第39話 すべきこと
「エリス、カレン!」
フローラの一声で青と緑の光が尾を曳いて奔った。
先ほどまでの諍いの影響を微塵も感じさせな連携で人型の化け物を確保し、天井に空いた穴から遙か上空へと飛んでいく。
フローラも後に続き、おれは彼女にしがみ付いた。
思考が読めるからなのか、彼女は動揺もなくおれを引きずったまま外へと飛ぶ。瞬く間に視界に分厚い黒雲が広がり、強い風が全身を打つ。
その感触に身震いがした。
つい数日前のことなのに随分前のことのように思える。
地平線の向こうまで広がる荒野。分厚い黒雲の合間に見える稲光。風が渇いた土の臭いを運び、舌がざらつく砂を食むような錯覚を覚えた。
戻って来た。
そして、おそらくはこれが最後。
稲光を弾き、黒雲から無数の蜂が現れる。
点のようにしか見えないそれらから発せられる羽音が大地を揺らし、瞬く間に視界を真っ黒く染めていく。
その中央に馬鹿でかい八つ足の化け物がいた。無数の蜂に吊るされて移動している。
「テツオ、あれ!」
「見えてるよ!」
フローラの声にこたえる。
たしかあかつき丸を拘束した化物だ。てっきり倒されたと思ったが、未だに存在していたらしい。鎧が強化した視力が捉えた姿は以前見た時よりも遙かに大きくなっている。というよりも、太ったと言えばいいのだろうか。胴体と顔と思しき部分が不自然に膨れ上がっている。
と。
そこで八つ足の化け物が落下した。
舞い上がった砂埃が化け物の巨体を覆う。鈍い音と衝撃が遅れて伝わり、砂埃と強風で一瞬だけ視界が埋まった。
「…ったく、またデタラメかよ」
晴れた視界の先、八つ足だった化け物が姿を変化させていた。
黒い球。
その時点で嫌な予感はしたが、次の瞬間に的中する。まるで卵から孵化するように黒い殻が割れ、中から更なる異形が現れた。
黒い巨人。
頭部がない。上半身が不自然なほど発達し、四つ足のような姿勢をとっている。短足ではあるが太ももとふくらはぎを見る限り十分な筋力を有しているように思えた。
けれど、そんなことよりも大事なことが目の前にある。
「セルタ……ッ!」
頭部があるべきはずの場所。
そこに半透明の球体が出来た。その中心に彼女がいる。
瞼を閉じたまま身動ぎ一つしない。鎧のセンサーを駆使しても生体反応を感じられない。けれど、生きている。根拠がなくても確信できた。
「あれね、テツオ! あの娘なのね!」
「ああ、あれが…って、おい!」
突然、速度が上がった。カレンとエリスを一瞬で追い越し、黒い点だった化け物が徐々にではあるが確実にでかくなっている。
いや、こいつマジかッ?
