第4話 三色の光が希望の証ってことですか?
それが、なんなのか。
おれにはよくわからなかったが、それがなんというものなのかは想像がついた。
蛇のようにしなやかに伸びた姿態。
白銀の鱗が雷光を弾き、鋭い牙が剥き出しになっている。伸びた髭が揺らめく様は優雅にさえ見えた。
龍。
顕れたのは紛れもなく空想上の怪物である。空を泳ぐように身を翻し、鋭い眼光がこちらを見下ろしている。
「しっかりつかまれっ!」
怒号。
と、同時に背後からシャツの襟首を掴まれた。
リックストン。
のど元が締め上げられ、息が詰まる。抗議の声を上げようとして、おれは眼前の光景に息を呑んだ。
龍の口元から何かが零れている。
全身を激しく蠕動させ、今か今かと何かを起こそうとしている。
その仕草は、アニメや漫画でよく見る陳腐な表現にとても良く似ているような気がして。
直後、
「 !」
無色の咆哮と共に解き放たれた。
輝く光が視界を白く染める。瞼は既に閉じていたが、それでもなお瞳を焼いた。
轟音と爆風。
次いで、一瞬の浮遊感。締めには落下の衝撃。
急激な上下運動に胃が違和感を覚える。が、それだけで大事には至っていないようだ。喉元まで上ったなにかを無理飲み込んだ。
「…どうなってんだよ、一体!」
視界が戻ると周囲には土煙が舞っていた。
口元を手で覆う。襟首にあった感触はいつの間にか消え、あれだけうるさかった騒音が消えていた。
何が起きた?
いや、さすがにそれはわかってる。
「化け物が現れて、口からなんか吐き出して、それが光ってって、多分当たってたら死んでた的な何かのはずだから、多分かわしてって、そうか、さっきのは多分跳んで交わしたって言う」
やばい。
何がやばいって、現状把握するのに独り言を繰り返すおれがやばい。
傍から見たら、明らかに痛い奴である。だが、それを自覚していてもやめることができない。テンパってるのはわかっているが、だからといって止め方などわからなかった。
だから、そのまま続ける。
土煙が徐々に薄まっていることに気付いた。膝に当る固い感触が甲板のそれであることにも気づく。どうやらまだ安心できる状態ではないらしい。おそらく近くにリックストンがいる筈だ。このまま床を伝っていけば、どうにかして船内に行くこともできるかもしれない。が、方角もわからなければ動きようがない。リックストンに助けを求めようにも周囲に音がない状況で声を出すのはなんか嫌だ。
ここは動かない。少なくとも、土煙が晴れるまでは。
「…よし」
ひとつ、息を吐く。
やることが決まればあとはそれに専念するだけである。
徐々に薄まっているとはいえ未だに視界を塞ぐ土煙。振動もないことから、この機関車(と言って良いのかもわからないが)が停止していることに今更気づく。
はっとした。
で、あるならば、いや、そもそも。
未だ上空にはあの化け物がいる筈で。
視線を上げる。
「あ」
突然、風が上空から降って来た。
晴れる視界。
無機質な瞳が、真正面からこちらを見下ろしている。
視界のほとんどを埋め尽く大きさに唖然とするほかない。口元から零れる光の眩さに、おれは金縛りにあったように動けなくなった。
圧倒的な差。
意外なことにその咢が開くのは一瞬だった。
圧倒的な光量が視界を焦がす。全身を覆う熱が加速度的に増して。
おれは、死を覚悟した。
「 !」
無色の咆哮。
数瞬後に来る衝撃に身構えようとして。
おれは見た。
赤い、赤い光が煌めくのを。
「GAAAAAAAッ!」
濁った咆哮。
何が起きたのか。
眩い光が消え、龍が彼方へ吹き飛んだ。
まるでピンポン玉のように弾かれた龍は、空中でその身をくねらせる。体勢を立て直すと怒りの形相で一点を見つめる。
そこに、赤い少女がいた。
*
「君には見えているようだな」
野太い声。
いつの間にそこにいたのか、二メートルを超える巨漢が傍らにいた。視線は上空に向けられ、先ほどよりも一層引き締まった表情をしている。
「いや、見えてるっていうか…その、これは一体なんなんですか?」
「なに、と言われると困るな。これが我々の仕事とでも言えばいいのか」
仕事。
あんな化け物と戦うことが?
のど元まで出かかった言葉を飲み込む。
確かにこの男の体躯を見れば納得できるような気がした。もちろん、明らかなスケールの違いはあったが、あの赤い少女を見れば話は別である。
いや、本当にそうなのか?
「あの化け物に名前はない。我らはあれを出現した順に採番をしている。今回で三十五号。今までの中では小物に分類される」
「こ、小物?」
「サイズはもちろん、その脅威度も含めての話だ。出立から二十年、我々はあれらと戦いながら開拓を進めて来た」
金属音が響く。
鼓膜を引き裂かんばかりの高音。反射的に耳を塞ぎ、上空を見上げた。
赤い光が瞬いている。
その周囲をものすごい速度で龍が飛び回っている。
円の軌道。
真円ではなく楕円。龍は異なるタイミングで赤い少女へ奇襲をかけている。金属音はその交錯から。その度に龍が弾き飛ばされている。
なんて出鱈目。
少女は空中で自分の何百倍あるかもわからない存在を殴り飛ばしている。
だが、である。
その動きがまた、なんというかわざとらしい。ド派手に見せるためだけの動きというか、なんというか。
あれ、本当に殴ってるんだろうか。
「驚きのあまり声もないか」
「えっ」
「無理もない。あんな子供が戦っているのだからな」
思わず素で反応してしまった。
リックストンは都合よく解釈してくれたようである。視線を赤い少女に固定したまま、語り掛けてくる。
「だが、紛れもなく我が開拓団の最大防衛戦力であり最強戦力。生まれつき特殊な力を持った彼女達を我らは守護者と呼んでいる」
翻訳機能がうまくいっていないらしい。
言葉の端端に電子音が混じり、口の動きとずれてしまっている。名称の変換がうまくいかなかったのだろうか。守護者と言う言葉はなんだかわかりづらい。
だが、言いたいことはわかる。
数百メートルを超す空飛ぶ化け物。そんなものを生身(?)でぶっとばす存在が戦力でなくてなんなのか。
上空では龍が赤い少女にぶちのめされていた。
錐揉みしながらも少女へ突進していく。
それにしても、幾度目だろうか。
金属音に耳が慣れてしまった。それでも龍は懸命に少女へ向かっていく。よくよくみれば、白銀の鱗が剥げ落ちて赤い血がそこかしこに滲んでいる。
必死。
怪物の感情なんてまるで分らないが、それでもその言葉がしっくりきた。
と。
「あ」
青い光と緑の光。
彼女達。
突然空に現れた二色が龍を蹂躙する。
上がる断末魔。
赤い少女も機を逃さずに突っ込んでいく。
そこからはあっという間だった。
三色の光が混じり合い、白銀の鱗が宙に舞う。
あれだけの威容を誇った龍が大地へと向かって落下していく。
完膚なきまでの決着。
衝撃に身構えようとして、
「ふざけるなっ! 何故七番ハッチが空いているっ!」
リックストンの怒号が響いた。
見ると、携帯のような端末を握りしめていた。僅かに漏れ聞こえる声も同様に慌てふためいている。
巌のような表情が憤怒に染まる。
射抜かんばかりに伸びた視線を追えば、外装の一角がスライドしているのが見えた。
内部から滑走路らしき物体が伸びていく。
伸びきったところで、何かが飛び出した。
速い。
形状は人型に近い。
あの少女たちと同じかと思ったが、それにしては地味すぎる。輝きもなければ、シルエットが随分と無骨に思えた。例えるなら、少女たちは服だが飛び立ったそれは装甲を着込んでいるような印象を受けた。
空を滑空する姿を見て、おれはそれが正しかったと確信する。
「貴様っ! 何を考えているっ!」
リックストンが再び怒号を上げた。
端末に向かって叫ぶ姿は控え目に言っても迫力がある。相手も委縮しただろうかと思えば、負けないくらい大きな怒声が響いた。
『うるっせえんだよ、リックっ! よくもおれに黙って出撃させやがったなっ! そんなに余所者が怖いのかよ、お前はっ! いちいち見せつけるような真似しやがって、俺も混ぜろっ!』
「それが本音だろうがっ! いいか、お前はもう整備長なんだぞ! 弁えろ、パイロットじゃないんだっ!」
『おれはエースなんだよぉっ!』
怒号の応酬は止まらない。上空を飛ぶ人物は随分と肝の据わった人物であるらしい。
三色の光に目もくれず、件の人物はどこかへと飛んでいく。
どこに向かっていくのか、その先へ視線を向けて。
『リック、あの馬鹿娘共に言えっ!』
「何をだっ!」
『最後までやれってよっ!』
ゾッとした。
凄まじい光が彼方に見える。
太陽よりもなお眩しい光が、今か今かと放たれようとしている。
三色の光が向かい、人型のなにかを追い越したのが見えた。
見えたのはそこまで。
凄まじい光量が世界を真白に染める。
まったくわけがわからない。
おれは他人事のようにそんなことを思って、意識を手放した。
*
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