第5話 親ばか野郎


 到達不能点。

 それが目的地だとリックストンは言う。


「そもそもの始まりは資源不足にある。二十年前、我々の祖国は急激な人口の増大と急速な発展による弊害に悩まされていた。食糧難は元より、民族間の紛争、差別。恩恵としてもたらされたはずの技術は、発展の代わりに我らの大地を食い尽くした。その解決策として、開拓団は結成されたのだ」


 ないものはよそから。

 どの世界でも考えることは同じだ。問題だったのは、彼らには奪うという選択肢がなかったということ。

 枯れ果てた大地でないものを奪い合うことなどできなかったということだ。


「この世界には未だに我らが踏破していない未知の領域がある。それが到達不能点。そこに我らが求める全てがある。以来、二十年。我らは祖国を離れその地を目指している」


 狭い個室だった。

 硬いベッドの上で目覚めたおれは、リックストンから詳しい経緯を聞いた。

 あの後、化け物は無事退治することができたらしい。気を失ったおれをリックストンが担いできたそうだ。


「二十年、ですか。なんだか気が遠くなりますね」

「そうでもないさ。この二十年は昨日のことのように思い出せる。色々あったが、それでも充実した毎日だった。そういう時間はあっという間に過ぎるものだ」


 コップを差し出される。中には水らしきものが注がれていた。

 一瞬躊躇したが、一口含む。

 透明な液体はどこか澄んでおり、特に支障もなく飲み干せた。


「その間にあの化け物と戦ってきたということですか」

「そうだ。彼女達もいなかったからな、それは大仕事だった。何度死を覚悟したことか」


 懐かしげに語る姿は、誇らしげにも見えた。

 大仕事。

 先ほどの光景が脳裏に浮かぶ。

 まるで漫画かアニメ。ゲームのようなとんでもなさっぷり。

 少女が怪物に立ち向かうなんて完全に常軌を逸している。あまつさえ圧倒するなど思い出すだけで呆れる他なかった。


「あの化け物はなんなんですか?」

「我々にもわからない。これまで遭遇したあれらにはまるで共通点がない。だから一括りにはできないし、するつもりもない。あれは天災のようなものだと我らは認識している」

「天災ですか」

「それ以上考える必要はない」


 ぴしゃりと言い捨てられる。

 硬い表情に拒絶の意志は見えなかったが、追及することはできそうもない。

 …なんとなくではあるが、何かを隠しているような気がした。

 まぁ、他にも気になることがある。そちらに話をもっていこう。


「そういえば、彼女達」


「リックさーん、聞いてくださいよォっ!」


 甲高い声が室内に響く。

 入口の方を見ると真っ赤な少女がいた。

 年のころは十代の中ごろ。肩まで伸びた赤髪は無駄に艶やかで輝いているようにも見える。深紅色の瞳に涙を浮かべ、わざとらしいほどまで表情を歪めていた。


 ネコ科を思わせるしなやか動きでリックストンに飛びつくと、これまたわざとらしく泣いた。というか、泣き真似をした。

 リックストンはやれやれと言った顔をしている。


「何があった、フローラ」

「うええん、聞いてよぉ。またあの馬鹿がねぇ、いっつもえっらそうにしてる甲斐性なしでグータラで無能の役立たずの大馬鹿男がぁ」

「わかった、わかった。もういいから、泣くのはやめろ」

「えー、だってー、あいつがさぁ、あの馬鹿親父がさぁ」


 うんざりした声でリックストンは言う。少女はそれを聞いても止めようとせず、結局、リックストンはため息を吐いた。


「わかった。あいつにはおれから言って聞かせるからそれで勘弁してやってくれ」

「ほんとー? 絶対?」

「絶対だ、安心しろ」

「やったー、だからリックさんって好きー!」


 少女は満面の笑みでリックストンを抱きしめる。

 ころころと表情が変わる。

 まるで猫のようだな、とおれは思った。


 というよりも、なんだこの状況。

 突然の寸劇におれが言葉を失っていると少女はようやくこちらに気付いたのか、きょとんとした顔で見つめて来た。


 どきりとした。


 随分と端正な顔立ちをしている。白磁のように白い肌、これまで見た誰よりも小さい頭。それでいて四肢は長く、しなやか。まるで人形か何かを見ているような気分になる。そのくせ、妙に表情が生き生きしていて、そのギャップがまた少女の魅力を引き上げているような気がした。

 少女は何度か瞬きした後、


「なに見てんのよ」


 不快そうに睨み付けて来た。

 眉間に皺をよせ、顎を無駄に突き出してくる。その不快気な表情があまりにも堂が入っていてぎょっとした。

 なんだ、この娘は。


「やめなさい。彼は客人だ」

「え? ああ、この人がそーなんだっ」


 一転、目を輝かせる。

 先ほどとは違いこちらを観察するような視線がぶつけられた。不思議と不快感がわかないのは何故だろう。

 いや、というか。

 この輝きはついこの間も感じたような気が。


「フローラァっ! お前、なに逃げてんだぁっ!」


 今度はなんだ、と視線を巡らせる。


 扉の前に一人の男がいた。


 年のころは三十代後半から四十代と言ったところだろうか。鋭い目つきながらも整った顔立ちが見て取れる。

 男は目をぎらつかせると、フローラと呼ばれた赤い少女へと詰め寄った。


「きゃー、リックさん助けてー」

「いいから何してんだ、お前はっ! リック、てめえもとっと離れろ!」

「お前らはどうして、いつもいつも……!」

 ぎゃーぎゃーと喧騒が増していく。

 取り残されたおれはぼんやりと場の流れを見ているほかない。


 怒鳴る男、媚びを売る少女、堪える男。


 いや、ま、傍から見る分には相当面白いからいいのだが、なんというかなにもしないと言うのもちょっとあれか。

 なんて思っていると、


「で、リック。こいつが異世界人か」

 

 眼光が突き刺さる。

 突然話の矛先を向けられて反応できない。

 そうだ、とリックストンは言う。


「てめえ、人の娘を誑かしてんじゃねえっ!」

「がはっ!」


 頬に熱い感触。

 視界が反転したと思ったと同時、おれは全身の力を抜いた。

 問答無用の熱い一撃に、おれはもう何度目かわからない言葉を思い浮かべた。


 まったくわけがわからない、と。


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