第47話 セルタのすべきこと


 母殺し。

 その是非を問う資格も意味もおれにはない。

 ただ彼女は正しい行いをし、それを周囲の人間の大部分が許した。彼女が今日まで生きているのはそういうことなのだろう。

 だから、彼女が後悔することなど一つもない。

 結果として、彼女はより多くの命を救ったのだから。

 これはそれだけの話。

 けれど、この世界でただ一人、それに異を唱えたやつがいる。そいつには是非を問う意味も、資格もあった。

 だから、おれがすべきなのは、


「それを、お前はフローラに伝えたのか?」

 

 正々堂々と。

 彼女自身が納得がいくように、舞台へ立たせることである。

「ッ! 言えるわけない!」

「なんでだ?」

「なんでって…」

「あいつはお前の姉だぞ。母親の死の真相を知らずにいられるわけがない。そのツケが今の状況じゃねーか」

 轟音は鳴りやまない。

 震動も徐々にではあるが、確実に大きなっている。

 血反吐を吐きながら必死の形相で拳を振るっているのだろう。それをセルタはわかっている筈だ。

「…テツオの言う通り。私もお姉ちゃんにならしかたないって思ってた」

 しかたない。

 主語がなくて意味がわからない。

 そう茶化すこともできたが、そんな気分にもならなかった。、なにが、しかたないだ。そんな言葉を吐くからフローラはああやって死ぬ気で拳を振るっているというのに。

「父は何も言わずに許してくれた。リックストンは私の力を母の分まで使えと言ってくれた。他の人たちも同じ。けど、姉さんは違う。私は、今も姉さんを騙してる」

「なら、本当のことを話せばいい」

「…できない」

「どうして」

「簡単に言わないでっ!」

 初めて、セルタが怒りで声を荒げた。

 見下ろす表情は険しく、瞳の中に強い意志が見えた。

「私が殺したのっ! それだけで十分じゃないっ!」

「なら、言い方を変える。それでいいのか?」

「いい!」

「それじゃよくないから、あいつは血反吐を吐いてんだよ」

 握りしられた腕を解く。

 意外にも強情に握りしめてきたが左腕も使ってゆっくり解いた。

 ゆっくりと起き上がる。

 正面から見つめ合う様に体勢を直す。…両足の感覚がまるでない。もはや、使い物にもならないのだろう。

「お前、死ぬ気だったんだろ?」

「それはっ」 

「どういうつもりで連れ去られたのかは知らないが、今はあいつに殺されるために現れたってわけだ。くだらねえ。そういうのが一番意味ねえんだよ」

「…! なにもわからないくせに! わたしだってそんなのわかってる! でも、それでも!」

「じゃなきゃ、お前もお母さんみたくなっちまうってか?」

「…ッ!」

「だったら、なおのこと今の内に話すべきだろ。なにもかもが中途半端で終わっちまうぜ」

「そんなの、そんなのわかってるっ! でも! でも! でも!」

 これだけ言葉を浴びせられ、激昂してもセルタは決しておれを拒もうとしない。

 まったく、世話が焼ける。

 答えは既に決めているくせに、


「怖いの!」

 

 決断するのを怖がっている。

「お姉ちゃんになんて言われるわからない! お母さんのことを話したら、私は絶対に自分が間違ってなかったって言う! でも、それじゃお姉ちゃんと殺し合いになる! それだけは絶対にいや! お姉ちゃんを傷つけるなんて嫌!」

「だから、お前が殺されるって?」

「そうよ! そうすれば少なくともお姉ちゃんは傷つかない!」


「それが、一番フローラを傷つけるとは思わないのか?」


「え?」

 わけがわからない、と言った表情でセルタはおれを見た。

 本当にこいつはなにもわかっていない。

 どうしてフローラが血反吐を吐きながら拳を振るっているのかもわかっていないのだろう。

「お前がすべきことはまっすぐぶつかることだ。ここまで来たんだ、言葉も事情も二の次で良いだろうさ。けど絶対殺されてやろうなんて思うんじゃねえ。いいか、一つだけ教えてやる」


「喧嘩ってのは負けたって思わなきゃ勝ちだ。今まで逃げてた分根性見せてやれ」


「いや、だから、なんのはな」

 セルタの間抜けな問いに応える暇はなかった。

 震動が突然ピークに達する。

 暗い空間が赤い光に浸食される。

 眩い光に視界が慣れた頃、目の前には荒野と黒雲が広がっていた。

 そして、太陽が燦燦と輝いている。


「お姉、ちゃん」


 赤い輝きを纏った少女は傲然と妹を見下ろした。全身を血潮に染め、それでもなおぎらぎらと激情が宿った瞳が少女を捉えて離れない。

 セルタはただ呆然と見上げていた。

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