第38話 ゴング

「ばっ! 何を言ってるの、フローラッ!」

「? 言ったとおりだよ。あたしはこいつを信じる」

「冗談はよしてよっ! なんでそんな奴を信じるのっ!」

「信じたいから」

「なっ…っ?」

「信じたくなったのよ。少なくともテツオは嘘を言ってないから」

 でしょ、と当然のように言う。

 当然のことだから、おれは頷いた。

「ね?」

「ねって…あーもう、何なのよッ!」

 何故か悲痛な叫びを上げるエリス。

 よく見ればカレンが腕十字を掛けて抑え込んでいる。あの適当な奴にしては珍しいマジ顔でやっているのだから、趨勢は既に決したと見て間違いないだろう。

 じたばたと足をばたつかせても微塵もずれいない。カレンが軽く捻りを加えるとエリスが鈍い声を上げて動かなくなった。

「で、どーすんの?」

「セルタを助ける」

「わかった。なんにも考えてないのね」

 呆れ半分、納得半分。

 そんな微妙な塩梅の視線を向けられた。まぁ、言いたいことはわかる。けど、おれだってリックストンがこんなバカな真似をしているとは思っていなかったのだ。

 考えるのにも時間がいる。

 時間はおれの敵だ。

 下手にあるとリックストンに考える猶予を与えるえることになるし、なによりセルタがどうなるかがわからない。

 だからこそ、無理にでもここへ来たのだ。

「とにかくここが原因なんだ。ここに来れば何かが動く。回り道してる時間なんてねえんだよ」

「――はっ、カッコイー」

 何故かフローラにからかわれる。

 無視して視線を前へ向けた。

 風景に変化はない。

 未到達点と呼ばれた希望の場所は相変わらず、無味乾燥なままになっている。

「あたしに行かせて?」

 赤い光が視界の端で煩いくらいに輝いている。

 見れば、何故か上目遣いで笑みを浮かべている。普段の見下してくる笑みともからかうような笑みとも違う。何かを期待するようにきらきらと瞳が光っていた。

 というか、なんでこいつはおれにそれを言うのか?

 聞く前に動くのがこの女だと思っていた。

「フロォーラァアアアッ!」

 何故かエリスが絶叫する。

 カレンが顔を真っ赤にして腕を極めているが、それでも叫ぶのを止めない。何がそこまで気に食わないのか、エリスはものすごい目でおれを睨んでいる。

「ちょっと、テツオ! 真面目にやってよっ!」

 何故か、カレンにまで怒られた。

 わからないことばかりだが、そんなことを気にしている暇はない。

「だめだ。あそこにはセルタがいる。最悪、お前らの力が使えなくなる」

「はぁ? ちょっと、それどういうことよ?」

 フローラは驚きで目を丸くしてる。エリスとカレンも似たような表情をしているのを見て、失言したことに気付いた。

 これも彼女達は覚えていないらしい。いや、そもそも知らなかった可能性の方が高いか。

 ここで無駄な思考を切り捨てる。

 失言を取り繕う必要はない。今は勢いが大事だ。ここまで勢いだけで来ておいて、今足踏みをしてはリックストンに何をされるかわからない。

 時は金なり。

 すべきことをするだけだ。

「おれが行く。おれの鎧は元々そのために作られたんだ。あの得体の知れねえ穴だってなんとかなるはずだ」

「…うわぁ、本気でそう思ってるよ」

 当たり前だ。

 無駄なことを言い合っている暇はない。おれは見知った巨体を見た。一つ目のおっさんはおれに一瞥くれてから何かを投げてよこした。いや、投げる動作をした。

 何もない空間に見たこともない絵が浮かぶ。

 それが平面から三次元に変わる過程を見ながら、おれは外へ出るルートを探った。

 ぶっちゃけ見にくくてわからなかった。

「んじゃ、行くわ」

「待ちなさい。なんでそこ適当にしようとしてんの、あんた」

 フローラに肩を掴まれた。

 こういうのは勢いが大事なのだ。一瞬でも躊躇ったら負ける。

 大事なことがわかっていないフローラに一言言ってやろうと思ったが、それよりも大事なことに気付いた。

「お前、心が読めるのか?」

「今更?」

 ふふん、と得意げに笑うフローラ。

 いや、なんとなく気づいていたから驚きはなかったけど

「え、うそ? あんたそんなこと一度も考えてなかったじゃない」

 考える意味がないと思ってたからな。

 ていうか、おれの考えがわかるなら、もう大丈夫だろう。

「あだだだだ! っていうか、熱っ! 燃えてる燃えてる、輝いているから!」

「あーはいはい。なにも大丈夫じゃないから待ちなさいっての」

 掴まれた部分が赤く輝いている。

 まるで鉄板か何かを押し付けられたような熱さに悶えているとフローラが呆れたようにため息を吐いた。

 なんなんだこいつ、マジわけわかんねえ。

「勢いが大事なのはわかったから、もうちょっと言葉にして頂戴。あたし達にだってわかることくらいはあるんだから」

「じゃ、道案内頼む」

「よろしい。はじめから素直になりなさい」

 またため息を吐かれた。

 やれやれという感じの態度が気に食わなかったが、そんなことよりも外へ出ることが大事だ。フローラを先頭に部屋から出ようとして、


「あたしは、あたしはぜーったい認めないからっ!」

 

 駄々っ子のような叫びをあげるエリスと目が合った。

 半泣きである。なんとか腕十字を抜け出そうともがく度にカレンから捻り上げられ、四肢を硬直させている。

 それでもおれを睨み付ける視線は変わらず、さすがに何がそんなに気に食わないのかが気になってきた。

 と。

「エリス。あんただってこいつが本当のこと言ってるのはわかってるはずだろ」

「知らない! わたし、そんなの知らないもん! 本当に知らないもん! そんな奴が言うことなんて信じないもん!」

「記憶がなくなった心当たりもある筈だ。カレンにだってあったし、あんたにだってある。それは私にもわかるんだ」

「それは、だけど、でも、違う! 違うのフローラ! あたしは本当に知らないの!」

「あたしにもある」


「あたしは母さんの最後が――」


 ――刹那、それに気づいたのはおれだけだった。

 

 強烈な既視感が一瞬で思考を加速させる。

 脳天から全身を貫く感覚が一歩前に踏み出させ、苦虫を噛んだ記憶が拳に一層力を籠めさせた。

 割れる天井。

 フローラを抱き寄せ、降り注ぐ瓦礫が揺れる視界でおれは見た。

 

 人型の化け物。

 

 ようやく戦いのゴングが上がったのだ。

 

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