「フローラ、待て! いくら何でも突っ込んでどうする!」
「うるさい!」
無数の蜂が羽音を響かせ、おれ達に向かって急降下を始める。あまりにも整然とした動きに全身に鳥肌が立った。鎧のアラームがひっきりなしに鳴り響き、センサーが事態の深刻さを直接脳みそへ訴えかけてくる。
おれがいくら止めようとしても彼女は止まらない。
むしろ、というか当然のように更に加速して向かって行く。
が、流石に無理が過ぎた。
瞬く間に無数の蜂がセルタを覆い、威嚇するように羽音をさらに甲高く鳴り響かせている。退路どころか全方向を囲う様に飛び回る蜂達。フローラも気付いているのか、右腕を前方に掲げ、赤い輝きを生み出した。
「邪魔ぁ!」
一閃。
無造作に振るった右腕から赤い光が迸る。周囲の空間を裂くように奔る赤い軌跡が無数の蜂を襲った。
硬い甲皮を容易く裂いて、蜂は一瞬で消し炭になった。
フローラはその力を存分に振るい、黒い巨人へとあっという間に辿り着く。嵐のように振るわれる巨腕を容易く搔い潜り、セルタを奪還した。
赤い光は輝きを増し、深紅となって世界を染め上げる。
霧散する無数の蜂と黒い巨人。
むき出しの無到達点に至るあかつき丸。
拍手喝采、大団円。
なんてことになることはなく。
「は、え?」
霧散したのは赤い光。
黒い甲殻には傷一つなく、無数の蜂は飛翔を続ける。フローラは何度も赤い光を放ったが、その全てが通用しなかった。
何が起きているのか。
少なくともフローラには考えもつかなかったはずだ。おれだって、正直ここまでとは思っていなかった。セルタを取り込んだ黒い巨人に通じないのは予測していたのだ。けれど、まさか、蜂にすら通じないとは。
「逃げるぞ!」
「へっ? いや、でも」
「いいから掴まってろ!」
呆然とするフローラに喝を入れる。
無理やり抱き寄せ、お姫様だっこの体勢をとる。なにやらごちゃごちゃと叫んでいたが無視して、センサーの感度に意識を集中。
吐き気がした。
周囲を旋回する蜂の数が多すぎる。その動きの一つ一つが無理やり脳みそに叩き込まれ、鎧によって加速した思考で行動を予測する。
「下っ!」
フローラが叫んだ。
直後、センサーが警告を発した。乾いた大地の更に下。厚い岩盤を貫いて地中から無数の蜂が飛び出した。
旋回する蜂は囮。
本命の特攻隊は減速することなくおれ達に突っ込んできた。
ここしかねえ!
「んなろ!」
踏みつけて、跳んだ。
蜂の突進力を利用し、先頭の一匹を踏み台にして跳んだのだ。予想通り、というより思った以上に勢いがついて一瞬で蜂の猛攻から逃げ切った。
着地。
勢いが付き過ぎたせいで両足で踏ん張っても抑えが効かない。砂塵が舞い、衝撃で全身が硬直する。ようやく勢い殺した頃には、化け物共は点のようにしか見えなくなっていた。
振り出しに戻ってしまった。
「あ、ありがとう」
か細い声だったが、鎧に強化された聴覚は逃さなかった。が、特になんと言えばいいのかわからないので聞こえなかったふりをする。
フローラは罰が悪そうに唇を尖らせたあと、おろーせーと叫んだ。
素直に下ろす。
何故か胸倉を掴まれた。
「なんなのよ、あれ! なんで効かないわけっ?」
知ってることを吐け、と怒気を孕んだ赤い眼光で問い詰めてくる。ほっとした。まだ心までは折れていないらしい。
「おれだってよくわかんねーよ。ただ、セルタはお前らの力を無効化する力をもってる。あいつらに効かなかったのは、多分そのせいだ」
「そんな大事なことなんで教えないの! あんた馬鹿じゃないの! 馬鹿なのね! この大馬鹿野郎!」
いや、お前も知ってたんだって。
そんなことを言っても無駄だと思い、黙っておく。なおもぎゃーぎゃーと喚き続けるフローラに適当に相槌を打った。それもすぐにばれて腹パンを食らった。痛い。
「ていうか、なんでそんなわけわかんない力があんのよ! あの娘はあたしの妹なんでしょ! 姉を敬い奉る心くらい持ってしかるべきじゃないわけっ? そうでしょっ?」
いや、しらねーよ。
「あー、とりあえず落ち着けって」
「落ち着ているわよッ!」
「…そうか。まぁ、いいじゃねーか。とりあえずやるべきことは決まってんだから」
「はぁ?」
訝し気に顔を歪めるフローラ。
女の子がしていい表情じゃないといいたくなったが、普段からこんな奴だったと思い出す。
遙か遠くで点のようにしか見えなくなった化け物共を見つめ、すべきことをフローラだけではなく、自分自身に言い聞かせるつもりで言った。
「なにがなんでも今ここでセルタを奪還する。じゃなきゃ、すべてが終わりだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます