビングデッドの兵隊。


「ひどくない! ぜんっぜんひどくなんかない!」


マリーは心外だとばかりに声を荒げる。


「――先に手を出してきたのはあっちじゃん、マリーは身を守っただけ! 生きやすい環境を整えただけ!」


彼女の言い分は「安全を確保しただけ」だ、たしかに説得の通じる相手ではない。その暴力から解き放たれる方法は組織のせん滅以外にありえなかったのかもしれない。


かといって、あまりにも筆舌に尽くしがたい。


──これは現実なのか?


帝国歴百年を支えてきた力の象徴たる教会が、一人の少女の手によって突如滅びた。


この世でもっとも尊いと崇拝される大司教は偽物で、市民の拠り所である教会を構成しているのは死体の軍隊。


それが変わらず日常に溶け込んでいる。


騎士団も正式な騎士をのぞけば構成するのは一般兵だ、最強の聖騎士に最高峰の回復魔術の使い手を多数擁する教会の戦力は騎士団と互角と言っても過言ではない。


実際は物量により騎士団の方が強大ではあるだろう、だが聖堂騎士団はもともと対権力用の戦闘集団、騎士相手に特化した戦闘術がそれを表している。


リビングデッド兵ならば物量差を覆すことはたやすい──。


「教会は壊滅してここは不死者の王国になったの、マリーが王様ね?」


実質、マリーはたった数日で大国の戦力の半分を手中に収めたことになるのだ。



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